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鍵と少女とロックンロール

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【三 風の中の防衛線】

 ラムラダの運転する大型トレーラーは、時速100キロ近い高速で、いびつな路面を疾駆している。
 その左右で、エンジン音以外の爆音が鳴り響き始めた。コントラクター達と野盗達が、高速移動しながらの銃撃戦、或いは相互爆撃を開始したのであろう。
 視界に広がる砂塵の量も、まるで砂嵐の中に突入したのではないかと錯覚する程に巻き起こっており、黄土色の壁が前後左右にそそり立っているかのようにも見えた。
 早くも赤いボンネットが砂まみれになってしまっている機晶スポーツカーの運転席で、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)はバックミラーに映り込んだ美貌に一瞬、目を奪われた。
 大型武装バイクのタンデムシートに馬乗りとなり、両手にショットガンを携えた赤毛の美女。
 革製のビキニスタイルとロングブーツという扇情的なスタイルとは裏腹に、破壊そのものを楽しんでいるような凶暴な笑みが、妙にマッチングしているようにも見えた。
「あれは……ジェニー・ザ・ビッチか!」
 既に、アヤトラ・ロックンロールの構成人員に関してある程度の情報を頭の中にインプットしていた恭也は、その姿を一目見た瞬間に、相手が何者であるかを即座に見抜いた。
 聞けば、ジェニー・ザ・ビッチなる美女はアヤトラ・ロックンロールの中でも、幹部クラスに当たる強敵なのだという。
 であれば、相手に取って不足無し。
「どれ程のものか……お手並み拝見といこうか」
 恭也はすぐさま、ジェニー・ザ・ビッチの大型武装バイクと並走する位置へとハンドルを切り、速度を合わせて並走する形を作った。
 すると相手も恭也の意図に気づいたのか、一瞬だけにやりと不敵な笑みを浮かべたかと思うと、直後には二刀流ショットガンによる銃撃の雨あられを浴びせかけてきた。
 如何に機晶エンジンを搭載しているとはいえ、基本はただのスポーツカーである。特別な防護を施している訳でもない為、あっという間にボディのそこかしこが穴だらけとなった。
「くっ……あの振動の中で、これだけ正確な射撃が出来るのか。相当な腕前だな」
 恭也も負けじとレーザーガトリングの掃射を浴びせるが、相手は運転と攻撃を分担しており、機動性では圧倒的にこちらを上回っている。ほとんど一瞬にして機晶スポーツカーの後方へと廻り込まれ、思うような打撃を与えることが出来ない。
「あら、同類さん発見!」
 不意に大型トレーラーの方から、妙に嬉々とした声が弾んだ。
 見ると、上半身だけ何故かビキニスタイルで決めているセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、これまた同じように二丁拳銃という戦闘スタイルで、小躍りしそうな勢いを見せながら迎撃用タラップ上を駆けてくる姿が視界に飛び込んできた。
「似た者同士、類は友を呼ぶってとこかも知んないけど……最後に生き残るのは、このあ・た・し!」
 銃撃戦ならば専門の訓練を受けているセレンフィリティは、ジェニー・ザ・ビッチの我流ともいえる二刀流ショットガンよりも遥かに精度の優れた射撃を発揮し、瞬く間に恭也のスポーツカー後方から大型武装バイクを追い払ってしまった。
 勿論、それで簡単に諦めるような敵ではない。
 大型武装バイクはセレンフィリティを新たな敵と見定め、猛スピードで大型トレーラーのすぐ横へと接近してくる。
「セレン! 喜んでる場合じゃないわよ!」
 相変わらず嬉しそうに二丁拳銃を撃ちまくるセレンフィリティに対し、こちらはごくごく普通の教導団制服を身にまとったセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が一瞬呆れたように溜息を漏らしていたのだが、ジェニー・ザ・ビッチの動きが意外に早いと見て取るや、慌ててセレンフィリティの死角となる位置をフォローする為に、迎撃用タラップ上を駆け寄ってきた。
 セレアナは魔術による遠隔攻撃を駆使しており、セレンフィリティともども、迎撃組としては十分な適性を見せていた。
 が、相手は幹部クラスの強敵である。
 単独でどうにか出来ようとは、とても思えない。
「こっちから追い込む!」
 穴だらけの機晶スポーツカーの運転席から、恭也が声を張り上げて呼びかけてきた。
「右側に誘い出してくれる!? ここからだと丁度そこが、狙い目なのよね!」
「了解した!」
 セレンフィリティの応えに、恭也は即座に反応してジェニー・ザ・ビッチの大型武装バイク方向へとハンドルを切る。
 セレアナが心配するまでもなく、セレンフィリティは外見こそ多少ふざけてはいるものの、しっかりと戦いに集中していた。

 大型トレーラーに並走する護送部隊の車両は、他にもある。
 メフォスト・フィレス(めふぉすと・ふぃれす)が運転する装甲ホバートラックが、荷台に何人かのコントラクター達を乗せ、風と同化する程の速度を出しつつ、唸りを上げて疾走していた。
 その荷台には、猿渡 剛利(さわたり・たけとし)三船 甲斐(みふね・かい)エメラダ・アンバーアイ(えめらだ・あんばーあい)といった顔ぶれが、それぞれの得物を携えて搭乗している。
「ゴリ……さっきから全然、当たってないよ」
 エメラダが、エネルギー弾を手当たり次第に投げまくっている剛利に向かって妙に冷めた声を投げかけた
 指摘を受けた剛利は、そのあだ名とは裏腹に、妙に可愛らしい面立ちをエメラダへと向けて、あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべた。
「ほ、ほっといてくれよ……向こうの運転技術の方が、たまたま上だったってだけじゃねぇか」
 こういうのを俗に、いい訳、と呼ぶ。
 メフォストは決して荒っぽい運転をしている訳でもなく、どちらかといえば、ほとんど直進に近い軌道を辿っている。つまり、攻撃手としてはそれなりに良い条件を揃えている筈ではあったが、それでも敵にほとんど当たらないというのは純粋に、剛利の技術的な問題であった。
 その一方で、甲斐は割りと、好き放題やっていた。
「いくぜいくぜいくぜ〜! 本日の俺様の発明品、参上!」
 ところが、こちらも剛利のエネルギー弾同様、然程の成果を上げていない。
 要するに現段階では、ふたりともあまり役に立っていない、ということになる。
「おや〜……何だよ、また失敗かよ。まぁ良いさ。あっちのデータ取りも重要だからな!」
 いいながら、甲斐は宙空を滑走するバニーガール姿に視線を転じた。何故こんなところにバニーガールが居るのか、という問題については、既に甲斐自身の中で回答が用意されている。
「未来で神風シンクタンクと称された俺様の最高傑作、ここにデビューって訳だ!」
 ひとり悦に入る甲斐の心情を知ってか知らずか、宙空を舞うバニーガール、即ち{ICN0003296#AHI−PCD}を装着した鳴神 裁(なるかみ・さい)は高速飛行による強烈なGに耐えながらも、着実に、アヤトラ・ロックンロールの下っ端連中を次々に撃退していく。
 勿論、これだけの機動性能を発揮するには、相当に強靭な肉体が必要となるのであるが、今回は魔鎧のドール・ゴールド(どーる・ごーるど)が物理的な負担を軽減する為に、裁の肉体に魔鎧化して装着されており、更には物部 九十九(もののべ・つくも)が憑依して内側から常に肉体を回復させるという双方からのケアを施すことで、裁の戦闘力を十二分に発揮させていたのである。
「ボクは風……ボクの動きを、捉えきれるかな?」
 気持ち良さそうに大空を舞う裁だが、バニースーツという外観では矢張り目立つのか、地上からの攻撃はほとんど裁ひとりに集中しているような格好になっている。
 これだけ集中砲火を浴びてしまえば、如何に機動性に優れているとはいえ、相当な負担がかかるのはやむなしといったところである。
『ちょっ……これじゃ、リジェネレーションが追いつかないよっ』
 どこかで、九十九が悲鳴を上げているような声が裁の脳裏で殷々と響いた。
 同じく、魔鎧化したドールも、若干苦しげな声を精神波動上で小さく漏らす。
『やっぱり……見た目も色々、重要、なんです、ね……』
 そんなふたりのサポート要員の苦労などまるでどこ吹く風といった様子で、裁は相変わらず嬉々とした表情のまま、アヤトラ・ロックンロールの頭上を縦横無尽に駆け巡っている。
「う〜ん、やっぱり時代はバニーか。俺もあれぐらい思い切ったら、結果が出せたかも知れない」
「いや……バニーは関係無いから」
 裁の活躍を羨ましそうに眺める剛利に、エメラダの冷ややかなツッコミが横っ面を叩く。
 その一方で、甲斐は自らの発明品への興味だけが先行し、アヤトラ・ロックンロールに対する迎撃よりも、裁のデータを取る方にすっかり気を取られていた。
 ところが不意に、彼らの搭乗する輸送トラックが左右に大きく揺れた。爆発による振動であるのは、すぐに分かった。
『大丈夫か?』
 車内スピーカーを通して、運転席のメフォストが安否を気遣う声を投げかけてきた。
『どうやら敵の一部が、こちらに狙いを定めてきたようだ。これから先は、少し揺れるぞ』
 メフォストが宣言した通り、輸送トラックはそれまでの直線移動とは打って変わって、普通に座っているのも難しいぐらいの蛇行運転を始めた。
 もうこうなってくると、剛利のエネルギー弾はただの弾幕程度にしか役に立たなくなってくる。
「やっぱり、時代はバニーかー!」
「……だから、違うって」
 そんな中でも剛利のボケっぷりとエメラダの冷淡なツッコミは、色あせることがない。

 大型トレーラーに対する攻撃も、より一層、苛烈となってきた。
 迎撃用タラップの支柱に己の体を固定して、桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)にグレネードランチャーの射出方向を指示していた裏椿 理王(うらつばき・りおう)だったが、迷彩塗装で目立たないようにしているにも関わらず、戦闘開始からものの十数分で、全身の至るところに大小様々な傷を負ってしまっていた。
 勿論、屍鬼乃ひとりが狙い撃ちにされている訳ではなく、アヤトラ・ロックンロール側による四方八方からの攻撃が余程に強烈であることの、これはひとつの証明であるといって良かった。
「教導団のオレがいうのも何だが……オレ達、まるで軍人みたいだな」
「あぁ……そうだな」
 硝煙と砂塵が舞う大型トレーラー荷台のタラップ上で、理王と屍鬼乃は珍しく、お互いに直接言葉を交わし合った。
「教導団の一員である以上、正子にはとてもかなわないが、それに近いことなら、オレにも出来る……尤も、今回ばかりは死ぬかも知れないがね」
「……まぁそれ以前に、腕がなくなったら自慢の抱っこ技も出来なくなるから、吹き飛ばされないようにね」
 壮絶な高速移動銃撃戦の中で、どこか安穏とした空気が一瞬だけ流れた。
 勿論、理王とてラーミラをお姫様抱っこしたいという欲望が無い訳ではなかったが、今回ばかりは決死の覚悟で戦いに臨まなければならない。
 これまでは頭脳労働専門だった理王が、こうして己の身を危険に晒しているという事実は、屍鬼乃にとっても少なからず驚きを覚える事態であった。
「少しは、正子に認めてもらいたしな」
「……そう思うなら、喋ってばかりいないで、攻撃を続けることです」
 不意に、別方向から鋭い叱責ともいうべき声が届いた。
 ふたりが顔を上げると、香 ローザ(じえん・ろーざ)が荷台屋根部分の迎撃用タラップ上で、弾倉を交換しながらじっと視線を投げかけてきていた。
 思わずふたりしてローザの険しい横顔を見つめてしまった理王と屍鬼乃だが、対するローザは、手早く弾倉を交換し終えると、再び大型トレーラーの左右に照準を定めて、的確に敵車両のタイヤなどに銃弾を叩き込んでゆく。
 ローザは尚も、厳しい調子で言葉を重ねた。
「ぼけっとしていても、敵は手加減してくれたり、待ってくれたりはしませんよ」
 攻撃の手を休めないローザの声には、十分過ぎる程の説得力があった。
 こうまでいわれると、理王も屍鬼乃も黙っている訳にはいかない。
 教導団員としての矜持にかけて、ふたりはアヤトラ・ロックンロールの接近を許すつもりはなかった。
「そこまでいうなら、協力して貰えるかな。オレのプランには、迎撃パターンについて幾つか、用意が出来ている」
「……承りましょう」
 ラーミラを敵から守る、という点に於いては、理王とローザの目的は一致している。理王の申し出を、ローザが断る理由は無かった。
「屍鬼乃のグレネードランチャーは、敵が密集している方が効果が高い。あんたの攻撃で敵をなるべく一ヶ所に追い集めてくれ。そこを狙う」
「成る程……良い作戦です」
 ローザは理王の指示に、素直に従う応えを返した。
 菊の移動劇場やメフォストの輸送トラックといった大型並走車両の間に、アヤトラ・ロックンロールの一部を追い込む形で、ローザが素早く弾丸を撃ち込んでゆく。
 理王の計算した通り、数台の武装バギーが見る見るうちに、一ヶ所へと固まっていった。
「……どうぞ」
 ローザの声が届くか届かないかといったタイミングで、屍鬼乃の放ったグレネードランチャーが、狙い通りに一ヶ所へと固まっていた武装バギーの群れを、高速戦闘から脱落させてゆく。
 作戦は、成功したのだ。
「よし、この調子でいこう」
「次はどこを、狙えば良いですか?」
 理王が手応えを感じている一方で、既にローザは、新たな指示を待って銃撃態勢に入っている。
 負けじと屍鬼乃も、グレネードランチャーを構えた。
「……次は、あの集団だ」
 理王の指示を受けて、ローザは次なる牽制射撃を開始した。無駄弾を使うのは気に入らないローザだが、作戦を成功させる為の掃射であれば、納得して空撃ち出来る。
 ローザのそんな思い切った攻撃に、屍鬼乃も的確に応えていった。