校長室
冬のSSシナリオ
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『Silent Knight』 暦の上ではもう半分冬が終わり、厳しい寒さが訪れる季節になる。 吐く息は白く、澄んだ空気が水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)を包んでいた。 「そういえば、これくらいの時期だったなぁ……」 その日も、吐いた息が真っ白く空に上っていくような寒い朝だった。 まだ実家の神社で生活していた頃だ。 パラミタの存在は知っているけれども、テレビのニュースで流れる事件のように同じ国内で起きているけれどもどこか遠い世界の話のようで、自分と直接的な関わりはないものはある程度の認識で済ませてしまう。睡蓮もそんな大多数の中の一人だった。 いつものように早朝から境内の裏にある小さな滝にある小さな祠まで参拝に来ていた。 小さい頃から当たり前のように境内の掃除や参拝客のための準備の手伝いをしていたので、このまま大きくなったら両親の後を継いで生活していくんだろうくらいにしか考えていなかった。実際に小さい頃から続けてきたことでもはや習慣となってしまっていて、それが苦だと思ったことは一度もなく、それが自分のやるべきことなのだと信じていた。 家族も、模型好きの父と巫女服のために嫁いできたのではないかという元コスプレイヤーの母を持ったおかげか退屈することはなく、日々明るく楽しく過ごしていた。 境内の掃除を終わらせて滝のところの祠の参拝を終えてからは朝食を取り学校の準備をするのだが、いつもよりも早く起きてしまったのでまだ時間がある。 寒々しいほどに整然と流れる滝の音を聞きながら、ふともう一つの祠が頭をよぎった。 この滝の裏に奥に続く道があり、その奥には外にあるものとは違う祠がもう一つ存在していた。 入らなくてもいいからと言われていたのですっかり忘れていたのだが、以前一度だけ母とともに入ったときは、まるでご神体をまつっているかのように大昔の武士の鎧が鎮座していた。今にも動き出しそうな感じがして母の後ろに隠れて見ていたのを思い出す。 今も変わらずに鎧はあるのだろうか? なぜだか妙に気になって、もう一つの祠の元へと足を向けた。 滝の裏から奥へと続く入口は広く、遠くまで明るく照らしている。奥へ進むと光が薄くなってくるが一本道なので迷うこともない。壁伝いに歩いていくと空気の流れを感じる。広い空間にたどり着くとその真ん中に祠と鎧が以前と変わらぬ姿で確かにそこに存在していた。 中は暗いかと心配していたのだが、上部から光がもれて内部を太陽の光が照らしているので想像していたよりも明るかった。 恐る恐る祠へと歩いていくが、特に変わった様子はない。祠の前に守るように座った形で安置されている黒い鎧は埃の一つもかぶっておらず、錆もない綺麗な状態にある。全身が綺麗に残っており、鎧というよりも甲冑というイメージが強い。 たまに手入れでもしているのだろうか? 昔感じていた怖さがなくなり、段々と好奇心のほうが強くなってくる。 そもそもなぜこんなところに鎧があるのだろう? 「『鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)』?」 祠の側に建てられた小さな石碑のようなものに書いてある名前を読んで、増すばかりの好奇心に背中を押されるように睡蓮は鎧に手を触れる。 その時、強い風が空洞内を吹きぬけた。 その風の強さからか、空洞に反響してオオオオオンと不気味な音を立てる。 同時に眩い光が睡蓮を包む。 眩しさに目をつぶる瞬間、鎧の目が光り、何かが動くような気配がした。 音と風が止み、恐る恐る目を開けると、目の前に座っていたはずの黒い鎧が立っていた。鎧の所々が発光しており、普通の鎧でないことは明らかだ。 かしゃりと音を立てて動く鎧に驚き腰を抜かしてしまう。 その時さらりと長い髪が目に入る。 しかし、それは見慣れた黒の髪ではなくなっていた。 「お母さーん! どうしようー!」 台所と居間を行き来して朝食の準備をしている母の元へ泣きながら走っていく。 勢いよくぶつかった腰をさすりながら母は振り向いた。 「何朝っぱらからめそめそして、ってどうしたのその頭! ……とその後ろの鎧は」 先ほど境内の掃除をしていたときは確かに真っ黒だった我が子の髪が、すっかり白くなりかわっているのを見て母は素っ頓狂な声を上げる。しかしすぐに睡蓮から目線がそれ少し後ろでに立つ、見知った鎧に釘付けになった。 「……睡蓮、何があったの?」 「よくわかんないけど滝の奥の祠に行ったら、風がぶわーって吹いて、鎧ががーってなって、光がぱーって、髪がぶわーって」 「そっか、ちゃんとお母さんに分かるように話しなさい」 擬音ばかりでよく分からなかったが、子どもの髪が突然黒から白に変わってしまったことと、敷地内にまつっていたはずの黒鎧がストーカーさながらに我が子のあとをついて歩いているのだけは確認できた。 「で、それから後ろのそれは?」 居間の鴨居に引っかかるためか、大人しく廊下で立っているのが余計になんとも言えない。視線をやれば、会釈しているのだろう、遠慮がちに頭が下げられる。 「……うん、わかんない」 「……お父さーん! 警察呼んでー、変質者ー!」 「ちょ、ちょっとまってー、まだ何もしてないからー!」 電話がかかってきたような普通のテンションで、母親が物騒なことを言い出した。