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悪魔の鏡

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悪魔の鏡
悪魔の鏡 悪魔の鏡

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 とまあ、それはさておき。
 その頃……。
「さようなら、“ござる”お姉さま。ヴァイシャリーでまたお会いしましょう……」
 空を見上げながら、泉 美緒(いずみ・みお)は両手を胸の前で組み合わせしばし黙祷を捧げていた。
 なんだか、悪寒が走った気がするがきっと気のせいだろう。
 ドッペルゲンガー事件で空京へやってきていた美緒は、パートナーである、ラナ・リゼットを伴っていた。……と思いきや、そのラナはすっかりニセモノだったでござる。というお話だったのだが。ニセモノのラナは一シーンすら登場せずに姿を消していた。
 ニセモノのバビッチ・佐野が持っていた鏡が破壊されたため、他のドッペルゲンガーたちと共に、消滅したのだった。口調が「ござる」だっただけの見所のあるキャラというわけではなかったので、特にいてもいなくても話の展開上支障はなかったのだが、美緒は心残りのようだった。美緒とニセモノのラナとの間で繰り広げられたあんな冒険やこんな展開が、走馬灯のように駆け巡り消えていった。……まあ、多分……。
 早く忘れて次へ進むとしよう……。
「これで……残った鏡は、5枚になったというわけですわね」
 美緒と共に空に祈っていたエンヘドゥ・ニヌア(えんへどぅ・にぬあ)は、ややあって手帳を取り出す。
 彼女は、鏡の事件を解決するために知己の美緒と合流し、ドッペルゲンガー探しをしていたところだった。
 これまでは守られてばかりだった。多くの人たちの好意と親切のおかげで平穏無事な生活を送っていられるのだ。ここで事件に遭遇したのも天の導き。きっと皆さんのお役に立って報いたい、とやる気満々の表情だった。
 そのため、他の契約者たちの力は借りずに彼女らだけで捜査を進めていたのだ。
 普段は大人しくてひ弱とも認識されているけれども、本気を出したら凄いんです! と言わんばかりにはかどっていた。
「もう一度、状況を確認しますわね」
 エンヘドゥは、祈りを終えた美緒と顔を突き合わせて相談を始めた。そっくりな二人が並んでいる様は、そばから見ていていある意味壮観だ。
「これまでわたくしたちが調べたところによると、錬金術師のバビッチ・佐野さんのお宅から流出した『悪魔の鏡』は6枚でしたわよね」
「想像以上にたくさん作られていて、大変なのですわ」
 口調までが同じなので、どちらが喋っているのか判断はつきにくい。
「一枚は、バビッチ・佐野のニセモノが持ち逃げしたものですわね」
「それは、破壊されたのは確実と見てよろしいでしょう。“ござる”のお姉さまも消えてしまいましたので、何人かが寂しくなったと思われますわ」
「もう一枚は、好事家の大富豪が買い取ったのですが、直後に泥棒に入られて盗まれたようでしたわね。その鏡は、ネットオークションに出品されていましたが、つい先ほど落札されたようですわ。入手したのは匿名の男性のようですけど、どなたなのでしょうか」
「その泥棒さんは捕まったそうですわね」
「ついでに、最初に鏡を買った大富豪の方も連行されて行きましたわ。こちらは、誤認ではなく、その……幼女ハーレムを作りたくて鏡がほしかったとか……」
「……」
「……」
 エンヘドゥと美緒は何とコメントしていいか分からずに困って顔を見合わせた。
 全然関係のないところで、邪悪な事件が一つ解決したのは結構なことだった。
「もう一枚は、アワビの養殖者がアワビ1万年分と交換したそうですが、テロリストに奪われたようですわね。さらに一枚は、砥石を買いに来たアイアンクローの少女が持っていったそうですが、その後の行方はわかっておりませんわね。そして一枚は、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)さんが、頭金の他、20年ローンで購入していますわね。……わたくし思うのですが、どうしてそうまでして鏡を手に入れたのでしょうか」
「家を買うほどのお値段ですわ。……アキラ様、そんな買い物して大丈夫なのでしょうか……」
 ここがこの事件の最大の謎だと言わんばかりに、エンヘドゥと美緒は頭を悩ませる。アキラは、この空京の町へとやってきていたはずなのにどこを探しても見つからず、その後の目撃証言すらなかった。
「最後の一枚は、工房を見学に来た女性が持ち去ったらしいのですが、証拠もなく鏡も見つかっていないので錬金術師さんも諦めて放置してしまったようですが」
「やる気のなさには困りましたわね。管理くらいはしっかりしておいて欲しかったです」
 さて、どの鏡から追おうか……。二人は、街中で地図を広げて、むむむ……と唸る。やる気はあるのだが、どこへ行っていいか決めあぐねていた。
 そんな、街中で佇んでいる二人を見つけたのは、冒険者ギルド帰りの榊 朝斗(さかき・あさと)だった。
「頑張っているのが一目でわかるのは見ていて頼もしいんだけど、無茶な冒険はよくないと思うよ。なんなら僕も手伝おうか……?」
「あ……、お久しぶりでございます」
 二人は、彼の姿を見ると揃ってぺこりと頭を下げる。
「こちらがエンヘドゥさんで、こちらが美緒さん。二人ともニセモノ騒動に巻き込まれてるんじゃないかとちょっと心配していたんだけど、今のところ無事みたいで安心したよ」
 朝斗は、二人が並んでいる姿を見ても、どちらかがニセモノではないかなどとは思わなかった。エンヘドゥとはカナンの時からの付き合いだし、美緒とも度々交流している。間違えようはずはなかった。
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、もし朝斗の都合が悪くなければご一緒していただきたいですわ」
 エンヘドゥが遠慮がちに聞いてくる。
「もちろんだよ。……すでに、エライことになっている人たちがいるみたいだからね。一緒に行動しようよ」
 朝斗はエンヘドゥと美緒と共に再び町へと繰り出した。表情こそは穏やかだが、この二人には万一にも危険な目に遭わせるわけにはいかない、と固い決意だった。
「お久しぶりですね、エンヘドゥ。ザナドゥのお正月以来のことでしたかしら?」
 朝斗と行動を共にしていたパートナーのルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)も、再開を喜んで笑顔になった。エンヘドゥも微笑み返してくる。
「その節は大変お世話になりましたわ。またご一緒できるのは嬉しいです」
 そう言ってから、彼女は少し恥ずかしそうに懐から小さなアクセサリーを取り出した。
「実はわたくし……、以前にあなたから頂いた『月雫石のイヤリング』の片割れをいつも持ち歩いているんです。お守りとしても最適ですから」
「嬉しいことを言ってくれますね。実は、私もですよ」
 ルシェンはもう片方の『月雫石のイヤリング』を取り出すと、エンヘドゥの持つ片割れと並べてかざした。二つはいつも通じ合っているようにキラリと光る。
「……」
 しばし見つめあう二人を、美緒は空気を崩さないよう気遣いながらちらちらと見ている。朝斗もクスリとほほ笑んだ。
「そういえば、美緒さんも恋人が出来たんだって? おめでとう。幸せなのは、これからだよ」
「あ、ありがとうございます。実はまだ、かなり緊張しておりまして……」
 頬を両手で押さえながら照れる美緒。やばいくらいに可愛い。やっぱり女の子は恋をしなきゃね。
「そう言う朝斗は、いつ恋人ができるのでしょうか〜?」
 それまで黙って様子を見ていたパートナーのアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が、朝斗の顔を覗き込んでくる。
「朝斗も恋人が出来たらもっと可愛くなりますよ」
「……それが困るんだよ」
 まだ『月雫石のイヤリング』を見つめているアイビスに視線をやりながら、朝斗はため息をつく。自分は普通でいたいのに、誰のせいで可愛いことになっているんだろう……? 
「……ん?」
 朝斗は首をかしげた。
 恋する女の子の視線に気づいたからだ。こちらをじっと見つめる熱いまなざし。
 数人の女の子たちは、朝斗を見つめているわけではなかった。その視線は、まだエンヘドゥと『月雫石のイヤリング』を見せあいしているルシェンに注がれている。一方で、ルシェンと仲よさげなエンヘドゥに対しては、明らかに敵意をむき出しているのがわかった。
「ひとつ聞きたいんだけどさ、ルシェン。なんかあの人達、ルシェンの事を見てるけど、心当たりある?」
 朝斗は嫌な予感がした。こういう場合、十中八九当たるのだ。
「さあ……? 見たことありませんけど……?」
 ルシェンの口調は誤魔化しているようには聞こえなかった。本当に知らないらしい。
「……」
 アイビスは半眼でルシェンを見た。女の子達がこちらに近づいてくる。心当たりがありすぎて困ってしまう。
 じっと見ていると、彼女らは朝斗やアイビス、そしてエンヘドゥと美緒もそっちのけで、ルシェンに抱きついてきた。
「お姉さま……。先ほどは誘ってくれてありがとうございました。これが……私の答えです」
「はい?」
 ルシェンは、明らかに身に覚えのない表情になった。
「お願いがあります。……先ほどの甘いお心、もう一度私に欲しいのです」
「ちょっと待ちなさい。何を言っているのですか」
 ルシェンに構わずに、女の子は抱きつきながら目を閉じて何かを待つ姿勢になった。それに連られて残りの女の子達もルシェンにしなだれかかってくる。
「ルシェン……、この子たちに何をしたのさ? 素直に白状してくれるといいと思うよ」
 朝斗は、笑顔でルシェンの肩にポンと手を置いた。口元は笑っているが、目は猜疑心で満ち溢れている。今までルシェンの暴走で酷い目にあっている朝斗にとっては、また彼女がやらかしたと考えるのも無理はない。
「違いますよ。私こんな人たち知りませんもの」
 ルシェンがたまらずに振りほどこうとすると、女の子達は甘い嬌声を上げて喜んだ。
「ああ、女王様……、そんなに乱暴にしないでくださいませ」
「な、なんか女王様とか言われているんですけど……?」
 さすがにただ事ではないと察したルシェンは、強い口調で言った。
「ドッペルゲンガーの仕業ですよ。きっと私のニセモノがどこかで悪さをしているに違いないのです」
「悪さもなにも……、それって普段のルシェンとあまり変わらない気がするのですが」
 辛辣なアイビスの台詞に、ルシェンはガーン! とショックを受ける。
「……私がいつもそんな目で見られていたなんて……」
「ああ、お姉さま、悲しまないでください……。そんなお姉さまが素敵なのです」
 女の子達が慰めてくれる。
「……」
 エンヘドゥと美緒は、何かを探すように周囲を見回していたが、顔を見合わせて頷き合うと、町の人ごみの中へと駆け出していく。
「あ、どこへ行くんだよ。危ないよ……!」
 朝斗は、アイビスと共に二人を追った。
「待ってください。私も……」
「女王様〜!」
 ルシェンは、女の子達の纏わりつかれてその場に置き去りになった。まさか、一般人の女の子を邪魔だからと吹っ飛ばすわけにも行かない。
「こっちですわ!」
 エンヘドゥは、手の中の『月雫石のイヤリング』を見つめながら走っていた。
「わたくし、ルシェンの言葉を信じますわ。ニセモノの仕業に違いないのです」
 鏡から生み出されたドッペルゲンガーは、本物と同じ能力、同じスキル、同じアイテムを保有している。と言うことは……。
「ニセモノも『月雫石のイヤリング』を持っているのですよ。わたくしの持つイヤリングと共鳴しあって、相手の場所を教えてくれているのですわ」
 まさかそんなばかな、と朝斗は思ったが、エンヘドゥは本気らしい。
「朝斗さま、あちらですわ……!」
 美緒が指差す先へと急ぐ朝斗たち。
 彼らの捜索が始まった。ルシェンのドッペルゲンガーは見つかるだろうか。

 一旦、シーンを変更してみよう。