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血星石は藍へ還る

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血星石は藍へ還る

リアクション

【6】

「鏖殺寺院、そりゃもう先についてるわよね」
 バントラインスペシャルを抜いた雅羅は目の前に広がる光景を一気に飲み込んだ。
 バビロンの空中庭園。
 世界の七不思議の建造物と呼ばれる屋上の庭園をイメージして作られた屋上庭園は、水と緑で溢れた美しいものだった。
 工事中とは聞いていたが、もうテスト段階なのだろう。そこかしこに設置された照明装置から青や紫の光りが溢れ、幻想的な雰囲気を醸し出している。
 そんな中に、不似合いな無骨な武器を手にした敵が待ち構えていた。
 が、自分達も似た様なものだろう。
「目指すのは屋上! 一気にいくわよッ!!」
 叫んだ彼女に続いて、皆が走り出す。
「敵にだって事情はあるの。それはたとえ相手が鏖殺寺院だって同じ事よ。
 連中の中にも契約者に大事な人を殺されてテロに走ったアレクみたいな奴が何人も居るのよ、きっと」
 独り言を呟いた藤林 エリス(ふじばやし・えりす)は魔法の力で自らの力を進化させた。
「愛と正義と平等の名の下に!
 革命的魔法少女レッドスター☆えりりん!」
 アルティメットフォームの空色のハイレグレオタード風コスチュームに変身した『えりりん』に、鏖殺寺院の兵士達は声を上げる。
 彼女のこの姿もそうだが、ビキニアーマーと女装の集団に明らかな動揺が走っていた。
 まさにセレアナの言っていた『撹乱』状態になっている。
 そんな妙な状況は置いておいて、
「あたしはいつもこの格好よ!」
 変身シーンを『ガン見していたスケベ野郎』にくるくると回した棍棒状の魔法のアイテムからお星様を飛ばして喰らわせて、えりりんは周囲の固まっている奴らに向かって突進する。
「あんた達寺院は地球人によ侵略搾取からパラミタを守るのが信念の組織のはずでしょ?
 そのあんた達が最も忌み嫌う、金儲けの為にパラミタを利用する奴と手を組んで故郷の人々を攻撃するなんて、あんた達それでいいの?
 命がけで守ると誓った理想や信念はそんなものだったの?」
 停戦を呼びかける声が響く中、皆が先に進んで行くのを見てマルクス著 『共産党宣言』(まるくすちょ・きょうさんとうせんげん)は温和な笑顔を浮かべた。



「ねえねえおにーさんっ
 こっちむーいてっ」
 舞香のセクシーで愛らしい声に導かれ振り向いた兵士の顔をチアリーディングのアクロバティックな演技を格闘技に昇華した舞踏格闘術『応援舞闘術』の蹴りが吹っ飛ばすと、向こう側では美凜の足が待ち構えている。
 磨き抜かれた美脚が凶器と化して、生半可な武器では及びもつかない素早く強烈な脚技は、二人の連携技でその威力はざっと見積もって三倍くらいだろうか。
 ミニスカートを翻し、ハイヒール振り上げ舞い踊るように放つ華麗な脚技は敵をも魅了するほどに美しい。
 チアガールならではの一糸乱れぬユニゾン攻撃を援護するのは、綾乃の小型列車砲から光速発射される模型の『パラレール』だが、それはイコンと同じプラスチック素材で出来ており、殺傷能力は高い。
 間抜けな気もするが、
「鉄道の敵! 懲らしめてあげます!!」とプンプンしている綾乃にはピッタリの攻撃方法だろう。
 その間に舞香は敵にサービスを振りまいていた。
 ウィンク。
 投げキッス。
 美しい光りに惹かれる群がる虫達に、舞香は不敵な笑みで、でも可愛く舌を出した。
「ふふっ、乙女の魅惑の肢体の恐ろしさ、身をもって思い知るのね」
 唐突に間合いを詰められて目を開いている兵士の一人を高く蹴り上げると、向こうから美凛に飛ばされてきた敵に向かわせるべくすかさず回転して胴へぶつける。
 蹴り飛ばされた二人の兵士は中空で激突し、地面に伏した。



 で。
 こんな騒ぎの中で一人隠れている者が居た。
 まさにもうこの期に及んで未だに自分の白と紺のビキニアーマー姿を気にしている蛇々である。
「(こんな恥ずかしい姿は見られるワケにはいかないわ……
 で、でも戦わなきゃいけないし……
 こうなったら何処か……影にでも隠れながら)」
 まさに今、黄昏時に最も美しく輝くと言われる銃の輝きを懸命に隠しながら、蛇々は遠隔射撃を行っていた。
「ふふふ、木に隠れているなんて誰も気づいていないみたいね……」
 弾を何発か喰らわせて得意になっていた時だった。

 木が動いた。

「え!?」
 露になった姿よりもそちらに驚いている蛇々に、木が振り返ってカーテシーする。つまむドレスの裾は無いが、その優雅さはまさにそう――ヴェールだった。
「そろそろ先に進ませて頂きますわ」
「え、え、え?」動揺している間に、少々派手になっていた蛇々の銃撃が何処からかと目を配っていた一人の兵士が叫んだ。
「居たぞ! あいつだ、やっちまえ!!」
 かけ声に反応して何人かがこちらへ向かってくる。
 絶体絶命というか、絶望的に絶壁。
 蛇々は自分でも知らない間に手の中に熱い光りを生み出し、彼等に向かって焔を放っていた。

「いやああああああ近付かないでええ!それ以上にッ見ないでえええ!」



 喧噪の中思い出すのは波紋すら無い水面に広がる赤い色。
 絶望から逃げ出す為に固く握り合った二つの手は今迄見たどの色よりも白く、一つの美しい彫刻になってしまったかのようだった。

 逝くものにとってそれは最上だとしても、残されたものにとってその結果が最悪なものになるのをホロウ・イデアル(ほろう・いである)は知っている。
「(セイレーンの少女
 雫澄にとって最早、彼女を失う事は大きなダメージになる。
 ……避けねば、なるまい)」
「ホロウ、僕はジゼルさんを傷つけたく無い。
 何とか、ならないかな……」
 この期に及んで到底実現不可能な理想を口に出す己の契約者に、ホロウは仮面の中で羨望と嘲笑の息を吐いた。
「雫澄は、あのセイレーンを取り戻す事に専念しろ。
 戦闘は……俺がやろう」
「……え……」
 意外な言葉に思わず出た声に、返事はやってこない。
この不思議なパートナーが、いつも無口で何を考えているのかすら分からないホロウ・イデアルが自ら協力を申し出るなんて珍しい事もあるものだ。
 長い事同じ姿勢で固まったままだったせいか凝りかけた首を指先で解しながら、雫澄は曖昧なままの考えを纏めている。 
「いや、うん。じゃあ、出来る限りは頼むよ。
 兎に角ジゼルさんを先に……それからアレクさんもサポートしないとだなぁ。あの人、何故か無茶するイメージが……。
 ホロウ、実はアレクさんは……」
「あぁ、わかっている。あのイカれた奴の弱点はな」
 ホロウは言いながらフルフェイスの仮面の上から人差し指で右目の位置をトントンと叩く。
 アレク自身特別秘密にしているようにも見えないが、あの妙に堂々とした本人のキャラクターと身体の欠陥をものともしない機敏な動きからか、雫澄が思うに誰かがアレクの弱点に簡単に感づくとは思えない。果たして自分の他にアレクの片目の視力のが極端に弱い事を知っている人間が何人居るのだろうか。
 まして雫澄自らそれついてホロウに話した覚えも無いのに、『分かっている』と言うのはどういう事なのだろうか。
 雫澄の困惑を放置したまま、ホロウは静かに続けていた。
「知っている。
 お前が今、本気で激怒しているのも、誰かの為に傷つく事を恐れぬ事も、
……それで、傷つく者がいる事もな。

 ……分かっている。わかっている……」