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スーパーマスターNPC大戦!

リアクション公開中!

スーパーマスターNPC大戦!

リアクション



【ラストバトル☆届け、皆の全力全開!】

 アレクと豊美ちゃん、ザ=コ、ラインキルド、そして彼らの仲間達の活躍もあって、十二支の力を得ていた量産型アッシュは当初の予定通り各地で『穏やかに駆逐』され、徐々にその数を減らしていった。
 『歪み』から間もなく半刻程経とうとしている。
 時計の分針が数字の0の字へ近付いていたその頃、空京の中心部に位置する大きな自然公園の広い芝生の上に、量産型アッシュの残された最後の数体が、契約者達の手によって一箇所に追い詰められつつあった。
「豊美ちゃん、棒人間って本当に存在するんだな」
 間もなくこの場に到着するだろう豊美ちゃんに言うように呟いて、アレクは長く反った刃の背で彼の階級を示す肩章の上をトントンと叩く。
 ザ=コ達に囲まれ逃げ場所を失った量産型アッシュ達を、アレクは値踏みする様な目で見下ろした。
「Hey,Ash!
 Haben Sie fertig?(おいアッシュ! もう終わりか?)」
 折角気を使って相手の母国語で話してやったというのに向こう側からまともな返答が返って来ないと判ると、アレクは半身後ろに引いて、刀を正眼に構えた。後はこの刀の剣圧程度でどうとでもなるだろう。
 そして沁み沁み思うのだ。この下らない生き物との面倒な戦いもこれで終わりだと、やっと家に帰れると。
 あれから妹は大人しく寝ているのだろうか。もし起きているのなら、一刻も早く帰って抱きしめてあげなければ。泣き虫の彼女は寂しくて――お兄ちゃんが恋しくて泣いてしまうかもしれない。
 最早この戦いに飽きていたアレクが、妄想と雑念一杯のまま適当に踏み込もうとした瞬間だった。
「待ってください、何か嫌な予感がしますー!」
 彼を制する豊美ちゃんの声が後方から耳に飛び込んで来て、アレクは筋肉の躍動をピタリと止める。
 直後、十二支のアッシュが一つに寄り集まり、全く別の何かへと変身を果たしてゆく――!

「ハーッハッハッハッハッハ!!
 今までは茶番!! ここからは私、『全方位型・猫型アッシュ』がお相手しよ――」

「らすぼす、覚悟にゃーーー!」

 『十二支合体』によって誕生した『全方位型・猫型アッシュ』を、跳躍したほぼ同サイズの御影が盛大に蹴り飛ばす。
「うハァッ!! き、貴様ーーー!! 合体中と合体直後の名乗りは邪魔しないと学校で教わらなかったのか!!」
「にゃーに常識は通用しないにゃ! そもそもおまえが常識を語るなにゃ!!」
「ぐ……いいだろう、そこまで私を愚弄するというのであれば、まずは貴様から沈めてくれるわぁ!!」

 ――こうして、量産型アッシュの合体という事の重大さとは裏腹に、猫同士(少なくとも見た目は)による、大怪獣大戦が幕を開けたのであった――。

「え、えぇえ!? 御影ちゃんがどうしてあんなにおっきくなっちゃったですか!?」
 豊美ちゃんと御影を探していたオルフェリアが、探していた人物がイコンクラスに巨大化し、同サイズの猫っぽい何かと取っ組み合いを繰り広げている現実を目の当たりにして頭を抱える。
「私の推測ですけど……異変の一因であるネズミさんを食べた結果ではないでしょうか」
「この状況だと、それしかないですよね……。
 もぅ御影ちゃん、後でぽんぽん痛い痛いになっても知らないのですよ!」
 プンプン、と腹を立てつつちゃんと経過を見守るオルフェリアの横で、豊美ちゃんは現在の状況を他の魔法少女たちに知らせる。各地に散らばっていた魔法少女が合流するだけの時間を御影が稼いでくれたなら、この後の対処がしやすくなる。
「なんか良く分かんねえけど、食えなさそうだしどうでもいいや」
「オレも疲れたし寝るわ」
「Vidimo se.」
 カガチと壮太に挟まれて、三人つるむように公園の出口へ足を向けたアレクの言葉に、加夜は慌てて葵の顔を見る。
「今のは(どういう意味ですか)――!?」
「『またね!』だって」
 葵が彫刻の様な薄笑いの顔で答えると、陣が緑のスリッパを握りしめてアレクに向かって突っ走って行く。
「結構親しい間柄でないとしない挨拶だよ。
 そうか――良かったね。彼の中で僕らは割と『親しい』存在らしい」
 葵の言う通りなら警戒心ばりばりだった野良猫が遂に手から餌を食った瞬間のように達成感が感じられるのだが、今は皆そんな事に喜んでいる場合では無い。
「ぴきゅうー、考高……、どうしようなのだ」
「どうしようと言われても……俺にも何がなんだか……」
 眼前に広がるのは公園を囲む木よりも背の高い巨大な猫と、猫型アッシュの戦いだ。
「にゃー!」
「うおおおお」
 と雄叫びを上げて死闘を繰り広げられているが、第三者目線でのそれは『バカバカしい』としか形容することは出来ず、考高は初めてアレクの心情を理解した。
 自分だってここから逃げ出たい。帰宅して、湯を浴びて汚れを落とし、暖かいまま布団に包まれて寝てしまいたい。
「突っ込みてぇ……だがあんなデカいものにどうやって突っ込めば――」
 その台詞がボケになってしまっているとも気づかずに、ベルクが拳を震わせている。
「困ったね、砂埃で公園がゴミだらけになっちゃう」
 リアトリスの何処かズレた心配を掻き消しながら、猫型アッシュと御影がまた吼えた。
「吹っ飛べにゃー!!」
「ぶへぇぇぇ!?」
 御影の猫パンチが猫型アッシュの顔面を捉え、猫型アッシュは周りの建物を巻き込みながら地面を転がる。
「ぐぬぬ……あり得ん!
 この最強最大、猫型アッシュ様が高が猫如きにやられるはずがないのだー!」
 立ち上がった猫型アッシュが屈辱の表情を浮かべながら、猫にしてはやけに丸いコンパスで描いたような手を懐につっこんだ。
 ぽい。ぽい。ぽい。ぽい。
 芝生の上に散らばっていくのは、魔術道具のようなものから何故か女性物の下着まで多種多様なラインナップで、そのうちの一つが地面に落ちると、中から「いたっ!!」と声が聞こえてきた。
「いったたぁ……。
 あれ? ここどこ? どうしてこんなことにっ!?」
 パカッ、と道具が割れ、中から出てきたのは堂島 結(どうじま・ゆい)プレシア・クライン(ぷれしあ・くらいん)。二人とも自分達が何故このような事になったのか分からない様子だった。
「うわわわわわっ!!」
 と、そこに再び放られた道具が落ち、地面を抉る。巻き込まれてはたまらないと避難した先で、二人は向こうからやって来た豊美ちゃんと遭遇する。
「あ、豊美ちゃんだ! やっほー!」
「結さん、プレシアさん、お二人も来られたのですね」
 豊美ちゃんの口から、今回の事件についてが語られる。何が原因で空間が歪んだのか、あの巨大な猫型なんとかと巨大猫はどうして現れたのかとか、分からない事は多かったものの、彼らを止めなければ事件が解決しなそうなことは何となく分かった。
「よくわからないけど、豊美ちゃん、お手伝いします!」
「あの猫っぽいのをやっつければいいんだね! よーし、頑張っちゃうよ!」
 プレシアが光条兵器『クラージュ・シュバリエ』を構え、結は後方から重力操作で援護を行わんとする。
「あれでもない、これでもない……ええい! いい加減に出て――むっ!? そうそうこれこれ!!」
 その時、猫型アッシュが懐から取り出したのは、球体の中に3つの明滅する光がある物体だった。
 皆が疑問と困惑に眉を顰める中、常に色を変えないアレクの顔には『憎悪』と評していい表情が浮かんでいた。その変化を猫型アッシュは知るよしも無く、勝利を確信した表情を見せて物体を空高く放り投げる。

『――――』

 すると、どこからともなく物体目掛けて、何かが飛んでくる。
 球体を中心としてそれらが合わさっていくのを見て、飛んできたのがどうやら人型ロボットのパーツであることを、契約者達は知った。

「ハーッハッハッハッハッハ!!
 さあ行け、『アッシュX(クロス)』!! 奴らを火の海に沈めてやれ!!」


 『アッシュX』と名付けられた人型ロボットの腹部から、発射口が出現する。
『――――!!』
 空間を薙ぎ払うように放たれたレーザーは、芝生を囲む様に立っていた木々と建造物を貫き、直後大きな爆発を起こして崩落、生じた炎の中に消えてしまう。
 ここに来て、形勢は一気に猫型アッシュ側に傾いたのだ。
 アレクは舌打ちしながらそれを見ていた。殆ど視力の無い翠色の眦(まなじり)が小刻みにひくついている。
「――豊美ちゃん、流石にこれ以上の甘言は俺も許容出来ない。
 貴女がどう言おうが、どう思われようが、俺は『ああいう存在』を赦す訳にいかない」
 声は――音だけは平坦だったが、その中身は近付くのが恐ろしい程に燃え滾り、まるで凍れる炎のようだった。
 その声を『聞いた』豊美ちゃんは、静かに思案する様に大きな目を囲む長い睫毛を伏せた。
 魔法少女とは、人々に夢と希望を与える愛の使者。
 少しの間を置いて開かれた黒い瞳は、真っ直ぐとアレクを見据えている。
「……では、あのロボットの相手は私達が引き受けましょう。
 今回の事件の原因である彼の相手は、皆さんに託しましょう」
 そう言うと、豊美ちゃんは持っていた杖を天に掲げる。
 先端から光が生じ、その光が杖の上半分辺りを包み込むと、そこに何か持ち手のような部品が追加され、杖の全長も1割ほど伸びたようであった。
「アレクさんの仰る通り、甘い気持ちではやられてしまいますからね」
 持ち手の部分と杖の下半分を握ってしっかりと杖を構え、そして向けられた豊美ちゃんの真剣な眼差しは、これから訪れるであろう彼女の『本気』の瞬間を告げていて、アレクはそれに身体の奥がぞくりと震えるのを感じるのだ。
 制圧も鎮圧も生温い。そんな作戦命令を出すのは、本当はまっぴらご免だ。
 強襲し蹂躙し、恐ろしい予感に死にもの狂いで逃げる相手を何処までも追いつめ殲滅させる。
 そういう闘争こそが彼の本質であり、本能だった。
「I love it!
 そうこなくっちゃな!」
 アレクの刃に、豊美ちゃんの杖がクロスする。
 二人の力は交差し、アッシュXへ突きつけられていた。

 ……ところで。
 そういうシリアスなやり取りの中、空気を読んですっかり黙って台詞どころか息の一つも吐かずに存在を消してしまうのは、ザ=コが雑魚たる所以だろう。

『――――!!』

 パワーが再びその中心に十分に密集すると、アッシュXの腹部からは、再びレーザーが放たれた。
 公園――否、空間自体に恐ろしい程巨大な爆発が巻き起こる。
 契約者たちは身を焼き切る程の熱風に己の身体を庇いながら、強い光りを耐えて目を見開く。
 その時彼らの目に飛び込んで来たのは、爆炎を三つの影が突き進む信じ難い光景だった。
 アレク、豊美ちゃん、ザ=コがアッシュXへ真っ直ぐに突っ込んで行ったのだ。
 アッシュXも彼らに向かって爪を伸ばす。
 刹那の間に夜の闇に光りの軌跡が舞い、ワァンという耳を塞ぐ程大きな音と共に巨大な魔法陣が打ち込まれる。
「月之灯楯縫!」
 アッシュXの振り上げた爪を中空で受け止めたのは、豊美ちゃんだ。『陽乃光一貫』が全てを貫く矛の一撃ならば、『月之灯楯縫』は全てを防ぐ盾である。続けて二度三度と爪を振り下ろしても、杖を構えた豊美ちゃんにダメージは与えられない。
 と、背中に気配を感じたアッシュXが振り向くと、そこには組み上がり巨大な壁となったザ=コ達が居た。
「さぁて、ザコの役割ここで果たさせてもらおうかぁッ!」
 無数のザ=コが織り成す壁を、アッシュXは爪の一撃で粉砕する。散り散りに飛び散るザ=コ、その中でただ一点、アッシュXに向かって飛ぶ影があった。ザ=コの壁を駆け上がっていたアレクが、アッシュXの首に向かって大太刀の長い刃をぶん殴るように上段から振り下ろしに掛かる。
『――――!!』
 自らの刃が作り出した火花に弾かれるように後ろへ跳んだアレクの軍靴が、土埃を上げて地面へと減り込んだ。
「固ぇ。刃が欠ける」
 ぼやきのようなそれを逃さずに、豊美ちゃんは膝立ちから立ち上がるアレクの元へ駆け寄って行った。
「アレクさん、刀を出してください」
 豊美ちゃんに言われるままに刀を逆手に持ち替え刀身を横にすると、豊美ちゃんがそこに杖の先端を当て、銀色に波打つ鉄の塊へ向かって魔力を注ぎ込む。
「平和を脅かす者に、黄泉への旅路を」
 やがて杖が離された。
 葦原で鍛えられた芸術的なまでに美しい反り、銅の鍔と柄頭とハバキ、柄巻きの紐はいつも通りの黒に近い藍色で、見た目には一切の変化がない。
 だがどういうことなのだろう。その柄を握っているだけで、強大な力のうねりが薄いライナーグローブを包む手の中に直接触れてくるのだ。
「これで大丈夫ですー」
 振り返ってアッシュXを見れば、その足下に何十人かのザ=コたちが侵入して行くのが見える。
 『大丈夫』だと言う豊美ちゃんの言葉を信じるなら、これを振るえば何らかの効果があるのだろう。
 ――鬼が出るか、仏が出るか。
 そんなものは知った事じゃない。大事なのは目の前の敵を何処へ葬送(おく)ってやれるかだ。
「奴に黄泉への旅路を。そうだろう?」
 彼女が言ったばかりの物騒な言葉をそのまま返してみせると、豊美ちゃんは無邪気な少女のように微笑んだ。
「主役に出番を任せる前に、もうひと暴れしてくれるわぁッ!」
 ザ=コ達は脚部へ群がり、掴み、登り棒でも昇るかのように動いて暴れまくる。
『!? !! !!』
 余りにも多い数のザ=コ達を『うざい』と感じて、振り払おうとアッシュXはのたうち回るが、振り払っても振り払ってもザ=コ達はその度に数を増やしてアッシュXに飛びついて来る。
 このままでは埒が空かないと、アッシュXは中心の球体に溜めきった力を解放しようと再び、腹部の発射口を展開させんとする。
『――――!!』
 刹那、発射口目掛けて桃色の魔力の奔流が撃ち込まれる。攻撃の手段を一つ封じられたアッシュX、だがまだ動く全身を躍動させ、敵を撃滅しようとして――。

『――――』

 そして、頭頂部に重みを感じた。
『…………?』
 妙な感覚に目を丸くしていたアッシュXの脳天から股まで亀裂が走り、アッシュX身体は左右まっ二つに分かれてしまった。地面に落ちる球体もパカッ、と二つに割れ、光が消えてただの物体と成り果てる。
 そして、今アッシュXが立っていた場所に居るのは、アレクだった。彼が両手で握る柄の先、地面スレスレの刀身は鉄の放つ鈍い銀色ではなく、豊美ちゃんの魔力光である桃色に輝いていた。
「Serious?(マジかよ)」
 アレクは素直に感銘のため息を漏らしていた。
 刀身を包んでいた不思議な光はゆるゆると消えてゆき、瞬きの間に刃は何時もの鈍い銀色へ戻っている。
「残念。ちょっと勿体無かったな」
 桃色の光りの持ち主に悪戯っぽく微笑いかけて、アレクは仕事を終えた愛刀を背中の鞘に納めたのだった。

     * * *

 豊美ちゃんとアレク、ザ=コたちがアッシュXと戦っていた頃――。

「面倒だね」
 公園まで引いてこられていた屋台の椅子からやっと立ち上がった葵は、すぐに猫型アッシュに向かって 手品の如く物質化された最古の銃のトリガーを引き絞った。
「酔ってるから外したらごめんねこ、
 大丈夫。一発までなら誤射です」
 整然としない言葉を吐き、酩酊した虚ろなオッドアイで猫型アッシュを見ながら熱の塊を散撒くその様子は、正直言って怖い。
 更にベルクが今までの(ボケに苛まれた)恨みを晴らさんとばかりに、炎に氷に闇にと魔力を思いきり連打でぶつけてくるのは怖いを通り越していた。
 そして更なる恐怖を煽るのは、リアトリスが蹴り飛ばして来る石や量産型の残骸達だ。
「アッシュには悪いけど」
 と相変わらず言ってはいるが、一切の情けの感じられないその攻撃に紛れて、パルマローザの矢が猫型アッシュを襲う。
 炎の矢は装甲を、雷の矢は関節を。
 それぞれ地味に弱い所をつかれて、アッシュは逃げ惑った。
「うわあ! いたい! いたたたた!
 やめろって!」
 思わず振り下ろした手は逆にパルマローザにがっちりとホールドされる。
 パルマローザは巨大な猫型アッシュを投げ飛ばそうとしている。
「やめろ! いや、やめてください!」
 たたらを踏んでいる猫型アッシュは、不遜なキャラクターの筈なのに『本物』を前にちょっと弱気になっていた。
「何ででしょう。アッシュくんは自滅しそうな気がするんです」
 さり気ない調子でそう言って、加夜が猫型アッシュの精神を揺り動かす。
「ネコ型ロボ――いやいや、青狸……いやいや、ネコ型アッシュ。
 お前の運命はすでに決まっているだろう?
 『12支に選ばれなかったお前は、存在そのものが敗者だ!』
 パクったネタで生き残れると思ってんじゃねーっ!」
 陣が追い打ちを掛るように畳み掛ける。
 その後ろでは義仲が「出来れば牛と馬と豚も欲しいぞ」と寝ぼけような事を、実際寝ぼけながら言っている。ご存知の通り、12支に豚はいません。
 そうして加夜と陣によって与えられた恐ろしい予感に恐怖しながらも、猫型アッシュは雑念を振り払う様に吼えた。
「俺様に向かって生意気な事を言うなあ!!
 俺様は、俺様は由緒ある猫型――」
 だが皆までは言わせなかった。
「タヌキ!!」
 エースの吼える声に呼応して、地面が砕け、尖った岩が猫型アッシュに襲いかかったのだ。
「猫好きとして君は猫とは認めない!
 この間からシャンバラをうろうろしている子が背負っている信楽焼のタヌキと似たよーなもんじゃん!
 猫耳っぽいのを付けたらいいと思うなよ『タヌキ』!!」
 怒れる彼の形相に思わず半べそをかいている薫に向かって、エオリアが「手前の主人が申し訳ありません」と頭を下げた。
「このまま石化して商店街に飾るとか色々手はあるんだからなッ!」
「ひっ――ヒイイッッ!!」
 後ろに退こうとしたアッシュの背中に、唯斗が拳を放つ。
 それはあらゆる動物の力を借りた拳で、アッシュの目にはその動物達が襲いかかって来る幻影が見えていた。
「何だ! 何だこれは! やめろおおお!!」
 幻影を振り払う様にぶんぶん振り回す丸い手を、加夜のカーマインの弾が正確に打ち砕く。
 その間に、姫星はアッシュの目の前に現れていた。
 無茶苦茶に振り回していた拳の間を抜けて来ていた彼女には、丸い塊が当たっていた筈なのだが、龍鱗化で強化された肌には傷一つついていない。
「はぁぁぁ……受けろ、必殺のぉぉーー!!

 プリンセッセスターブレイカー!! チェストォォーー!!」
 槍の先端にあるユニコーンの角らしき刃から、聖なる破邪の光りが放たれた。
「うわああああ!!」
 力任せで打ち付けられたその烈風の如きパワーに、猫型アッシュは堪らず背中から後ろへ崩れ落ちた。
「さあ、敵はもうへにょへにょよ! ここからはみんなでお仕置きタイムにしましょ!」
 満身創痍といった様子の猫型アッシュへ、勢揃いした魔法少女たちが地面を蹴り、迫る。赤旗を掲げて先導するエリスに率いられ、まずは近接戦を得意とする者たちが思い思いに攻撃を浴びせる。
「図体だけ無駄に大きくても、弱いんじゃただの木偶ですよ♪」
「猫さんは可愛いけど、キミはちょっとかわいくないかなー」
 詩穂とアスカがそれぞれ、両サイドから猫型アッシュの短い脚を狙って切りつければ、猫型アッシュの身体ががくり、と崩れ落ちる。
「スキありーーーっ!!」
 そこへ、跳躍したプレシアが『クラージュ・シュバリエ』を大きく振りかぶり、下がっていた猫型アッシュの頭をごきん、と殴りつける。まるで金縛りにでもあったかのように、猫型アッシュはその場から逃げることも動くことも出来ない。
「皆さん、彼の動きは私が抑えます! 今のうちにトドメを!」
 金縛りの正体――結が重力に働きかけ、猫型アッシュを重力の檻に閉じ込める。
「いっくよー全力全開! ……魔穂香、力を貸してね!」
 美羽が空飛ぶ箒であり魔法少女の杖、『ディオニウスブルーム』を構えて詠唱に入る。
「私も続きます!」
「わ、私だって!」
 続けてさゆみ、ネージュが同じように杖を構え、魔法の言葉を紡ぐ。

「せーーーの……いっけーーー!!」

 そして、魔法少女たちの合わさった力が魔力の奔流となって、猫型アッシュを襲う。
「……………………」
 光の波に飲まれた猫型アッシュ、やがて光が晴れるとそこには、かわいそうなくらいにボロボロになった猫型アッシュがいた。もはや倒れずに居るのが精一杯といった様子で、反撃してはこない――そう皆が思いかけた時、

「俺は!! こんなことで!!」

 突如叫び、腕を高く挙げる。まさかこの状況でなおも向かってくるのか、魔法少女たちの間に戦慄が走ったその時。

『――――』
「あ」

 空から落ちてきた巨大なそれ――かわいらしいマスコットをとっても大きくしたもの――が、腕を掲げた猫型アッシュの腕に収まり――べしゃ、と押し潰す。
「ナイスプレス、六兵衛」
 猫型アッシュを押し潰したもの――魔穂香のパートナーである馬口 六兵衛を絵に描いて実体化させたもの――に、コハクが笑いかけた――。


     * * *

「う……ぅぅん……」
 芝生の上の土煙が、風で消え去ると、猫型アッシュが居た場所にはアッシュ・グロック本人が倒れていた。
 彼は昨晩、23時にベッドに入りそのまま直ぐに眠っていた。筈だった。
 実はあの不可思議な『歪み』影響をの最初に受けていたアッシュは、自分の夢が具現化され、空京の街へと放たれ、人々の敵と化していたとは露とも知らず、呆けて片目を瞑ったまま頭を掻いている。
 するとアッシュはそのうちやっと気づいたのだ。
「んぅえ!?」
 彼を囲む様に、何十人もの契約者達が立っている。
 そして彼らの回りに何十何百という棒人間がひしめいていた。
「何なんだよこれ!?」
 混乱するアッシュは、集団の中に見知った顔が居るのに気がついた。
 4月。入学ほやほやの未だ初々しいアッシュを模擬戦で、しかも木の棒で病院送りにし、最近イルミンスールから転校して行った奴。
「あ。
 『テイフォン級(笑)ぼっち(笑)』!」 
 アレクは自分の不躾な言葉を無視している。元々そういう奴だと挨拶も諦めたアッシュだったが、ふとアレクの隣に立つ少女と目が合った。
 イルミンスール生ならば、誰もが憧れるその魔法少女にアッシュは目を輝かせる。
「もしかして飛鳥豊美ちゃん!?」
 と、次の瞬間豊美ちゃんは、小さな悲鳴を上げてアレクの背中の後ろへ隠れてしまった。
 一体なんだというのだろう。
 益々不思議になって首を捻るアッシュを、背中に豊美ちゃんを庇う様に隠しているアレクの怒号が叱責した。
「LOOK DOWN,Ash Glock!!(下を見ろ、アッシュグロック!)」
 そこでアッシュは初めて気がついた。 
 自分が産まれたままの姿……つまり全裸なのを。
 アッシュは寝る時は全裸派だったのだ。
「きゃあああああ!」
 女のような悲鳴を上げ、アッシュは股間を両手で抑えて両目を瞑る。
「叫びたいのは私の方よ」
「変態」
「気持ち悪い」
「滅べ」
「目を瞑りたいのはこっちだ」
 アッシュ向かって次々に、冷や水のような台詞が浴びせられた。
「えぇと……
 この度の敵はアッシュさん、ですか?
 如何なる殿方か存じ上げませぬが、敵ですし
 別に良いですよね」
 遠巻きの集団から一人近付いて来るフレンディスの手には、忍刀・雲煙過眼が握られている。
「え? え!? 何!? 今の状況はどういう――誰か説明してよ!」
 首を左右に振り回す様に助けを求めるアッシュの耳元に、唯斗の元からバンシーがやってきて囁いた。

「ちょっと逝って来ようか、アッシュ君」

 空京の夜。
 夜の一時を過ぎた公園に、近所迷惑な少年の悲鳴と『ざっくり。』という音が響いたのだった。

     * * * 

 目を回しているアッシュを、アレクの軍隊プラヴダの隊員が回収している。
「あら、中々キュートじゃない。虐めたくなっちゃう」
 背中に腕を回す軍人のお姉さんがサディスティックな笑顔で舌嘗めずりしたのを、昏倒するアッシュは気づかない。
 アッシュに今、貞操の危機が訪れようとしていた。 
「Well...I’m out of here.(お先に失礼)」
 落ちて来た前髪をかき上げて踵を返すアレクの背中に、向こう側から声が飛んで来る。
「おやすみなさい、アレクさん。妹さんとどうぞ、良い夢を」
「――(妹を)寝かせるつもり無かったんだけど」
 軽口に、「「「アレク(さん)!!」」」と突っ込む声が飛んで来る。
 予想通りの反応に咽の奥をクッと震わせて、アレクは豊美ちゃんへ向き直った。
 傷ついた瞳を閉じればしかし、夜の闇のような胸の内に今宵魔法少女達が散りばめた幸せの光りが仄かに感じられるのだ。
「貴女がそう望んでくれるのならそうしようか。
 確かに今晩はよく眠れそうだし。
 I’ll be seeing you.
 豊美ちゃん、貴女も良い夢を」

「帰ろうぜ、おにーちゃん」
「ああ」
 義弟に促されて、アレクは彼を囲む仲間達と共に、公園を後にした。

「豊美ちゃん、一緒に帰ろ☆」
「はい、行きましょう」
 魔法少女たちに手を引かれ、豊美ちゃんは豊浦宮へ向かっていく。

 ザ=コと戦った契約者達がそれぞれの帰路につく中、役目を終えたザ=コたちは、その場からいつの間にか姿を消していた。
 次に彼らが現れるのは一体何時の何処なのだろうか。
 光りがあれば闇があるように、そこに活躍するもの達があれば、きっとザ=コは現れるのだろう。

「あれは……燃えないゴミかなぁ?」
 燃えるゴミと燃えないゴミ。
 それぞれに一つパルマローザと分別用のゴミ袋を持ったリアトリスは、歪みが消えた空京の空を見上げていた。
 黒塗りの空には星が瞬き、まるでその光りが落ちる様に猫型アッシュが爆発した破片が舞落ちて行く。
 粉雪のように煌めくその光りの中で、契約者たちはそれぞれの家路へとついたのだった。