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【冥府の糸】記憶都市の脱出劇

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【冥府の糸】記憶都市の脱出劇

リアクション

「ほえーここが『昔の都市の記憶』なの!?」
 及川 翠(おいかわ・みどり)は瞳を輝かせて周りを見渡していた。
「これがぁ〜、実際にあった昔のお話なんですかぁ」
「ねぇねぇお姉ちゃん。これ触れるよ!? やっぱり小指をぶつけたら痛い??」
 翠と同じく魔法陣の世界に興味を示すスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)
 サリアに質問を投げかけられたミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は、ザラザラした民家の表面に触れてみた。貴金属ほどの強度はないだろうが、充分な硬さがあった。
「う〜ん、痛いんじゃないかな?」
「き、気をつけないといけないねっ!」
「あ、うん。でも靴を履いてるから大丈夫だよ」
 両手で小さな握り拳をつくるサリアの頭をミリアは優しく撫でていた。
「それにしても、みんなどこにいるのかな?」
 共に魔法陣へ入ってきたはずの仲間の姿が見当たらない。暗く細い路地の向こうには、自分たちがいるのと同じく広い道路が見える。しかし、そこに仲間がいるかはわからない。
 近しい者達とは同じ場所に出られたが、もしこの見知らぬ土地で一人逸れていたら――そう考えるとミリアは恐ろしくてたまらなかった。
 そんな時、突如どこからか轟音が鳴り響いてきた。
「あっちの方で黒くておっきなワンちゃんが見えたの! 誰か戦ってるみたいなの!」
 いつの間にか上空に飛んでいた翠が遥か彼方――建物の向こうにある広場を指さして叫んだ。
「もしかしてぇ、皆さんですかぁ?」
「そこまではわからないの!」
「でも可能性はあるわ。行ってみましょう」
 四人は急いで広場の方へと駆け出した。

 その頃、目的地である広場では、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)が自分より三倍近く大きい黒犬の姿をした≪黒き獣―ファントムビースト≫と肉薄していた。
 恭也は運搬業者の護衛としてついていたはずなのだが、気づけば魔法陣の中であった。
「こんなことになるなんて、聞いてねぇぞ!」
 恭也は右手に持ったカムツカは降りおろすと、反対の手にも握られていたそれを今度切り上げながら飛び退る。先ほどまで恭也がいた空間を《黒き獣》の鋭い爪が引き裂いた。
 《黒き獣》は獰猛な真紅の瞳で恭也を睨みながら低いうなり声をあげている。
「やだー、どう見ても獲物として認識じゃないですかー」
 返事の代わりに《黒き獣》が牙をむき出しにして襲い掛かる。
 恭也は両手のカムツカを交差させて正面から受け止めた。
「冗談も通じないのよ!」
 恭也はカムツカの一つを振りかざすと、念を送り刀身を最大まで引き延ばした。2メートルまで伸びた刀身が勢いよく《黒き獣》の側頭部に叩きつけられる。
 巨大な体が広場を数回転がり、民家へと派手に激突していった。
「うわっ、どうしてくれんだこれ!? 結構気に入ってたんだぞ!?」
 腕から垂れてきた大量の涎が恭也の服に降りかかる。その服も先ほどからの戦闘ですでにボロボロ。痛覚を遮断しているとはいえ、隙間から覗く傷痕を見ると痛々しく仕方ない。
「あークソっ、護衛報酬出んだろうな。出れば新しい服買うんだが、業者のおっさんも一緒にいた女の子もどこ行ったかわかんねぇし、途中放棄とか見なされたら……泣くぞ」
 溜息を吐く恭也。すると、瓦礫に埋もれていた《黒き獣》が身を起こして、怒りに狂った咆哮をあげる。
 抉りとられた《黒き獣》の側頭部が、内から湧き出た黒い液体で修復されていく。
「おいおい、無限再生の負けイベントとか言わないでくれよ?」
 再び武器を構えなおす恭也。《黒き獣》が大地を揺らしながら駆けてくる。
 そんな時、《黒き獣》の再生したばかりの側頭部に魔弾が直撃した。
「大丈夫ですか!?」
 魔弾が放たれた方向からサイアス・カドラティ(さいあす・かどらてぃ)が向かってきた。
「怪我をしてますね。手当します」
「その間、私が時間を稼ぐわ!」
 【神速】で急接近したルナ・シャリウス(るな・しゃりうす)は怯んでいる《黒き獣》に【龍の波動】を放つと、頭上から強烈な蹴りを叩きつけた。
 しかし、《黒き獣》はすぐに体制を立て直して着地したルナに反撃をしかける。
「物理攻撃は効きにくいみたいね」
 ルナは踏みつけようとする前足を軽やかに回避すると、その足を払い転ばせた。
「サイアス、終わったら力を貸して!」
「魔法、ですね」
「ええ、お願い!」
 サイアスが恭也の治療をしている間、ルナは《黒き獣》の攻撃を冷静に見極めながら攻撃を繰り出していった。
 効きにくいとはいえ順調にダメージを蓄積させていくルナ。しかし、《黒き獣》がその姿を変えると状況は一転する。
「っ、衝撃だけでこの威力!?」
 象へと変貌した《黒き獣》は一挙一動ごとに周囲に衝撃破を放ち近づくことを許さない。
 衝撃破に耐えていたルナの体を伸縮する象の鼻が薙ぎ払う。
 軽々と空中に放り出されたルナはそのまま民家に突っ込んでいく。
「んしょ。大丈夫ですか?」
 だが、ぎりぎりの所で七瀬 紅葉(ななせ・くれは)がルナの体を受け止めていた。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして、です」
 紅葉は体格差のあるルナをできるだけゆっくりと地上に下ろした。
「腕が千切れるかと思いました」
「あ、うん。ごめんなさい」
「え? ち、ちがいます。そういう意味じゃないんですよ!?」
 表情を暗くするルナに紅葉は必至に弁明しようとしていた。
「紅葉君が大変そうだね」
 シエル・セアーズ(しえる・せあーず)が詠唱を行いながら呟いた。その横で神崎 輝(かんざき・ひかる)は《黒き獣》を見据えながら言葉を返す。
「大丈夫だよ。それより、今はあれを何とかしないと」
 輝は武器を構えると《黒き獣》に向かって駆け出した。
「瑞樹、援護をお願い!」
「わかりました。弾幕一斉発射――行きます!」
 輝を援護すべく、一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)が六連ミサイルポッドを打ち出した。ミサイルは《黒き獣》とその周囲に着弾し、次々と爆発の中へと包み込む。
 そんな熱波と土煙があがる中、足を止めず進んでいた輝に向かって攻撃が仕掛けられる。
「っ――この程度はまだまだですか」
 咄嗟に楯で身を守った輝。土煙を掻き消し象の鼻から噴出された黒い液体が、強力な水圧で輝を押し返そうとする。
「待ってて輝! いま援護するから!」
「私も〜、協力しますねぇ〜」
 シエルとスノゥはそれぞれ呪文を唱え始める。
何百文字もの言葉を連ねながら、頭の中で魔法のイメージを形作る。強い思念を注ぎ込み、魔力は現実のものとなっていく。
「……闇より来たれし炎の化身よ。今こそ我に力を与えたまえ!」
「……雷を纏ったおっきな鳥さ〜ん。一緒に戦ってくださいねぇ〜」
 二人が解き放った魔力はどこからともなく巨大な鳥を召喚した。それぞれ炎と雷を纏った二羽は翼を広げると、術者である二人の意思を受けて《黒き獣》へと向かっていった。
 上空から浴びせられる攻撃。次々と現れた召喚獣に《黒き獣》は咆哮をあげると、鳥に姿を変えて同じ空へと舞い上がる。複数の怪鳥が肉薄する様子は怪獣大決戦のようである。
「二人とも助かったよ。でも無理はしないで」
 駆け出した輝は地を踏みしめると、魔槍【プラーナ】を気合いと共に放つ。炎を帯びた魔槍は《黒き獣》の翼を貫き、飛行能力を奪い去る。
「ここで私の出番なの!」
 民家の屋根から飛び上がった翠が、落下してきた《黒き獣》の目の前に躍り出る。杖を振りかざした翠は、女神イナンナの戦の力を借りた一撃を叩きこんだ。強烈な光に包まれた《黒き獣》は抵抗する間もなく地面に叩きこまれる。
 亀裂の入った地面で呻く《黒き獣》。
「これでもダメですか」
「なかなか厳しい模様なの」
 連続攻撃を叩きつけても《黒き獣》はすぐに回復してしまう。
「このままではダメージが足りないわ。もっと一撃の威力を上げないと」
 ミリアは再び姿を変えて襲い掛かる《黒き獣》を観察しながら呟いた。
「ではミリアさん。例のアレいきますか?」
「そうね。アレいきますか」
 ミリアは隣に並んだ瑞樹に笑いかけた。
「紅葉君も準備はいい?」
「僕はいつでも大丈夫ですよ、瑞樹さん」
 降りてきた紅葉も含め、事前に打ち合わせていた作戦を行うことにした。
 目で意志を確認すると、三人の中央でお互いの手を重ねる。感じるお互いの体温。意識を集中させると彼女たちの胸元でそれぞれ光が放ち始める。一つ一つ異なる色の光は、蛍のように淡く優しく輝く。すると、どこからか生まれた暖かい風が肌をなでる。そして――
「「「機晶合体! マギカジュエル!!」」」
 一斉に叫ぶと三つの光は一つになり、直視できないほどの眩い輝きに変わり彼女たちを包んだ。
 次の瞬間、収縮していく光の中から現れたのは一人の少女の姿だった。
 背には赤と白が混ざったフライトユニットをつけ、片上には大量のミサイルポットに、手には大型キャノン砲と大剣。セミロングの艶やかな髪をなびかせながら、幼い面影を残しながらも大人びた少女は魔法少女の格好を――
「あ、あれ? なにこの格好!?」
 少女が自分の服装を見ながら声を上げる。
「ああ、それは私が魔法少女に変身して――」
「わぁ、可愛いです!」
「紅葉君、お願いだから最後まで話させて」
 少女はコロコロ表情を変えながら独り言を繰り返していた。
「そうなんだ……でも、合体がうまくいってよかった」
 少女は機晶姫用変形合体パーツにより一人になったミリア、瑞樹、紅葉の姿だった。
 見た目からはわからない程に彼女たちは内なる力を感じていた。
「二人とも準備はいいですか? 翠たちの援護に向かいますよ」
「「了解」」
 フライトユニットに火がつき、少女が上空に舞い上がる。
「まずは弾幕を張ります。皆さん退避を!」
 仲間に退避を促し、《黒き獣》に向けて無数のミサイルと魔弾が連続して放たれる。魔法を混ぜることで確実にダメージが与えられる。
 すると、《黒き獣》の皮膚を流れていた液体が変化し、黒い手なって少女に襲いかかる。
「突貫します! 紅葉君、回避運動お願い!」
「任せて! 空は僕のテリトリーだよ」
「照準、航行支援をするわ」
 手に持った魔導砲【フィクスト・スター】で向かってきた手を撃ち落しながら、空中を駆け抜け《黒き獣》に急接近する。
「もらったわ!」
 顎下に潜り込み、魔剣ゴッドスレイヴで前足を切り抜いた。バランスを崩して《黒き獣》は轟音と共に倒れ込んだ。切り取られた前足は暫くそれ自体が生きているかのように蠢いていたが、液体になり地面に溶けていった。
「これで少しは――っ!?」
 再び向かってきた触手のような黒い手を避ける。すると、手は彼女たちの向こうにいた住民を捕らえた。
「しまった!」
 間に合わず住民は悲鳴と共に《黒き獣》の体に取り込まれてしまう。手は次々と広場に来た住民を襲い、生徒たちは対処に追われる。
「数が多すぎるよっ!」
 民家の屋上でサリアは対変態ギフトスナイパーライフルの魔力弾でひたすら撃ち落す。周囲には薬莢が無数に散乱していた。
 どんなに助けても、住民の方から向かってしまうからどうしようもない。
「なんか対処しないと――」
 その時、住民に向かっていたうちの一つが方向を変えてサリアに向かってきた。咄嗟に狙いを変えて銃弾を発射するが、わずかに逸れてしまう。急いで次弾を装填するサリアだが、わずかに相手の方が早い。
「させるか!」
 サリアに迫っていた手を千返 かつみ(ちがえ・かつみ)の放った弾丸が打ち抜く。
「た、助かったの!」
「大したことじゃないさ」
 そう言うとかつみは、サリアにハンカチに包んだ苺ドロップを放るように渡した。
「飴は気持ちが落ち着くから、それとこの汗も拭いときな」
「ありが――」
 かつみは感謝の言葉も最後まで聞かず、早々に住民の救出に向かう。
「邪魔をするな!」
 住民にとりついていた影を引きはがすと、通りを向かってきた増援と一緒にリボルバーボムで吹き飛ばす。
「これもおまえのためだ。少しの間大人しくしててくれよ」
 助けた住民はしびれ粉で身動きを封じた後で、民家の中で隠れてもらうことにした。
「住民はこっちに避難させる!」
「了解だよ」
 想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)は【咆哮】を放って黒い手の動きを止めると、レーザー銃で即座に撃ち落していった。
「大丈夫?」
「あ……あ……」
 言葉にならない声を上げる住民は相変わらず広場を目指すばかり。
 ただ、夢悠にはその目が助けを求めているように見えていた。
「あの獣を倒せば治せるのかな……今は安全な場所に連れていかなきゃ。あんまり暴れないでよ」
 おもちゃを欲する赤子のように手を伸ばす住民を、夢悠は腰を抱えて引きずって連れて行く。
 その時、突如広場に轟音が鳴り響く。
「な、なんだ!?」
 振り返ると、緋柱 透乃(ひばしら・とうの)が渾身の一撃を《黒き獣》の腹部に叩きこんでいた。
「う〜ん、いまいち効いてな――ぐっ!?」
 勢いをつけて殴ってみたが物理攻撃はやはりほとんど効いていない。それどころか住民を吸収したことにより、より硬く、回復速度も向上しているようだった。
 反撃で吹き飛ばされた透乃に霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)が駆け寄る。
「透乃ちゃん大丈夫?」
「うん、これくらい全ぜ――」
「って、血が出てるじゃん!?」
「おおっ、本当だ!? でも大丈夫。これくらい唾つけとけばいいよ♪」
 軽く笑いながら透乃は腕にできた切り傷をなめる。
「あぺっ。砂混ざってた」
「ちゃんと手当した方よくないか?」
 泰宏は若干呆れ気味に呟いていた。
「それよりやっちゃん。ちゃんと陽子ちゃんを見てないと」
 透乃が顎で示した緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)は、《黒き獣》の生態観察に集中するあまり、飛んできた瓦礫がぶつかったことさえ気づかない様子だった。
「…………」
 ジャイアント・ミイラとブラックフェネクスが必至に主人を守ろうとしてくれているようだが、本人が避ける気がないので苦労しているようだった。
「すごい集中力だな。あれじゃ何されても気づかないんじゃないか?」
 泰宏は【ディフェンスシフト】を駆使して守りながら、陽子の様子を窺っていた。視線は《黒き獣》に釘付けで、すごく揺れている、ブラックフェネクスから振り落とされないのが不思議なくらいだ。
「やっちゃん」
 ふいに背後から声がして振り返ると、月美 芽美(つきみ・めいみ)がにやにや笑っていた。
「陽子ちゃんが無防備に見るからって胸を触ろうとか考えない方がいいよ。危険だよ」
「やらないから。【死の風】が吹いてる所に近づけないから」
「いや、そっちじゃなくて透乃ちゃんに怒られるから」
「あー……」
「ん? なんか呼んだ?」
 泰宏と芽美は首を横に振って返答する。透乃は「おかしいな」と首を傾げていた。
「二人とも無駄話ばかりしてないで、少しは協力してください」
 ふいに陽子が鋭い言葉を発した。他は見えていないかと思ったが、そうでもないらしい。
「それじゃあ私はを手に入れてくるかな。やっちゃんはここをお願いね!」
 駆け出した芽美は襲い掛かる黒い手を無視して、一直線にかつみが守っている民家を目指した。
「邪魔すると怪我するわよ!」
「なっ!?」
 問答無用で蹴りかかってきた芽美にかつみは一瞬の判断で身を守るが、雷光のような一撃に吹き飛ばされてしまう。
「ぐはっ!?」
積み上げられた木箱に激突したかつみは口から血を吐いていた。
「だ〜か〜ら、怪我するって言ったのよ♪」
 冷たい笑みを浮かべながら芽美は民家の木製の扉を開けて放つ。中にはしびれ粉を嗅がされた住民が数名横たわっていた。
「さて、誰から――!?」
「キミは何をしてるんだ!」
 手を伸ばそうとした所、目の前を眩い光が駆け抜けた。振り返れば、住民を脇に抱えた夢悠がレーザー銃を向けている。
「もう一度聞く。何をしているんだ」
「何ってあの不思議生物に食事をあげるのよ」
「なんのために!」
「陽子ちゃんが知りたいっていうからよ。それ以上の理由はないわ」
 当然と言わんばかりに答える芽美に、夢悠は音が鳴りそうなほどに奥歯を噛みしめた。
「そんなことさせるもんか! 止めてみせる!」
 夢悠が引き金にかけた指に力を入れた、その時――夢悠の前に巨大な柱が落下してきた。
「芽美ちゃん!」
 透乃が等間隔に広場を囲うように立てられていた柱のうち一本を、壊して投げつけたのである。
 巻き上がる砂煙と柱に夢悠が標的を見失っている間に、芽美は住民に近づく。芽美は両足で住民の首を挟み込むようにすると、身体ごと捻って首をへし折りそのまま《黒き獣》に向かって投げつけた。しかし、《黒き獣》は目を向けたものの取り込もうとはしなかった。
 《黒き獣》の足元には、通常ではあり得ない方向に首が捻じ曲がった死体が一つ。
「ありゃ? もしかして死体は嫌いなのかしら? それとも与えられたものは嫌とか? どっちにしてももう一度試すしかないわね」
 芽美が再び住民に手を出そうとする。すると、今度は別の所から弾丸が飛んでくる。
「これ以上やらせねーよ」
「警告したわよね。邪魔するなら怪我するって」
 芽美は数本飛び散った前髪を抑えながら、碧血のカーマインを手にしたかつみを睨みつける。
 お互いに相手の動きを警戒して相手の様子を窺う。いつ仕掛けるか。いつ動いてくるか。
 どこかで爆発音鳴り響いた。両者が同時に動き出す。
「甘いっ!」
 かつみの放った弾丸を芽美はわずかに顔を逸らして回避する。
「これならどうだ!」
 距離をとりつつ、かつみは投げつけたリボルバーボムを打ち抜く。
 周囲が爆発に包まれ、かつみ自身も後方へと吹き飛ばされる。
「今のは逃げられ――っ!?」
 白煙の中に巨大なシルエットが浮かぶ。それは芽美が影に潜ませていた黒狼だった。
「惜しかったわね」
 姿は見えぬが黒狼の背後から聞こえる芽美の声。
 次の瞬間、黒狼の頭上に人影が舞い上がる。即座に反応して銃口を頭上に向けるかつみ。
「んなっ、住民だと!?」
 しかし、空中に上がったのは民家に避難させていたはずの住民だった。
 囮だと気づいた時には、すでに芽美がかつみに接近していた。
「とった!」
 踏み込む足により一層力を込める芽美。今から銃口を落とそうにも、【神速】の脚力で近づく芽美を迎撃できる可能性は低かった。
 だが、それも予期せぬ介入がなかった場合である。
「「――!?」」
 二人の間に爆発的な風の塊が着弾しお互いに吹き飛ばされた。
「う〜ん、遅れてきたので事情はよくわからないのですが、これ決闘とかと違いますよね?」
 声に振り返れば、富永 佐那(とみなが・さな)が緑の風を纏って降りてきていた。

 その頃、街の片隅では東 朱鷺(あずま・とき)が大変なことになっていた。
「キテマス、キテマス、キテマスヨ――――」
 目に渦が見えそうなほどに正常でない精神状態。魔法陣の影響なのか【トリップ・ザ・ワールド】や他のスキルが影響しあい、妙な方向に暴走してしまったようなのである。まるで風を引いた時のような不思議な感覚で朱鷺は世界を見ていた。
「おやァー? こんな所にステキな洋服を発見デス!」
 朱鷺は何故か目の前に落ちていた魔法少女コスチュームを手に取った。
 そして――
「フフ……フフフ……」