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魔の山へ飛べ

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   十一

 ザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)は御前試合で好成績を収めていたため、遠征隊からは是非にと乞われていた。だが、パートナーの新風 燕馬(にいかぜ・えんま)が全く興味を示さなかったので、「妖怪の山」へ行くつもりはなかった。
 ところが直前になって、もう一人のパートナー、リューグナー・ベトルーガー(りゅーぐなー・べとるーがー)がこう言ったのである。
「ねぇ燕馬、『神さま』の正体が知りたくはありませんこと? 顔に書いてありますわよぉ、『正直興味ある』と」
 確かに興味はあった。だがそこ止まりである以上、切実な願いを抱える平太と行動するのは躊躇われたし、明倫館の遠征隊に参加するのも気が進まなかった。
 そこで三人は単独行動を取ることにしたのだが、「神さま」や妖怪に敵意がないことを示すため、燕馬は【変身!】で身長一八五センチの魔法少女になった。ピンクと白を基調とし、裾にも膨らんだ袖にもこれでもかっ、というぐらいにフリルが付いている。頭にはリボン、背中には小さな羽、そしてステッキももちろんオプションで付いていた。
「何で魔法少女?」
「頂上には多分、結界みたいなものが張られてるんだろ。もしそこに足を踏み入れれば、【変身!】が解けるはずだからな」
「ああ、なるほど。……別に魔法少女じゃなくてもいいと思うんだが」
「そしてその瞬間、燕馬とわらわの携帯電話のボイスレコーダーをスイッチオン! ですわ。くふッ、くふふふふッ……」
「……気味の悪い笑い方をしないでくれないか」
「『神さま』だなんて、実に興味深い響きですわぁ♪ 国家神やら選定神やらがいるこの世界でなおもそう呼ばれるなんて、一体何者なのかしら?」
「フフフ……馬鹿め! 真の神などいるものか……在るのはそれに類する力を持つものであるのだよ」
 唐突に割り込んだ声に、燕馬たちは息を飲む。
「敵――ではないな?」
 ザーフィアの【殺気看破】に引っ掛からなかった。少なくとも、害意は持っていないようだ。おまけに相手は招き猫である。
「すまない、仲間とはぐれてしまってな」
 招き猫――マネキ・ング(まねき・んぐ)の後ろから現れたのは、セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)御手洗 ジョウジ(みたらい・じょうじ)だった。歩いて喋る招き猫にも驚いたが、どこからどう見ても「手」に過ぎないジョウジの姿には、さすがのリューグナーも目と口を真ん丸にしている。
 セリスたちは、戦部 小次郎同様、平太たちの背後をこそこそついていっていたにだが、例によってろくろ首の騒動で彼らとはぐれ、その後は自力でここまで辿り着いた。
「確かに『願い事を叶えてくれる』だなんて……なんともまぁ、実にテンプレートな胡散臭さですわね!」
 などと言いつつも、リューグナーはその正体を想像して楽しんでいるようである。
「俺はその『神さま』がミシャグジに関係しているんじゃないかと思ってな。会ったらこう訊こうと思っている。『神の正体について』だ」
「ストレートだな」
と、燕馬は笑った。同じことを考えていたが、さすがに直接尋ねようとは思わなかった。
「我は神に協力してもらおうと思っている。我の『ミシャグジの力を利用してアワビを養殖しちゃおう!!』計画に!」
「何でアワビだか分からないが、全うな願いなんだな。俺たちも一応、願い事を考えておくべきかな?」
 燕馬はザーフィアとリューグナーに尋ねた。ひょっとしたら、願い事を持たない人間は頂上に入れない可能性もある。だが、
「それは違う! 神とは、願いを叶えるものではないのだよ! 願いを聞くだけのものだ! 故に、我のは、願いではなく神への強制労働通達!」
「神を拉致る気か!?」
というマネキとセリスのボケツッコミを見て、どうでもいい気がしてきた。
 そんな会話の中、すうっとザーフィアの目が細くなった。
「気を付けて。何か……来る」
 枯れ果て腐った葉や枝を踏み締め、クスクスという笑い声が近づいてくる。
「お姉ちゃんたち、『神さま』のところへ行くの? でも残念、行かせてあーげない」
 体中に重い鎖分銅を巻きつけ現れたのは、斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)だ。何十何百と束ねたそれは、彼女が動くたびにじゃらじゃらと音を立てる。
 ハツネの傍らには大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)がおり、河上 利秋(かわかみ・としあき)は燕馬たちが逃げ出さぬよう見張っているらしかった。
「やれやれ……言っておくが、手加減は出来ないよ」
 ザーフィアは「梟雄剣ヴァルザドーン」の重さを物ともせず、抜いた。
「――死んでもいいなら、来るといい」
「こいつは俺の獲物だ! 手を出すんじゃねえぞ! てめぇら!」
 鍬次郎が嬉々としてザーフィアの前に立つ。
「じゃあ、こっちはこっちでやりますよ」
 葛葉が手を振ると、その後ろから何体もの妖怪が現れた。どれも重そうな体を引きずり、腐臭を放っている。
「【フールパペット】か……そっちは任せたぞ!」
 セリスが「龍覇剣イラプション」を抜き、地面に突き立てる。次の瞬間、ゾンビたちを火の柱が襲った。
「全部、火葬にしてやる」
「やりますね。ならばこれは」
 葛葉の体を黒紫の闇が覆い、尻尾の数が増える。そして【クライオクラズム】を放った。暗黒の闘気がセリスを襲う。
「何の!!」
 セリスはそれを堪えようと、踏ん張った。
 一方、ハツネは蛇骨で身を守りながら、すうっと手を上げた。
「燕馬!」
 リューグナーが咄嗟に【古代の力・熾】で光の分身を出し、ハツネを攻撃させた。燕馬の前に出た分身は、一瞬にして切り裂かれてしまった。
「フラワシか!」
 燕馬は「龍銃ヴィシャス」を構えた。ハツネはクスクス笑いながら、【アブソリュート・ゼロ】を展開する。
「どんな攻撃だって、防ぐもん」
「どんな攻撃も、か?」
 燕馬はにやりと笑い、口を開いた。ゆったりとした心地よい歌声が、流れ出す。
「何……?」
 がくん、とハツネの膝が折れた。【子守歌】だけではない。リューグナーの【ヒプノシス】もハツネを優しく包み込む。ぼんやりと、頭の中が霞みがかっていく。
 鍬次郎は【侠客の威勢】でザーフィアを睨みつけた。
「ハッ! てめぇ等斬ったらさぞ気分いいんだろうなァ……いっちょ、俺に斬られてくれよ…な!」
 しかし、【ウォーマシン】と化したザーフィアには、あまり効果はなかった。更に山中ということもあり、【抜刀術】も十分な効果を発揮できなかった。鍬次郎は続けざまに【疾風突き】を放った。ザーフィアは「梟雄剣ヴァルザドーン」からレーザーを発射した。二人の中央で激しい火花が散り、共に後ろへと倒れ込む。
 セリスの半身は凍りついていた。もはや自力で立つことも叶わず、「龍覇剣イラプション」を杖代わりに膝を突いている。葛葉が「メルトバスター」を体内から取り出し、近づいてくる。
 チャンスはその時だ、とセリスは考えた。間合いに入った瞬間、【百獣拳】で――。
「我の出番だな!」
 それまでどこに隠れていたのか、マネキが高らかに宣言し、セリスと葛葉の間に立った。セリスの作戦が台無しである。
 しかし、マネキどころではなかった。それこそ、今の今までどこで何をしていたのか――実はずっとそこにいたのだが、完全にオブジェと化していたため、誰も気にしていなかった――ジョウジが口を開いた。
「おっと……どうやらデキる男の出番のようだな……ヒーローは、ピンチに登場するんだぜ!」
 これに驚いたのは、利秋だった。彼はジョウジを妖怪だと思い込んでいた。ただ見物しているだけなら害はないだろうと放っておいたのだ。利秋は、「悪」以外に興味はなかった。
 ジョウジは「巨大化カプセル」のスイッチを入れた。とたん、彼の体は五十メートルほどに膨れ上がった。巨大なの出現に、その場は一気に混乱した。
 誰もが「神」だと思い込んだのだ。セリスやマネキですら、「神さま」のせいでジョウジが巨大化したと勘違いした。
「――逃げるぞ」
 ハツネの意識が混濁しているのを確認し、利秋は頃合いと判断、まだ戦おうとする鍬次郎と葛葉を連れ、【戦略的撤退】をしたのだった。