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種もみ学院~迷子は瑞兆?

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種もみ学院~迷子は瑞兆?

リアクション

 これまで生きてきて一度も受けたことのない衝撃に、アルミラージは声もなく飛び跳ねた。
 その先にあるのは、陽一アリスが中心になって作った落とし穴。
 酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)の特戦隊にも協力してもらって掘った深い穴には、大量のトリモチとしびれ粉が仕込まれていた。
「……やったカナ?」
 念のため、弾丸にスリープリキッドを含ませた銃を持って、アリスが穴をのぞき込む。
 アルミラージはしびれていた。
「うん。効いてるネ」
「ま、ままま魔女の、てて、手下め……!」
「違うネ。ワタシは『かぼちゃぱんつの国のアリス』ネ」
 しびれて口が回らないアルミラージに、胸を張る小さなアリス。
 その横に、緋月が膝を着いて穴の中のアルミラージを覗き込んだ。
 今までのような勢いはもう見られない。
 緋月はやさしく微笑みかけた。
「ねぇ、虹色の団子をあげるから、虹キリンを食べるのはやめてくれないかしら」
「自分で言うのも何ですが、おいしくできたんですよ」
 舞花が虹色の団子を乗せた皿を差し出す。
「そ、そそそそそんなモノで、ごま、ごまかせると思う、なななよっ」
「……口で言ってわかってくれないなら、仕方ないわね」
 突然、緋月の気配が禍々しいものに変わっていった。
「おい、お前。言うこと聞いといたほうがいいぞ」
 若干顔色を青くした椿がアルミラージに呼びかけた。
「緋月は目的のためなら手段は選ばねぇから、何するかわかんねぇぞ」
「ふふふ、椿のためよ」
 緋月の微笑みはとても美しいが、雰囲気はツンドラ地帯のように寒々としている。
「私もあまり乱暴なことはしたくないのよ。でも、聞き分けがないなら……あなた、食われるわよ」
 アルミラージは董卓と吹雪を思い出した。
「どうせ食うならもっと太らせるか繁殖させてからがいいな」
「ほら、アキラもこう言ってるわ」
「さっそく精をつけさせてみるか」
 と、ルシェイメアが出したのはギャザリングヘクス。
 見た目はアレだが、ひとまず腹の足しにはなるスープだ。
「毒沼の色じゃねぇか!」
「そう見た目で決めつけるな。一口だけでも舐めてみよ」
「そういや、あのババアも気味の悪ぃ笑い声あげながら大鍋かき回してたな……。テメーも魔女か」
「貴様の言うあのババアが何者か知らぬが、わしは気味の悪い笑い声などあげんぞ」
「そーゆう問題じゃねぇんだよ! とにかく、その毒沼の水を引っ込めろ!」
 怒鳴りながらもアルミラージは視線をさまよわせて、誰か助けてくれる者はいないかと探した。
 ふと、エリシアと目が合った。
 彼女はハッとした。
 これはもしや、魔女会議の時に何気なく言った『仲間にしてほしそうにこちらを見ている』という展開では、と。
「虹キリンを狙わないと誓うなら、勘弁して差し上げますわ」
 魔女に囲まれたアルミラージはしばしの逡巡の後、諦めたようにため息を吐いた。
「チェッ。わかったよ。テメーらみてぇなおっかねぇ魔女と手下達を敵にするのはめんどくせぇからな」
 このトリモチ何とかしてくれ、とアルミラージが頼んだ時だ。
「モヒ夫! がんばって! 汚名返上だよ!」
 一生懸命励ます桐生 円(きりゅう・まどか)の声が近づいてきた。それと、四ツ足の動物が走る足音。
 何事かと見てみると、カウボーイが牛を捕まえる時のように輪になったロープを振り回すパラ実生と駿馬に乗った円が、異様に首の長い馬を追いかけている。
「どっかの馬が逃げたようだな」
 椿はあっさりと言い切った。
 しかし、その馬(?)と二人の後ろを、呼雪とヘルが追いかけていた。
「あれ、あの二人……虹キリンはどうしたんだ? あいつらがいると思って、あたしは緋月の様子見に来たんだけど」
 残念ながら、椿の疑問に答えられる者はいなかった。


 事の起こりはこうである。
 円はかねてから牧場見学の約束をしていたアメリカから移住の酪農一家を訪ねていた。
 移住先のオアシスの人達ともうまく行き落ち着いてきたので、新しい牧場を見に来てほしいと連絡がきたのだ。
 移住者の中で最初に契約者となった一家の母親のマリは、オアシス唯一の契約者として防衛面でも期待されていた。
 契約者は何をしたらいいのかというマリに、円は円なりに答えた。
 それから牧場へ行くと、マリと契約した種もみ生が一家の父親や二人の息子達と一緒に働いていた。
「わざわざここに引っ越してきてくれたのよ」
 と、マリは嬉しそうに言った。
 見た目は金色のモヒカンに派手な刺青だが、素直だし真面目なので今では家族のようなのだとか。
 向こうもこちらに気づき手を振ってきた。
 家族のところへ行った母親と入れ違いに種もみ生が来て、円に挨拶した。
「来てくれたんスね」
「せっかくのご招待だからね。キミも……えーと、モヒ夫も元気そうでよかったよ」
「モヒ夫? いや、俺の名前は」
「まあまあ。モヒ夫は人生ではこの人達の後輩だけど、荒野の生活では先輩なんだから、いろいろ教えてあげたまえよ」
「はっはっは、任しといてくれよ! 闇バザーの開催日もカモ(金持ち)の行列が通る日もバッチリさ!」
「そうかそうか」
 二人で笑い合っていた時、円が柵だと思って体重をかけた箇所がバカンッと開いた。
 尻もちをついた円の脇を、馬が一頭駆けて行く。
「も、モヒ夫! 何てことを!」
「俺か? 今の俺なのか!?」
「マドカ、ケガはないか! モヒ夫、柵の鍵をかけてなかったのか!」
 父親の怒声が響く。
 柵の鍵をかけ忘れたのはマリだが、マリはそっぽを向いて黙っていた。
「親父さん、俺じゃねぇ……っていうかモヒ夫じゃねぇよ。何で急にモヒ夫になるんだよ」
「おじさん、ボクも一緒に探すからモヒ夫を許してあげて!」
「マドカ! キミはやさしい子だ!」
 顔を引きつらせるモヒ夫に、二人の息子が同情をこめて肩を叩いた。
 そして、円はテンガロンハットを被って自分の馬に乗り、モヒ夫は自分の足で走って逃げた馬を追った。
 なかなか足の速い馬を追い続け、契約の泉まで来たのだった。
 そこで、虹キリン模様の不思議な森で、呼雪やヘルといる虹キリンに出会った。
「モヒ夫、あれじゃない、逃げた馬!」
「虹色じゃねぇか。首も長ぇし」
「そうだけど、四本足だから馬に間違いないぜーひゃっはー!」
「その理屈だと猫も馬になるじゃねぇか」
「虹キリンだけど」
 呼雪の言葉に、円とモヒ夫はしばらく沈黙した。
「じゃあ、こうしよう」
 円は馬を降りると、非物質化していたペンキを現した。茶色だ。
 そして、誰が止める間もなく刷毛でそのペンキを虹キリンの体に滑らせた。
 憑かせていた描画のフラワシにより本物の馬のような色に塗られていく。
 あまりのことにモヒ夫も呼雪もヘルも、虹キリン自身も呆然と固まってしまっていた。
 おかげで円には塗りやすかった。
 虹キリンが正気に戻ったのは、首の長い馬にされた後だった。
 虹キリンは叫び、走った。
 円とモヒ夫は追いかけた。
 呼雪とヘルも追いかけた。


 虹キリンは逆に虹キリン模様の森では目立ち、普通の森では捉えにくくなった。
「あの匂いは虹キリン! うぉぉぉおお!」
 馬のようにされても、ペンキでシンナー臭くなっても、アルミラージの鼻はごまかされなかった。
 トリモチを無理矢理引きはがし、穴の外へ飛び出す。
 さっきまでの神妙な態度はどこへやら、獲物を前にしたとたん食欲に支配されてしまったようだ。
 アルミラージ戦、第二ラウンドが始まった。

「邪悪な者を喰らう森の聖獣アルミラージ!!! ……っと。どうだ、達筆だろう!」
 チョウコは特大筆を手に木の看板を見下ろし、満足そうにした。
 言葉は美由子が考えた。それをチョウコが大きな看板に筆書きしたのだ。
「達筆っつーか、勢いで書いただけじゃん」
 ガムを噛みながら派手な髪飾りをつけた女の子が素っ気なく言った。種もみ生だ。
 アルミラージ戦第二ラウンドは、あっさり勝負がついた。
 再び落とし穴に突き落とされ、追加のしびれ粉をかけられたアルミラージは、今度こそ降参した。
 それを見るや、美由子は兎小屋を建て始めたのだ。
 資産家としての力を存分に使った、豪華なものにする予定だ。
 落とし穴に続き、特戦隊の皆さんと、他に鳥取県から移住してきた若者たちが大活躍をしている。
「まさか二回も戦うなんてねー」
 美由子は、魔女達に囲まれて大人しくしているアルミラージを見やった。
 虹色の団子はおいしかったようで、おかわりを何度も要求していた。ギャザリングヘクスは相変わらず見た目で避けていたが。
「だから言ったのよ。魔女さん達がまっぱだかになって誘惑すればイチコロだって。なのに、全部言い終わる前にみんないなくなってるし」
「そりゃ、いなくなるだろ」
 チョウコが笑う。
「それにしても、アルミラージがここの聖獣を引き受ける条件が、虹色の団子と金の卵と熊殺しとはねぇ。虹色の団子ならあたしも作れるかな。後で舞花に聞きに行こう」
「聖獣って響きも気に入ったみたいよ」
「何だか得意そうにしてたよな」
 二人でくすくす笑っていると、ちょっといいかと陽一がチョウコを呼んだ。
 彼の様子から、大事な話なのだろうとチョウコは感じ取った。
 陽一は、邪魔が入らなさそうな場所で足を止めた。
「君達は虹キリンを乙王朝から自分のものにすることを悪いとは思っていないようだが」
 彼は、チョウコの目を見て静かに話し始めた。
「荒野のならず者達も人から物を奪うことを悪いとは思ってない」
 チョウコは肯定も否定もせず聞いている。
「キマクがいつまでも発展できないのは、住人達がそんな略奪文化から抜け出せないからだ。この土地の未来を決める一番の権利を持っているのは、そこに代々暮らしてきた君達だ。だけど、人の心が変わらなきゃ、キマクも荒廃した今の姿から変われないってことは忘れないでくれ」
「荒野はまぁ、見ての通り作物が育たない。だから、よそを攻めて奪わないと生き残れないんだ。今でもオアシス同士の戦は起こる」
 チョウコは難しい表情で言った。
 その口調は、陽一の忠告を拒絶するものではない。
「陽一の言うことも、わからないではないんだ。生徒会長も荒野を豊かにって同じ目標を持ってて、総長も力を貸してくれて……種もみ学院から豊かになって、略奪しなくても生きていけるようになればいいのか?」
 うーん、と考えだすチョウコ。
 頭から撥ね付けられなかったことが、チョウコの意識が変わりつつある証拠だった。
「それと、虹キリンの意思はどうなんだ? 仲間ならちゃんと聞いてやれよ」
「あいつ、しゃべらねぇんだよ」
「それなら俺がテレパシーで……」
 陽一が言いかけた時、
「迷子ォ!?」
 そんな驚きの声があがった。
 声の主はヘルだった。
 虹キリンが叫んで逃げるたびに、怒りとは違うものを感じていたヘル。
 命の危険が去ったことで落ち着いたのか、あるいはヘルの気持ちが通じたのか、虹キリンはテレパシーに応えた。
 恥ずかしそうに、
「道に迷った。そしたら、でけぇ角兎に追いかけられた」
 と言ったのだった。
 それを聞いたチョウコはがっかりした。
 万が一にも野良の虹キリンだったらいいなと思っていたからだ。
「仕方ない。種もみの塔に行くか。カンゾーに連絡するよ。向こうはどうなったかな」
 チョウコは携帯を取り出した。
 ところで、その頃董卓はどうしていたかというと。
 詩穂と新たな戦いを繰り広げていた。
 もともと食べながら戦っていた董卓だったが、ある時から詩穂が董卓から料理を横取りし始めたのだ。
「董卓ちゃんだけおいしいもの食べるなんてズルイよ」
 というわけだ。
 食を巡る二人の熾烈な戦いを、敦はあくび混じりに眺めている。
「あの二人、けっこう仲良いんじゃん?」
 そんな感想をこぼしながら。
 じきに戦いは終わるだろう。
 食材が尽きる。