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汝、己が正義を信じるや? ~善意の在処~

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汝、己が正義を信じるや? ~善意の在処~

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■幕間:誰もいない部屋

 昨夜の祭りの後片付けが行われる街とは別に、蒼空学園分校は静かなものだった。
 どうやら後片付けの手伝いで多くの生徒が町に駆り出されているらしい。
 まだ野盗全員が捕まったわけでもないので、そちらにも人員を割いているのだろう。
 そんな学園の中を歩いているのはクエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)サイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)の二人だ。彼女たちは昨晩の逮捕劇の報告をしに朝早くから久瀬の部屋を訪ねて来たのだが――。
「誰もいないな」
「みたいですね。どこに行ったのでしょう?」
 久瀬の部屋はもぬけの殻であった。机の上に置かれたカップには飲みかけらしき珈琲が淹れられたままだ。
 冷めきってしまっていて、淹れてからだいぶ時間が経っているのが分かる。書類も適当に積まれていた。
「おかしいです。久瀬さんが事件放り出すはずがないのに……」
 クエスティーナは言うと部屋の様子を見る。
「放置された日用品、開いたままの窓……。急用でもあったのでしょうか?」
「クエス。これを――」
 サイアスは机の上に置かれた書類の一つを手に取るとクエスティーナに渡した。
 それにはお祭りでの出店記録や申請書などが綴じられていた。
 その中の一つ、ライアー・フィギアという名前を見つける。
「ライアーさん……たしか野盗の方たちが話していたお方ですね」
「不慮の事故だったというやつだな」
 サイアスは厳しい面持ちで続けた。
「パートナーロストだというのにこの笑顔。事情を知っていると表現し難い何かを感じる」
 書類に添付された顔写真は不自然なほどに綺麗な笑顔であった。
 まるで作り物のようでもある。
「まさか久瀬さんこの人に――」
「会いに行ったのかもしれないな」
 野盗からライアーのことを危険な人物だと聞いていたクエスティーナは思うが早いか、部屋を飛び出そうとする。
「ちょっと待ってください」
 サイアスがクエスティーナの手を取り制止した。
 慌てるように彼女は言う。
「急がないと久瀬さんが!」
「急いでどこに行くつもりだ? 彼の居場所が分かるのか?」
 当然の疑問であった。それに対する答えを彼女は持っていない。
 黙り込んでしまったクエスティーナを安心させるようにサイアスは続けた。
「これにライアーの住所が明記されてる。きっと久瀬が行くならここだろうな」
 サイアスは開け放たれた窓に近づくとクエスティーナと一緒に身を乗り出した。手には飛行箒が用意されている。
「乗って下さい。あまり行儀はよくありませんが緊急事態だから仕方ない」
 クエスティーナはサイアスの指示に従う。
 彼女がしっかりと自分に掴まっていることを確かめサイアスは空を飛んだ。
 目的地は森を抜けた先。ライアーの自宅だ。

                              ■

 祭りを楽しんだのだろう。様々な土産を手にした人たちが街道を歩いていた。
 朝も早いというのに人の数は多い。その多くは商人なのかもしれない。大きな鞄を背負っている人や荷車を引く人が目につく。
 そんな街道を行く人たちに紛れてエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)の二人もまた、昨日に引き続き警護をしていた。今の警護対象は妙齢の女性である。
「昨晩は森の近くでモンスターが出たって話を聞きましたわ」
 エースの隣を歩く女性が宿屋で聞いたという話をした。
 最近、各地で封じられているという巨大な魔物が復活したという噂もある。
 そういった不安を促すような話が多いせいもあるのだろう。昨日のようなことが起こると人から人へと噂が伝播するのが早い。
 エースは彼女の手を取ると安心させるように笑顔を向けた。
「大丈夫ですよ。警備隊の話ではすでに退治されたらしいです」
 ですよね、と隣を歩くエオリアに同意を求めた。
「そうですよ。だから大丈夫です。何か出てきても僕とエースがいますから」
 腕を曲げて力こぶをつくる。
 一見すると華奢に見えるエオリアだがその姿からは力強さを感じられた。
 それは警護対象の彼女も同様だったようで不安が払拭されたのか、笑顔を二人に向けた。
「そうよね。あたしったら心配性で困っちゃうわ」
「あんな話を聞けば誰だって心配になるものですよ」
「ところで何処まで守っていただけるのかしら」
 エオリアがエースの笑みを受けて応えた。
「森を抜けた先の町、お嬢さんの住んでいるところまで護らせていただきます」
 街道の先に見えてきた森を眺める。
 ふと空を見上げると一組の男女が森の方角へ飛んでいくのが見えた。
(あれは……)
 エースは頭上を通り過ぎたのがクエスティーナたちであることを認めると街を出る前に聞いた話を思い返す。
(そういえば主犯らしい女性が向こうの町に住んでるとかいう話がありましたね。たしか名前は――)
 彼らは女性を護りながら森へと足を踏み入れた。
 この道の先に困っている女性がいるのだろうという確信を持って。