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甘味の鉄人と座敷親父

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甘味の鉄人と座敷親父

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【一 盛り上がっているのかいないのか、微妙なところ】

 マーシャル・ピーク・ラウンド球場は、標高1000メートル近い位置にある。
 他の球場と比べて若干ながら気圧が低い為、本塁打が出易い球場としても有名であった。
 このマーシャル・ピーク・ラウンド球場を本拠地に据えているのが、SPB(シャンバラプロ野球機構)傘下の一チーム、ヒラニプラ・ブルトレインズである。
 既にSPB初年度から数えて三年目を迎え、各チームの力関係というものが徐々に明確になりつつあったのだが、ブルトレインズはお世辞にも強豪チームであるとはいえず、この2023年度は最下位に終わるという体たらくであった。
 そんなブルトレインズの駄目っぷりとは裏腹に、チームを応援する地元ファンの熱気は、年間を通して凄まじいものがある。
 このマーシャル・ピーク・ラウンド球場周辺もそのご多分に漏れず、色んな意味で活気が旺盛な地域であるといえた。

 そしてこの日――2023年11月某日。

 マーシャル・ピーク・ラウンド球場を舞台として、野球とは全く無縁のイベントが、盛大な歓声の中でその幕を開けようとしている。
 東カナン西部の街ベルゼンと、南部ヒラニプラとの間に交わされた交易協定。
 その交易の主品目として、シャンバラ産のスイーツが指定されている。この日この場所で開催されようとしているイベントは、そのスイーツを何にすべきかということを決定づける為の催しであった。
 題して、甘味の鉄人

 戦いの幕は今まさに、切って落とされようとしていた。


     * * *


 マーシャル・ピーク・ラウンド球場のプレイグラウンド全面に、芝を傷めない為の防護シートが敷き詰められ、スタンド席から見下ろすと、一面真っ青に染まっているようにも見える。
 そんな中に、四つの正方形が規則正しく並んでいた。
 いずれも6メートル四方の、プロレス用リングである。一見すれば、ちょっとした規模のプロレス会場であるようにも見えるのだが、しかしそうではない。
 ここは紛れもなく、スイーツコンテストの場である甘味の鉄人開催会場であった。
「このタイムスケジュールって……本当に、あてにして大丈夫なんだろうか……」
 運営スタッフの腕章を左の二の腕の辺りに巻きつけているトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)が、心底不安げな表情でぼそっと呟いた。
 ライトスタンドの最前列通路から会場であるプレイグラウンドを眺めているトマスであったが、その視線はどこか浮ついているというか、酷く不安定なようにも見える。
 それもその筈で、彼が手にしている大会運営スケジュールのタイムテーブルは、恐ろしくざっくりとした内容しか記されていなかったのだ。
 この手の大会はとにかく時間管理が大事だと意気込んでいたトマスにとって、主催者側の物凄くいい加減なタイムコントロールに、一抹どころか津波のような不安ばかりが押し寄せる格好となっていた。
「予選はA、B、Cの3ブロックに分かれ、それぞれが60分一本勝負……この表記の仕方が、甚だ疑問でありますなぁ」
 トマスの傍らで、同じように運営配布のタイムテーブルを手にして小首を捻っている魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)の声には、疑問というよりも、呆れているという色合いの感情が強く滲み出ている。
 時間がきっちり定まっているのは開会宣言と試合方式の説明部分のみであり、それ以降はほとんど予定などあって無いようなものであった。
 幸い、審査員席に座るベルゼンの太守ネグーロ・ジーバスには、時間的な制約は何もない。ジーバス太守はおよそ二週間程度、このヒラニプラに滞在することとなっており、極端にいえば、甘味の鉄人の大会期間が二日や三日程度に及んだところで、何ら支障は無いのである。
 とはいえ、あまりに長引き過ぎては参加者達の方が参ってしまうだろう。
 とにかく無駄な時間は極力潰し、効率的な時間管理が求められる――少なくともトマス自身は、そのように考えていた。
 一方、会場警備の管理を受け持っている子敬は子敬で、別の方面で頭を痛めていた。
「魯先生……スタッフや大会参加選手の管理は出来るとして……観戦客は、どうしたもんかな?」
 テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が問いかけるように、スタンド席や屋内通路などは、観戦客も普通に出入り可能である。
 勿論、審査員席や選手控室などへの立ち入りは禁止だが、四つのリング周辺には簡単な柵が設けられている程度であり、しかも審査対象のスイーツはリングサイドの観客へも配布されることとなっている。
 不審者を完璧に見分けるのは、中々難しいかも知れない。
「まぁ……なるようにしか、ならないかしら」
 ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)が、ぽつりと呟いた。
 結局のところ、主催者がアバウトな為、大会全体の縛りも非常に緩いものとなってしまっていたのである。
「とにかく、予選が始まるまではそれなりにスケジュールが決まってるようだから、せめてそこまでは、しっかりタイムテーブルに則った進行を心がけよう」
 トマスは寧ろ、自分自身にいい聞かせるような調子で、静かに宣言した。

 座敷親父とは、何者か。
 いつ、どのような形で出現するのか。
 そんなことをつらつらと考えながら、沙 鈴(しゃ・りん)はとある審査員の控室に足を踏み入れていた。
 今回、鈴は特別に会場内の全てのエリアに立ち入る権限を得ている。そこは矢張り、彼女の非常任ベルゼン連絡主担という肩書が、非常に大きな威力を発揮していたといって良い。
 当然ジーバス太守との接触も許されており、恐らくこの大会では最も自由に動ける人物のひとりであるに違いない。
 但し、審査員としては招待されていない為、参加選手が供するスイーツに対しては審査を加えることなど出来ないのだが、それは寧ろ、鈴にとっては有り難い話であった。
「潜水艦といい、スイーツといい……ここ最近は、やたら苦手なものばかりにかち合いますわね……」
 自らの作業に没頭しながらも、鈴はふと、そんなことを考えて思わず苦笑を漏らした。
 無論、自分から首を突っ込んでいるのだから、誰に対して文句をいう訳にもいかなかったのだが、こう立て続けに不得手な案件ばかりが流れてくるというのは、ひょっとしたら鈴にもある種の不幸体質が芽生え始めているのかも知れなかった。
 勿論本人には、そのような自覚などは一切無かったが。
「おろろ? こんなところで、何してるんですかい?」
 各審査員控室を廻って大会スケジュール表を配布していたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が、鈴がせっせと作業している室内に足を踏み入れてきて、不思議そうな声音を上げた。
 それもその筈で、今、鈴が作業している室内には本来の部屋の主が不在であり、何故か鈴だけが自身の作業に没頭しているという構図が展開されていたのである。
 アキラが不思議に思うのも、道理であった。
「ここは確か、ヅラー氏の控室ではなかったかの?」
 アキラに同行していたルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が、控室扉外側に張り出されていたプレートをわざわざ確認しながら、言葉を添えた。
 そこには確かに、ヴァイシャリー・ガルガンチュアGM サニー・ヅラーの名が、しっかりと刻まれていた。
 すると、同じくアキラに同行していたセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)が、何故か頬を桜色に染めて、はっと息を呑んだ。
「も、もしかして……ヅラー氏によ、よ、夜這いをかけようと!?」
「なんでそうなるんですか」
 セレスティアの突拍子もない発想に、鈴は驚くよりも、ただただ呆れた。
 鈴自身は、サニー・ヅラーという人物とはまだ一度も顔を合わせたことがない。しかし噂によると、相当な曲者というか際物というか、非常にややこしい存在であるらしい。
 そんな相手と男女の仲になるというのは、まず有り得ない話であった。
 サニー・ヅラーの人となりを知っているアキラも、流石にそれはないとかぶりを振った。
「まあ何っつぅか、普通のひとじゃないっていうか……そもそもひとかどうかも分からんっつうか」
「いや、そこまでいうてやっては可哀想じゃろう」
 一応フォローを入れてみたルシェイメアも、実のところ、本当にそうやって庇ってやって良いものかどうか、大いに迷っている節があったのだから笑えない。
「……で、結局のところ、何やってたんスか?」
「あぁ、そういえばご説明がまだでしたね」
 幾ら自由な権限を持つ鈴とはいえ、運営スタッフに対して隠し立てする訳にはいかず、正直に、己の意図を説明した。
 要するに鈴は、座敷親父がサニー・ヅラーを標的にする可能性が高いと踏み、その控室に座敷親父を誘い出す為の仕掛けを幾つか用意していたのである。
「何といいますか、ヅラー氏なら少々被害に遭っても、誰も困らないという発想なのですが」
「うん。その考えは正しいと思います」
 幾分申し訳無さそうに頭を掻いた鈴だったが、アキラ以下三人は、心底納得した様子で何度も何度も、深く頷いていた。