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 「シャンバラ宮殿前からすぐ」なんてルシアは軽く言うが、空京は広い。リファニーやその協力者たちの見立てでは、シャンバラ宮殿前からデパートまで、ルシアが迷わず行けるとは到底思えなかった。
 だから月見里 九十九(やまなし・つくも)は、シャンバラ宮殿前で空京デパートのチラシを配っていた。特売品を掲載したチラシにはデパートまでの地図が記されている。あるとないとでは大きく違うはずだ。
「しかし、まあ、」
 チラシ配りに一息ついて、九十九は辺りを見回す。
「みんな考えることは同じというか、お人好しというか」
 宮殿前は明らかに普段より人が多かった。アイドルの出待ち、というには数が足りないが、何人かはルシアがやって来るであろう方向に、たびたび目を向けている。ルシアはまだ天沼矛で空京に上がってきてはいない。
「ねえねえ、これもらっていっていいか?」
 気づけば、そのうちの一人、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が九十九に向けて手を差し出していた。
「ああ、もらっていってくれ」
 チラシを受け取ったクマラは、後ろのエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)に振り向いて、
「ほらほら、これこれ、これだよエース!」
 クマラが指し示すのは、パラミタ物産展開催中という箇所。エースは露骨に呆れた顔をして釘を刺す。
「今日の目的はお前にお菓子を買うことじゃないからな」
「チッチッチ。甘いのはお菓子だけで十分だにょん。オイラにいい考えがあるんだもん」
 ふふんと笑って指を振るクマラの仕草に、エースはむっとしながらも、
「とりあえず聞こうか」
「オイラたちがデパートに行けば、ルシアっちはオイラたちを追っかけていけば簡単にデパートに到着するっていうことじゃん」
「それと物産展になんの関係があるんだ」
「デパートまで行ってなにも買わないっていうのは失礼だよ、エース」
「それは結局お前がお菓子を食べたいだけだろう……」
「そんなことないもん。ねえ、そう思うじゃん?」
 そこで突然クマラが九十九を振り向いて同意を求める。いきなり振るかよ、と若干面倒に思いながら、クマラが「ほらこれ、食べないと損だよね」と指し示すチラシに目を向けた。
 面倒そうだった九十九の目が、きらりと光る。実のところ、この九十九、甘いものに目がない。
「ヴァイシャリーのラングドシャ・パイ、か」
「おぉ! なかなかお目が高い!」
「うん、これはいいものだ」
「だよねだよね!」
 賛同者を得てますます調子づいて騒ぐクマラの口を、エースが慌てて閉ざそうとして、
「お、来たみたいだ」
 九十九がつぶやき、エースとクマラがその視線の先を追った。
 眩しそうに目を細めて先を見通そうとしているルシアの姿があった。ここまでは何度かやって来たことだってあるだろうに、物珍しそうにきょろきょろ見回していた。
 九十九はルシアに近寄ってチラシを差し出した。
「空京デパート、本日の特売品です。よろしければどうぞ」
 「ありがとう」とルシアが受け取ってチラシをじっと見つめる。特売品に目をやって、値段をスルーして、地図に目を落とした。少し首を傾けたり、あろうことか百八十度回転させたりしていた。九十九が口を出そうか出すまいか考えあぐねていると、「ま、いっか」と歩けば分かる、といった様子でルシアが歩き出した。
 九十九が大いに不安を感じていると、
「つーれーてーけー! 空京デパートのパラミダ物産展に連れてけ! パラミダ各地の美味しい食べ物をくーわーせーろー!」
 クマラが再び騒ぎ始め、エースにさあ早く合わせろ、と視線を向けた。それを受けてエースがしょうがない、という風に盛大なため息をつく。
「あー、分かった分かった。空京デパートだな、空京デパート。ここからちょっと歩くから、迷子にならないようについてくるんだぞ」
 ややわざとらしく声を張り上げるエースに比べて、クマラはといえば「やったー、食べ放題にゃ!」とまったく演技には見えない喜び方をしていた。エースは、やっぱりただ食べたいだけだったな、と顔をしかめる。
 思惑に乗せられた形になったのを苦々しく思いながらも、しかし、ちらと後ろを見れば、ルシアがひとつ手を打って、自分たちの後ろをついてくる姿。クマラのドヤ顔がますます苦々しい。
 九十九はそれを見て苦笑し、手にしたチラシを眺めた。
「パラミダ物産展か……」
 うん、チラシを配り終えたらスイーツの一つでも買いに行くことにしよう。