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その8:そしていつの間にか終結する


 場面を本物の空京の町へと戻そう。

「ここか。腐った横暴権力の巣窟、空京警察と言うのは……!」
 ドッペルゲンガーの騒ぎに巻き込まれて多くの者達が連行されていった空京警察署の前に、大きなバッグを提げ赤毛の女性が姿を現した。
「教導団の金御大がこのオレに直接電話してくるとは、相当のことらしいな」
 連れて行かれた者たちの早期釈放のための保釈金を持ってきたのは、【超国家神】の異名を持つ、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)だった。
 詳しい話は全く聞いていなかったのでよくわからないが、腐敗した官憲がその肥大しきった権力を誇示するために、無辜の住人達を捕らえ拷問にかけているらしい。許すまじ、とシリウスは怒りに震える。
「いや、君が一番ヒマだろうと思ったから。どうせ遊んでいるんだろう?」とかなんとか金鋭峰が言っていたような気がするが、きっと耳鳴りのせいだろう。超国家神たるシリウスの威光は、国家の犬たる官憲どもには恐れ多いことだろう。冤罪に泣く善良な市民を助けるのも超国家神としての役目とばかりに、彼女は引き受けたのだ。
「担当官を呼んでくれ。保釈金を用意した。不当に捕まった者たちの即時解放を求める」
 シリウスは、警察署に入っていくなり札束のぎっしり詰まったバッグをカウンターに置く。カネの力に頼るなど彼女にとってあまり好ましくない事態だったが、これも規則は規則。いきなり乗り込んで言って締め上げるのも、超国家神としての体面に関わる。
 金鋭峰は、このことあるを予想していたようで、空京の銀行口座には保釈金が用意されていたし署名入りの書状も添えられていた。それを見た警察署の受付がすぐさま手続きを取ってくれる。まあ、保釈金と言うのはいずれ返ってくるものだから、誰も損はしないわけだが。
「……」
 シリウスは署内の様子を見渡しながらしばらく待っていたが、空京警察に特に邪悪な気配はなかった。ごくごく普通のお役所だ。警官達も忙しそうに真面目に働いている。腐敗した様子も横暴で肥大した権力もない。勘違いだったかな……? と彼女が考えていると、署内で親しい顔を見つけた。
 一緒に空京に来たのだが、すぐにはぐれていたパートナーのリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)も、警察署内にいて、シリウスの姿を見つけるとこちらにやってくる。
「何をしでかしてこんなところにいるのですか、シリウス? 白状するなら今のうちですわ」
「いや、オレは頼まれて保釈手続きに来ただけだから。それよりリーブラこそどうしてこんなところにいるんだ? 一緒に連れてこられたのか?」
 シリウスが訝しげにたずねると、リーブラは当然のごとく微笑んで返してくる。
「シリウスが行方不明になったので、捜索願を出そうとしていたところですわ」
「迷子になったのは、リーブラの方だろう……」
 そこだけははっきりさせておかないといけない、とシリウスは強めに言った。国家神が迷子になる噂でも立てられてはかなわない。
「探したんだぜ、リーブラ。あまり迷子にならないでくれよ。……まあ、オレとすれ違った後、すぐに警察に来たのは迷子的には間違っていないんだろうが」
「……何のことですか? 私、空京の入り口でいきなり別れ別れになって以来一度もシリウスに会っていませんけど? 今だって、応接室でずっと待たされていたので遅くなっているだけで、ずっと署内にいましたわよ」
 お役所仕事は遅い! とリーブラは少々不満げだったが、突っ込むべきところはそこではなかった。
「ずっと署内にいただって? ……じゃあ、あの時オレが会ったのは……?」
 シリウスは、今ここにいないはずのティセラ・リーブラがそうなのか、と思った。ティセラはシリウスとは親しい間柄なのだが、パートナーのリーブラがティセラと瓜二つなのだ。
「え? じゃあさっきのティセラねーさん? でも今日はねーさん仕事だよな……」
「ですわね。ティセラお姉さまがこんなところをほっつき歩いているはずがありません」
「……まさか、またクローンか?」
 シリウスは知っていた。ティセラ・リーブラには、シャムシルが作ったクローン体がいると言うことを。それがこの街にやってきていたのかと考える。
 そうこうしているうちに、奥からリアトリスたちが出てきた。
「カツどん、食べ損なっちゃったね」
 地元警察の張り切りすぎで誤認連行されていたリアトリスたちは、問題なく解放されたようだった。そもそも、表向きは何の凶悪事件も起こっていない。せいぜい喧嘩や物品の無断拝借、かっぱらい程度だ。どれもこれも町に潜むドッペルゲンガーがやっていることらしいが、空京の町ではこの程度の事件は日常茶飯事だった。
 簡単な事情徴収の末、ドッペルゲンガーたちは確保されたままなものの、リアトリスらは無事に警察署を出ることになった。
「もう二度と来るんじゃないぞ」
 署の入り口で見送る警官達に、和輝は憮然とした表情で答える。
「あんたらが強引に連れてきたんだろうが。……全く、酷い目にあったぜ」
「公権力の不当行使と横暴に、遺憾の意を表明する! なのですぅ……」
 レティシアも文句をいっていたが、すぐに気を取り直した。これくらいでいちいち怒っていては、神経がいくつあっても足りない。
「木っ端役人風情が、この信長を捕らえようとは片腹痛い」
「周囲の市民からすれば、お前が一番危険だったけどな」
 信長と忍もげんなりしながら署を後にする。
「お勤めお疲れ様ですぅ……」
 身元引き受け人としてやってきていたルーシェリアに出迎えられ、和輝も生還した。
「マッチョな囚人に掘られそうになった。……まあ冗談だが」
「すっかり女形が板についているじゃない」
 とアニスも不満げに署から外に出てくる。
「……鏡の行方はおおむね掴めた。あとは回収するだけだ」
 リアトリスたちを待っていたのは、スプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)だった。彼だけは、あの騒動から上手く逃れ鏡探しを続けていたのだ。
「一気に行くぞ。鏡の持ち主は近くにいる」
 彼の言葉に、リアトリスたちは気を取り直してテンションを持ち直す。今度は抜かりはない。事件の終結へと全員が進み始める。
「よし、全員の無事を確認したからには、オレたちものんびりしてはいられない」
 彼らをひっそりと見送ったシリウスは、リーブラをつれて空京警察を出た。とにかく、捕まえて話を聞かないとならない。
 聞き込みを始める彼女らには、一つの大きな過ちがあった。
 ここまで関わっておいて、まだドッペルゲンガーの話を聞かされていなかったことだ。