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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

リアクション

     ◆

 斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)の姿が突然に現れるとするなれば、それは敵がラナロック邸に侵入した、と言う事象が発生した事にほかならない。
「あの……君何処から出て来たの?」
「黙れ! 貴様このハイヌゥレ様に向かってそのような口の利き方をするかぁ!」
「え、いや黙れって、どこから出て来たのって聞いただけ――」
「煩いの! ……じゃなかった、うるさいと言っておろう! 根絶やしにするぞ!」
「いや、待って待って。俺しかいないし。ってか俺、君の味方だし……」
 そう、彼女が姿を現したのは、敵が目の前に現れたから、であるが、会話の対象は敵ではなかった。どころか、威嚇の対象は味方だったりした。
「あ、あの……ですね。僕たちこれからそこを通りたいんですけど……」
 シェリエに追い付いたアルティツァが苦笑しながら言葉を掛けるが、どうやらそれは二人には聞こえていないらいしい。ハツネと、そして彼女に執拗に絡まれている蔵部 食人(くらべ・はみと)。その人には。
「あのね、今君の攻撃対象が目の前にいるんだけど、それって俺に言う事なのか……?」
「ええい! この際敵とか味方とかはどうでもいいのだ! 問題なのはこのハイヌゥレ様に対してだな――」
 普段の容姿とは異なり、すらりと伸びた身長と、まるでその手の会話が似合わない様な雰囲気を持ったまま、更に食人に食って掛かる。
「ねぇ、ゾディ。これあたしたちばっちり無視されてるし、通っちゃえばいいんじゃないかしらぁ?」
「ぎゃぎゃぎゃぎゃ! それは一理あるぎゃ!」
「いやいや、でも油断は出来ませんからね」
「いや、絶対行くべきよね、これ」
 レクイエム、夜鷹、アルティツァが真剣に考え込んでいると、呆然としながらシェリエが提案し、足を進める。
「あ、待ってください! もしかしたらこれは相手の罠かもしれ――」
 呆れたのか、足を進めてハツネと食人の横を通りすぎようとしたシェリエに言いかけたアルティツァ。と、罠であるかはさて置いても、二人の動きがそこでシェリエに対応する。
「待て。貴様も貴様で、誰の許しを得て此処を通る。このハイヌゥレが許すとでも思うたか?」
 手にはバッドは握られていた。彼女がシェリエの前に立ち塞がり、不気味な笑い方でシェリエの行く手を遮る。
「とりあえず落ち着こうか。シェリエさん。此処ね、凄いの。兎に角凄いのよ。いやこれまじで。だから俺としては、お前らが入るのは止めた方が良いんじゃないかなって思うんだけど……」
「退いてくれる? ワタシたちも、そう易々と諦めるわけにもいかないの。わかるでしょ?」
「知らん! 此処より。この今さっき地面に引いた線よりもこちら側に来れば、このハイヌゥレ、全身全霊を持って貴様等を屠ってくれる!」
「ええ……結構線とか引いちゃってるあたりとかは可愛いんだ……」
 シェリエが思わずツッコみを入れると、線を一歩も踏み越えていないにも関わらず、ハイヌゥレと自称しているハツネがバッドを振り下ろした。
「可愛いとか言うな!」
「いや! まだ線超えてないよ!? シェリエさんまだ線超えてないよ! ねぇ!」
「あああああ! もううるさい! まずはおまえからこの名刀『MITHRIL』の錆としてやろうか!」
「飛び火しちゃう感じ!?」
 再び食人に突っかかるハツネ。それを前にして、シェリエは深々ため息をついた。
「馬鹿らし……好きにやってなさいよ……」
 と、線を踏みしめた段階で、彼女の腹部に激痛が走る。
「ふん! 通るなと言っただろう。忠告は素直に聞く物だぞ。馬鹿者め」
 今までと同様に食人を睨みつけながら、ハツネが思い切り彼女の腹部を手にするバッドで弾き返した。
「シェリエさん!?」
「うぅ……いたたた、大丈夫、まだ平気」
 慌てて駆け寄るアルティツァと食人。レクイエムと夜鷹はゆっくりと歩きながらハツネとシェリエの間に割って入り、臨戦体背を取っている。
「まあいい。貴様等は此処から先、一歩たりとりとも通る事は出来ん。このハイヌゥレを倒さぬ限り、この先、あの屋敷の地を踏む事は到底かなわんと思え。フッハハハハハハハ!」
 高笑いが聞え、彼等はそれを睨みつける。
「さあ! 次はどいつが相手だ!? アッハッハハハハハハ!」
 傍若無人な笑い声が響くその背後、突然ハツネの体が弾き飛び、彼等の前に転がってきた。ハツネとしてもこれには驚いた様子で、慌てて受け身を取り、今まで自分がいた場所を確認する。
「へぇ、案外頑丈なんだね。お前」
「透乃さん。やりすぎたらだめですからね」
「って言うか、私の出番も残しとけよ? 手持無沙汰じゃ詰まらんから」
 先程の三人――透乃、陽子、泰宏が三人。
彼等はハツネの後ろへと回り込み、彼女を背後から攻撃したのだ。
「くっ! いきなり後ろから殴られるとはな! しかし、その程度の攻撃、全く利かぬ!」
「じゃあじゃあ、これならどうよ」
 数回その場で跳躍した後、透乃は拳を頭まで上げ、上体を随分と前かがみにすると、左右に大きく体を振って、一気に距離を縮める。
「ほう、ハイヌゥレ……久方ぶりに興が乗ったぞ。良いだろう、相手をしてやる」
「そりゃあ! どうもっ!」
 ボクシングのウィービングを起点にした移動方法であり、それは上半身、腕の打撃に焦点を絞った戦闘スタイルを貫く彼女にとって、最大の移動手段であり、同時に攻撃動作。
腰と足による円運動からの推進力は、ボク初力を生み出すエンジン。スロットルを限界まで上げた彼女の動きは、人の人たるそれとは遠くかけ離れているものだ。
 瞬間的に出来る芸当ではないその動きでもって、しかし瞬間的にハツネの懐に飛び込んだ透乃は、射程範囲に到達するや、しっかりと地面を踏みしめ――否、噛みしめて、握っていた左拳を前に突き出した。上体をねじっている為、横腹から伸びる様な軌道の拳を、ハツネの顔面目掛けて突きつける。
「拳で! このハイヌゥレと! はっ! 片腹痛いわ!」
 右手に持っていたバッドを左へ放り、遊んでいた左腕でそれを即座に握ると、ハツネは思い切りそれを透乃の拳へと打ち下ろす。
「へぇ! お前の反応速度、結構早いじゃん。んじゃもっと回転あげるとするかなぁ!」
 ハツネの振り下ろしたバッドと透乃の振り上げた拳が、互いの中間位置で衝突し、はじけ飛ぶ。
「今のうちにほざけ!」
 透乃の予備動作が右腕に移った瞬間、ハツネもハツネで弾かれたバッドを右手に放り、それを手に手に再び振り下ろす。
 再び衝突。
「ちっ! これでも対応するとか! バッド持って戦ってんじゃないの!?」
「馬鹿を言え! 貴様こそ本当に素手か? それ」
 右と左の応酬。互いが互いに足を止め、その場で互いの渾身を、弾き、撃ち込み、跳ね上げる。威力が拮抗しているが為、それが追撃に繋がらないのは、ある意味では互いの力が互角だから。
「ちょっと……怖いわね、あの肉弾戦」
 よろよろと立ち上がり、シェリエがまじまじと見つめるその先、何を思ったのか食人が走り出す。
「なんだかよくわからんが! 手助けするぞ!」
「え、いやいや! あの状況に突っ込んだら危ない! って、あらもぅ……行っちゃった」
 レクイエムが食人を止めようとするが、どうやらそれも時すでに遅し。陽子の呼び出していたアンデッドにその四肢を完全に固められていた。
「ごめんなさいね。今どうやら、良い感じにやり合っているみたいなので、邪魔しないでくださいね」
「って訳だよおにーちゃん。ああ、私だったとしても、あの中には混ざりたいんは同感だ。同感だけど、後で何われるか分かったもんじゃないから、やめてるだけ」
 捕まり、身動きが取れない食人の前で苦笑する泰宏。
「違うんだ! お前たちを邪魔するんじゃなくて、これは心配なんだよ!」
「心配? へぇ、何がさ」
「あの屋敷はやばい! なんか色々やばいから! ね? 落ち着こう! とりあえずまずは俺の話――」
 言いかけた彼の頭に、七十度くらいに歪んだバッドが直撃した。
「うごっ!?」
 本来ならば絶命必死のその打撃なのだが、食人、謎の悲鳴を上げながら気を失うだけで済んだらしい。目の前で見ていた泰宏は一瞬ひやっとした表情を浮かべるが、脈を取ってみれば命がまだそこにある事を認識し、安堵の息を漏らした。そして、首だけで背後の勝負の結末を見る。見やる。見据える。
「……ふぅ。よし。とりあえず私の勝ちだね。お前強かったけど」
 乱打戦に次ぐ乱打戦。打撃攻撃の応酬を制したのは、透乃。衝撃が互いに伝わる打撃戦に置いて、素手はある意味、かなりの凶器となる訳だ。握る物が違う、武器を握り、それを行使するのか。将又空を握り、それを機だすだけで殺傷力を有するのか。その違いは、あまりに大きかった。
武器を握って戦う以上、威力は確かに既に勝る。が、疲労がかかればその握力は弱まり、武器を握り、振るう事が困難になるのだ。
この場合、素手が素手としての強度を越え、更に持続力を保持している透乃に、軍配が上がった訳である。
「悔しいの……ちゃんとやってたのに……悔しいの!」
「あ、あれ!? お前そんな話し方!? え!? さっきのあの感じ、あれ!?」
 地面に膝を着き、涙を堪えるハツネを前に、腰に手を当て勝ち誇っていた透乃は困惑の表情を浮かべてあわあわしていた。
「まあ、彼女を知らないとああなる、わね」
 一部始終を見ていたシェリエは苦笑しながらそう言うと、ハツネの横を通り過ぎる。
「ごめんなさいね。また、遊びに来てね」
 泣きじゃくるハツネではあるが、一応彼女の言葉は理解出来たのか、数回頷き、更に泣き続けている。
「なあ、それよりさ。彼、どうすんだよ」
 アンデッドに押さえつけられていた筈の食人。今ではアンデッドに辛うじて支えられている彼を指して、泰宏が尋ねる。
「ま、まあ……不可抗力でノックアウト、ですしね。少し寝かせておいて……あげましょう?」
 アンデッドを使役していた陽子が困った様子になりながらも、アンデッドを使って彼を地面に横たえてやった。
「さあ! まあともあれ先に進もうよ!」
 びしっと指を指す透乃のその指が不意に、何かに当たる。
「やあ。元気そうだね」
 穏やかな笑顔でそんな事を言い、手をひらひらと振っていたのは、永井 託(ながい・たく)
どうやら少し前から、彼女たちの後ろを取っていたのだろう。
「え? 誰!?」
「えぇ? 僕かい? 僕は、そうだなぁ、今は君たちの敵、だろうねぇ」
 彼の発言を聞き、再び彼等の身が引き締まる。皆が皆、託から距離を置いて身構えるのだ。
「なんかそれ、避けられてるみたいで切ないねぇ。ま、関係ないかな? あはは」
 笑いながら、彼もチャクラムを取り出し、構えを取った。
「ごめんね。特に何って言うのはないけどさ。一応友達の家に勝手にはいられるのは、僕として少し違う気がするから、対峙させてもらうとするよ」
「みんな、行って!」
「此処は私達が」
 透乃、陽子、泰宏が託の前に立ちはだかり、シェリエ達を先に進む様に促す。
「良いね。うん。僕もこの人数を追い返すのは出来ないと思うからさ、一応足止めと分断って事で、丁度いいかも」
「謙虚な人って素敵よ。でもなあ、じゃあお言葉に甘えて先に行くわぁ」
 レクイエムの投げキッスに苦笑しながら、託が彼等を見送った。
「それで? 三人まとめてくる感じ?」
「一人ずつでもいいけどね? 私はさ」
「今度は私も混ぜろよ。一人で良い恰好ばっかされたら堪ったもんじゃない」
「私も、微力ながらお手伝いを」
「うん。じゃあ三対一だね」
 言い終るや、託が手にするチャクラムを放り、三人目掛けて投擲する。
「飛び道具かあ、厄介だなぁ」
「あはは。僕は懐に潜り込まれるのが厄介だからね、それはお互い様だよ」
 悠然と笑い、戻ってきたチャクラムを再び取って構えを取った。
「まあ、だからって、一応これも剣の仲間だからね。出来なくはないかな、近接戦闘」
 回避行動を取り、ばらばらになっていた三人に対して、託は独自のリズムを取り、動きを早める。
「じゃあまずは、そうだね。お兄さん。君が一番わからないから、君から行こう」
「へへ、私かい? ご用命に預かり、光栄だね!」
 獲物と獲物の衝突音。
それは連撃たる連撃であり、手数の上では託が僅かに勝る訳で。
「うわぁ、皆強いんだねぇ。困った困った」
 押されていた泰宏の援護に、と、陽子のアンデッドが飛びかかってくるや、託は一足で後ろへと飛び退き、大きく息を吐き出した。
「凄いなぁ、勝てそうにないかも。あははは」
 にこにこと、緊張感なく笑う彼は、しかし一度だけ、真剣な顔をして呟くのだ。
「此処で戦っても、無意味なんだけどね」

 その言葉の意味を知る者は、この三人の中にはいない。