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リアクション
「まあ。誰だって無事では済まないでしょう」
冷静な口調で、フェブルウスがつぶやいた。
「自分の分身と戦うのは、効率が良いとはいえません」
ならば。元凶である鏡を破壊し、この騒動を一気に終結させるのが得策。――フェブルウスはそう考えていた。
彼は、鏡の前に立つ裏エリザベートへ近づいていく。
ドッペルゲンガーは彼女の本物と違い、くりんとした瞳の、可愛いらしい少女だった。
そんな裏エリザベートに向けて、フェブルウスが真顔で告げる。
「小さい子は、家に帰ったらどうですか。おやつでも食べてる方がお似合いですよ」
「ひ、ひどいですぅ……」
挑発は成功だ。裏エリザベートは目に涙を溜め、しおらしく座り込んでしまう。
(今ですわっ!)
すかさず、遠方から退紅海松が射撃する。放たれた弾丸が裏エリザベート目掛けて飛んだ。
「フハハハ! 我らオリュンポスは不滅なのだぁぁ!」
しかし、彼女に着弾する手前で、ハデスが身代わりになった。
身を呈し裏エリザベートを守った彼は、そのまま勢い良く吹き飛ばされる。
「ちょっと、大丈夫!? お兄ちゃ〜ん!」
地平線の彼方へと消えて行くハデスを、咲耶が追いかけていった。
「そんな……外してしまうなんて」
彼女の後ろ姿を呆然と見つめながら、海松がつぶやいた。構えていたランチャーをぶらりと下げ、彼女は落胆する。
軌道がバレてしまった以上、もはや二度目はない。
千載一遇のチャンスを逃した。
ハデスを撃退したとはいえ、相手には裏エリザベートという大駒が残っている。総合力で不利だ。このまま、ジリ貧になってしまうのか……。
「待たせたね!」
手をこまねくメンバーの元へ、明るい声が響いた。
声の主はレオーナ。彼女はなんとカルキノスに跨り、相棒のクレアを引き連れていた。
「仕方ないから、ついてきてやったですぅ」
そして、背後にはエリザベートも乗っていた。
「エリー! 来てくれたんだね!」
皆の歓迎を受けながら、エリザベートが地上に降り立つ。彼女の表情はしかめっ面。ご機嫌は斜めのままらしい。
それでも持ちうる力をすべて使い、スキルを発動させた。
「ニコラが作ったハリボテなんかに、負けるわけがないのですぅ」
全力で放った【神の審判】。
そのジャッジメントは、裏エリザベートの消失をもって、閉廷をむかえる。
「……まだ終わっちゃいない。鏡が残っているからな!」
ドッペルくんの前で身構えたのは、裏ニコラである。
彼は華奢な体を精一杯に広げ、きっと睨み、鏡を守っている。
「きゃー! ショタがもう一人いますわ! ここはなんという楽園なのかしら!!」
ヘブン状態になった海松が、裏ニコラに抱きつく。我を忘れ、顔中に唇を押し付けていた。
「おいっ。やめろよ!」
もがく裏ニコラだが、リミッターの振り切れた海松を振りほどくことはできない。
彼女たちの隣を横切り、ニコラが鏡の前に立つ。
「いろんな人に迷惑かけちゃった。ドッペルゲンガーにも悪いことをした」
彼は小さく深呼吸をする。
「ぜんぶ僕のせいだ。――だから、けじめはこの手でつけます」
そう言って、握りしめた拳を鏡面に叩きつけた。
☆ ☆ ☆
鏡が割れた。
これにより、すべてのドッペルゲンガーはこの世から消える。
「……もはやここまでか」
すべてを悟った裏ルカが、小さく告げた。
「私は皆を救えなかった。それが悔しい」
「ルカたち、一緒にはいられないの?」
そう問いかけるルカルカ。透けゆく彼女のドッペルゲンガーは、ふてぶてしく笑っていた。
「所詮は幻。光が差せばこうなるさ」
その言葉どおり、彼女の姿は消失する。まるで曙光に溶ける夜の闇のように。
「君は、俺が消えることになんの感傷もないみたいだね」
裏ダリルが、オリジナルを茶化すように言った。
「ドッペルゲンガーには理解があるんだろう?」
「“かつて”と言ったはずだ。今の俺は、この国の剣なのだから」
「冷たいねぇ」
おどけてみせるが、裏ダリルの体は震えていた。
この世から消えること。それを、彼は怖がっている。
「大丈夫。心配しないで。きみは消えないよ」
ルカが、ドッペルゲンガーを抱きしめた。
暖かい腕のなかで、彼はなにかを悟ったようだ。ダリルに向けて彼は告げる。
「そうだね。――俺はお前の影だから。いつまでも、お前の中に居る」
もはやそこに強がりはない。安らいだ微笑みを浮かべて、ドッペルゲンガーは、ルカの腕から消失した。
「何も変わりはしないさ」
自分の分身を見下ろしていたダリルが、冷たく言い放つ。いつもの口調。彼の表情に変化はなかった。
「無から生まれたモノが、無に還っただけだ」
「そんな言い方ってないよ!」
沈痛なルカの声。
優しげな瞳に涙を滲ませて、彼女は言う。
「みんな、懸命に生きようとしていたのに」
辛そうなルカを見て、コードは彼女を気遣った。そして、冷酷ともいえるダリルに向き直ると、激しく叱責する。
「お前には人の心がないのか!」
「くだらないな」
嘲るように口元を歪め、ダリルはつづけた。
「心なんてものは実在しない。脳が情報を処理する際に生じた幻――。それを人が厚かましく『心』と名付けただけだ」
「おい、ダリル!」
「泣きたければ勝手に泣け。悲しみを排泄し、自分に酔えるだろう。だが、涙が流れるのは単純な原理だ。身体における神経伝達物質の交換にすぎん」
「ダリル、いい加減にしろ!」
コードが胸ぐらをつかむ。ダリルは冷静に手を払うと、絞りだすような声で言った。
「――それでもだ。人が何を悲しいと感じるのか。そのくらいは、俺だって理解している」
俯いた彼は、それ以上なにも言わなかった。
ただ一瞬だけ、自分の胸に祈るような仕種を見せた。音も立てず振り返った、寡黙な男の背中だけが、人知れぬ悲しみを語っていた。
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