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もののけは墓地に集う

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もののけは墓地に集う

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<part5 妖怪大将>


 晴明の調査団は山頂にある神社の石段を登っていく。
 ぬるく、生臭い、不気味な風が前方から吹いていた。広目天王が玄秀に命じられて颶風傘で送っているのだが、晴明たちには知るよしもない。ただ、いかにも大物の妖怪がいるとの確信を強め、身震いしていた。
「うわっ」
 石段を登り切ったところで、べちゃりとやわらかい物が晴明の顔を舐めた。
「……コンニャク?」
 晴明が立ち止まって見てみれば、糸にくくりつけたコンニャクが枯れ木からぶら下げられ、揺れている。これも玄秀が仕掛けたものだ。
 複数の声がした。
「ふっふっふっ、ついに来おったな、人間どもめ」
 晴明たちは崩れかかった社の方に注目する。
「わしが……妖怪の総大将、ヌラリー・ヒョンじゃ!」
 そう宣言したのは一匹だけではなかった。そこに立ち並んだ数十匹の敵すべてが、嘲笑を浮かべながら声を揃えて言ったのだ。
 クラーケン、UMA、羅刹女、パンダ、ガーゴイル、イチャイチャウ、一つ目小僧、唐傘小僧。ヌラリーの取り巻きに加え、玄秀が紛れ込ませた者たちが皆、ヌラリーを騙っている。
 これでは誰が大将か分からない。晴明たちが首魁を見極めようと目を皿にしていると、
「主が不明なら、すべてを調伏するまで」
 と言って、東 朱鷺(あずま・とき)が静かに前に進み出た。その周囲に五匹の神獣の幼生が伴う。
 朱鷺は八枚の呪符を、左右の手で扇のように広げ、顔を斜に構えて凜と立つ。
「東朱鷺と申します。朱鷺は、八卦術師。世を騒がすキミたちを捨て置けません。お覚悟願います!」
 名乗り、礼をし、神獣の幼生たちを妖怪たちへと向かわせた。妖怪にかじりつく神獣。迎撃する妖怪。
 調査団の契約者たちと妖怪たちが激突する。
 そのあいだに、朱鷺は八卦術・七式【艮】を唱えた。朱鷺の腕からトキが飛び出し、一つ目小僧の顔面をクチバシで貫く。一つ目小僧は目を覆って叫びながら転げ回る。
 混戦の中、戦っている晴明の顔に桃幻水が飛んできた。晴明は式神で桃幻水を弾き飛ばす。
「……なにこの攻撃。なんの目的?」
「避けましたか。まあいいでしょう。今日こそ地べたに這いつくばらせてやりますよ!」
 玄秀が社の裏から現れて晴明に挑んだ。式神化した怪植物のツタを何十本と晴明に飛びかからせる。その速度たるや恐るべきもので、とても人間に回避できる域ではない。
 晴明が玄秀の邪な手にかかるかと思われたときだった。
 朱鷺が八卦術・参式【震】を唱え終える。特殊な呪式が、妖怪を滅ぼさんとする契約者たちの体に影響を及ぼした。それは体内に染み込み、筋肉の反射を加速させる。
 晴明はすんでのところでツタの攻撃をかいくぐり、飛び退く。獲物を得られずにゆらゆらと蠢くツタ。晴明は朱鷺に軽く会釈した。
「助かった」
「気になさらず。よそ見はいけませんよ、次が来ます」
 朱鷺が指し示す。
 玄秀が口角を化け物のようにつり上げ、晴明を睨んでいた。



「さーてさて、どいつが大ボスかねーっと」
 十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)はあえて乱戦には加わらず、一歩離れた場所から敵を観察する。バウンティハンターである彼はどうせなら親玉の首を狩りたいと願っていた。
「早く倒して、月9のドラマを観たいですわ……」
 ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)はしきりに白銀の時計を気にしている。
「だったらヨルディアも捜してくれよ」
「はいですわ」
 ヨルディアの瞳が強烈な光を放った。ヨルディアは、社の屋根に僧衣の老人が中腰になり、じっと戦いを見守っているのを看破する。奇妙に頭が大きく、ぎょろついた目の男だった。ミイラのように干からびた手は、常人の何倍ものサイズだ。
 ヨルディアは老人を指差して叫ぶ。
「あそこですわ!」
「よっしゃ!」
 宵一は社に向かって駆け出す。
 ヌラリーは居場所を勘付かれたのを知り、逃げようとする。
「そうはさせませんわ!」
 ヨルディアは毒虫の群れをヌラリーに放った。ヌラリーは毒虫にまとわりつかれ、視界を奪われて動きが鈍くなる。
 宵一が賽銭箱を踏み台に、屋根へ跳び乗った。
「おらぁ! その首もらったぁ!」
 双星の剣で僧衣の老人、ヌラリーに打ちかかる。ヌラリーが刃先を避け、宵一のみぞおちを蹴り込んだ。宵一が薙ぎ払う剣が、身を低くしたヌラリーの頭皮に擦れる。
 屋根の上で丁々発止の討ち合いを繰り広げる二人。境内の入り乱れた戦闘を足下に、二人の黒い影が屋根で舞う。徐々に屋根の端に近づいているのを、気づいているのかいないのか。
「罠を仕掛けるでふ……。ヌラリーを倒して妖怪嫌いを克服するのでふ……」
 リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)は大急ぎで屋根のそばの枯れ木に縄を渡し、丈夫な網を張った。
 屋根の宵一に向かって手を振る。
「こっちでふ!」
 宵一はリイムの意図を瞬時に察した。ヌラリーに一際派手な斬撃をお見舞いする。
 ヌラリーは軽く後ろに跳ね退いた。屋根の端から、足を置く場所のない空中へ。
「ぬおっ!?」
 ヌラリーは落下し、枯れ木のあいだの網に絡め取られる。
 長くは保たない。リイムはすかさずクロス・ザ・エーリヴァーガルの後ろに駆け寄った。
「発射でふー!」
 クロス・ザ・エーリヴァーガルの砲塔から、氷の砲弾が雨あられとヌラリーに叩き込まれる。周囲の空気まで冷たくなり、ヌラリーは氷塊に閉じ込められた。
 それでも気絶はせず、氷塊の中で暴れる。ミシミシと亀裂が入り、今にも飛び出してきそうだ。さすがは大将、耐久力も半端ではない。
「やーくん! あれがヌラリーみたいだよ! 動きを封じて!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が晴明に叫んだ。
「やーくんって……いやまあ今はそれどこじゃないか」
 ともあれ、晴明は式神を氷塊へと飛ばした。何体もの式神が氷塊の周りに貼り付き、出てこようとするヌラリーを押さえつける。
「行っくよーっ!」
 美羽はヌラリーに向かって駆け出した。
 夜空に飛翔。ヌラリーの上空で足を思いきり振り上げ、急降下しながら渾身のかかと落としを繰り出す。美羽のかかとが氷塊をぶち抜き、ヌラリーの脳天を直撃した。
「ぐ……む……」
 脳を揺らされ、どうと崩れるヌラリー。長い顎が地についた。
「はい、捕まえたっと!」
 美羽はヌラリーの手首に手錠をかけ、体にロープを巻き付けていく。
 どよめく妖怪たち。
「ヌラリー様あ!」「おのれ!」「今お救いします!」「小娘が! 目に物見せてくれる!」
 殺気立って美羽の方に押し寄せてこようとする。
「そこまでです!」
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が妖怪たちに聖なる光を放った。妖怪たちが足止めされる。穏和な性格のベアトリーチェは、こんな戦いが起きてしまったことに胸を痛めていた。
 できれば穏便に解決したい。切にそう願い、心を込めて訴える。
「もういいじゃないですか! これ以上、誰かが傷つくのは嫌です! 大人しく降参してください! 契約者の皆さんもやめてください!」
 沈黙が境内を支配する。
 彼女の真摯な言葉に、その場にいる全員が気を呑まれたようだった。
 一人、また一人と武器を収めていき、戦っていた妖怪たちと契約者たちが離れる。
 縛り上げられたヌラリーの前に、美羽が笑顔で仁王立ちした。
「さーて。どうして人間を襲ったのか……教えてくれるよね?」
 可愛らしく片足で立ち、ミスリルバットをぐるんぐるんと素振りする。見た目とは裏腹に、逆らったら危なそうな空気が溢れ出ていた。
「人間を襲うのが目的というわけでは……ないのじゃ」
 ヌラリーがぼそりとつぶやいた。
「……え?」
「わしらはそもそも……、妖怪ではない。ゆる族じゃ」
「ええええええ!?」
 美羽を含め、調査団の全員が驚愕した。
「最近、わしらはめっきり陰が薄くなってしもうてのう。人間たちを驚かして、わしらの存在感をアピールしようと思うたのじゃ」
「だけど……、こんな乱暴なことしなくても……」
 ベアトリーチェが眉を寄せた。
「いつもはちょっと怖がらせてやったら逃げておったからのう。反撃してきたのはお主らが初めてじゃ。こうなっては戦うしかなかろう」
「なるほど……」
 すべては誤解が生んだ争いだったということか。ベアトリーチェはため息をついた。
 晴明が厳しく告げる。
「もう絶対にこういうことはしないで。また戦いになったら大変だろ」
「うむ……。迷惑をかけてすまんかった」
 ヌラリーは深々と頭を下げた。そして顔を曇らせる。
「しかし、そうしたらわしらはどうやって知名度を上げれば……」
 その問題は解決していなかった。
「私に考えがあります!」
 境内への石段を駆け上がってきた舞花が叫んだ。砂かけババア・青と別れてからずっと山を走っていたせいで、息が上がっている。実は結構山の中で迷ったりもしていた。
「こんな田舎で人を驚かせても、知名度を上げる効果は少ないです。もっと人のたくさんいる都会で、例えばお化け屋敷などで働くべきですよ」
「しかし、時代後れのわしらを雇ってくれるようなところは……」
「私が知っています。紹介しましょう」
「そうか……。ありがたい。是非頼む」
 ヌラリーは舞花に笑顔を向けた。舞花も安堵と共に微笑み返す。
「一件落着、だね!」
 美羽がぴょんっと跳びはねた。
 契約者たちや、妖怪の姿をしたゆる族たちは、気が抜けて吐息をつく。疲労のあまり、そのまま座り込む者たちもいる。
「皆さん、喉が渇いたでしょう。どうぞ」
 鈴鹿が用意していた麦茶を調査団とゆる族たちに配った。
 晴明には麦茶に加え、袋にパックされた濡れタオルを渡す。
「これで汚れや汗を拭いてください」
「ありがとう……」
 晴明は鈴鹿の気配りに少し感心しながら、濡れタオルで汗を拭った。ずっと山の中で不愉快な思いをしていたが、さっぱりした気分になる。
「師匠、お疲れ様! 無事に終わって良かったね!」
 サンドラがどさくさに紛れて晴明に飛びつこうとした。
 が、晴明はひらりと避ける。
「もー、師匠のイケズー!」
 ぶーたれるサンドラ。晴明は微かに笑みを漏らした。
 夜風が境内を吹き抜ける。山のふもとを見下ろすと、村の灯りが穏やかに瞬いているように見えた。


「……という、顛末でございます」
 唯斗は葦原明倫館の総奉行執務室で、事件の一部始終についての報告を終えた。今回は屋根ではなく、総奉行の机の前で膝を突いている。
 ハイナが作業中の書類から目を上げた。
「そうでありんすか。で、晴明は?」
「『もう疲れたから帰って風呂に入って寝る。報告なんて面倒だからしない』と皆に言っていました」
「まったく……」
 呆れるハイナ。
「それでは、失礼いたします」
 礼をして立ち去ろうとする唯斗に、ハイナが声をかける。
「待ちなんし。主も疲れたでありんしょう。かき氷でも食べんせんか?」
「は。ハイナ殿がそうおっしゃるのであれば」
 唯斗は主人の心遣いが胸に染み入るのを感じた。
 どこかで虫が鳴いている。妖怪たちはここにもいない。

担当マスターより

▼担当マスター

天乃聖樹

▼マスターコメント

ご参加ありがとうございました。

今回は夏真っ盛りな肝試しイベント。独創的なアクションがとても多かったのが印象的です。
ヌラリーたちの正体はゆる族だったので、ぬりかべ以外には通常攻撃も有効でした。

次回は捜査モノを企画したいと考えております。
久しぶりのオリジナルシナリオで、基本的な流れはシリアスになる予定です。

それでは、またなにかのシナリオでお会いできれば幸いです。