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雲海の華

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 アイランド・イーリとは別方面から進攻する機動要塞土佐は、デーモンが食らいつく扶桑の有様を望遠カメラで捉えていた。
「こりゃまた豪快な光景だ」
 CIC(指揮の中枢)のキャプテン・シート前に投影されている映像を眺め続ける湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)は、目を見張った。
「想定よりもかなり大振りなデーモンだな。驚くほどに小回りが効くらしい。それにこの数はどうだ。囲まれでもしたら、ひとたまりもないぞ」
「艦長、管制機ブラックバードが、機動要塞・扶桑への救援を要請しています。格納庫の整備施設が破壊され、艦載機の整備ができないとのことです」
「飛んでるイコンの帰り場所がなくなったか。梓、状況を格納庫と折り合ってくれ」
「かしこまりました。整備のアルバートさんとコンタクトします」
 土佐の管制を担っているのが高嶋 梓(たかしま・あずさ)。CICルームの前部へ円弧を描くように展開されているオペレーターを統括するのも彼女の仕事である。
 梓のナビゲーション・シートは、亮一の前方に位置しており、オペレーター席をぐるりと見渡せるポジションにあった。
「アルバートさん緊急要請です。応答してください」
「これは梓殿。何用ですかな?」
 CICルームのメインモニターへ大写しになったのが、整備をこなすアルバート・ハウゼン(あるばーと・はうぜん)である。
 白い肌に銀髪のリーゼント・スタイルが、彼の精悍さを引き立てていた。ポロシャツの上から整備士に支給されている安全ベストを身につけている。
 あちこちに油と汚れを染みこませたその風体は、どこか頼もしささえ感じさせた。見かけに反して少々古風な物言いをするのが、彼のチャームポイントである。
「機動要塞・扶桑の整備施設が破壊されました。同艦所属のイコンなどに対するメンテを要請します」
「なるほど、あいわかった。雲海の下にいる部隊への定期まかないしかやっておらんから、まあ大丈夫だろう。亮一殿にもよろしくお伝えくだされ」
「そうか。アルバート、俺にも聞こえてる。CICのモニターへ通してるんだ」
「おお、そうでしたかあ。精いっぱい尽力いたしますよ」
「それでは本艦への収容を開始いたしますので、よろしくお願いします」
「うむ。じゃが、全部は無理だぞ」
「施設の稼働状況については、逐次ご報告を願います」
「そうじゃな。……さて、忙しくなりそうですな」

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 扶桑を飛び立ったイコンなどの収容を始めた機動要塞・土佐は、戦況の変化にいち早く気づいた。
「本艦へ向かうイコンに対して、多数のデーモンが追撃していますわ。その数、およそ40」
「多いな。(読み:けだもの)獣だけに、群れを成すか」
「いかがいたしましょうか」
「迎え撃つぞ。戦闘配備。全砲開門。イコンの収容を優先させる。入れ替わりで出られる部隊は各自展開だ」
「かしこまりました。各員に申し上げます。本艦はこれより、飛来するデーモンのせん滅を行います。救援を求めているイコンを、優先的に保護してください」
「こちらへ向かっているイコンはいくつだ」
「7体ですわ。追いかけるデーモンの数、更に増加。その数70。ブラックホークから入電。大渦から現われるデーモンの半数が、こちらに進路をとっているそうですわ」
「まるで意志を持っているみたいだな。目をつけられたのなら仕方がない。相手を射程に捉えた砲門から迎撃開始だ」
「その様に取りはからいます。全・連装砲のセーフティを解除。攻撃を開始して下さい」
 全力砲火によってその数を減らしたデーモンは要塞の手前で散開し、辺りを取り巻くように巡り始めた。
「イコンの収容を開始しました。メンテナンスが済み次第、戦線に復帰させます」
 付近で旋回を続けていた1体のデーモンが、土佐の装甲へと急降下を始めた。接触地点では機晶フィールドの鈍い閃光が瞬いて、相手をはじき飛ばす。
「右舷の機晶フィールドに負荷を検知いたしました。周辺のデーモンが次々と接触を試みています」
「敵の増援が来る前に、一息つきたいな。大渦の調査は継続する」
 するとCIC内の照明が黄色に変わった。
「艦長、左舷の格納庫にデーモンが侵入いたしました。着艦したイコンをなぎ倒し、目下、潜行中ですわ」

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 警報の鳴り響く土佐の格納庫内では、複数のデーモンが暴れ回っていた。
 ハンガーに固定されていないイコンをなぎ倒し、つるし上げになっているイコン向けの武器棚を打ち壊していく。
「皆の者、急いで避難するのです。ささ、ソフィア殿も早く」
「そうは参りませんわ。ここが壊されてしまうと、要塞の航行に甚大な影響を及ぼしてしまいますもの」
 デーモンによって大型イコンのリアクターが破壊された場合、その爆発の威力によっては左舷が根元より折損し脱落する事態もありうるのだ。
 アルバートと共に格納庫でメンテを行っていたソフィア・グロリア(そふぃあ・ぐろりあ)は、黒煙が取り巻く搬入路の(読み:ただなか)直中に躍り出た。
「弾道計算よし。皆さんっ! 少しの間だけ動きを止めて下さーいっ!」
 ソフィアの両肩に積まれたロケットランチャーからミサイルが一斉発射され、様々な回避対象物や作業員達の四肢の間をもかいくぐって標的へと襲いかかる。
 信管が断絶状態の弾頭は炸裂することなく標的を吹き飛ばし、格納庫からカタパルトの方へと押し飛ばした。
「まだ1体いるぞ、気をつけろ。弾を一発、飲み込んでやがる」
 そう叫んだアルバートの声に反応したソフィアは、しぶとく滞空する1体を確認する。
 彼女めがけて急降下してきた魔獣に対して、滑り込みで回避に成功した。
 武器棚から転げ落ちた小型イコン向けの機晶ブレードを握りしめたソフィアは、かぎ爪を振りかざし襲い来る相手を渾身の力で叩きのめした。
 機晶刃を発生させるはずのフレームを胴部に深々とめり込ませたデーモンは、口から体液をこぼしながら格納庫の外まで吹き飛んでいく。
 いくら機晶姫とはいえ、小型イコン向けの機晶ブレードを発振させるだけの出力は与えられないのだ。
「格納庫のハッチを閉じて下さいっ……弾頭06番、起爆」
 閉ざされていくハッチの向こう側で悶えのたうつデーモンが、まばゆい閃光と共に体液をまき散らす様が垣間見えた。
「応急班っ、消火を急げっ。今一度、仕切り直しだ。しかし、でかしたな、ソフィア」
「はい。ですがこの武器は、私にはちょっと大きすぎたかも知れませんわねっ」
 身の丈を越える機晶ブレードを持て余した彼女は、ホッと安堵の息をついた。

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「亮一のヤツ、大丈夫なのかよ」
 デーモンの群れに取り巻かれている機動要塞・土佐を眼下に見るのは、中型イコン閃電である。
 そのパイロット、岡島 伸宏(おかじま・のぶひろ)。土佐を駆る湊川 亮一とは、家族ぐるみで親交が深い。
 閃電のナビゲーションを務めるのが山口 順子(やまぐち・じゅんこ)である。
「伸宏さん、大渦の方向より敵影多数。土佐の上方からも数匹が接近しつつあるけど」
「了解だ。補給を受けるなら、やっぱり気心の知れた場所がいいからなあ。アイツに日頃の恩を返えすいい機会か」
「赤外線探知に反応あり。下にいる敵からの黒煙ブレスに注意して」
「オーケー、純子さん。それじゃあ、こっちから行こう」
 ビーム・サーベルを構えた閃電は、魔獣のブレスを紙一重ですり抜けて、本体を脳天から両断した。
 そのままイコンの体勢をひるがえして空を仰がせた伸宏は、残りのデーモンへビーム・アサルト・ライフルの狙いを定めてトリガーを絞る。
 射線に捉えた魔獣の身体が、機晶エネルギーの光弾を受けて瞬時に蒸発する。
「残弾は平気?」
「そろそろ弾倉を交換したい」
「着艦申請を出しましょうか?」
「頼む」
 土佐の甲板に降り立った閃電は、大渦の方からやってくる群れへレーザーバルカンを掃射した。
「こちら閃電。湊川さん、高嶋さん、貴艦での補給を要請します」
「よう、ふたりとも。俺だ、元気でやってるみたいでよかった。状況はどうだ?」
 通信に応じた亮一に、伸宏がかいつまんで状況を説明することにした。
「雲海の渦は、どうも無人の浮島から発生しているみたいだ。だがこの敵の数だし、かなりの曲者だろう? すれ違った調査隊に状況を引き継いで、ひとまず補給へ戻ってきた」
「無人の浮島か。生体反応は?」
「分からない。イコンに積んでる赤外線探知じゃ精度が低いのかも知れない。まだかなり離れていたし。雲海から出てるノイズの影響もあっただろう」
「大変だったな」
「お互い様ってところさ。この状況は芳しくないぜ」
「伸宏がそんな顔してるなんて、よっぽどな事だぞ?」
「察してくれたか、痛み入るね」
 土佐の格納庫ハッチが迫り上がり、アルバートとソフィアが手旗を振って誘導を始める。
「後方より熱源反応っ。伸宏さんっ!」
 彼の思考を走査した閃電のBMIシステムが、ショルダーキャノンによる標的の捕捉を瞬時に完了させたときだった。
 桃色の影が閃電のモニターを遮って、ロックしていたデーモン1体を遙か上空へとかっさらっていく。
「いっただきーっ! まずは私が一番乗りいー」
 充分に加速した状態から打ち込まれた緋柱 透乃(ひばしら・とうの)の剛拳が、デーモンの外骨格を穿孔した。やがてその拳は、魔獣の巨体を完全に引き裂いてしまうではないか。
「助かったみたいだな。今のうちに閃電の収容を頼む」
 魔獣の三枚下ろしを見届けた閃電は、片腕を大きく振って透乃の活躍に応えた。