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三章

 油屋から布袋たちが向かっている間にも神社には参拝客が集まってくる。
 永谷が作っていた甘酒も需要と供給のバランスが釣り合わず、ついに底をついてしまう。
「お〜い! こっちにも甘酒くれ〜!」
 だがそれでも参拝客は永谷の前に集まってくる。
「うう……どうしよう……」
 あまりの忙しさに目を回し始めると、
「皆さん、新しい甘酒はこちらに用意してあります!」
 ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)が新しく甘酒を振る舞い始める。
「君は少し休んでいなさい! ここは私が引き受けた!」
 ユーシスに客が群がるのを見ながら、シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)も同じように群れの中に入る。
「俺にも二つくれ!」
「なんですか君まで、ここには手伝いに来たのでしょう?」
「当然だ! これはなななにやるんだ! それも仕事のうちだろう?」
「全く……君という男は」
 ユーシスは呆れながら甘酒を二つ渡すと、シャウラはなななの姿を見つけようと視線を動かし始める。
「あ! ゼーさん来てくれたんだ!」
「おお! ななな!」
 明るい表情でこちらに手を振ってくるなななにシャウラもパアッと表情を明るくする。
「来てくれてありがとね!」
「当たり前なこと言うなよ! それに……その巫女服も可愛いぜ!」
「えへへ……そう? ありがとう!」
 照れくさそうにはにかんで見せるなななにシャウラの中のテンションもマックスに達しようとしていた。
「力仕事は俺に任せろ! 掃除でも迷子の案内でもなんでもしてやるぞ! だから、甘酒でも飲んで少し休んでろ! な!」
「うん、ありがとね……ひゃ!?」
 なななは後ろから酔っ払った客にお尻を撫でられて甲高い悲鳴を上げた。
「へへへ……可愛い声あげちゃって可愛い〜」
 ヘラヘラと言いながら、酔っ払いはなななから離れていく。
「あ、あはは……参っちゃうね」
「……そうだな」
 シャウラは無表情で答えていると、
「ねえ、なななさん! 一緒に前座として漫才やろ!」
 布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)になななは袖を引っ張る。
「行ってこいよななな。俺は俺でやること出来たから」
「やることって」
「掃除」
 食い気味に返答したシャウラの口調はやけに重く暗かった。
「ふぅん? じゃ、あたしは行くからゼーさんも頑張ってね!」
 なななは手を振りながら、シャウラから離れ──シャウラも『掃除』に向かって行った。

 ***

「はいはい〜! 今から楽しい漫才が始まりますから是非見て言ってくださいね〜!」
 手を叩いて注目を集めながらエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)は客引きを始める。
「そんなに面白いのかよ?」
「ええ! 新年初笑いは間違いなしですよ!」
「そこ! あんまりハードルを上げない!」
 佳奈子はビシッと指差してエレノアに釘を刺した。
「ほらほら、本番前に漫才師が袖からチャチャいれない」
「袖って……完全に丸だしなんだけど……」
「細かいことは気にしないの! さあ! 間もなく始まります今年皆様の初笑いを飾るのはこのコンビ! 抱腹絶倒の笑いをお届けします! なななと佳奈子です!」
 エレノアは上げるだけハードルを上げると、さっさと退場してしまう。
「じゃあ、私がボケをやるから、なななちゃんはツッコミをやってね」
「うん! 任せて!」
なななが自信満々に答えて、拝殿の前に二人は立った。
「こんにちは! なななだよ!」
「はい〜どうも、相方の布袋です!」
「なんでやねん!」
 なななはビシッと手の甲で佳奈子の胸元を軽く叩いた。
「うん、ごめん開幕から存在を否定しないでね? ……え〜っとね、布袋ゆうても神様ちゃうんですよ? 焼いたら美味しい貝の仲間でもないんですよ?」
「そりゃハマグリなわけないやろ!」
「ホタテのことだから! ホタテと布袋の言葉が似てるからちょっと被せてみたの!」
「あ〜なるほど〜……ちょっと意味が分からないですね」
「理解してよ!? しっかりしてよ相方! さっきから全然ツッコミも出来て無いよ!」
「なんでやねん!」
「なんでやねんじゃないよ! 明らかに出来て無かったでしょ!?」
「そんなわけないやろ! いい加減にしろ! どうもありがとうございま」
「終わらないよ!? まだ始まったばっかりだからね?」
 頭を下げて退場しようとするなななを佳奈子は捕まえる。その様を見て、参拝客からも笑い声が少しずつ漏れ始めた。
 ただ、ボケをやると言っていた手前、佳奈子的には少し不本意だった。
「あれだね、私が話を振るからなななちゃんはボケちゃうんだね。今度はなななちゃんから話を振ってよ、そしたらボケれるから」
「そう? え〜っと、皆様は温暖化やエコについてどのようにお考えでしょうか? ちょっとのつもりで捨てたペットボトルやゴミが世界を汚していく。この現状、佳奈子さんはどう思いますか?」
「真面目か!?」
 佳奈子がなななの頭を叩いてドッと笑いが起きた。
 と、
「おお〜い! ななな〜!」
 参道から雅羅の声が聞こえ、雅羅のすぐ後ろでは布袋が小走りでこちらに向かっていた。
「あ! 雅羅ちゃん! え〜っと……真打ちが登場したいみたいなんでここで終わるよ! どうもありがとうございました〜!」
「うう〜もっとボケたかったのに〜……ありがとうございました!」
 不満そうな声を漏らしながら佳奈子は退場したが、お客さんは拍手を送り、神社には間違いなく笑顔が溢れていた。