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リアクション
二章 混沌の戦場
なにも戦うだけが性能の実験になるとが限らない。
戦場から少し離れた平地では、堂島 結(どうじま・ゆい)が堂島 直樹(どうじま・なおき)と共に仮想空間へと入っていた。
結が天御柱新型機候補の試作データ・機動型に変形機構を追加したものを装備している。が、
「お兄ちゃん……これ、すごく動きにくい……きゃあ!?」
一歩踏み出した瞬間、転倒する。結は操縦は出来ても人型になったイコンを装備して動くとなると勝手が違うようで持ち前の運動音痴をフルに発揮している。
それを見ながら直樹は眼鏡の中指で押し上げる。
「それじゃあ、結、仕方ないからレーザービットで対応して。」
「歩くことも難しいのに!?」
かなり無茶なことを言う直樹に結は涙目になる。
「そもそも、これはどういう機体なの?」
「ふむ、天御柱新型機候補の試作データ・機動型をベースに変形機構を追加して、変形後はBMインターフェイスを使用可能になってるんだけど……」
「きゃう!」
説明の合間に結は再び転んだ。
「まだ、完全に性能を発揮するのは難しそうだね」
直樹は冷静な口調で眼鏡を押し上げた。
そんなやり取りをしている所から少し離れた場所でセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)はマネキ・ング(まねき・んぐ)のために機動要塞型のイコンを用意していた。
用意とはいってもこのシミュレーター内では全て人と同じサイズになってしまうので、性能を見るだけになってしまう。
セリスはイコンを装備するマネキに声をかける。
「「一応、機動型と強襲型に使い分ける事ができる可変型機動母艦だが……どんな感じだ?」
「素晴らしい……これは中々よいものだ」
マネキはイコンに装備されている砲身や身体を動かして、ご満悦な顔をしている。
(フフフ……最近では、我のアワビを狙う不届きな輩も増えつつある現状と飛空挺程度では積載量的にも足りない現状を踏まえて、一度にアワビを大量に迅速に運ぶ事が出来る新たな艦が必要なのだよ……)
バリバリ私事全開の妄想を展開しているが、セリスにはその本音が届くことはない。
だが、実験のために戦場から離れたのは偶然とはいえ、最悪の選択となった。
同じように戦場から離れたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)中原 鞆絵(なかはら・ともえ)と遭遇したのがその原因だった。
シルフィスティはマネキのイコンを見つけると、静かに目を据わらせて無双モードで襲いかかった。
「うわ!? な、なにをするのだ!」
「フィス姉さん! 駄目だって手当たり次第に攻撃しちゃ!」
「落ち着いてください。深呼吸です」
リカインと鞆絵が声をかけてなだめるが、シルフィスティはマネキへの攻撃をやめない。
「いつもならそのサイズ差ゆえ戦い方を考えなきゃいけないイコン戦。しかし今は同サイズ、しかも機械であるがための利点欠点は熟知済み。これは……殺れる!」
「ああもう……! そこの人! 早く逃げて!」
「むぅ……さては、我のアワビを狙う不届き者だな……。アワビは渡さん!」
「なんの話しをしてるの!?」
言葉のキャッチボールが上手くいっていないのを見てセリスがマネキの手を掴んで逃げ出した。
「なんだか知らないが、話しの通じる相手じゃなさそうだ。ここは逃げるぞ!」
「うむ、我のアワビを奪われるわけにはいかないからな」
そんなことを言いながらマネキはセリスに引っ張られる。その逃げた方向には──結と直樹がいた。
騒ぎを耳にして、二人がそちらを見るとシルフィスティが鬼のような形相でマネキを追いかけ、こちらに近づいているのがハッキリと見えた。
「お兄ちゃん、なにあれ?」
「……さあ?」
二人が顔を見合わせていると、セリスが大声を上げて二人に呼びかける。
「おい! そこのあんたたちも逃げた方がいいぞ! なんだか知らねえけど、あの女はやばい!」
「そんなこと言われても……話し合えば分かってくれるとか……」
「またイコンがいたわ……まとめて壊してあげる!」
「話し合いは無理みたいだ。逃げよう」
「ええ!? ちょっと、お兄ちゃん!」
直樹が走ると、結は先ほどまでの運動神経が嘘のように走り出した。
「おお、走れるようになったじゃないか。災い転じて福となす。ってところかな」
「そんなこと言ってる場合じゃないと思う!」
「全くだ! 死にたくなかったら全力で逃げるぞ!」
四人は全力で逃げ出し、シルフィスティは体力が尽きるまで追いかけ回しリカインと鞆絵に説得されたのはそれから数時間後のことだった。
そんなことが戦地の遠くであることなど露知らず、戦場は激化していく。
柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は新型パワードスーツを身にまとって馬場正子(ばんば・しょうこ)が率いるレスラー兵団と対峙する。
一触即発の睨み合いの中、柊 唯依(ひいらぎ・ゆい)は恭也に持たせた武器の説明を始める。
「恭也、お前が持ってるのはPS用TCVブレード・ランスとアームレールガンだ。高機動プラヴァーの基本装備であるTCVブレードをPS用に調整した物と機晶姫用レールガンを威力強化、小型化を同時に行った代物だな。肩に乗ってるのはフラッシュロケットと対機甲砲。とても強力な閃光でイコンのカメラに焼き付きを起こさせ、数秒間視界を奪う。
対機甲砲は被帽付徹甲榴弾を使用する肩搭載型キャノンだ」
「まあ、とりあえず全部使ってみるさ。実現可能かどうかは試さないと分からないしな」
「正論だな。……私が雑魚を引きつける。その間にお前は大将の元へ急ぐんだな」
恭也が頷くと唯依は歩兵を進め抜刀させると、馬場軍のレスラー達も動きだし前線がぶつかり始めた。
「援護するわ!」
そう言って、唯依に加勢したのはスパルタの兵士を引き連れたコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)だった。
レスラーたちの肉体とスパルタの兵士の屈強な肉体がぶつかり合い、戦線は異常な熱気を帯び始める。
ただしかし、馬場軍の兵数十万にしてこちらはその半分も満たない数字では、一人一殺しても全滅させるには至らず、二人の兵士達は徐々に数を減らしていく。
「これはまずいわね……大将さえ討ち取ればなんとかなると思ったけど、このままじゃ突撃させても返り討ちにあうだけだし、かといってこの戦況を打開するとなると……」
「たかが戦局が絶望的なだけじゃないか。その程度で騒ぐなよ」
焦るコルセアに唯依は軽い調子で返していると、ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)が単身、二人の元へと駆け寄ってきた。
「お二人とも、わたくしに策がございます。ここは一旦、兵士を引き誘導に従ってください」
コルセアと唯依は互いに顔を見合わせる。
「分かりました。その策、乗りましょう」
「どうせ、このまま戦えばじり貧だしな」
二人が了承すると、ヨルディアの指示で兵士達は後退し近くにあった小高い丘へと進んでいく。馬場軍の兵士も逃げる兵士たちに追撃をかけようと半数を裂いて烈火の勢いで追いかけ、後続が次々と倒れていく。
全軍が上りきるころには兵士の数はまただいぶ減っていたがヨルディアは慌てること無く、兵士達の前に立つと丘を駆け上がる馬場軍の兵士を見つめた。
「それでは……今からわたくしの策をご覧にいれます」
言うが早いか、ヨルディアは群青の覆い手で大津波を発生させた。
「ぐあああああああああああああああああ!?」
下り坂を一気に駆け下りるように津波が馬場軍の兵士をのみ込み、陣形が一気に崩れる。それを見ても、ヨルディアは追撃の手を緩めず無双モードに突入する。
「ライトニング・オブ・リンボ!」
叫ぶのと同時に黒い雷が地面を刺し貫き、津波で濡れた兵士達は白い火花を走らせて感電してしまう。それと同時にネフィリム三姉妹を装備したエクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)、ディミーア・ネフィリム(でぃみーあ・ねふぃりむ)、セラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)は新型パワードスーツに身を包み、残り半数の兵士に向かって突撃を開始した。
「援護するわ、エクスとディミーアは思う存分暴れちゃって!」
セラフは長距離ライフルで敵を狙い撃つ。
さすがの分厚い胸板もライフルの前では意味をなさず、撃たれる端から敵がバタバタと倒れていく。
ディミーアは近接攻撃と射撃で敵陣の中を暴れ回り。敵陣を崩していく。
「エクス! あれをやるわよ!」
ディミーアが声を上げると、エクスが目を光らせる。
「おおー! それじゃあ、二人ともいくよー! トライアングルアサルト!」
エクスのかけ声と共に三人は無双モードを発動し、セラフは敵の急所を全て狙い撃ち、奥に控える兵士をディミーアが格闘と射撃でなぎ倒し、エクスが正面にいた兵士達をパワードスーツ用の剣で吹き飛ばした。
レスラー達は短い悲鳴を上げてその肉体は宙を舞う。湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ) は自身が提案した飛行型のパワードスーツを着込み、崩れた陣形の合間を縫うように飛んで、エクスと共に馬場正子の前へと立った。
正子の周りに兵士はおらず、巻き添えを食わないようにしているかのようだった。
「飛行型のパワードスーツか……」
飛んできた凶司を見て正子がポツリと呟いた。
「ええ。といっても、装甲もない練習・曲芸飛行用の簡易型パワードスーツですけど」
「そうか……だからといって、こちらも手加減する気は毛頭無い」
「それは、こっちも同じだよ」
エクスは剣の切っ先を正子へと向ける。
「「一度いってみたかったんだよねー。馬場校長、覚悟ぉー!」
セラフはノリノリで言うと正子は首の骨をゴキリとならして、バットと包丁を握りしめた。
「よかろう……どこからでもかかってくるがいい」
「それでは」
「遠慮無くいくよ!」
凶司は両膝を曲げて高く跳躍するように飛び、セラフは地を這うような低い姿勢で接近し、正子に向けて剣を振り上げる。
「ふん!」
正子は包丁でセラフの斬撃を受け止めると、その剛腕でセラフを押し返すと上空の凶司へと向けてバットを振り上げた。
「うわっ!」
凶司は空中で制止すると、そのまま後退し地面へと降りた。
「さすがに強いですね……」
凶司が額の汗を拭い、正子が構えを解くと、
「油断大敵であります!」
背後から葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が加勢に入る。
「レオニダス1世! これより、助太刀に入るであります!」
レオニダスと名乗った吹雪が身にまとっているのは航空戦艦伊勢。戦艦の名だけあって体中には砲身で機関銃が取り付けて、あり筒の口がゆっくりと正子に照準を合わせていく。
「撃たれては厄介になりそうだ。始末させてもらう!」
正子はその大きな身体に似つかわしくないほどの素早い動きでレオニダスに接近し、バットを振り上げる。
と、同時にレオニダスの背後から突然強力な光が発せられた。
「っ!?」
強い光が目に飛び込み、正子は咄嗟に目を瞑り後ろへ飛び退るとレオニダスの後ろから恭也が飛び出しPS用TCVブレード・ランスで斬りかかる。
「ふん!」
まだ目も開かない状態で正子は振り下ろされた斬撃にあわせるように包丁で受け止め、恭也は苦笑いを浮かべた。
「おいおい……まぶたの上にも目があるのか?」
「殺気を追えば、初太刀くらいは目を瞑っても追えるものだ」
正子はまるで常識であるように非常識なことを言ってのけると、恭也を力任せに押しやって距離を放つ。
だが、その一瞬の時間がレオニダスの攻撃準備を整えてしまった。
「押しのけたのは不味かったでありますね。狙い撃ちであります!」
無双モード『砲煙弾雨』を使用し、装着した全兵装による一斉射撃を行う。人間サイズとはいえ戦艦の砲撃にはさすがの正子の防御するしか術がない。
「それなら、俺も協力するぜ!」
恭也は全弾射撃を行うレオニダスの横でアームレールガンと対機甲砲を全弾撃ち込んだ。
「ぐううぅ……!」
土煙が上がる中で正子は二人の砲撃に耐える。本来なら吹き飛ばされたり深刻なダメージを負うなりといったことがおこりうるのだが、正子の屈強な身体は弾丸を通さず表面だけがダメージを蓄積していく。
二人が撃ち終わると、装備だけをボロボロにした正子が煙の中から姿を現し十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)とリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)が追撃を仕掛ける。
宵一は神狩りの剣で正子と正面から切り結び、リイムがソーラーライフルで正子を狙い撃つ。
「っ!」
見慣れぬ武器への攻撃に正子は身をかわして距離を取る。リイムの羽の生えた要請のようなイコン、ティターニアMK?の外見にも同様に警戒していた。
「異質な武器だ……新しいデータのライフルか」
「太陽光のエネルギーと機晶エネルギーを合わせたレーザーを放てるソーラーライフルだ」
宵一が説明すると、正子は首を回し骨を鳴らした。
「なるほど……だが、もう見切った」
「それなら、これはどうでふか!」
リイムはソーラーライフルを構えて無双モードを発動し、同時に正子も動き出す。
「その隙を見逃すほど、わしも甘くないぞ! データを取ることが目的でも、真剣勝負であることを忘れるな!」
「もちろん、忘れたわけじゃないさ!」
宵一はリイムの前に立ち、無双モードを発動し神狩りの剣の力を解放し、凄まじい威圧感を放つと正子の足を一瞬だけ止め、宵一は神狩りの剣を構える。
「喰らえ……! ストーム・オブ・バトルフィールド」
瞬間、まるでその場から消えるように宵一の姿が正子の前から消えると、正子の横腹が激しく出血し、同時に凄まじいスピードで切られたことを悟る。
「リイム! 今だ!」
「はいでふ! いきまふよ……極光波動砲!」
リイムはソーラーライフルの引き金を引くと、銃口から先ほどの何十倍もの大きさを誇るレーザーが撃ち出され、リイムは反動で吹き飛ばされる。が、レーザーは真っ直ぐに正子へと向かっていった。
「く……! やむを得まい! ……はああああああああああああああああああ!」
正子は地鳴りのような声を出し、無双モードを発動させると、包丁を手に取り巨大レーザーを切り裂いた。
「我が包丁に断てぬものなし!」
「そんな……」
リイムが驚愕を顔に浮かべていると、正子は無双モードから抜けながらリイムへと接近し、包丁を振り下ろし──九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が二人の間に割って入った。
ジェライザは振り下ろされる包丁を両腕で守ると、ジェライザの腕から鮮血が散った。
「くぅ……!」
「また邪魔立てが入ったか……このまま押し切らせてもらう!」
「やれるもんならやってみろ!」
ジェライザはリジェネレーションで回復しながら神速で正子のバットと正面から殴り合う。
拳とバットがぶつかり、身体へと直撃を繰り返すが、二人は一歩も退かない。まるで、後退がそのまま負けを意味しているかのように、意地でも二人はその場を動こうとせず拳とバットを振るい続け、他の契約者達はその壮絶な殴り合いを黙って見守るしか無かった。
リジェネレーションで回復しながら殴り合っているにもかかわらず、ダメージ量はほぼ互角。正子も先ほどまでの激戦の疲れを見せぬようバットを振るい続け、ジェライザの拳と正子のバットが同時に入り、二人の動きが一瞬止まる。
「ぬう……!」
「くっ……!」
二人はダメージの蓄積から動けなくなり、このダメージから抜けだし相手へトドメを刺せれば間違いなく、この勝負の決着はつく。
ジェライザはグッと奥歯を噛みしめながら膝をガクガクと揺らして、ゆっくりと身体を正子の方へと向ける。
「負けられない……広明さんに一番良いデータを渡すのはこの私だあぁぁぁあ!!」
ジェライザは叫ぶと、解放の闘気と超感覚で猫耳と猫尻尾をつけて黄金の闘気のようなものをまとい、正子に近づく。
「仲間を守る。広明さんに良いデータを渡す。……両方やらないといけないのが、恋する乙女のつらいところだな。覚悟はできてるか? 私はできてる」
「……ぬう!」
正子は止まっていた身体を動かし、ジェライザを殴ろうとするがジェライザの拳の方が早く正子の身体に到達し、ジェライザは無双モードを発動させると正子の身体へ雨のように拳を打ちつける。
「「アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ!」
ジェライザは叫び、正子はガードも出来ずに拳に滅多打ちにされ膝から崩れそうになると、ジェライザはオーバーアクションでトドメの一発を放ち、正子の身体が宙を舞う。
「アリーヴェデーッラ(さよならだ)」
捨て台詞のように言葉を発するが、空中を舞う正子は身体を捻ると綺麗に着地して見せた。
これまでの契約者の攻撃を浴び続けても立っている正子に全員が息を飲んでいると、正子はゆっくりと口を開いた。
「わしの……負けだ……」
それだけ言うと、正子は再び口を閉ざしてしまう。
「た、立ちながら気絶してるでふ……」
リイムは目を丸くして正子を見つめる。
正子の顔はまるで心地の良い疲れを感じながら、幸せそうに眠っているようにも見えた。
大将の敗北を知り、配下の兵達も戦うのを止めて膝を落としここに一つの戦いが幕を下ろした。
馬場軍、ここに敗北を喫する。