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断崖に潜む異端者達

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断崖に潜む異端者達

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◆ツァンダ東の森・断崖の拠点入り口◆

 教導団の繰る主戦力は、断崖の拠点入り口の封鎖に乗り出していた。

 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)らが指摘した地点を中心に、断崖の拠点内へ至る階段を捜索するよう羅 英照(ろー・いんざお)の指示があったのだ。
 結果、大樹の根元に隠された出入り口の場所を、突き止める事に成功したのである。
 ただし簡単に入れてくれるわけはなく、制圧部隊は敵軍の激しい抵抗に阻まれていた。

 そんな中、カル・カルカー(かる・かるかー)らは一団に混ざって作戦を立てている。

「空峡側の攻撃をより通しやすくするためには、なるべく僕達が粘らないと」

 カルと共に動いているのは夏侯 惇(かこう・とん)だ。
 ここまではジョン・オーク(じょん・おーく)ドリル・ホール(どりる・ほーる)の2人も一緒だったが、
 ジョンは傷ついた隊員の手当に追われていて、ドリルは戦線の奥で陽動を担当中である。

 現在は散開して各々の役目を務める彼らだが、
 最終目的は森側での攻防を派手に見せることで、空峡側の敵防衛を手薄にさせることなのだ。

「陸続きでない発着場の方が制圧は難しいだろうからな。
 とはいえ森側の敵も、一筋縄ではいかなさそうだぞ……どうするカル坊?」
「今はまだ、総力戦で押していくしかないかもね。僕達の本番は、拠点内に入る時だよ」

 タシガン側の状況を知りたかったが、敵のジャミングがそれを許してくれない。
 ただ、ローザ達の戦闘データと証言から、既に本部より仮説は回ってきていた。

「それによるとジャミングは、IRIS兵達が出してるスキルらしいね。
 電波だけじゃなく念波まで掻き消す強力なものらしいけど、
 人が出してるなら、ここを制圧しちゃえば、空峡側に連絡することができるようになる。
 向こうはまだ空域で戦ってるハズだから、敵兵とは一定の距離があるだろうし」

 となれば受信も問題ないだろう。
 ローザ達はかなりの至近距離になるまでは、通信に問題は無かったと報告していた。

「ふむ、打ち合わせた上でこちらに敵を惹き、空峡側から一気に畳み込んでもらうわけだな?」
「そういうこと! そのためにはまず、ここを制することだよ」
「悪くない……むしろ良い指示だ。承ったぞ」

 カルは『ブーストソード』を抜き、専用のサポートゴーグルを装着する。
 方針が決まったので自分達も加勢しようという魂胆だろう。
 夏侯惇も無言のままにそれを理解し、『緑竜殺し』を担ぐと、共に前線に突撃していった。





◆ツァンダ東の森・北東部◆

 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、
 戦闘区域からは離れた森の中で情報を集めている。
 その最たる手段が、【人の心、草の心】による聞き込みだった。
 エースはもちろん作戦を有利に進めるため森側部隊に協力しているのだが、

「ごめんよ、森の静寂を破ってしまって。森が痛んでしまうのは俺も本意じゃない。
 今も聞こえてくるこの戦闘音は……できるだけ早く終わらせたいんだ」

 植物が大好きなエースは、
 必要な事ではあるものの、軍事行動で森が痛んでいくのを心苦しく思っている。
 だから、森での戦闘をさっさと終えてもらいたいという、個人的な動機も持っていた。
 そんな彼の誠実な態度が、多感な森の木々にはちゃんと伝わっているようだった。

…………
「とんでもない、協力してくれるだけでありがたいよ!
 この辺りで見聞きしたこと―――些細な事でも、教えてもらえたら助かるな」
…………

 エースがそうやって植物とやり取りを行っている間、
 傍らにいるメシエは応答を聞き取る事ができないので、護衛に集中していた。

(やれやれ、やはり植物と話すのに集中しているエースは無防備が過ぎるね)

 メシエは、植物とは話せなくとも共に行動していて正解だったと思う。
 戦線から離れているとはいえ、敵兵が偵察や遊撃に出ている可能性はあるのだ。
 周囲の警戒を怠らず構えていると、
 やがて聞き込みを終えたエースが「ありがとう」と手を振って立ち上がる。

「終わったようだね、エース」
「うん。すごく有用な情報を教えてもらえたよ。
 この先ってタシガン空峡がある断崖に続いてるらしいんだけど……
 定期的に人通りがあったみたいなんだ。それも、商隊規模の」
「ふーん……それはとても不自然だね?
 近くに獣人の村があるけど、そこの住民が外部とやり取りしてるわけじゃなさそうだ」

 もしそうなら、堂々と整えられた道を通るはずだった。
 わざわざこんな断崖ギリギリの険しい道を通る必要はないだろう。
 エースも同意見のようで、

「断崖の拠点が、どこかと物資のやり取りをしてた可能性が高いね。
 方角的に……アトラスの傷痕や大荒野の方面と、かな?
 この情報は司令室まで持ち帰ったほうがいい内容だと思うけど……メシエはどう思う?」

 メシエは今まで得た情報を整理しつつ、今後の行動指針を立てる。

「そうだね。
 ただ、それなら物資をどこから拠点内に搬入していたのか、突き止めてから報告した方がいいよ。
 今のままの情報じゃあ不確定要素が多すぎて、作戦も立てにくそうだ」

 逆に、もし搬入口を突き止める事ができれば、不意の攻勢をかける作戦が可能となる。
 なるほど、とエースも納得した。
 しかし現実問題として、2人だけで搬入口を見つけ出すのは、かなり難しいと思われる。
 また手がかりを得るにしても一本一本の木々に事情を説明していたら、日が暮れてしまう。
 だからエースは、同じ目的で動ける仲間を探すことにした。

「正規の出入り口以外を捜索してる人が、他にいないか調べてみよう。
 もしいるなら戦線から離れてるはずだから、通信は正常に繋がるはずだよ」

 こうして2人は司令室のある野営地へ戻っていった。
 その後、軍用回線を通じてこの情報は広まることとなる。





◆ツァンダ東の森・北部◆

「この辺りだな」

 もともと敵拠点の非常口を捜索していた国頭 武尊(くにがみ・たける)は、
 エースから司令室経由で受け取った情報を元に、的を絞り込むのも早かった。
 猫井 又吉(ねこい・またきち)と共に『銃型HC弐式』のサーモグラフィー機能を使って、周辺地域を隈無く捜索していく。

「搬入口か―――どんな形状かある程度は推測しといた方が探しやすいかもな」
「……断崖の内側に作られた拠点なんだろ?
 そこに物資の搬入口を付けるとしたら、まず間違いなくエレベーターみてぇな昇降機の類いだろうぜ」
「……そうかもしれん」

 又吉の考察は的を射ている。
 物資が無ければ立ち行かない以上、搬入口の存在はまず確定的だ。
 だが、森側の正規の出入り口は階段状だったから、あそこは搬入口ではない。
 かといって飛空挺を常用すればコストがかかるし、何より目立ちすぎる。
 ずっと見つからなかった拠点なのだから、そんな迂闊な運用はありえないだろう。
 発着場はここぞという時にのみ、使われていたと見るべきだ。
 つまり、第三の出入り口が存在するのは明らかで、利便性を踏まえると彼の言う通りになる。

「しっかし、外部と関わってたってのに、よく今まで見つからなかったよなぁ」
「エレクトラには、最近までジュリエンヌ商会ってお抱えの商業団体があったからな。
 きっと物資のやり取りも、連中の興業の合間に巧妙に隠してたんだろう」

 ふと、武尊が歩きながらずっと見つめていた液晶画面に、赤い人影が2つ映り込んだ。
 『銃型HC弐式』の索敵範囲は半径10m……10m以内に誰かがいる―――
 至近距離ではあるが、いよいよ鬱蒼とした地形になっていたので気づかなかった。
 ただ、危険を感知する【女王の加護】には反応が無かったので、
 武尊はそれほど焦らずに人影の正体を確認する。

 2つの人影は、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)のものだった。
 セレンの方も接近する人影に気づいたらしく、

「あら、こんな辺境で他の契約者に会うなんてね」
「目的は搬入口の捜索かしら……? それなら私達と協力しない?」
「ん、そうだな……」

 セレアナの問いに、武尊は曖昧に頷いてみせた。
 実は武尊達は、エレクトラが断崖の拠点に置く技術をコピって持ち帰ろうと考えていた。
 そのため、ここで教導団所属のセレン達と合流してしまったのは―――

(予想外だぜ……正規隊員は皆、前線に行くと思ってた)
(仕方ねえ、俺が【記憶術】で可能な限り暗記する。それで我慢するしかないな……)

 下手に撒いて怪しまれるわけにもいかないので、大人しく協力し合うことになった。

 こうして、4人で周囲の捜索を開始してから数十分が経過した―――
 すると、森側・空峡側出入り口のちょうど中心に当たるポイントで、
 ようやく怪しい古井戸のようなものが発見された。

「サーモグラフィー使ってなかったら見落としてたかもね。まるで落とし穴だわ」

 セレンが古井戸に被せられていた土や草を払いのけながら呟く。

「完全に周囲の風景と同化してたな。わざわざ隠されてたってことはビンゴだろ」
「そのようね―――見て、底の部分が広がってリフトみたいになってるわ」

 なかなか深いので底部は暗闇に包まれていたが、そこはセレアナが【光術】で照らして正体を暴く。
 つまりここは、古井戸に見せかけた第三の入り口。物資の搬入口だ。

「さっそくリフトが使えるかどうか確認しましょ?」
「いや、それはまだ早いぜ」

 行動派のセレンはすぐに乗り込もうとしたが、又吉がそれを制した。

「仮にも敵拠点の機能の一部だ……罠が仕掛けられてる可能性が否定できねぇ。
 例えば監視装置がついてて、リフトに乗り込んだ瞬間バレるようになってるかもしれないぞ」
「それは……確かにそうね」

 だが、ここでずっと止まっているわけにはいかない。
 最初に動いたのはセレアナだった。

「3人とも、しばらくここを見張っててくれる?
 私がいったん野営地まで戻って、ここから侵入するのに必要な人員や機材を【イノベーション】してくるわ」

 持ち駒での突破が難しそうだから、新しい駒を仕入れてくるというのは理に叶っている。
 セレン、武尊、又吉は揃って頷く。

「通信で伝えることもできそうだけど、ここまでの道って相当複雑だったわね……
 やっぱりセレアナが直接行って案内もしたほうがいっか。―――頼んだわよ!」
「だな。それじゃあ侵入する手配は君に任せた。
 オレと又吉は、上から【光学迷彩】で姿を隠して見張ってることにするぜ」

 言うなり武尊は又吉を抱えると、『3−D−E』のアンカーを射出して樹上に登っていった。
 セレンも倣って近場にある草陰へと身を潜める。

 こうして、セレアナが第三の入り口発見の報を、司令室に持ち帰った。
 この後しばらくの時間を経て、
 リフトより侵入するための遊撃隊が結成されることになる。