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THE 合戦 ~ハイナが鎧に着替えたら~

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THE 合戦 ~ハイナが鎧に着替えたら~

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 ところで……。
 こちらは、【シェーンハウゼン】の右翼陣営から少し離れた、森との境い目あたりの地点。
 ハイナ側の勇敢な武将の突撃で、右翼軍団は激しい戦いを繰り広げている。それを尻目に、戦闘開始の頃から怪しく蠢いている人影があった。
「ローザマリアもグロリアーナも派手にやってくれているみたいだね。おかげでこちらも作業に取り掛かれるんだけどさ」
【ハノーヴァー選帝侯太子義勇大隊】とマスターのローザマリアが敵陣に突入している頃、
 パートナーのフィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)は地味な土木作業に従事していた。
「砦の水源は、完全な井戸水だけか……。ちょっとアテが外れたかな……?」
 ローザマリアは、兵士の中から斥候を選び出し砦の近くに水源となりそうな河川が無いか、大軍の移動に不可欠な街道が無いか調べに走らせていた。
 たいした情報は得られなかったが、最低限の地形と必要な話くらいは聞くことが出来た。
 やはり、このMAP上には河川はないようだった。いくらバグゲーとはいえ、プレイマニュアル(ガイド)に書かれてなかったものまで出現しない。
 その情報を元に、川の流れに沿って小細工しようと考えていたフィーグムンドは少し落胆する。
 ただ、街道はあるようだった。信長の本荘から砦へと続く、草の生えていない道が延びているらしかった。
 まあ、いざとなったら力押しか……とフィーグムンドは苦笑する。
「これ……、敵にバレたら終わりじゃないですか。いつ気付かれるか少しドキドキしているんですけど」
 ローザマリアのパートナーの上杉 菊(うえすぎ・きく)が、戦いの喧騒も激しい敵陣を気にしながら言った。
 彼女は、なんと特殊アイテムの【ランドアンバー】に地面を掘らせていた。
 平原の草むらに伏せさせてあった【ランドアンバー】を地中に潜らせて、密かに深さ6〜7mの小さな穴を無数に掘らせる。その穴同士を横に繋げて蟻の巣状の坑道を作らせる作業が先ほどから延々と続いていた。これはもし敵が気付いて兵を送ってきても迎え撃てるよう、塹壕用の蛸壺兼対敵歩兵用落とし穴らしい。
 兵100名と共にランドアンバーが掘削して掘って出た土を盛って簡単な遮蔽物を築くとちょっとした攻撃拠点の一つになった。。
 最終的には、坑道は最終的に砦の外壁、真下、及び井戸まで掘り進めて破壊工作を行えるようにするという、なんとも遠大な計画を実行しているのであった。
「多分大丈夫よ。敵軍はワタシの部隊の動向を注目しているはずだから」
 ローザマリアたちの土木作業を手伝っているのは、後方支援要員として参加していた笠置 生駒(かさぎ・いこま)だった。
 今回、彼女はこの世界にやってきはしたものの、合戦に参加するつもりはなかった。 
 味方部隊の為に前線の後方に補給と休養ができる野戦陣地を作成しようとしていたのだ。純粋に裏方から皆を支えようとしていたのであり、目的は様々な作業の手伝いであった。
 にもかかわらず、生駒にも1000名の歩兵が与えられている。
 彼女は、この歩兵を合戦には投入せず、800人を三列ほどの横隊で整然と整列させ、武器を構えた体勢で、右翼前方の程近い地点に布陣してあった。いつでも敵に突撃できる距離。だが、敵はこちらに迫ってこないだろうくらいの地点。
 この部隊は【シェーンハウゼン】への攻撃の機会を待っているのではないか、と敵に注目させ警戒させるには十分だった。
 それどころか、右翼軍団は現在他の部隊と交戦中である。生駒の兵が前方に待ち構えているのはわかっていても、それは攻撃の隙を伺っているのであって、ただその場に立っているだけなどとは考えないだろうと、と彼女は予想していた。
 そう、ただの目隠しのために布陣しているのであった。
 800の部隊の背後の、敵陣からは完全に死角となっている地点で、ローザマリアたちは穴を掘っているのだ。
 土木作業を仕切っている現場監督は、生駒のパートナーのジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)だ。彼も合戦に参加するつもりはなかった。
 太古の猿人の英霊という他では類を見ないであろうジョージも、生駒と同じく純粋に土木作業をしに来ていたのである。兵士たちの残りの200人も、今や穴を掘るだけの単なる土木作業員であった。
 ローザマリアから借りた元歩兵土木作業員を合わせると総勢300名での大突貫工事。 
 工事が進むに連れて、目隠しの歩兵800人は少しずつじりじりと位置を変え布陣を移動させていく。その動きがまた、いかにも攻めやすい場所を探しているようで不気味だった。
「あともう少し……あともう少し攻撃が長引いてくれれば、こちらもいいところまでいくんだ。みんな頑張っt」
 深く掘られた穴を覗きこんでいたフィーグムンドは、突然姿を消した。どうやら、ローザマリアに召還されたらしい。そして、先ほどのシーンに続くのだ。
「ご健闘を」
 菊は見送る。
 そんな短時間で間に合うのか心配だったが、作業は予想以上の早さで進んでいるようだった。
 果たして、この奇抜な作戦は上手くいのであろうか……。



「……先程からなにをしているのだ、あの部隊は」
 右翼後方に陣取る第二軍団の軍団長、 ティベリウス・センプローニウス・グラックスは、そんな生駒の部隊の動きに注目していた。
 第二軍団の本陣から双眼鏡を覗いているのは、シャンバラ教導団のケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)だった。
 ティベリウス・センプローニウス・グラックスは、共和政ローマの政治家と軍人を兼ねた人物で、2度にわたり執政官を務めた。第二次ポエニ戦争(ハンニバル戦争)中、奴隷軍団を編成して積極的に戦いを繰り広げ、正規軍団にも優る戦果を挙げたが、ハンニバルの部下に暗殺されてしまった。ポエニ戦争終結後、ローマの政治改革に取り組んだグラックス兄弟の大叔父にあたるらしい。
 その彼が、少々苛立たしげに声を上げる。
「もう動くべきだろう。出陣してきたハイナ本人はこちらには進軍してはこない。平原の向こうで高みの見物をしている。謎の部隊の動きも嫌な感じだ。今なら双方簡単に討ち取れるだろう。何をやっているんだ、総司令部は」
 800程の横隊を組んだ部隊は、攻撃をせず遠巻きにこちらの様子を伺っているだけ、とはいえこちらから追って攻撃するには距離は離れている。総司令官からのハイナ軍への総攻撃命令が出たのならまだしも、単独で軍団を動かすと鶴翼の陣を崩すことになる。
 さらには、その怪しい部隊から少し離れた所ではハイナがこちらをじっと見つめたまま笑みを浮かべていた。
 彼の場所からは、出撃するなりまともに陣形も整えずに平原をうろうろしているハイナの本隊が遠目ながらもはっきりと見て取れていた。
 彼女らは、【シェーンハウゼン】の鶴翼の陣を迂回するでもなく、突撃してくるわけでもなく、まるで攻撃してくださいと言わんばかりに平原の向こうをを行ったりきたりしているだけだった。しかも、時折こちらをちらちらと見て仲間たちとなにやらヒソヒソ話をしているところが腹立たしい。
 あの距離だ。ハイナは右翼軍団が追いかけてきても追いつかないと多寡をくくっているに違いなかった。
 伝令から聞くところによると、現在各陣営では、敵の小部隊と激しく交戦中という。それで、対応に追われているのだろうか。
 あんな少人数の兵しか連れていないハイナ本隊などいつでも討ち取れるという考えだろうか。
「敵の様子を探りに行った密偵はどうした?」
「帰ってきません」
 ティベリウス・センプローニウス・グラックスの問いに兵士の一人が答える。
「……よし、思い切って仕掛けてみるか。総司令と各軍団に伝令だ。少しだけこの地点を空にするが、すぐに戻ってくるとな」
 彼は、決断した。
 もたもたしていたら、時間だけが無駄に過ぎてしまう。もし、敵がこちらに打撃を与る罠を仕掛けていても、踏み潰してやる。彼は自信に満ち溢れていた。
「……?」
 ふと、目の前を何かが通り過ぎた気がしてティベリウス・センプローニウス・グラックスは目をしばたかせる。
「今、何か通ったか?」
「いえ?」
 兵士が答えた。
 まあいい。全ては些細なことだ。
 彼は出撃のために兵を整える。


「そうか、わかった。こちらも対応しよう」
 クィントゥス・ファビウス・マクシムスは伝令からの話を聞いて頷いた。
 事ここに至っては動くべきだった。
 ハイナはもうこの作戦には乗ってこない。鶴翼の陣を崩して大軍で敵を粉砕すべきだった。そもそも……。
 彼は自嘲的に笑う。鶴翼の陣にさえこだわらなければ、先程から続く小戦闘も数に任せて強引に押しつぶせたのだ。
 各軍団長は忠実によく陣を維持してくれた、無理をさせてしまった……とクィントゥス・ファビウス・マクシムスは内心礼を言う。
「意思はわかったから、第二軍団には単独行動するなと伝えてくれ。我々と合流し、ハイナとシャンバラ軍を全て殲滅させる」
 先程からの小戦闘でいくばくかの被害は受けたが、それだけのことだった。まだ3万以上の兵は残っている。
「……」
 ふと、クィントゥス・ファビウス・マクシムスは陣営を見回す。
 あの面倒くさい軍監のルイス・フロイスは今はいなかった。別の部隊の査察にいっているようだ。
 武器の取り扱いから兵士たちの口の利き方まで、よくもまあ揚げ足ばかり取ってくれるものだ。姿が見えないだけで空気が澄んだように思える。
 まあいい、とクィントゥス・ファビウス・マクシムスは気を取り直した。
 攻撃力と機動力から考えれば鏑矢の陣か偃月の陣がいいだろうか。そして、相手側が鶴翼の陣を展開することはない。あっても少数の鶴翼など無意味に等しかった。あれは大軍団が展開する陣だ。
「全軍に命令だ。無理せず速やかに持ち場を離れ合流せよ!」
 詳細は、指示書に記されすぐさま伝令によって伝えられた。
「茶番は終わりだ。もうシャンバラ軍にチャンスは巡ってこない。一気にカタをつけるぞ」
 クィントゥス・ファビウス・マクシムスと共和制ローマ軍団は動き出す。
 その彼の視線の先には、のんびりとこちらを見つめているハイナの姿があった。