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壊獣へ至る系譜:機晶石を魅了する生きた迷宮

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壊獣へ至る系譜:機晶石を魅了する生きた迷宮

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■ 機晶石を魅了する生きた迷宮 ■



「国家神に勝るとも劣らない機晶姫? 聞いたこともないなー。まぁ、古王国時代にボクを造った技師さんが偏屈だったから知らなかっただけかも」
 なんていう会話は、洞窟に足を踏み入れるまでの、事態を楽観していた暢気さだったのかもしれない。
「や、やっぱり体の自由がきかないよ! どうしよう、足止まらない」
 首だけなんとかエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)に向けるロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)は大声で彼に訴えていた。
「駄目か、止まらないか?」
「おいでって言ってる。早く来てって言ってる」
「誰に?」
「わかんない。ただ、私の子供達って、ボクはボクを造った人を知ってるのに、なんだか変だよ!」
 ロートラウトと並走しているエヴァルトは疲労に少しばかり息を吐いて、呼吸を整える。左右に流れる機晶石はまるでパートナーを歓迎しているように見えて気味が悪い。
 一本道なのが不気味すぎてならない。
 ここは迷宮ではなかった。
 誰ひとり帰らせない迷宮ではなかったか。
 エヴァルト後ろを振り返って、唖然とした。
 背後は一面の機晶石だった。機晶石と壁しかなかった。
 一本道で、退路が、無い。
「来てって言ってる。早くって言ってる。声が大きいよ。耳元で囁かないで、囁かないで!」
 ロートラウトの声が大きくなっていく。エヴァルトには聞こえない声に機晶姫の彼女は精一杯の抵抗をしている様だ。
 エヴァルトは前を見据える。
 一体、誰が誘っているというのだろう。



「うーん。だいぶ色が塗り替わってるけど、皆の場所はバラバラだなぁ」
 マッピングされながら全く地図の役割を果たしてくれない末端を眺めて清泉 北都(いずみ・ほくと)は腰に巻きつけているロープを確認するように触った。
 その仕草にソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は自分の腰にも巻かれて結ばれているロープの存在を思い出した。物言いたげな視線に北都は仕方ないよと吐息した。
「ここで迷子には絶対になれないからね」
「いつも迷子になるのはお前の方だろ?」
 言うが、方向感覚が鈍いソーマの言葉に説得力は果たしてあるのだろうか。
 互いを縛り結ぶロープを解く理由は今のところ存在していない。
「動いてるのは僕らかな。動いてないのは調査員の人たちと見ていいよね」
 長時間洞窟から抜けだせず疲れて動けなくなっている人間がちらほらと出てきている。
 北都は持参してきた食料の入っている荷物にちらりと視線を流した。
 いつまでもほったらかしにはできない。なのに、
「意地悪な洞窟もあるもんだね」
位置までわかっているのに辿りつけないとは。まるで生き物の体内みたいだ。
 調査本部に金貨を置いてトレジャーセンスを試したが、向く方向が進むだけであっちこっち向くのであてにできない。
「ここは匂いが無いね。誰も通ってない」
 超感覚で敏感になっている鼻をひくつかせる北都は、調査員達の匂いはどんなものだったかを思い出す。
「血の匂いも無いな」
 ソーマも手がかり無しと首を横に振った。
「じゃぁ、もう少し進もう。ちょっと歩いただけで道が変わるなら進んだほう……――」
「どうした?」
「音がする。匂いもするよ。走ろう、道が変わる前に!」
 一人でも多く、助けたい。出会えるチャンスを見逃すわけにはいかないのだ。



 デジタル一眼POSSIBLE片手にゆっくりと歩を進ませいるのは宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)だ。
 壁から露出する機晶石を一個一個丹念に写していく。洞窟内部を余さず撮影し、少しでも何かの手がかりになればと願いながら。
 右へ行って、左に折れて、また右、と意図的に道を選ぶことでいつの間にかぐるりと一周しないようにどんどん奥を目指す。
 奥、つまり、下だ。
「さて、最奥にはなにがあるのかしらね?」
 ダウン、ダウン、ダウン、とそろそろ最深部の層じゃないかしらと一息ついて、一旦デジタル一眼POSSIBLEの電源を落とした祥子は、すいーと自分の横を過ぎた宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)に軽く目を瞬いた。
「義弘?どうしたの?あまり先に進んじゃあぶないわよ!?」
 あっという間に分断してしまう洞窟だ。互いの距離は離れるほど危険だと最初に確認したではないか。
 慌てた祥子はパートナーを武器形態へ変化させようとしてできないことに地面を蹴った。義弘におもいっきり抱きつく。
「もどりなさい!義弘!!」
 多分物凄く大きな声で叫んだ祥子に、義弘のギフト特有の目は前を向いたままだ。いつものようにつぶらでかわいらしく祥子を見つめてはくれない。
「……僕を呼ぶのはだあれ?」
 ボディーガードボディーガードと使命に燃えていた数十分前の義弘を知っている祥子はトーンの落ちた呟きに、彼を引き止める腕に力を込めた。
「駄目よ。お願い、止まって」
「おねえちゃんだあれ? 呼んでるの? 行くよ、行く……お母さん、今、行くよ」
 危なくなったら僕がお母さんを守るよ! そうやって張り切っていたというのに、誰をお母さんと呼んでいるのか!
 前進と制止との均衡が僅かに保たれず、祥子は少しずつ少しずつ洞窟の奥へと引きずられていくのだった。



 多くのコントラクター達が調査や救出を目的にしている中、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)の参加動機は少しだけ事情が違った。
 話を聞いて、欲しいと思ったのだ。
 その機晶姫を、是非欲しいと思ったのだ。
「ふぅん?」
 方向感覚で手っ取り早く最深部への到達できるかと思ったが、話はそんなに簡単なものでもなかったらしい。
「連絡が取れても場所がわからないとなれば難しいものですわね」
 アンダーグラウンドドラゴンに乗るヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)は冴え渡る野生の勘に先程から引っかかってくる熱視線に不快とばかりため息を吐いた。
「それにとても強い視線を感じますわ」
「そのくせ何も無いってのも不気味だ」
 二人の耳には先程からコアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)の首に提げられた鉱石風鈴の音を捉えている。最初はコアトー自身が必死に鳴らしていたそれは、今は動きに合わせてたまに小さく音を立てるだけになっていた。
「鳴かなくなりましたわ。為す術がなかっとはいえこのままでは影響が残らないか心配ですわよ」
 みゅ〜☆と愛らしくしていたのが早くも懐かしく思えて、このただ前に進んでいくしかない状況が心苦しかったヨルディアは思わず宵一を見た。
 試しにコアトーの興味をひければと藍鼠の杖でネズミを呼び寄せようとしたが、百匹も十匹も一匹すら集まることは無く、コアトーの注意を向けるどころか、気持ち悪いほどこの洞窟に生き物が存在しないことだけがわかった。
「道も平坦になって、これならパスファインダーの必要もないし、もしかしなくてもいよいよ目的の場所かもしれんな」
 さて何が出てくるか。
 国家神にも勝る機晶姫とやらは本当の存在するのか。
 結果は蓋を開けてみなければわからない。



「大丈夫!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)と共に壁に背中を預けてぐったりしている調査員らしき人間に駆け寄った。
「こちら小鳥遊 美羽。調査員さんを一人発見したよ!」
 籠手型HC弐式の通信ボタンを押し梅琳を呼び出す美羽の傍らで、調査員の前に回り込んだベアトリーチェはそっと手を差し出した。
「お名前を聞いてもよろしいですか? お怪我とかしていませんか?」
「うん。うん。そうだね。現状は相変わらずかぁ。無事に脱出したいけど、出られないなら出る方法がわかるまで人探しした方がきっと早いよね。うん。こっちは捜索を続行するよ」
 通信を切った美羽はベアトリーチェの手を借りて立ち上がった調査員におよと目を瞬かせる。
「立てるの? もう少し休んでもいいんだよ?」
 他の人員を探さなければいけないが、そこまで急ぐことでもと声をかける美羽に調査員は首を横に振った。
「先を……他のメンバーが気になります」
 まだ先の一人と自分しか見つかっていないことに焦っているらしい調査員に、美羽はわかったと頷いた。
 では進みますかと歩き出そうとした時、ベアトリーチェがその足を止める。
「美羽さん」
「ん? なあに?」
「これ……」
 ベアトリーチェが指さしたのは調査員が背凭れていた壁だ。
「え、なにこれ」
「あの、気づいてました?」
「いえ……疲れていたので全く」
 洞窟の土壁には誰かが深く刻んだのだろう文字が残されていた。
 三人は互いに顔を見合わせ、これは何かの手がかりになるだろうかと美羽は再び籠手型HC弐式に唇を寄せた。