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失われた絆 第3部 ~歪な命と明かされる事実~

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失われた絆 第3部 ~歪な命と明かされる事実~

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■突撃、そちらの研究所


 一方。
 遡ること数時間前の、研究所前。 
 瓦礫の山に隠れるようにそれはあった。
 板紙を多重構造にして強度を高めたそれは、地球で生み出された高度な技術の結晶だ。
 時には寒さを凌ぐ壁となり、保温効果を生み出すことを可能とし、さらには緩衝剤としても十分に機能した万能素材であった。
 つまり段ボールである。
「ふむう。これは我ながら良い出来だと自慢せざるを得ないであります」
 彼女、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)の目の前にはお手製の段ボールハウスがあった。
 そのすぐ傍に古めかしい建物がある。
 高い塀に囲まれたその建築物は窓というものが存在していないのか、一般的な建物に見られる窓に該当する穴が存在していない。見た目はモノリスのそれに近い。
「あのヘンテコなのに近づきたくないでありますし……」
 そう言い、見たのは建物の正門がある方角だ。
 侵入しようとしたら襲い掛かってきた機晶姫の姿を思い返して彼女は思う。
(これだけ大きいのだから抜け道はあって当然であります)
 根拠のない自信だ。だが間違いないというように笑みを浮かべた。


 葛城が研究所への侵入経路を探している間の出来事になる。
 ちょうど彼女が建物の外周を探索し始めた頃、建物の正門に佇んでいる機晶姫を視界におさめ、ゆっくりとした足取りで近づいていく者の姿があった。
「おいおい、なんでお前がこんなところにいるんだよ」
「フハハハ! 見ての通りだっ!」
 柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)の問いにドクター・ハデス(どくたー・はです)が答えた。
 彼は門の前で立ち尽くしている剣士のような姿の機晶姫に、等身大サイズの機械を取り付けている。それは砲の様でもあるし、盾のようにも見える。その姿は小型のイコンに近しいものが感じられた。
「お楽しみなのはわかった――けど邪魔させてもらうぜ」
 柊は言うと銃を構えて駆け出した。
 笑みを浮かべ、彼は目的を告げる。
「そいつは金になりそうだ。俺がもらっていくぜ!」
「ククク、やれるものならやってみるがいい。このドクター・ハデスが改造した機晶兵器を倒せるものならば!!」
 ハデスが叫び、一歩後ろへ下がった。
「これで契約者を妨害しているうちに、ゆっくりと遺跡を調査させてもらおうか……」
 ハデスの身体が研究所の敷地に入った瞬間である。
 それまで動く気配のなかった機晶姫が身体を揺らした。
 身体の向きを変える。
 顔らしきものが見ている方向はハデスであった。
「ん? な、なにをするっ! ――ぐほぁっ!?」
 直後、ハデスの身体が宙を舞った。
 機晶姫が振り払うようにハデスの腹に腕をぶち当てたのだ。
「懲りねえ奴だなあ……っと」
「げふぅっ――」
 自分の方へと飛び込んできたハデスを柊は真横に蹴り飛ばした。
 瓦礫の山を転がり、地面を転がり、そしてハデスは動きを止めた。
「教導団なんぞにお宝渡してたまるかっての」
 柊の瞳に映るのは機晶姫だ。
(銃で牽制しつつ近づくとするか)
 見たところ、相手の武器は盾のようなもの一つだけ。
 注意するべきはその防御力と近接時の打撃の類だろう。
 そう考えた柊は銃を構えようと腕を上げた。
「……ふ、ふふ――そいつのリミッターを外そうと思ったんだがな」
「だが、なんだよ?」
 ハデスがにやりと口端を持ち上げた。
「……最初から壊れてたぞ」
 まるで悪戯が成功した子供のような、楽しげな笑みだった。
「なんのことだ?」
 柊の疑問に応えたのは機晶姫だ。
 それは足で地面を抉った。
 重い音と共に瓦礫が宙を舞う。
 土煙が巻き起こり、機晶姫が柊との間合いを一気に縮めた。
 機晶姫が盾を振り上げた。
 柊が拳を構える。

 ――力と力がぶつかり合った。






 同じ頃。

「遺跡さんが待ってるの。待ってるからには行くしかないの!」

 そう言って、パートナーであるミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)椿 更紗(つばき・さらさ)、そしてサリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)を連れて、意気揚々と研究所を訪れたのは及川 翠(おいかわ・みどり)だ。
「三ヶ月なんて、待ってられるわけないわよね」
 そんな翠にメールで連絡を受けた川村 詩亜(かわむら・しあ)が、自身もありありと好奇心を顔に浮かべながら笑った。
その後ろでは、川村 玲亜(かわむら・れあ)――いや、中身は奈落人の川村 玲亜(かわむら・れあ)が彼女と入れ替わっている――も、張り切った様子で「遺跡さん探検、とっても楽しみ!」と目を輝かせていた。
「玲亜ちゃんには悪いけど、今日は思いっきり探検するんだもんっ!」
(うぅっ、わかってるもん……どうせ私じゃ迷子になるもん……)
 表に出てきている玲亜の言葉に、本来の魂である筈の玲亜が、内側でしょんぼりとした声で呟いた。散歩だったり、遊びに来ているのであれば兎も角、調査に来た手前、迷子になってトラブルを起こすような事態は出来るだけ避けたい。判っているからおとなしく引っ込んでいるが、だからといって面白いわけではないのだ。
「まあまあ。後で休憩する時に、替わって貰えばいいじゃない」
 詩亜が慰める横で、翠がうんうん、と頷いてみせる。
「そうそう、皆で探検するの!」
 そんな翠の手を、サリアがぐいぐいと引っ張った。
「翠ちゃん、とにかく行こうっ!」
 だが、そうして好奇心全開で遺跡に向かう彼女等に対して、こちらは気が乗らないようで、はあ、と先ほどから漏らされるのは、会話よりも溜息の方が多いような有様だ。
「うん、翠に遺跡の存在知られればそりゃそうなるわよね……」
 とりあえず、翠が暴走しないようにしなきゃ、と決意を固めるミリアの袖を、更紗が心許なげに掴んだ。
「本当に行くんです……?」
 その声に、どこか怯えた気配がするのにミリアが首を傾げると、更紗は「何だか嫌な予感がするのです」と、眉を寄せた。この先に進まない方がいい。そう、第六感が訴えている、と言うのだ。
「……と言っても、翠ちゃんもサリアちゃんも聞いてくれないのです……」
 溜息をついた更紗の背中を、ぽんぽん、とミリアが撫でた。
「大丈夫よ。詩亜たちもいるし……この遺跡も、こんなに古いんだもの。そうすぐに、危なくなったりしないわよ」

 だがその嫌な予感は、すぐに現実のものとなったのだった。

「あ、あれ!」
 最初に気がついたのはサリアだ。その指差す方向に立ち上る土煙に、近付いた翠たちが見たのは、何故か満足げな顔でぶっ倒れているハデスと、ちぐはぐな格好をした機晶姫と対峙している恭也だった。
「あれが、入り口を守ってる機晶姫かしら」
 遠巻きにも、その二体の機晶姫が、恭也が侵入しようとしているのを防ごうとしているように見える。詩亜の言葉に、それじゃあ、と翠はぐっと拳を握った。
「どうにかして、中へ入るの!」
「でも、どうやってです?」
 更紗が首を傾げている間も、戦闘は激化の一途を辿っているように見えた。
 機晶姫の振り下ろした腕が瓦礫を割り、割れた瓦礫が礫のように飛び散っていく。
 あの脇を通るのは、流石に危険が過ぎるだろう。
 ――となれば、取る道は単純明快。
「お手伝いするの!」
 言うが早いか、ミリアや更紗が止める間もなく飛び出した翠に続き、サリアも戦いの真っ只中へと飛び込んでいく。勿論、詩亜や玲亜も一緒だ。
 直ぐに戦闘態勢をとった彼女達に、突然の援軍に一瞬瞬いた恭也が片手で制するように「待った」と止めた。
「あんまり壊してくれるなよ。そいつはお持ち帰り予定だからな」
「ええっ!?」
 無茶を言わないでください、と更紗が不安げな声を漏らしたが、翠や更紗は乗り気のようだ。そもそも、戦いに来たわけではないのだから、無理はしないに越したことは無い。
 というわけで、翠や詩亜たちはヒノプシスによる戦意喪失を狙って、恭也と共闘するものの、改造のせいなのか効きが悪いようで、相手のスピードに押されてヒットアンドアウェイの長期戦にもつれこんでしまうのだった。

 そんな彼らがそれぞれのが目的を果たして遺跡へ入ったのは、それから数日後――
 教導団到着まであと数日まで迫っている時だった。