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さよならを言わせて

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さよならを言わせて

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「面倒事は嫌いなんだけどねぇ」
「ウソだな」
「そんなコトは無いよ」
「じゃあ何故」
「ルドルフ校長に、危機が迫っているからさあ」
「どうしてそこまで分かる」
「分かるようにしたからさあ」
 そう言った清泉 北都(いずみ・ほくと)は、手布を取り出してソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)に手渡した。
「ハンカチじゃないか」
「これにはねえ、“禁猟区”を付けてあるんだよ」
「なるほど。ということは、校長は既に戦っているというワケか」
「そういうことになるね」
 首筋へすり寄ろうとするソーマをかわした北都は、幾何学庭園のど真ん中で歩みを止めた。前後に伸びた垣根の通路は、前も後ろも霧に埋もれて先が見えない。
「なんだかとってもケモノ臭いね。すっかり囲まれてるみたいだけど……それにこの匂いは何だろう、とても不愉快な感じがする」
「人間の死臭が混じってる。北都たちにとっては、耐えがたいものだろうな」
「アンデッドを操ってるのは、やっぱりローゼンさんなのかなあ」
 鼻と口を手のひらで覆った北都は、ソーマと背中合わせになってアルテミスボウを握りしめた。
「どうかな。ローゼンとかいう館主は、吸血鬼だという話だが――」
 突如、ソーマの目前に土煙が立ち上った。
 筋張った人間の腕が肩の付け根と思しき部位まで地面から突き出すと、肘から先が地面に向かって折れ曲がった。節くれ立った五指と手のひらが地面へ押しつけられた次の瞬間、地面が隆起をはじめる。
「どうやら見つかっちゃったみたいだねえ」
 生物の死体にボロ布をまとったものが、地面の下からいくつも這い出ようとしていた。北都とソーマは取り囲まれている。
「我が名はソーマ。アンデッド共、俺に従えっ」
 フロンティアスタッフを地に突き立てたソーマが一喝すると、眩い光を放った杖の魔力によって、アンデッドたちの上半身が綺麗に吹き飛んでしまった。立ちこめる霧がかき乱されて、幻想的な様相を呈する。
「それ、操ってるのとは違うと思うけどねえ」
 垣根で作られた細い通路の先からリカオン(イヌ男)が数匹、こちらへと向かってくる。片手に切れ味の悪そうな蛮刀を引っ提げていた。
「ケモノ臭いの正体は、あいつらかあ」
 北都の放った矢によって先頭からの数匹を仕留めたが、残りを射貫くには距離が迫りすぎていた。
「奴ら(=リカオン)は生きてるんだよな」
 ブリザードを詠唱しながら北都を背にかばったソーマの耳に、銃声が轟いた。
 頭蓋や胸部を撃ち抜かれてもんどり打ったリカオンが、次々と倒れ込んだ。
「大丈夫か?」
 魔銃ケルベロスに銃弾を装填しながら、男は北都らへ歩み寄った。
「ありがとうー。助かったよ」
「ケガは無さそうか。油断するな。殺気だったワーウルフやリカオンが、この館付近に集ってきている。そら来た」
 魔銃をホルスターへ納めた黒崎 天音(くろさき・あまね)は、ミリタリー・シルバーナイフを引き抜くなり前方の霧の彼方へ投擲する。
 前傾したワーウルフ(オオカミ男)の姿をハッキリと認めたときには、銀のナイフが相手の肩口に突き刺さっていた。血走った瞳は天音を捉えており、全身のバネを活かして大きく飛び上がった。大きく開いた口から褐色の牙がむき出しとなり、唾液が糸を引いて風になびいた。
「それっ」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が魔杖シアンアンジェロを掲げただけで、空高く跳ね上がったワーウルフの脳天めがけて落雷が発生した。地面に転がった相手は舌をだらしなく垂らして息絶えている。
「さっきから籠手型HCに反応していたのは、おまえらだったのか。天音よ、ひとまずは館を目指そう。ここで動かずにいては、格好の的になる」
「そうしようか。HCに惹かれ合った仲だ、一緒に館へ行こうぜ。我らがルドルフ校長の反応も、そっちから出ている。そうだろブルーズ」
「間違いない」

▼△▼△▼△▼


「ところで、僕が事前に集めた情報によるとだが。ローゼンクローネ卿には、随分とご執心の相手がいたようだ」
 ローゼン卿の住まう洋館の前までたどり着いた天音が、誰とはなしに話を切り出した。
「それは初耳かもねえ。恋人か何かかな」
「禁書を用いてまで蘇生させたい相手となれば、その可能性は高いと思うな」
 北都が話題を引き取ると、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)が関心を示した。
「ベランダ越しに植えられている草木にそれとなく聞いてみたんだけど、どうやらこの屋敷には若い女性が住んでいたようなんだ」
 ヴィナは“人の心、草の心”という技能を駆使して情報を収集したのである。
「その女性も、ローゼンクローネ卿の一派と考えるべきなのか。どのような特徴を持っているか、もう少し詳しく分かるかね」
 ブルーズの問いかけに、ヴィナは洋館のポーチに置かれたプランターの植物と対話を始めた。
「ごく普通の女性のようで、ローゼン卿と一緒に御庭で戯れる事もあったそうだ。一概に断言できませんが、少なくとも悪意を感じさせるような女性ではなかったようです」
「――彼にはね、最愛の妻があったのだ」
 ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)は、更に続ける。
「アルバート・ヴァン・ローゼンクローネの契約者は、彼女かも知れない」
「失った契約者を生き返らせる。それが最愛の妻となれば、魂をナラカへ投げ打ってでも、より確実な方法にすがりつくのもやむを得ない、ということなのか……」
 ルドルフはヴィナの意見に頷いてみせた。
「禁書を手にした者の辿った路は、決して美しくない。まして死者の蘇生など、我々には不可能なこと。御しがたい力を解放すれば、タシガンはおろか、この世に災厄を招くことは明らかなのですよ。故に、可及的スマートに真相を究明する必要があるのです」
 一同は深く頷き合い、洋館へと向き直った。
「僭越ながら、御神楽 環菜の一件は、どうみているのかを、お聞かせ願いたい」
 死者が蘇生する事実について、天音がルドルフ校長へと疑問を投げた。
「彼女の生還を蘇りと捉えるならば、死者の蘇生を狙ったあらゆる活動を黙認しなければならない。どのみち御神楽 環菜がどのようにして蘇ったのかという事実が解明されなければ、死者の蘇生などという神離れた業を成せるわけがないのです」
「秩序を維持するために、どこかで線引きをしなければならない。それは禁書を用いて蘇生を目論む行為を止めさせなければならないということ、ですか……」
 ヴィナをはじめとした皆が、本任務の重要性を理解したようである。
「既に屋敷へ潜入している者が居るようだな。情報の整理はおまえに任せるとして、怪我人を出さぬよう慎重に先に進むことにするぞ」
 ブルーズがヴィナの肩をぽんと叩いた。
「よし、始めるか」
 洋館の扉が重々しく開いた。廃屋同然と化したグランド・エントランスが、彼らを飲み込んでいく。