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【有刺鉄線電流爆破スパ 其之参】

 郁乃はただ、運が無かったというしかない。
 ガチハンティーの猛攻に抵抗するように、物ボケ用に用意していたバナナを握り締めていたのだが、笑いを堪えるあまり強く握り過ぎて、中身が飛び出すという有様である。
 だが、勝負は非情だ。
 フリューネが影のように忍び寄り、郁乃と荀灌の可愛らしい小尻に、ラバー製ケツバットを連続して叩き込んでゆく。
 ルカルカ、そして郁乃&荀灌ペアが立て続けに敗退するという激しい展開に、ひとびとはお笑い界の食物連鎖を感じずにはいられないだろう。
 そして上には上が居ることもまた、真理である。
 取り敢えずこの場では一時的な勝者となったガチハンティーも、次なる挑戦者の前には、その牙城は脆くも崩れ去ることとなる。
「ん? あ、あれは!」
 ガチハンティーの視線の先――露天風呂の湯船の表面から、二本の白い脚が逆立ち姿勢でにょき、っと伸び出している。
 いや、生えている、という表現の方が正しいだろうか。
 これぞ五十嵐 理沙(いがらし・りさ)が仕掛ける「犬○家の一族」ネタ、波立つ水面から突き出た両脚を演じる渾身のモノマネであった。
 いきなり両脚だけを湯船から突き出すシンクロナイズドスイミングばりの展開は、突っ込みどころ満載ではあった。
 しかし、ガチハンティーにはその余裕が無い。
 金田一シリーズの秘かなファンを自認する彼は、この脚ネタを一発浴びただけで、不覚にも吹き出してしまったのである。
 こうしてガチハンティーもまた、ルカルカ、郁乃達に続いて乳母車行きを余儀なくされてしまった。
 初戦で勝利を得た理沙は、湯船からほかほかに温まった――というよりも、ほとんどのぼせる寸前の危ない状態で這い出してきた。
「はぁっ、はぁっ……あ、危なかったわ。もしガチハンティーが少しでもこの芸に耐えてたら、こっちが笑点、じゃなくて昇天してたかも……!」
「もう、何やってるのよ、理沙ったら……」
 バスタオルで胸元から太腿までを覆い隠しつつ応援に駆けつけていたセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が、呆れたようにやれやれと小さくかぶりを振った。
 一応、セレスティアは水着を着用してはいるのだが、理沙の、
「お色気路線とお笑いはアイドルに必須の要素よ!」
 という強い要望のもと、何となくセクスィーに見えるようにとバスタオルを纏っているだけの話である。
 いずれにせよ、理沙は見事にガチハンティーを屠り、ルカルカ、郁乃達の屍を乗り越えて、最後の敵とまみえる権利を得た。
 そしてその最後の敵が、いよいよ露天風呂スペースにのっそりと姿を現した。
 セレンフィリティ、セレアナ、そしてサニーさんといった名だたる強豪を、
「すんませんでした師匠」
 のひと言で、一撃のもとに薙ぎ払った菊の登場である。
 更にいつの間にかバスルーム用テレビを持ち込んで、スチームサウナ内のダイジェストを視聴していたダリルは、ほほぅと感心した様子で小さく頷く。
 ルカルカを応援しに来たというのは建前で、本当は普通に観客として楽しんでいるのではないか、この男。

「理沙、頑張って〜」
 セレスティアの応援を背中に受けながら、理沙は菊を相手に廻してどう攻めようかと、思案を重ねていた。
(パラ実といえば、お下品がメインストリームの筈……それなら、これでどう!?)
 考えがまとまった理沙は、いきなりその場でつんのめり、顔面から盛大に床へダイブした。
 菊がはっと身構えるのを尻目に、理沙はのっそりと立ち上がり、僅かな膨らみが申し訳程度に自己主張している己の胸を、いたわしげにさすった。
「あっ……む、胸がこんなにまっ平らになってるなんてッ」
 無論、己のちっぱいバストを敢えて自虐ネタに用いた、一発ギャグである。
 女の恥じらいを敢えて捨ててまで挑んだ大技に、湯船のダリルなどは「うぬぅ」と小さく唸っていた。
 ところが、肝心の菊はというと。
(あ、あれ……? 全然、効いてない?)
 理沙の期待を裏切るかのように、菊の冷徹な面は笑いの欠片も浮かべていない。
 凄まじいプレッシャーが、理沙の全身を押し包み始めてきた。
 このままでは、拙い。
 慌てて周囲を見渡し、巨乳美人が居ないかと視線を巡らせた理沙は、正子が屋内入口脇に停めている大型乳母車から、ルカルカとセレンフィリティの両名が顔を覗かせているのに気付いた。
(皆の力を、私に貸して……!)
 理沙はルカルカや対戦相手の菊の胸元を次々と指差し、自らを鼓舞するようにして力強い声を張り上げた。
「わぁお! 養殖場のブイが、たくさんあるじゃないっ!」
 次いで胸を反り返らせ、
「私は、養殖棚だけどっ」
 貧乳ネタを連発し、勢いで菊の笑いを誘おうという作戦だったが――しかし矢張り、依然として菊の表情に変化は無い。
 駄目か、駄目なのか?
 理沙の心に絶望感がむくむくと鎌首をもたげ始め、そしてその心の暗雲に追い打ちをかけるが如く、菊が反撃の一手を打ってきた。
 取り出したのは、【横山ミツエの演義0巻】である。
 菊はその中のうち、裏話集の項を静かに開き、淡々とした口調で朗読を開始する。
「この0巻の売上でホイップの借金を返し、【借金返済への道】を終わらせるつもりだった、らしい」
「第4話でミツエが負けた場合の【夜の女帝編】は、ミツエのお母さんが出る予定だった、らしい」
「登録ミスで、曹操が【頭髪なし】になっていた事がある、らしい」
 一文節読み上げるごとに微妙な間を置き、理沙の目をじっと見つめる菊。
 リアクション芸『朗読』を隠し持っていた菊の、強烈にして容赦の無い笑撃の連続であった。
 みのも○たを彷彿とさせる静かな凝視に、理沙の精神は今や、崩壊寸前であった。この、絶妙な間の取り方こそ、理沙にとっては最大の笑いのツボだったのである。
 一方的にして、圧倒的な力量差であるといわなければならない。
 理沙はがっくりと膝をつき、肩を小刻みに震えさせながら敗北を認めた。
「私の、ま、負け……」
 最後の方はもう、笑い声を必死に押し殺そうとして台詞になっていない。
 背後には、いつの間にかフリューネがラバー製ケツバットを携え、物悲しげな視線でうずくまる理沙を見下ろしていた。
「戦いとは非情なものね……強い者が勝つのではなく、勝った者が強い、ということかしら」
 かくして理沙は、フリューネによるケツバットの洗礼を浴び、哀れ、一路乳母車行きへ。
 アイドルのお約束であるおっぱいポロリもままならず、本懐を遂げられずに退場。


 予選ブロック【有刺鉄線電流爆破スパ】を勝ち抜いたのは、弁天屋菊であった。


     * * *


 再び、薄暗いモニター室内。

 ムッシュWは有刺鉄線電流爆破スパでのバトルロ笑イヤルの結果に、紙袋の下で渋い表情を浮かべていた。
「勝負事だから、勝ち負けは当然つきもの……されど、サニーさんにしてもガチハンティーにしても、少々呆気無さ過ぎでありんす。刺客としての気概が、いまひとつ感じられないのは問題でござっしゃろう」
 菊が勝ち上がってきたことに対しては、ムッシュW自身には異論などない。
 だが、戦いに緊張感を持たせる為にと送り込んだふたりの刺客が、ああも簡単に敗れてしまうというのは、どうにも納得がいかないというのが本音であった。
「まぁ、他のブロックではきっと頑張ってくれますよ。次に期待しましょう〜」
「何をいっているでありんすか、ムッシュ・レンズマン。禿増しの言葉は、バーコードヘアーに対して禁句でありんす」
 全く、会話が噛み合っていない。
 ムッシュ・レンズマンもムッシュWのいわんとしていることが全く理解出来ず、ただただその場に、凍りつくばかりであった。