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★第三話「輪っかのない土星の意義」★



「ニルヴァーナに来るのは2度目ですね。お祭りですし、2人で楽しんでいきましょう」
「仕方ないわね」
 にこにこしている御神楽 陽太(みかぐら・ようた)に対して、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)がそう言うが……本当は彼女が楽しみにしていたのを陽太は知っていたので気にしない。
 何より、陽太自身も楽しみにしていた。
 家では夫婦でゆったり過ごすことはできているものの、こうして2人でイベントに参加すると言うのはそうそうない。
「やはり祭りと言えば露店ですよね。何か欲しい物ありますか?」
「そうねぇ。少しお腹がすいたわね」
「ああ。そう言えばもうお昼ですか……あ、たこ焼きがあるみたいですよ。行きましょうか」
 手をつないで活気あふれる街中を歩く。ただそれだけの、なんと幸せなことだろう。
「いらっしゃい。何にしましょ?」
 たこ焼き屋、裕輝が2人に尋ねる。
「たこ焼き1つください。10個入りの」
「まいど、おおきに! 仲ええですなぁ」
 営業スマイルの裕輝に、心からの笑顔の陽太が指を一本立てて注文する。そして受け取ったたこ焼きは、歩きながら2人で食べる。
 お祭りの露店で買った食べ物を2人で口にしながら歩くと、またいつも一緒に採るご飯とは違った美味しさを感じる。
「輪投げや射的、金魚すくいもあるみたいですね……環菜。金魚すくいしませんか?」
「いいわよ」
 祭りと言えば露店出の買い食い。そして遊戯である。陽太は環菜に良いところを見せようとそでをめくり、ポイを水につける。
 ……残念ながら、破れてしまったが。
「残念です」
「でも楽しいわよね。たまにはこういうのも」
「ですね」
 落ち込みそうになるも、環菜の笑顔ですぐに持ち直す。
「あ、知ってますか? アガルタには猫の形をした噴水があるんですが、これはあるポータラカ人がモデルなんだそうですよ」
「へぇ、少し見てみたいかも」
「見に行きますか? たしかここから近かったですし、ベンチなどもあるそうですからゆっくりできると思いますよ」
 2人は始終手をつなぎながら、祭りの空気をたっぷりと満喫していた。



「デマなんじゃないの?」
「いや、でもたしかにあるらしいんだが」
 黒い眼帯をつけた青年と真面目そうな少女が何やら話しあっている。大きな蛇が他の機械――ギフトと呼ばれるものだろう――は、そんな2人をじっと見守っていた。
 青年はローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)。少女は夏來 香菜(なつき・かな)。そしてギフトはコアトル・スネークアヴァターラ(こあとる・すねーくあう゛ぁたーら)という。
 チラシのようなものを手に、店を探しているようだ。

===
秘密喫茶オリュンポス特製ジャンボパフェを
見事完食した方と、そのお連れの方は、飲食代無料!
===

 チラシの下についたクーポン券にはそう書かれてあり、ローグはそれを指差す。
「こうして名前がちゃんと載ってるだろ? 行ったことがあるって話しも聞くし」
「でもなら、どうして地図が載ってないのよ? おかしいじゃない」
「それは……秘密結社の名前に似てるし、というかそのままだし、隠れてるんだろ?」
「そもそも秘密結社が店なんて出せるのかしら」
「さあなぁ」
 2人して考え込む。

「どうかしたの?」
 悩む2人に声をかけたのは、運営委員の腕章をつけた清泉 北都(いずみ・ほくと)だ。これ幸いと、秘密喫茶の場所を聞く。
「えっと、秘密喫茶?(……どうしよう。教えていいのかな?)」
 北都は少し悩んでから、口を開く。
「(う〜ん……まあいいよね)それならC地区にあるから、ここを真っすぐ行って大通りに出て……」
「……ああ、あの道か。分かった。ありがとな」
「ううん……えと、気をつけてね」
「(気をつけて?)、ありがとう」
 礼を言って去っていく後ろ姿を見送り、北都は振り返る。
「昶……あれ?」
 パートナーの白銀 昶(しろがね・あきら)がいるはずなのだが……しばし辺りを見回す。と、特徴のある獣耳を発見。どうやら誰かに道を教えているようだと知り、そちらは任せて北都は近くでこけてしまったおばあさんを助け起こす。
「大丈夫ですか?」
「ああ、すみませんねぇ」
「……あ。お怪我されてますね」
 近くに運営本部があったので、そこまで連れて行き怪我の手当てをする。途中、おばあさんの家族がやってきて北都にお礼を言った。
「いえいえ……街は広いのでお気をつけて」
「ありがとうございました」
 ぺこぺこと頭を下げる彼女たちに笑顔で手を振り、「さてと」と息を吐く。
「そろそろ僕たちも休憩の時間だし、昶呼んでこないと……どうなったかな?」

「あれ、代王じゃねーか? 何してんだ?」
 昶はセレスティアーナ一行を見つけて駆け寄ると、露店に夢中な彼女に代わって陽一が答える。
「いやそろそろご飯にしようかって話してたんだけど」
「腹が空いたんなら、あっちからいい匂いがしてるぜ。行ってみろよ」
 オオカミの嗅覚に間違いはないぜ。
 そう胸を張る昶に、じゃあ行ってみる、と4人は礼を言ってその方角へと向かっていった。
「あれ、セレスティアーナ様たちも来てたんだ」
 途中で北都と出会い、「あ、そうだ」とストラップを手渡す。猫のような飾りがついていた。
「アガルタ君ストラップ。お土産にどうぞ」
 密かに禁漁区が施されたそれはお守り代わりにもなる。
 ちなみについている猫は、噴水モニュメントと同じ形をしている。
「あれ、北都?」
「昶ここにいたんだ。そろそろ休憩に行かないと、午後からの交代に間に合わないよ」
「あ、そっか」
「2人もご飯? だったら皆で行かない? 大勢の方が楽しいし」
 理子の提案でみんなで食べることに。昶の鼻に従い、美味しそうな店を探す。
「あ、ここだここ!」
「ん? いらっしゃいませ」
 笑顔で彼らを受け入れたのは、焼そばを焼いていた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)だった。鉄板からはじゅうじゅうという音と、よだれを出させるような香りが漂う。
 しかし弥十郎らはアガルタにてすでに店を持っていたはずだ。どうしてまた露店を出しているのだろうか。

 少し時間をさかのぼる。
「そろそろ店を拡張するかな。川崎さん。見積もりお願い」
 フリダヤのオーナーである真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)の発言が始まりだった。施工管理技士の川崎さんが真剣な顔で店の規模などを訪ねて計算。
「それならこれぐらい必要だね」
「これはちょっと高すぎない? もう少し」
 と、値引き交渉して真名美が納得する値段に収まったのだが、まだ資金は足りない。そのための臨時収入を弥十郎にお願いしたのだ。
「できればコレくらい売ってきて。あ、土星君に会ったらグッズの件よろしく」
「分かった」

 ということで、ここに出店している。
 麺にはちょうどいい焼き色がつき、ニルヴァーナ野菜のシャキシャキした食感、イカ(のようなもの)と海月(のようなもの)で少し違う食感も。そしてソースは使わない。塩焼そばだ。
「トッピングは青海苔を混ぜたテンカス、鰹節、フライドオニオン、マヨネーズの4種類だよ。どうする?」
「そうだなぁ」
 悩みながらそれぞれが注文する。店が広場近くだったのもあるので、そこのベンチで食べようと言うことになった。
「あ、そうだ。土星くん見なかった?」
「サターン・壱号?」
「え? さた?」
「ああ。土星くんのことだよ。えっと、僕は見てないけど……」
 みんな知らないようだった。首を横に振る。
「……あ、でも匂いが近くに……あ! いた。おーい、サターン壱号!」
『ん? なんや。昶やあらへんか。久しぶりやのう』
 サターン壱号こと土星くん壱号は、その声に気づいてふよふよ浮かびながらやってきた。
「この人が用事あるんだってさ」
『わしにか?』
「うん。実はきみのグッズを売らせてもらいたくて、その許可を」
『わしの……グッズ?』
 そこで土星くんがどこか遠い空(?)へ目をやった。顔が下ごころで歪んでいる。
(あ。なんか変な妄想してるな)
 その場の全員の想いが合致した。
『お、おう。別にかまへんで』
 とにもかくにも、許可がとれたことを真名美へ報告する。
 その間、ひっそりと土星くんと昶が話し合っており、その後でダンス会場にて丸い物体と狼が踊っていたと言う噂がある。

「許可もらえた? そう。良かった。うん……うん……こっちは今予約の団体さんが来てて……へるぷ? ああ、大丈夫。ありがとう。じゃあまた」
 電話を切った真名美は、止めていた手を再び動かし始める。今現在、教導団が来ているのだ。
「お待たせしました。こちらが『涅槃が顔を出す味』の鍋になります」
「これが……ごくり」
 誰かがつばを飲み込んだ。
 それは一見、普通の鍋に見えた。
 しかし歴戦の猛者たちは鍋から何かを感じ取る。
「ぎゃー!」
 他の席から聞こえる悲鳴もまた、緊張感をあおる。
(……ここは、俺が!)
 しんと静まった部屋を見回してメルキアデスが、箸を手に取った。
「行きます!」
 そして鍋から肉? らしきものをとり、口の中へ。……メルキアデスの顔が、悟りを開いた。
「そうか。これが涅槃。ここが天国」
「えっ? どういうこと?」
「おいっ! しっかりしろ」
「あ、解毒薬ここに置いとくね」
「解毒っ?」
 わいのわいのと言いつつも、癖になる味を堪能しているメルキアデスの様子を見て、他の面々は解毒薬を飲んでから食べ始める。
「こ、これは美味しい!」
「……悪くない」
「あらほんと。癖になるわね」
「はいはーい! こういう時にはこのお酒だぜ! ほら、飲んだ飲んだ!」
「じゃあ俺も酒を……え、未成年はジュース? ですよねー」
※お酒は二十歳になってから!
「ちょ、今俺の肉とったろ!」
「早い者勝ちだっての」
「(団長と同じ鍋だなんて)……ど、どうしよう」
「どうもしねえから、早く食べねーとなくなるぞ」
「長曽禰さん、お豆腐いりますか?」
「お、悪いな」
「メイリン、それとってくれね?」
「はい、これね」
「この紫の葉っぱは……宇宙から落とされた野菜だよ」
「そっかー。美味しいなぁ」
「……それでいいのですか?」
「あー! 俺が皿にとったエビ(?)がなくなってる! 誰だよとったの」
「さあ、誰ダロウネー」
「ちょっと落ち着いてください。まだありますから……メルヴィアは食べれてますか?」
「問題ない。あまりかまうな」
「お肉お代わりいる人ー」
「いるいるー」
「ルカ……ほら。さっきから食べれてないだろ。これ食べろ」
「ありがとう、真一郎さん」
「関羽殿! こちらをどうぞ」
「うむ。すまんな」
 騒がしくしながらも、鍋はあっという間に空になったのだった。

「あと、こっちはクーポン持参の人に渡してる『特製! 土星君ミニクリスマスケーキ』ね。どうぞ」
「可愛い!」
「この生き物はなんなのだ」
「えっとね。これはコーン・スーっていう機晶生命体で移動式住居の制御をしてるんだって」
「土星くんという名前は、セレスティアーナ様につけられたようですよ、参謀長」
「ほお。それは一度会って話をしてみたい物だな」
「祭りに来てるみたい。どこかで会えるかも」
 そうして一行は昼食を満喫してフリダヤを笑顔で去っていったのだった。
「ありがとうございましたーっと。私もまだまだ頑張らないと」
 真名美もまた、厨房へと戻っていった。



 人が大勢行きかう噴水広場をレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)が歩いていた。祭りを堪能しながら、行きかう女の子たちも堪能する。
 そんなさなかのことだ。彼女がソレを発見したのは。
「あ、あれは!」
 視線の先にいるのは、丸い物体――土星くん・壱号だった。天の声もびっくりな人気である。
 あ、それは今関係ありませんでした。
「あの輪っかがすっごい気になる……欲しい……」
 あ、そっちですか。
 とにもかくにも、レオーナはセレスティアーナたちといた土星くんを説得し、『アガルタ冒険者の宿』へと連れ込んだ。
(ふふ。これで酔いつぶして、輪っかゲットよ)
『おー、酒おごってくれるやなんて、お前ええやつやなー』
「さあさあ、どんどんいっちゃって」
 次から次へと強い酒をチョイスし、飲ませていく。土星くんも気分よく飲んでいく。
 しかしながら、酔う気配はない。
 実は土星くん。飲み食いはするものの、栄養としては全く摂取しないため、酔うこともないのだ。
(くっ。こうなったら作戦Bに変更です)
 悔しげな顔をした後、レオーナは愛槍『ゴボウ』を取り出して、それで一撃食らわせる。
『はぅわっ?』
「輪っかはいただいたよ!」
 レオーナが輪を掴むと、浮いていた土星くんが途端に地面にたたきつけられた。しかしもう、レオーナは輪のない土星くんには興味がない。
『な、なにすんねん』
 こころなし、言葉にも元気がない。
『か、えさんかー』
「残念だけど輪っかのなくなった土星くん本体には興味無いわ。
 輪っかのない土星なんて、ただの金色の球体……金の球……キ(がしゃん。と厨房から皿の割れる音がしてよく聞こえなかった)よ。このキン(外から聞こえる喧騒にかき消された)!」
 上手いこと音が混じってしまったが、土星くんには聞こえたらしい。ショックを受けた顔をして
『き……き……(がくり)』
 真っ白に燃え尽きた。
「ふふふ。輪っかの部分が、とても気になって仕方なかったのよね!
 頭の上に置いたら天使の輪っかぽいかもしれないし、輪投げに使ったり、フリスビーがわりに使ったり、あんなことやこんなことに……うふふふふふ」
 この輪っかで何をしようか。レオーナが妄想を繰り広げていると
「こ〜ら。駄目よ。この店の中で喧嘩はご法度。もちろん、盗みもね」
 しかし店主に怒られ、しぶしぶ返すことになったのだった……返す前に頭の上に置いてみたりしようとしたが、その輪っかが浮くことはなく――どうも土星くんとセットになった時のみ効果を発揮するらしい――残念な結果に終わってしまったのだった。

 彼女がこのことで諦めたかどうかは、さだかではない。