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女の嫉妬に巻き込まれたのが運の尽き、なのか?

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女の嫉妬に巻き込まれたのが運の尽き、なのか?

リアクション


■ HAPPENING ■



 昔話では、ある男が悪魔の力を借りて恋人達を引き離したという。
 乙女は魔女の力を借りて今まさに恋人達の中を裂こうとしていた。



 それはまるでワインボトルからコルク栓を抜くような、軽快な破裂音だった。
 音に驚き反射的につぶってしまった目を開けると、目の前や隣にいたはずのパートナーの姿が見当たらない。
 パートナーであり恋人のコハク・シグナスの手を繋いでいたはずの応地一世は握っていた手の感触が無くなり、ハッとした。
「コハク?」
 自分の隣には愛らしい恋人ではなく、白鳥だった。
「コハク!」
 一世の叫び声を合図に、噴水広場はバサバサという鳥の羽ばたきの音が響き渡った。
 最初からゆる族で人の形ではなかったとは言え、突然ダチョウに変化したロビーナ・ディーレイ(ろびーな・でぃーれい)湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)はぎょっとする。
「ろ、ロビーナ?」
 パートナーが自分と身長が変わらぬ程大きなダチョウに変わって、驚きというか、狼狽というか、事態が把握できないというか、とにかくもうどうリアクションすればいいのか忍はわからなかった。しかも当の本人はクェークェーとダチョウになっても賑やかで、自分がどうなったのかわかっているのかわかっていないのか。
 そんな忍の目の前にスーツに身を包んだ男が、サッと静かな効果音と共に現れた。
「すみません。このダチョウの飼い主様でいらっしゃいますか?」
「え、あ、ああ」
 曖昧に答える。多分、飼い主で間違ってはいない。
「突然で大変恐縮なのですが、そのダチョウを売っていただけないでしょうか」
 言うと、男はおもむろに胸ポケットから札束を取り出した。
「は、あ、売って、くれ、だと?」
「はい」
「クックェー!」
 頷く男にダチョウ(ロビーナ)は大きく両の翼を広げ、喉を逸らし渾身の思いで鳴いた。
「クー(ゆい)クー(のう)クー(きん) ックェエエえええええッ!(プロポーズキタアアアアアッ!)」
 なんというか、全身から喜びが溢れていた。何をどう勘違いしたのかありありとわかる結婚願望の強い彼女のガッツポーズしている姿が実際は見えなくとも、はっきりと見えた。
「ふざけないで! 売れと言って売るわけがないでしょ!」
 忍の隣で叫び声に近い怒声を上げたのは綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)だった。
 忍を相手にしている男以外にも同じスーツを着た男達が数人、鳥になっていない人間たちにそれぞれ札束を持ってアプローチしているようだった。
 断固拒否とさゆみは首を横に振っている。その腕には鳩(アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ))を抱きしめられていた。
 恋人とクリスマスの買い出しを兼ねたデートがどうして人身ならぬ鳥身売買の現場に居合わせなければいけないのだろう。そもそもなんで彼女が鳥になったのか。
「とにかく! とにかく売れないわ。お断りよ、お断り!」
「そうだ、絶対に売らない」
「ではもう少し積ませていただきます」
 と札束がもうひとつ現れた。
 あまりに現実味の無い値段のつり上がり方に、ダチョウ(ロビーナ)が興奮にバッサバッサと翼を振り乱し、鳩(アデリーヌ)はガタガタとさゆみの腕の中で震え上がった。
「大丈夫よアディ。貴女は絶対に売らないし、絶対に元に戻してあげるわ」
 絶対と意志を重ねた励みの言葉を受けて、鳩(アデリーヌ)の震えは幾分抑えられたか。
「そうだ。そうだ。それにこっちは好んで駄目って言ってるわけじゃない。むしろこれは“お前達の為”だ! それにそうだ、どうして売れなんて言うんだ」
 忍の疑問にスーツの男はビシっと決める。
「それは私たちの主でもある美食家ウマ・ウマーイ様が、聖夜のテーブルにと、是非にご所望されているからです」
「何? 聖夜のテーブル、だと? つまり、食べたいから売れということか?」
 頭にオウム(草薙 羽純(くさなぎ・はすみ))、両肩にインコ(ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず))とカラス(スワファル・ラーメ(すわふぁる・らーめ))を乗せた夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)が厳しい眼差しで追求する。
「はい。お売りいただいた暁には三つ星シェフを招いて丁寧に調理させていただきます。そしてウマ・ウマーイ様が美味しく食されますので、どうぞご安心してください」
 にこりともせず美食家ウマ・ウマーイの従者は今後の保証は確約すると言い放った。
「食す鳥なら森に行け」
 こちらもにこりともせずに甚五郎は続ける。頭と両肩の賑やかさを忘れさせてくれるほどの冷徹にも低い声で。
「今ここにいる鳥達は儂のパートナーを含めさっきまで人であった者達だ。頭のあったかい金持ちの道楽で売れと言われても売る訳にはいかん」
 甚五郎は言うが、従者は首を傾げた。
「人が鳥に? ご冗談を――」
「冗談にしたいのはこっちよ!」
「そうよ! こっちは突然パートナーを鳥にされたってのに、何事態をややこしくしているのよ!」
 さゆみの絶叫にレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)も同意と頷いた。その肩には鳩(クレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと))が止まっている。
 従者は噴水広場を見渡した。
 誰もが硬い顔で拒絶の態度だ。
「売って頂けないのですか?」
 聞くと、
 忍も、
 さゆみも、
 甚五郎も、
 レオーナも、
 誰も彼もが首を縦に振った。
 売るわけにはいかない。
 大事なパートナーなのだから。
 その決意の眼差しを受け止めて、従者は内ポケットに札束を戻した。
 ――所詮鳥は鳥。買えぬなら奪ってこい。
 従者はただ、主に従うのみ、である。
「ぬ、ぉ」
 突然飛びかかった従者に甚五郎が咄嗟に頭上のオウム(羽純)を両手で鷲掴んだ。最初に狙われたオウムに驚き、思わず飛び上がったインコ(ホリイ)とカラス(スワファル)に従者Bと従者Cが追いすがる。結果、インコ(ホリイ)が捕まり、カラス(スワファル)はすんでの所で難を逃れた。
 一気に戦闘モードに入った従者達に、契約者達の間で緊張が否が応にも高まった。飛んだインコ(ホリイ)を捕まえた従者Bの身のこなしからでも、かなりの手練と見て取れる。つかスーツ着てるのにそんな動きするなよ、と誰かが愚痴った。
「ホリイ!」
 叫ぶもさっさと拉致らていくので甚五郎は空かさず百獣の剣を引き抜いた。
 と、甚五郎の前にオウム(羽純)とカラス(スワファル)が優雅な所作でまた凛々しくそれぞれが地面に降り立った。
 降り立って、そして、無言の時間が流れる。
 無言というか、沈黙。
「……おぬしら?」
 耐え切れず尋ねた甚五郎に二羽は首だけ彼に振り返った。
 鳥は、鳥なのだ。
 仲間の危機に行動を起こそうとして起こせぬ二羽がそこに居た。
「ああ、もう! こっちは早くどうにかしたいってのにッ」
 騒ぐレオーナは離れた場所で従者に指示し、従者が捕まえてきた鳥をにやにやと眺めている中年の男を発見する。
 ピン、ときた。
「大元を潰すことにしたよ!」
「私もそう思う!」
 レオーナとさゆみは、それぞれ鳩になったパートナーの危機を振り払うべく、地面を蹴った。
「落ち着け。落ち着いてくれ!」
 従者に指示を出している中年の男が結婚相手と知って、ロビーナ(ダチョウ)のつぶらな瞳はまさにハートマークである。結婚に目が眩み己の好みさえ選り好みしないという勢いもついて、忍の体を張った制止など何の障害にもなりはしなかった。
「おおお、ダチョウか。ダチョウの肉は美味だったな。そうか、こちらに来るか」
 同じく美食に飢えたウマ・ウマーイがダチョウ(ロビーナ)を呼び寄せている。
 来いよ、来い。と手招きされてロビーナ(ダチョウ)は大歓喜だった。瞳はもちろん、全身からハートマークが溢れ出している。溢れ出て、彼女の周りだけハートマークの海だった。これでもかと色気を振りまいている。猛烈アピールだ。
「だから駄目だってば。つか、なんで俺がこいつを守るみたいな展開になってんだよ! 違うんだよ! 俺はただ皆が幸せでいられるように、いられるように頑張って……違う、そんなパートナーを助けようとしてるんだね、頑張ってね☆ みたいな目で俺を見ないでくれ! っていうか、誰かこいつを止めてくれ!」
 流石愛のパワー。忍ひとりではダチョウ(ロビーナ)を押さえつけられない。ロビーナの暴走に彼はただ顔を青くさせていく。
 鳥になってしまったパートナー達が一羽、また一羽と従者に捕まっていく中で、一世は必死に白鳥になってしまったコハクを守っていた。
「そこに居るのって応地一世じゃない!」
 そんな彼の視界に大慌ててで駆け寄ってくる知人の姿が見えた。
「ルルト!」
 一世は魔女ルルト・ロバの名前を大きく呼んだ。
 呼んで、ふと、恋人が鳥になる一瞬前に耳に入った呪い言葉を思い出した。そして、逃げた少女の姿も。