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仇討ちの仕方、教えます。(後編)

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仇討ちの仕方、教えます。(後編)

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第五幕


 健吾から千夏の着物を預かり、ヴェール・ウイスティアリア(う゛ぇーる・ういすてぃありあ)はペットの機晶ドッグたちに臭いを辿らせた。犬たちはあくまでペットであり、特殊訓練を受けたわけではないため、あっち寄りこっち寄りと真っ直ぐ進まなかったが、半日以上かけて、ようやく目的の人物を見つけた。
 ちなみに六匹いる機晶ドッグの内、半分は野良犬と間違えられて捕獲されてしまった。
「本当にここ……ですか?」
 一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)はその建物を見上げて、尋ねた。
「そのはずですわ」
 足元では一匹の機晶ドッグが尻尾を振って待機している。この子は餌や他の犬に釣られず、千夏が攫われた現場からずっと臭いを追ってきた。
 そこは、町中の旅籠だった。小女に金を握らせ、千夏の人相を尋ねたら、それらしき女性が確かにいると言う。ただし、部屋から一歩も出ないので確かなことは分からない、と小女は付け加えた。
 直に確かめるしかない。だが、他の客に迷惑をかけるわけにはいかない。
「夜まで待つしかありませんわね」
 ヴェールは機晶ドッグの頭を撫でながら言った。悲哀は、無言のまま頷く。
 十内のことが好きだった、と千夏は言った。出来ることなら、琢磨ではなく十内の元へ嫁ぎたかったと。
 ならばと悲哀は思う。好いた人と共にいるべきだ。たとえ、どんな状況であろうとも。
 それこそが、悲哀の信念だった。
 そんな悲哀をヴェールは好ましく思う。千夏のためにも悲哀のためにも、どうにか彼女を救い出さなければならない。
 だが、夜になっても周囲の人通りはなかなか途切れなかった。旅籠の灯りが消えたのは、真夜中になってからだ。時期が時期だけにかなり寒かったが、ヴェールは空飛ぶ箒に乗って、小女から聞いた二階の角部屋を外からそっと窺った。
 ――と、障子どころか壁をぶち破って何かが飛び出した。ヴェールは危うく、バランスを崩しそうになる。
「ククッ、いい度胸だなァ、女……」
「大和守安定・真打」を担いだ大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)が、壊れた枠に手を足をかけ、外へ出て来た。ちょうど一階の屋根が突き出している箇所だ。
「甘く見ないことですわね!」
 ヴェールの左手から【光術】が発せられた。
「くっ!!」
 鍬次郎は、咄嗟に腕で目を庇った。
 何事かと宿の人間が騒ぎだし、一階の入り口が開いた。悲哀は素早く潜り抜け、階段から部屋へ飛び込む。行燈の傍に千夏がいた。
「千夏さん! こちらへ!!」
 悲哀が手を伸ばした。だが千夏は動かなかった。
「千夏さん!?」
 クスクス、と小さな笑い声。
「ダメよ……お姉ちゃんは渡さない」
 斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)が千夏の後ろに立っていた。少女の指が、千夏の白い首を撫でる。
「ハツネは千夏お姉ちゃんが気に入っちゃったの……だから、そっちのお姉ちゃんはバイバイね」
 外で叫び声が聞こえた。
「ヴェール!?」
 河上 利秋(かわかみ・としあき)が【疾風突き】を仕掛けたらしい。
「撤退しますよ」
 天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)が囁くように言った。
「待ちなさい!」
 追おうとする悲哀の体が竦む。千夏の首筋から、つつ……と血が流れ出した。
「手紙を読んでいないんですか? これは脅しじゃないんですよ。これ以上追えば、今度はこんな傷じゃすみませんよ」
 葛葉の声は淡々としていた。それだけに、ハッタリとも思えなかった。
「連れの方にも追わないよう、ちゃんと言ってくださいね」
 では、と言うなり葛葉は煙幕ファンデーションを破裂させた。
「ち、千夏さん!!」
 悲哀は咄嗟に手を伸ばした。だが当然の如く、それを取る者はいなかったのである。


 久利生藩はマホロバでも北の方に位置する小国だ。四方を山に囲まれ、冬は深い雪に閉ざされる。米に代表される農作物は豊かに実るが、他にこれといった産業はない。そのため、地球人からもあまり重要視されず、契約する者も少なかった。
 辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)ファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)は葦原島から遥々やってきたのだが、問題はどんな名目を使うかだった。観光地ではないし、商売をするような土地でもない、無論、正直に話すわけにもいかない。
 やむなく「他の土地へ行く途中に通り過ぎる」ことにして、関所を通った。役人は物珍しげに二人を眺め、「物好きなことだ」と通してくれた。
「少し骨休めをする」という名目で二人は小さな宿に部屋を取った。そして、野木坂 琢磨を知る人物を探した。
 真っ先に見つけたのは、遊女だった。あの頃は若かったから、と真魚(まな)というその遊女はファンドラにそう語り始めた。
「見てくれがいいし、金払いもいいから夢中になっちまったんだけどサ……身請けしてくれるって話を頭から信じ込んで、子供が出来たらポイ。まあ、よくある話サ」
「他の女性について聞いたことはありませんか?」
「何人か似た目に遭ってるって話は聞いたよ……素人女にも手を出していたろうけど、話を聞くのは無理さネ」
「なぜ?」
 真魚はころころと笑った。遊女としてはそろそろ薹が立つ年頃だったが、可愛い笑い方をする女だった。
「恥だからに決まってるじゃないか! 嫁入り前の娘が辱めを受けたなんて、墓まで持って行きたい話だろうよ!」
 次に刹那は、琢磨の上役である安藤 蔵人(あんどう・くらんど)を訪ねた。しっしと犬ころのように追い払おうとした安藤だったが、「野木坂琢磨について」と口にした途端、態度をころりと変えた。
「あれは酷い事件だった! 立花の奴、何を考えていたのか。まったく迷惑な話だ。宴の金をわしが払う羽目になったしな!」
「野木坂琢磨に問題があった、とも聞いておりますが?」
 刹那はらしくなく、下手に出ながら話を進めた。
「問題? そんな物はない。野木坂は仕事の出来る、いい奴だった。上役のわしが言うのだ、間違いない」
 刹那は微かに眉を寄せた。聞いていた評判と全く違う。
「ところでその方、仇討ち成就の暁には、健吾がどうするつもりか聞いておるか?」
「いいえ。なぜ?」
「なに、勘定方はもう人手が足りておる……別の道を進めた方がよかろう。健吾は勘定方に向いていないと聞くしな。帰ったら、それとなく言ってやってくれるか?」
 嘘か真か分からぬものの、刹那は安藤に薄っぺらな印象を抱いた。この男の言うことは当てにならぬと判断し、辞去した。
 最後に、刹那とファンドラは親戚の家にいるという琢磨と健吾の母親を訪れた。針金のように細く、年の割に髪は大分白かった。阿佐(あさ)というその母親は、刹那たちを家には上げず、庭へ通し、自らは縁側で相手をした。
「卓兵衛ですか」
「どのようなお人なのです?」
「あれは、忠義者です」
「健吾さんを裏切ったり――は?」
「まさか、ありえぬ。あれは代々我が家に仕え、琢磨も健吾も赤子の頃から面倒を見ておりました。我らが死ねと命じれば、手段を問わず、すぐに果てましょう」
 刹那たちは、千夏誘拐のタイミングから、卓兵衛こそが黒幕ではないかと考えていたが、阿佐の話を聞く限りは、違うようだった。
「お尋ねしにくいことをお聞きしますが、奥方様は、琢磨さんの裏の顔をご存知でしたか?」
 阿佐は眉を微かに上げ、ファンドラを睨んだ。
「琢磨が何をしてきたか、――ですか?」
「その通りです、ああ、やはりご存知なのですね。健吾さんは何も知らないようでしたが」
「あれは剣術一筋ゆえ」
「それでも尚、仇を討てと? そんなにお家が大事ですか?」
 ファンドラのその言葉には、野木坂家は人の上に立つに相応しくない、という思いがある。部下や民のために体を張り、知恵を絞る――それが王たる者の役割だ。
 だが、阿佐はふっと嗤った。
「そなたらは侍ではない故、分からぬのでしょう」
「ええ、分かりませんね」
「他ではいざ知らず、我が藩において主君に仕え、家を守り、子孫へ伝えることこそが何より大事。琢磨は、勘定方として殿に忠義を尽くしてきました。それ以外に何を求めましょう? そして父や兄を殺されれば仇を討つのも当然。それが出来ないようであれば、武士の資格なし――」
 そこで阿佐は、いったん言葉を切った。すうっと目を細め、そしてこう続けた。
「――腹を切るべきでしょう」
「それを、我が子に言いますか。ならば無論、ご自身も――」
「左様。仇討ち成就ならずとなれば、わたくしも自ら命を絶ちましょう」
 阿佐の目に迷いはなく、言葉に偽りはなかった。
 どうやら自分たちとは相容れぬ存在らしいと、刹那もファンドラも判断した。