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動物たちの楽園

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★第二章・1★

「こうして話し合うのは、久しぶりだな」
「ペット自慢大会でも顔を合わせただろうが」
「……あの時は、どたばたしていただろ」

 張りつめた空気の中、イキモワキヤの話合いは始まった。
 空気の発生源は当事者というよりも、互いの護衛たちが放つもので、当人たちはむしろリラックスしているようだった。
「ところで、イキモ。後ろのは何なんだ?」
 ワキヤが紅茶を一口飲んだ後、胡散臭そうにイキモの背後を見た。そこに立っていたのは、

「うきっきっ」
 サルのような声をあげているジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)である。腰布一枚というセクスィーな格好で、「ウキキっ」と鳴いている。

 誰がどう見ても立派なチンパンジーですね! え、なら腰布とれ? それは言っちゃいけないお約束!

「ま、まあよい」
 いくら言ってもペットの振りを辞めないジョージの情熱に負け、ワキヤはもう気にしないことにした。
 ジョージはワキヤに勝って、ペットの振りを覚えた。しかし、何かを失った気がする。
「(じゃ、ジョージあとよろしく)」
「(うむ。わしに任せると良い)」
 笠置 生駒(かさぎ・いこま)はジョージとアイコンタクトを交わし、護衛の交代のために部屋へとやってきた加夜へも短い言葉を交わし合って、部屋を出る。
「よろしく」
「はい」
 生駒は部屋を出ると、トイレに行くと言って場所を扉の横に立っていた警備員たちに聞いて、歩き出す。
 いぶかしげな目を送られたが、意外なことに監視の目がつくことはなく……
(ま、楽になるからいいんだけど、ちょっと不気味だね)
 何食わぬ顔をして屋敷内を歩きながら、生駒は警備状況などを頭に叩き込んで行く。……が、
「ってか、広すぎ」
 歩いてもあるいても廊下が続く。足元の絨毯、置かれた花瓶、絵画、壁や天井の模様……すべてが高そうに見える。実際に高いのだろうが。
「おいっ何をしている!」
 グラサンをかけた男が近寄って来る。
「あ、すいません。迷ってしまって……トイレってどこですか? というか、待機場所ってあっち?」
 迷ったふりをしてごまかしつつ、他の仲間たちを援護できるように準備をする。
 作戦開始時刻まで、あと少し。


「あと5分か……ん? フレイどうかし」
 時計を見たベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が顔を上げると、顔を真っ青にした愛するパートナー、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)がきょろきょろと首を振っていた。
「マ、マスター、大変です! ポチが、ポチが……一匹で先に乗り込んでしまいました!」
 ポチ、とは忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)のことだ。ポチの助曰く、

「他の下等生物の事なんかどうでもいいのですが、この僕のように優秀な種族である犬や狼まで被害に遭うのは許せませんね!
 ご主人様、まずは身体の小さいこの僕が先行します! エロ吸血鬼になんかに任せておけませんからねー」

 らしい。
 話を聞いたベルクは「あのワン公。次こそ野良にしてやろうか」とフレンディスに聞こえないほどの声で呟く。
 フレンディスはすでに依頼どころではないらしく、
「あの子の事ですから無理をしそうで、何かあったら私……マスターお願いです! ご一緒にポチを探して下さいませ」
 涙目で見上げてくる。
 ベルクに拒絶できるわけがない。いくら心の内で、ポチの助に対して思うところがあろうと。
「ちっ、ポチの野郎また迷子なのかっ? ったくしゃーねぇなー。
 わぁった、一緒に探してやっから泣くな? な?」
「ほんとですか? ありがとうございます、マスター」
 肩を叩いて頷くと返って来る明るい顔に自然と微笑み返してしまうのも、惚れた弱みと言うもので。
 アンデットたちを使ってせっせと屋敷内を調査し、証拠物品を探しつつポチを探すのだった。


「動物の密売を許す訳にはいかないからな。猫だけじゃ無く他の動物であってもそれは同じ事だ」
「そうですねぇ。なんとか証拠を見つけて……エース? どうし」
 同じく庭で作戦開始を待っていたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)。しかしエースの様子がおかしい。
「希少植物だって密売しているかも……そ、それは益々許すまじ行為。万死に値するぞ」
 ぶつぶつ呟きだしたエースを見て、エオリアが深いため息をついた。とにかく正気に戻さないといけない。
 その時、くいくいっとエースのズボンが引っ張られる。
「どうした、シオン?」
 サバトラのシオン(ネコ)が、エースのズボンを口で引っ張る。その可愛さに一瞬目的を忘れかけるが、シオンがこっちこっち、と言うように歩きだしたので、追いかけていく。
 時折庭を巡回している警備員たちを見かけるが、シオンが警備員たちの意識を引きつけている間に通り過ぎたり、隠れたりしつつ、その場所にたどり着く。
「これは温室、か? シオン、ここがどうしたんだ?」
 シオンはにゃあと鳴くばかり。エースはとにかく入ってみることにした。植物たちに話を聞くのもよいかもしれないと思ったからだ。
 エオリアはエオリアで、セントバーナードを連れて温室内を歩く。と、そのとき。セントバーナードがとある花の前で座り込む。良く分からないものの、エオリアはエースを呼んだ。
「これは」
 やってきたエースの顔が険しくなる。その花は、麻薬の一種であった。
「麻薬? この綺麗な花が?」
「正確に言うと、この花の種を乾燥させたものだけどね。販売も育てるのも禁止されてる。花自体は綺麗なんだけどね」
「そんな花があるってことは、他にも……」
 2人は改めて温室を見渡す。詳しく調べる必要があるだろう。

「あれ? カギ締め忘れたか、俺」
 そこへ誰かが入ってきたため、慌てて息をひそめる。
(俺達は猫になるんだ)
(エース。それは何か違いますよ)
 小声でやり取りしつつ、誰かの姿を植物の陰から覗く。――金色の髪と青い目の青年が見えた。


***


 穏やかに見えるイキモの表情を見つめながら、加夜は言葉を飲み込んだ。
『どうも今回、最初から様子がおかしい。無茶をしなきゃいいんだが』
 涼司の言葉が頭をめぐる。
(イキモさん……一体何を考えてるのでしょう)
 どれだけ考えて見ても、その穏やかな顔からは何も読みとれない。……いや、決意だけが感じられる。
(それにワキヤさんも、イキモさんのお友達ですし、悪い人とは思いたくないのですが)
 疑問はたくさんあって、今すぐにでも口を開きたい。そしてできるなら、息子であるジヴォートとともに、仲直りを……。

「っ! なんだ!」

 屋敷が揺れた。
 一瞬遅れた警報機が音を立てる。

「どうしたっ?」
『そ、それが突然壁が……がっ……』
「おい! 返事を……ちっ」


***


「さて、攻撃開始だ。各機! 急降下で爆撃開始、使用弾薬! 模擬弾! 撃て!」
 勇ましい声を上げ、相沢 洋(あいざわ・ひろし)は部下たちに指示を飛ばした。立派なワキヤの屋敷の壁に向かってエリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)が無言でミサイルを、他の部下たちは模擬弾を撃ち込む。
 派手である。
「強襲攻撃仕掛けて威力偵察兼攪乱工作ですか。まあ、派手ですこと」
 壁がはじけ飛ぶ様子を見ていた乃木坂 みと(のぎさか・みと)がそう呟く。パワードスーツを着こみ、顔もマスクでしっかりと隠した状態で、みとは壁にできた穴から中へと侵入して行く。
「もっとも派手であればあるほど、洋孝のほうの隠密工作がうまくいくでしょう」
「はい、威力偵察案としては有効でしょう。ちなみに光条兵器、並びに発言はしないでおきます。確実に特定される危険性がありますから、以上」
 つまりは、彼女たちは敵を引きつけるおとり役。暴れている間に、仲間たちが証拠を集めやすくするのだ。
「ふふ、教導団から盗み出したパワードスーツ、高性能ですからねえ。
 え、壁ですか? でもお金には困っていらっしゃらないでしょう?」
 みとは正体がばれぬようにか。まるで小悪党の女幹部のような口調で警備員たちへ声をかけた。
「動かないでください、動くと危険です」
 短い言葉しか発せず、ずっとミサイルのトリガーに指を置いているのはエリスだ。
「さて、洋孝のほうの証拠回収がうまくいくといいな」
 一通り指示を飛ばした洋が屋敷を見上げた。自身の命運をもかかっている作戦だ。成功してくれることを祈るが……。

『今回は洋孝、お前に先行偵察を任せる。迷彩塗装で内部に侵入。その後、私とみと、エリスが強襲を仕掛ける。少々暴れるからその間に証拠品になりそうなものを奪い取れ』
『げ! オレ一人で偵察かよー。まあ、じーちゃんたちが陽動仕掛けるなら問題ないけど。しっかり頼むよー』

 揺れた屋敷に、相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)は作戦の開始を知った。彼はイキモの護衛として先に潜入していたのだ。
「始まったな。じゃあ、オレッチはこっちをっと」
「おいっ貴様! どこへ行く?」
 警備の1人が洋孝の様子を怪訝に思ったらしく、声をかけてきた。どうごまかすか、と頭を働かせていると
「ちょっとあっちで火事が! 手伝ってよ」
「なにっ? どこだ?」
 生駒が警備の男にそう言って腕を引き、連れていく。角を曲がる直前、生駒は洋孝に向かって口を動かした。
『こっちは任せて』
「さんきゅ」
 洋孝は走り出した。仲間たちがひきつけてくれている間に、証拠を見つけなければ。

「怪しいのは、やっぱり本人の部屋だよな。パソコンとか……まずはそれをやってみるか」


 合図を聞いて行動を開始したのは、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)たちもだ。
 リカインは、資金援助をしていただけであるならば、動物たちがいる可能性は低いとみていた。――これから売られる動物たちは、だが。
「ワキヤ自身が買い手な可能性は十分あるわよね。すでに買われた動物たちを見つけられれば証拠に……」
 
「密売に手を貸すような人間がその命に真摯に向き合ってるとは思えない、きっと動物たちは辛い目にあってるはず! 許せない!」

 冷静に呟くリカインの隣で声を荒げているのはサンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)。動物の密猟・密売という言葉を聞くだけで怒りがわく彼女にとって、それにかかわった人間と言うのは嫌悪の対象だ。
 そんな人間たちの手から、一刻も早く動物たちを解放したい。サンドラの全身から意気込みが見える。
「まあ、今回のは強硬すぎるけど、目には目を、歯には歯を。これも「法」だったわけで」
「正義よりも法をとる、それが俺だ」
 サンドラが暴走しないように見張りつつ、リカインは呟く。呟きに答えるのは金色のぼさぼさ頭、アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)だ。
「この世はキレイゴトだけじゃ回らねぇ。誰かが泥をかぶらなきゃならねえってんなら、それは俺の仕事だ」
 何やらものすごくかっこいいことを言っている。
「あんたは、暴れたいだけでしょ」
 リカインのじと目が突き刺さるが、アストライトは素知らぬふり。やれやれと息を吐きながら、リカインは超感覚によって冴えわたる五感で、手掛かりを探る。

「……そこにいるのは、誰!」

 鋭いリカインの声と同時に、アストライトもサンドラも大きな花瓶に向かって自らの得物を構えた。

「よくぞ聞いてくれました。僕は、ご主人様この優秀な忍犬、ポチの助です!」

 えへんっと胸をそらしている可愛い豆柴……もとい、優秀な忍犬(自称)のポチの助がそこにいたのだった。
 サンドラの目が輝いた。