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走る小暮!

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走る小暮!

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「むむ……。いまいち信用できないな……」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)は曲がり角で出会える噂を聞きつけてやってきた。小暮の分析結果を見せてもらったものの、ハデスからしてみれば信憑性に欠けるものであった。
 パンをくわえれば女子生徒と出会える。夢のようである。これが科学的に立証できるかというと、そうでもないのだ。
 やはり百は一見にしかず! 自分目で確かめる他ないだろうとハデスは実験としてやってみることにした。もしも出会えたらいいななどと、あくまで興味本位ではない……決して。やってみれば科学的にありえないと立証できる。
「資料では、特にこのあたりの曲がり角でぶつかる可能性が高いらしい……。確かに見通しが悪いがこれが出会いとどうつながるんだ」
 左手に地図、右手に食パン。パンをかじりながら地図とにらめっこしていると、思いもよらずハデスの体に凄い衝撃が襲いかかり、ぶつかる……どころか吹っ飛んだ。
「ぐべほぁっ!」
 地面に叩きつけられ、呻きながらも起き上がろうとすると高級車が視界に入る。どうやらそれに跳ねられたらしい。
「あら、何か轢いたようですわね……」
ミネルヴァ・プロセルピナ(みねるう゛ぁ・ぷろせるぴな)がその車から降りてくる。
「なんの、つもりで……っ」
「ごめんなさいね。急ぎの用事で……。けれど今ので紅茶をこぼしてしまいましたわ」
 轢いた車に乗っていたにもかかわらず、悪びれる様子もない。
「……そ、そうか……。ちょっと噂と違う気がするが……」
 ハデスはヒビの入った眼鏡をかけ直すと、よろよろと立ちあがる。
「あら、あれだけ吹っ飛ばされたのに。……細い体の割にはタフですわね」
「はっ、このドクター・ハデスを見くびらないでくれ! それに、紅茶をこぼしたぐらいこの俺の開発したもので落とせる!」
「ドクター……? それに開発といいましたわね」
 何か研究しているのか、と聞かれたからにはハデスはありとあらゆる研究をしていると話してみせた。初対面にもかかわらず興味を持ってくれた彼女に、どうしてなのか理解してくれるような気がしたから。
「わたくしはミネルヴァ・プロセルピナ。秘密結社とか面白そうですし、協力してあげてもいいですわよ」
「……協力?」
「ええ、資金的にも助かるでしょう」
 いきなりすぎてなんだか怪しい気もするが、研究に賛同してくれるのはありがたい。
「ふっ……そうだな。ではパートナーになるというのはどうだ?」
「かまいませんわ。それより、治療を受けないと死んでしまいますわよ?」
 ミネルヴァの乗る高級車にハデスも乗せて、ヒラニプラを後にした。




「了解しました。引き続き調査を続行します」
 クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)は長曽禰との通信を終え、通話終了ボタンを押す。長曽禰に協力して曲がり角でぶつかってしまう原因を調べているものの、まだ決定的なものは出ていないようだ。
「このままじゃ一向に怪我人が続出な気もするな」
 セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)は心配そうに言う。クローラと共に見回りをしているけれど、ぶつかった後で怪我をしている者は実際にいた。
 最初に長曽禰に言われた通り喧嘩などに発展していないようなので、良しとするしかないか。
「これから工事が始まる。その現場に坂道から転がりこんでもしたら……」
 クローラの元には、工事をするからその見張りにもついてくれ、との長曽禰からの命令もあった。そういえば、むしろ女の子とぶつかりたいような事を言っていた小暮は大丈夫だろうか、と心配になる。
「更に危ないよなー……」

「やばい、遅刻遅刻……っ! 出会いどころじゃねぇさ……!」
 キルラス・ケイ(きるらす・けい)はパンをくわえながら坂道を走って下っていた。
 噂は聞いていたので坂道や曲がり角をうろうろしてみたけれど、特にこれと言って出会いがまだなく、友達とすれ違えば挨拶はする、程度だった。
 そんなことをしていたら時間に間に合いそうになくなってしまい、こうして全速力で走っている。
「また帰りにやってみようか、そんなことより急がないと……っ!」
 ドカッ
「痛ってて……急いでんのにさぁ……」
「……怪我はない?」
 キルラスとぶつかったのは、セリオスだった。手を差し伸べてくれる様が格好良くて、キルラスは思わず見とれてしまう。
「なんとか。……そっちは?」
「なんともない。それより気を付けて。ここらでこうやってぶつかる事故が増えてるから」
 気を付けてと言って去ろうとするその背中に、待ってくれとキルラスは呼び止める。
「これも何かの縁さぁ。俺はキルラス。名前、教えてくんねぇか?」
「セリオスだ。まぁ、友達が増えるっていう良い点だけはあるよな、この事故」
「ああ。また会ったらよろしくさぁ。そんじゃっ急いでるんでっ!」
 キルラスは上機嫌でまた駆けていく。ぶつかるなよー! と後ろからセリオスの声が聞こえたのが嬉しかった。





「ここは走らないとダメだよね……」
 朝野 未沙(あさの・みさ)も遅刻の危機に走っていた。学校も遠方だし、朝の支度に手間取ってしまい、時間的に余裕がない。
 自転車登校とかに切り替えればよかったかなぁ、などと思いながらも、ともかく走った。今日は最悪! もし遅刻の罰とか下ったらどうしよう……。
「わーっ! 危ないっ!」
「え?」
 どこかから危ないという声が……。坂道の方から? とそっちの方向に顔を向けた時には、小谷 愛美と衝突してしまっていた。
「あ……」
 そして、未沙の傍には顔や服にジャムがべっとりと付いた愛美が。ぽとり、とジャムが塗られたパンが地面に落ちる。
「マ、マナ、どうしたの? べとべとだよ、大丈夫?」
「うー……、失敗したぁ」
 突然のことに驚きながらも、未沙は鞄から急いでティッシュやらハンカチやら引っ張りだして、愛美に付いたジャムをぬぐった。
 なんでパンをくわえてたのかと聞けば、色々あってね……としか愛美は答えなかった。
「ありがとう、未沙。もう平気だから……」
「ダメだよ、ちゃんと汚れはとらなくちゃ」
 おおまかでいいと愛美は言うものの、しっかり汚れを落とさなきゃみっともないよ、と言う未沙は念入りにぬぐう。
「ちょっ……そこは大丈夫! 平気だから後で落とすって!」
 未沙がちょうど胸のあたりをハンカチで滑らせると、顔を赤らめながら、愛美は後ずさる。
「未沙、ハンカチは洗って返すから! それじゃ!」
 もういいよと未沙のハンカチをひったくった愛美はその場から走って行ってしまった。
「……あー、行っちゃった。どうしたんだろ。まぁいっか。なんかマナ可愛かったし」
 遅刻をしてしまうと焦っていたのは何処へやら、上機嫌で未沙は学校へ向かった。





 月摘 怜奈(るとう・れな)は長曽禰と杉田 玄白(すぎた・げんぱく)で、パンを買いに来て列になっていたり、野次馬 根性で曲がり角でぶつかろうとしている生徒たちを取り締まっていた。
「噂が広まらないうちに工事でもなんでもして封鎖しておくんだったな」
 怜奈の隣で長曽禰は欠伸をする。
「少佐はあまり乗り気じゃないんですね」
「面倒なことには変わりないからなぁ」
「えー、ちょっとは関心持ってくれてもいいじゃないですかぁ」
 少しは便乗してもいいんじゃないのかと怜奈は言ってみる。
危険なものは無いに限るが、生徒たちはむしろ楽しんでさえいる光景に、怜奈は羨ましく思いつつあった。
「では、少佐も一度生徒たちの気持ちを味わってみては? まぁ、真面目に原因追究する意味でも」
 玄白は提案を言ってみる。取り締まる側としても、一方的にやるだけでは反感を買うだけだ。
「とは言っても、何をする? 食パンくわえて走れと……?」
「それです! 試しにぶつかってみませんか? 少佐!」
 ナイス玄白。けれど、長曽禰は苦笑するだけで、良しとはしてくれなかった。
「そんな話に乗るか。お前たちはこの辺りをの見張りと取り締まりだ」
「「はーい……」」
 命令だ、ここは任せたぞ、なんて言われてしまうと、長曽禰と一緒に少しでも見まわりができただけでも良かったと怜奈は思った。