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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

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エピローグ3
「ヘトヘトでボロボロだっていうのにぃ、戦闘後も重労働手伝わせちゃってごめんなさいねぇ」
 戦いを終え、整備スペースまで戻ってきた大型輸送用トラックの運転席でニキータは助手席に座る政敏へと妖艶な女性を思わせる声で語りかけた。
 それに対し、政敏は微笑みととともに手を振って事もなげに応える。
「いいってことよ。なんだかんだで俺の黒月が一番損傷が軽かったしな。他の機体はみんな大破寸前……てか同然だったし。それに、俺の方こそすまねぇな。結局、乗っけて来てもらっちゃったわけだし」
 重火器タイプ――ヴルカーンとの戦闘終了後、唯一まともに動き回れそうだった機体である黒月はニキータの頼みを受けて、高所に突き刺さった『ある物』を回収するのを手伝った。
 輸送用トラックもれっきとした重機だが、手というパーツが無いことに加え、クレーンもない現状では文字通り手が届かなかったのだ。
 存在に重労働だったのか、目的であった『ある物』を取り終えた直後、黒月はエネルギー切れで力尽きてその場に各坐したため、連絡を受けてやって来た回収部隊に預け、政敏とカチュアはニキータのトラックに便乗して戻ってきたのだ。
「で、どう? これからあたしとデェトしない? 大人のデェト……たっぷり教えてあげるわぁ」
 誘ってくるニキータに対し、政敏は曖昧な笑顔を浮かべると、素早くシートベルトを外しにかかる。
「そ、そうしたいのは山々なんだが。これから蒼空学園に戻らないと行けないもんで……なあ、カチュア――」
 助け舟を出してもらうつもりでカチュアに話を振る政敏。だが、彼の予想に反してカチュアは平然と言い放った。
「それもよいのでは? せっかくですから、たっぷりと教えてもらうのがいいかと。私はお邪魔にならないよう、一足先に蒼空学園に戻っておりますので。では、ごゆっくり」
 淡々と言い残し、カチュアは足早に車内から出ていく。
「カチュアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ」
 すたすたと整備スペースを歩いていくカチュアの背に向けて悲鳴にも似た声を上げる政敏。それを見てニキータは隣でくすくすと笑う。
「ふふ。可愛い。さて、あたしもデート前にやることやらなきゃ、ね」
 政敏から視線を車窓の外に移動し、トラックに九人の人物が近づいてきたのを見て取ったニキータは運転席のドアを開け、整備スペースに降り立つ。
「あぁら、今度は可愛い女の子たちが一杯。今日は眼福続きねぇ」
 嬉しそうに言うニキータに向けて、九人の中からまず白衣とメガネの女性――イーリャが歩み出ると、握手の為に右手を差し出す。
「天御柱学院のイーリャ・アカーシです。どうぞよろしく。この度は貴重な情報源をありがとうございます」
 差し出された手を握り返しながら、ニキータも穏やかに微笑んだ。
「そんな、気にしないで。そうそう、可愛い子たちがこんなに揃ってるんだから、これが終わったら女子会しない? 良い場所知ってるのよぉ」
 穏やかな物腰でイーリャへの挨拶を終えると彼女から視線を移し、ニキータは次いで四人の少女たちを見やる。
「あなたたちもごめんなさいねぇ。修羅場が終わって疲れてるのにまだ付き合わせちゃって」
 申し訳なさそうに言うニキータに対し、四人の少女たちの先頭に立つ少女――未沙はブンブン手を振る。
「いいっていいって! メカあるところにアサノファクトリーあり! それがあたしたちの仕事だもん!」
 そう答えるのを微笑ましげに見つめているニキータに向けて、未沙は更に告げた。
「むしろ申し訳ないっていうんなら、リオさんとフェルさん、それに生駒さんたちにだよ。教導団のあたしたちはともかく、救援で来てくれたリオさんたちも善意で付き合ってくれてるんだからさ!」
 するとイコンの機外スピーカーを通した声が会話に入ってくる。若く中性的な声だ。
『問題ない。こちらとしても、テロリストの技術は一刻も早く解析しておきたいところだったからね』
 スピーカーから声を出つつ歩いてきたのは、リオのイコン――メイクリヒカイト‐Bst。
 メイクリヒカイト‐Bstはニキータのトラックに近づくと、再びスピーカーを鳴らした。
『話は聞いている。早速始めるとしようか――これを降ろせばいいのだろう?』
 ニキータのトラックに近づき、荷台の横に立ったメイクリヒカイト‐Bstは積荷にかかっていた幌を掴み取ると、その下から現れた金属製で大型の筒――不発弾を慎重でありながら滑らかな手つきで素早く抱えると、危なげない動作で作業台へと降ろす。
 その様子を遠目に見ながらイーリャが感慨深げに呟く。
「初戦で不発弾を回収できたのは、私たちにとって幸運でした。あれだけの高性能機を送り込んでくる敵です……不発弾が発生するような精度でなくて当然。希望的観測程度に留めていましたが、まさか本当に回収できるとは――それも、あれだけ完全な形で」
 真面目で感慨深げな様子のイーリャとは対照的に、ニキータは気楽そうに微笑むと、彼女の言葉に相槌を打つ。
「そうかしらぁ? あれだけ大量にバラ撒けば、中には一発くらいそういうのが混じっててても不思議じゃないと思うけど。人間だってそうじゃない? むしろ、あたしはそういう子の方が可愛いく思えるわぁ」
 ニキータが気遣って言った冗談のおかげで硬い表情になりがちだったイーリャにもゆとりが戻ってくる。ニキータと同じく穏やかな微笑みの表情に戻ると、イーリャはメガネの位置を一度直してから作業台に向けて歩き始めた。
 ごとりという重々しい音とともに作業台へと不発弾が置かれると、それを合図としたかのように生駒が歩み寄ってくる。既に彼女は教導団が用意した最新鋭の防爆スーツに着替えており、傍目には誰だかわからない。
『どうだい、生駒くん? バラせそうかい?』
 作業台近くに立つメイクリヒカイト‐Bstからスピーカーで聞かれた生駒は防爆スーツに覆われた首をゆっくりと立てに振ると、手にしていた工具箱を作業台の上に置いた。
「見た所、ホーミングミサイルみたいですねー。速度は超音速って所でしょうかー。それで岩山に突き刺さったのに、これだけ原型を留めてるなんて実に運が良かったですねー。このミサイルもワタシたちも。おかげで中の電子装置も無事に取り出せそうですよー」
 素早く正確な見立てを終えると、生駒は鳴れた手つきで不発弾の解体を始めていく。瞬く間に部品単位までバラバラにされた不発弾ですぐに作業台は一杯になる。
「んー。このプロセッサ、『プレイキャスト2』に使われてたのと同型ですねー。不発弾が届くまでソルティミラージュのカメラアイが撮った映像見てましたけど、よくもまあこのプロセッサであれだけの精密な制御ができましたねー。実を言うと不思議ですよー」
 ホーミングミサイルの最深部に組み込まれていたCPUを取り上げると、生駒は即座に鑑定を完了、すぐさま解説に入る。その解説を聞き、真っ先に驚きの声を上げたのはリオだった。
「ちょっと待ってくれ! 『プレイキャスト2』なんて二十年以上も前に発売されたゲーム機じゃないか――どうしてそんなレベルであの制御が……!?」
 先程まで落ち着き払っていた様子のリオが困惑もあらわに声を荒げる。リオの言う通り、『プレイキャスト2』といえば二十年以上も昔のゲーム機であり、既存技術も既存技術だ。今時、公園に集まる子供たちが持ち寄る携帯ゲーム機のほうが余程上等なCPUを積んでいるだろう。
 ソルティミラージュとの戦闘では、どのホーミングミサイルもまるで生物のように『その場の状況を理解した上で行う咄嗟の賢い判断』を下し、臨機応変に散開するという芸当をやってのけたのだ。それは単純な計算や予測だけに留まらず、限定的ではあるが経験則も活用しているとすら言えるほどのものだった――それこそ、生物のような柔軟な思考すら想起させるような。だからこそ、ソルティミラージュはインメルマンターンという高等技術を用いてホーミングミサイルたちを騙し、引っかける必要があったのだ。
 だからこそ、てっきりミサイルの一発一発にも現行技術を遥かに凌駕する未知の最先端テクノロジーが惜しげもなく投入され、そうした技術によって埋め尽くされているものだと誰もが思っていた。だが、文字通り蓋を開けてみれば、出てきたのは意外過ぎる真実だった。
 一応、最重要証拠物件として厳重に保護梱包された件のCPUを見ながら、イーリャは静かに呟いた。
「性質上、遺失したり回収される危険性のある物には極力既存の技術が使われているのでしょう。今回はそれが解っただけでも僥倖でした」
 その一方で、ホーミングミサイルの筒――炸薬や信管、電子装置を入れる容器にあたる部品を覗き込んでいた生駒は再び困惑した声を上げた。
「……なんでしょう、これー?」
 炸薬と信管も抜かれてただの鉄塊となった筒を指差し、生駒はリオに言う。
「中に何か彫ってあるみたいなんですけどーどうします?」
 ひとまずその筒をメイクリヒカイト‐Bstで持ち上げると、リオは整備スペースの広々とした床にゆっくりと降ろす。
『一応、ただの外装とはいえ……これも貴重なサンプルだろうからね。まさか半分に切ってしまうわけにも行かない』
 リオがそう呟くと、タイミングよく未沙が内視鏡のような形をしたカメラを差し出す。
「整備用のだけど、これでよければ」
 すると生駒は即座にそれを受け取る。
「ありがとー。助かりますー」
 受け取ったカメラを生駒が筒内部に突っ込むと、カメラとケーブルで繋がったモニターに映像が映し出される。
 モニターに映ったのは銀色の内装一面にびっしりと彫られた何らかの文様だった。整備班の面々はもちろん、横からモニターを見ていたニキータや政敏、カチュアにもどこかで見覚えがあるようだった。ただし、それがどこで見た何であるかは思い出せないが。
 ややあって、一番最初に得心したのはイーリャだった。
「プリント……基盤……?」
 筒内部に刻まれた文様は電子機器に広く使用されているプリント基板の模様と酷似していた。その発言に全員の視線が集中する中、イーリャはなおも呟いた。
「でも……これはプリント基板に似ているだけに過ぎないただの模様。電子的な回路としての機能は何一つないはず――」
 全員が困惑を隠せない中、政敏が口を開く。
「するってと、あれか? これを作った奴はぶっちゃけ趣味で、それこそ『カッコイイんじゃね?』とかそんな理由でこんな模様を彫ったっての?」
「それに関しては……まだ何とも……」
 政敏の問いかけにも、イーリャは曖昧な返事しかできない。それも無理からぬことだ。情報があまりにも少なすぎるのだから。
「材質に関してはどうかな?」
 イーリャやリオ、生駒たちと同じく筒を覗き込んでいた未沙もイーリャに問いかける。
「多分……銀か銀合金の一種だとは思いますが……一度詳細に成分分析してみないことにはまだ何とも……」
 未沙からの問いに対しても先刻と同様に曖昧な返事しかできない。
 天御柱学院が誇る頭脳たるイーリャにすら、この兵器は全くの未知にして不可解極まりない存在だった。