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聖なる夜の、小さな奇跡

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聖なる夜の、小さな奇跡

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聖なる夜の、いろいろな過ごし方


 雑貨屋「いさり火」のリビングで、ハイコド一家はパーティを行っていた。
「うへへ……もう食べれないよぉ」
 ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)は二人の子供と一緒に、すでに寝入っている。アルコールのせいか顔は赤く、時折妙な寝言を呟いていた。
「みんな、寝ちゃったわね」
 ニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)はそんなソランの様子を見て言う。
「そうだな。無事なのは俺らだけか。静かに飲むかい?」
「そうね」
 ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)が口にして、ニーナは彼のグラスにグラスを合わせる。チン、と心地よい音を響かせてから、二人はグラスに残った飲み物を口に含んだ。
 ふう、と息を吐く。ニーナはそのあとじっとハイコドの顔を見つめ、さらに一つ、息を吐いた。
「なんだよ」
 見られていることに気づいたハイコドは、視線を感じてニーナのほうを向く。
「ねぇ、ハコくんの眼、見てもいいかしら?」
 そして、こちらを向いたハイコドに対して、そのように口を開いた。
「眼? んまあ、別にいいけど」
 ハイコドが頷くとニーナは彼の頭を抱きしめるように近づいて、じっと目の中を見つめる。
 二人が顔を近づけると、お互いの眼が引っ張られあうような違和感があった。
「……族長様の魔眼を見た時と同じなのね」
 ニーナは呟いた。
「なんだ? なんか変な感じあるよな、こう、ほそーい糸を目につけて綱引きするような。引っ張られるっつうかそんな感じの。なんなんだ?」
「きっと、魔眼の……ううん、なんでもない」
 言いかけた言葉を、ニーナは静かにしまう。
「なんだよ、気になるだろ」
 ハイコドは言うが、
「今度、実際に糸を目につけて綱引きしましょう」
「いやぜってー無理だからな!?」
 ニーナが変なことを言って笑い出したので、ハイコドも思わず突っ込んでしまう。
「ったく……ソラはたまに下ネタを言うし、姉ちゃんもたまに変なこというし。変わった姉妹だよなあ」
「たまに?」
「控えめに言ってやってるんだよ」
 ハイコドは言ってグラスを空にする。近くにあったシャンパンをグラスになみなみと注ぐと、ニーナにもそれを勧めるが、ニーナは「まだあるから」と断った。
「でも、ハコくんとっても幸せそう」
「あん? はは、そりゃそうだ。こんなふうにのんびりと過ごせて、幸せじゃないなんて言ったらバチが当たるよ」
 ハイコドはなみなみと注いだグラスを一気に傾ける。半分以上を飲んで、大きく息を吐いた。
「幸せなんだよ、俺は。ソラがいて、双子ちゃんがいて、それに、姉ちゃんだっているしな」
「私も双子を生んであげよっか?」
「……姉ちゃん、酔ってるだろ?」
 ニーナはくすくすと笑う。ハイコドは照れ隠しに、残りのグラスを傾けた。
「ダメだよぅ、」
 そのタイミングでソランが寝言を言う。
「まだ三人目は早いよぅ、ハコ……ぐふふ」
「どんな寝言だよっ」
 ハイコドはそう言って、ソランの口元を軽く拭ってやった。
「全く……あー、さすがに俺も回ってきたなあ」
 ハイコドは空のグラスをテーブルに置いた。彼の顔も、だいぶ赤くなっていた。
「飲みすぎよ、ハコくん」
「みたいだな……ん、ごめん、俺も寝るわ」
 言って、ハイコドは空いているリビングのソファーで横になった。なんどか寝返りをして体を落ち着かせ、ほどなくすぅすぅと寝言が聞こえてくる。
 ハイコドの寝顔が、ニーナのほうへと向いていた。
 ニーナも空のグラスをテーブルに置いて、先ほどと同じように、彼の顔を抱きしめるように自分の顔を寄せる。
 今度は目を見つめるのではなく、額を合わせるわけでもなく。彼女はゆっくりとハイコドの少しだけ開いた唇に、自分の唇を合わせた。
 それは一瞬で、すぐさま彼女は顔を離し、今度はハイコドの胸元に顔をうずめる。匂いでも嗅ぐかのように大きく息を吸い込み、すぐさま身を離した。
「ソラにハコくんと重婚なんてしないって言っておいて……最低な女ね、私」
 そして、誰にともなくそんなことを言う。それでも、ニーナはもう一度だけ、と、今度はハイコドの腕に顔を寄せ、頬を手のひらに当てる。今だけは、せめて、今だけ……そして、ごめんね、ソラ。ごめん、と、何度も彼女は小さく呟いていた。
「なーんだ」
 同じく、誰にも届かないような小さな声をソランが呟く。
「やっぱり……諦めてなんかいないんじゃない」
 誰にも聞こえないようなそんな静かな声が、わずかに微笑んだソランの口から流れ、それは誰の耳に届くこともなく、ただわずかに空気を震わせ、そして、消えていった。





「ん?」
 言い争うような声に、ヴァンビーノ・スミス(ばんびーの・すみす)、――愛称はミドルネームである、ディエゴだ――は椅子から立ち上がった。
 部屋を出て声の元へ向かうと、そこには九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)冬月 学人(ふゆつき・がくと)がいて、怒った顔で向かい合っていた。
「私が子供みたいだ? どこがさ!」
「そういうところがだよ! ゲームなんてあとでもできるだろ」
「オンラインバトルの待機中だったんだよ!? せっかく55%まで勝率を上げたのに!」
「すぐ人が捕まるなんて思わなかったんだよ! それに、勝率なんて、これからまた上げればいいだろう!?」
 言い争いはなにやら小さな理由のようだが……二人はずいぶんと熱くなっていて、入れそうな隙間もなかった。
「ほら、コントローラー返して! 私んだから!」
「返すよ! 一人で二人分の操作をすればいいだろ!」
 学人は投げるようにロゼにコントローラーを返す。ロゼはそれを受け取るとふん! と大きく鼻を鳴らし、テレビ画面へと戻った。学人はわざと足音を大きくして、その場を去る。
「ふう」
 やっとケンカが終わった。ディエゴは息を吐いて、とりあえずはゲームに向かっているロゼに話しかける。
「どうしたんだ、ロゼ」
「ディエゴ先生には関係ないよ」
 ロゼはゲームの腕を止めずに口にした。
「関係なくないよ……仮にも一緒に住んでいるんだから」
「むぅ」
 ロゼは唸り声を上げた。たちまち画面に「LOSE!」の文字が現れ、ロゼはがっくりとうなだれる。
 再戦しますか? の表示でロゼはNOを選択し、しばらく下を向いていたのだが、
「……今朝、学人とディエゴ先生がダイニングで先生の原稿を読んで談笑してるのを見たんだ」
 やがてぽつぽつと話しだした。
「みんな仲良くなったなあ、私が契約しなきゃあ二人は他人だったのに……そう思ったんだよ」
「まあ、そうだな」
 ディエゴはとりあえず相槌を打つ。
「そのあと、今日は私も学人も暇だったから久しぶりにゲーム一緒にやろうって誘ったの。快諾してくれたんだけど、遊んでる最中に先生が新しい原稿が出来たから学人批評してくれ、って頼んできてさ」
 さっきの言い合いと合わせて、なんとなく見えてきた。
「オンライン対戦の途中だったんだよ? 待機中だからいつ相手が来るかわからないのに……それなのに学人は『まだ来ないでしょ』ってゲーム中断してそっち行ったんだよ!? そしたら、その直後に相手が来て、私は一人で戦う羽目になったんだ! 四人対戦モードなのに!」
「それが理由かよ」
 ディエゴははあ、と息を吐く。
「ああ、良いんだよ先生のは仕事だもんね。親友は後回しで結構! って、そう言ったら、学人が言い返してきたんだ」
「それで、あんなふうになったってか」
「………………」
 ロゼはこくり、と頷いた。
「あのなあ、確かこの家で、一番付き合い長いのは二人だろう? そんなことで長年の付き合いをゼロにするなんて、くだらなくないか?」
「………………」
 ロゼは答えない。
「お前たちが俺とは違う絆で繋がれてるのは、俺にだってわかる。だからさ、そんな小さなことで言い合いなんてしないで、そんなの、笑って許してやれよ。お互い、もういい大人なんだからさ」
 ディエゴはそう言うが、
「小さくなんてないよ!」
 ロゼは立ち上がって、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「全く」
 ディエゴは息を吐く。


「ふんだ、学人との絆? そんなもの……」
 あるもんか、と言いかけて立ち止まる。その言葉を口に出すことができず、ロゼはただ、口をパクパクと動かして歩き出した。
 ふと、外を見る。学人がちょうど倉庫の近くを歩いていて、目が合った。学人は勢いよく顔をそらし、すたすたと歩いていく。
 そこで、ロゼは急に思い出した。昔、ブリキ缶の中に宝物を入れて倉庫の中にしまっておいた。そこには学人の宝物も入っていて、二人で友情の誓いを立てた……そんなことを。
「なにが友情の誓いだ」
 思い出して、ロゼはむすっとして声を上げる。
 そして、倉庫に向かって歩き出した。倉庫を勢いよく開き、その、思い出のブリキ缶を探す。
「……なにしてるのさ」
 後ろから学人の声が聞こえた。ロゼは振り返らず、探すのを続ける。
「ブリキ缶を探しているんだよ」
「ブリキ……ああ」
 学人も思い出したのか、懐かしそうに声を上げる。
「私の宝物が、学人の宝物と一緒に入っているなんて嫌だからね。あった、これだ」
 言って、ロゼはブリキ缶を引っ張り出した。
「嫌だって……それはこっちの台詞だよ! 僕の宝物が、君の宝物なんかと一緒だなんて!」
「なんだって!」
 ロゼはブリキ缶を持ったまま振り返る。
「なんかとはなんだよ! いつも学人は、そういう余計な一言で人を怒らせて!」
「そっちこそ! 言わなくてもいいことをわざわざ口にするから、そんな余計なトラブルを起こすんだ!」
「私はトラブルなんか起こしてない!」
「嘘だ! 僕は、君といることでどれだけ苦労しているか!」
 一つ言うたびに二人は一歩前へ。そのうち、ブリキ缶が学人の胸元にぶつかって、地面へと落ちた。
 かしゃん、と音を立てて開いたブリキ缶から、一枚の紙が顔を見せる。それは、二人が会って間もない頃に書いた、友情の手紙だった。
「あ……」
「………」
 二枚に折られた紙が広がり、中に書かれた文字が姿を現す。そこにはがたがたな文字で、こう書かれてあった。


『どんなことがあっても、はなれてもかわらない友じょうをちかいます』


「あ、あははは……書いたね、こんなこと」
 ロゼが大きく息を吐いて、そう口にする。
「そうだ……これ、僕が書いたんだ」
 学人がしゃがみこみ、その手紙を拾う。ブリキ缶の中には他にも、ロゼの誕生日に買ってもらったおもちゃや、学人が初めて読んだ本などが入っていた。
「………………」
「………………」
 二人して無言で、しばらくそのブリキ缶の中を眺める。懐かしいおもちゃや本、そして、『友情の手紙』を手にし、懐かしさに息を吐く。
「……私も学人も変わってないけどさ、なんて言うか、距離を感じることがあるんだ」
 先にロゼが口を開く。
「みんなの仲がいいことは、私も嬉しいんだけど……ほら、私たちは、ずっと、小さい頃からの仲じゃないか。それなのに、なんというか、他のメンバーとばっかり話しているのを見ると、なんか、変わったのかなあ、って、そう思ってしまうんだよ」
 少しだけ寂しそうな顔で、ロゼは言う。
「距離を感じるって……バカだなあ。今まで二人で頑張ってきたから、こうやって、みんなとここにいるんじゃないか」
 学人は言う。ずっとブリキ缶を見つめていたロゼが、顔を上げた。
「でも……その、僕も……いるのが当たり前って気持ちになってたよ」
 近い距離で見詰め合って、そんなことを言う。
「ごめん」
 そして、学人がそのように、謝った。
「なにを言うんだ。謝るのは私のほうだ」
 ロゼが言うが、学人は首を横に振る。
「僕は、ブリキ缶のことですら忘れていた。この、『友情の誓い』にそむいたのは僕のほうだ。だから、今回は僕が謝る」
 そして、言葉を紡ぐ。
「だから、もし君がこの誓いを忘れることがあれば、今度は君のほうから謝ってくれ。そして、謝りたくないなら、ずっと、この手紙のこと、覚えていて欲しいんだ」
 最後は優しい笑顔で、そう、口にした。
「でも……私だって、手紙のことは忘れていたよ」
 そうロゼが言うと、学人は笑って、
「いや。ブリキ缶のことを覚えていただけで、十分だよ」
 そう、答えた。ロゼもその言葉を受けて、笑みを浮かべた。



「ふふふ」
 ディエゴが気づくと、二人はまたゲームをしていた。
「学人! 接近するから援護を頼む!」
「任せて! 敵相方はひきつけるよ!」
 見事なコンビネーションで、対戦相手を翻弄していく。
 ロゼの格闘が決まり、ロゼを狙っていた相手も学人の攻撃が退け、有利な展開で勝負は進み、最後には画面に、大きく「WIN」の文字が表示されていた。
「やった! ナイス援護だったよ学人!」
「ロゼが切り崩してくれたおかげだよ!」
 そして、片手でハイタッチ。なにがあったのかは知らないが、すっかり、元通りに戻っていた。
「あ、ディエゴ先生。どうだい、原稿は」
 ロゼが気づいて、こちらへと向く。
「ああ、まあ順調だよ」
 ディエゴはそのように答えた。
「そっか。また見て欲しかったら言ってよ。いつでも行くから」
 学人は言う。ディエゴは頷き、そして、ロゼの顔を見た。ロゼの顔はにっこりと笑っていて、その笑顔には裏の笑顔も、不満の表情も存在しない。純粋な、笑い顔だった。
「あ、そうだ、先生」
 去り際、ロゼに呼び止められた。
「この、ブリキ缶。私たちの宝物を入れて、保存してあるんだよ。どうだい、ディエゴ先生も、Gペンでも入れない?」
 ロゼがそう言うと、
「ディエゴも参加? はは、賛成賛成。ほら、手紙にサインして」
 学人がそう言って、古びた紙をディエゴへと向けた。
 そこに書かれているのは、汚い字で書かれた友情の言葉。そして、それを忘れないという、誓いの言葉。
「そうだな。入れておくか」
 その温かな輪に入れるのを嬉しく思い、ディエゴは二人の、綺麗な字で書かれたサインの隣に筆を走らせた。






「久しぶりねぇ」
「そうですね……まさか、こんなところでシェスカさんと会えるなんて思ってもみませんでした」
 『少年』とシェスカは並んで歩いていた。
「また写真?」
「はい。コンテストの手伝いをしていて」
 コンテストがあるとかいう話は耳には入っていた。それに、通りを歩いていると、ポスターなども見かける。
「スタジアムでもそうだったけど……いろいろやってるのねぇ」
「ははは、前も言ったけど、シェスカさんに言われたからですよ」
 彼は前を向いて、カメラを握りしめた。
「好きなものに真剣に向かい合う、って、そう決めたんです。僕、カメラくらいしか取り柄ないから」
 ちょっと寂しそうに、笑う。
 そんなことない、とシェスカは言ってやりたかったが、そう言えるほど、彼女は彼のことを知っているわけではなかった。
「だから、コンテストの手伝いしながら、自分も参加したりして。ちょっと、ズルに近いんですけど」
 続けて言う彼はシェスカに笑顔を向けた。
「どんな写真、撮ったのぉ?」
「イルミネーションばっかりですね……まだよさそうなのは撮れてないです」
 ためらいもなくカメラを渡す。シェスカがデータを確認すると、本当にイルミネーションばかりだ。いろいろな角度から何度も取られているのにはこだわりを感じられるが、人物は一枚も映っていない。
「人は撮らないのぉ?」
 カメラを返す。
「うーん……実は、あんまりまだ、人を撮るのに自信がなくて」
 彼は少しゆっくりとした口調で言う。
「ほら、その、僕……いろいろあったから。人を中心にした写真って、なんか、怖くて」
 そもそも彼とシェスカが知り合った原因は、彼が海で盗撮をしていたのが原因だ。それに対してシェスカが似合いもしない説教を行ったらどうもそれがツボだったらしく、彼は心を入れ替え……たのかどうかはわからないが、なにか思うところあって、少し変わった。数度しか会っていないシェスカにも、彼が変わった様子というのがなんとなくわかった。
 それでも、まだ彼には傷が残っているらしい。些細な傷ではあるが、それが今も棘になって抜けていない……例の盗撮の件は、よほど彼の心を歪めていたらしい。
「おかげで、運動会のときは怒られましたよ」
 あはは、と笑って言う。笑っているが、どことなく無理をした笑いかただと感じた。
 唯一の取り柄。その写真ですら、まだ彼には傷がある。
 変わったと思う。それでもまだ、変われずにいる場所がある。
 だからだろうか。シェスカは口を開いていた。
「じゃ、私を撮りなさいよぉ」
「え?」
 なにを言っているんだか。そう思う。
 でも開いた口は止まらない。シェスカは、言葉を続けていた。
「人を中心とした写真、撮ってみればいいじゃない。せっかくここにいい被写体があるんだから、存分に」
「え、ええ?」
「ほら」
 言って、ひざの辺りに手を当ててシェスカはポーズを撮った。彼は少しためらいがちに右を見て左を見てそしてゆっくりとカメラを構え、一枚だけ、写真を撮った。
「どお?」
「えっと……こんな感じです」
 写真を見る。見事に無駄なスペースもなく、シェスカを中心として後ろにイルミネーションの淡い光が見える、立派な写真が出来上がっていた。
「いいじゃない」
「……そうでしょうか」
 彼はまだ、ためらっていた。だから、シェスカはその手を引いた。
「え?」
「ほらぁ、どんどん撮りなさいよぉ?」
 彼の手を引いて、通りのお店へ。小物店で置き物や人形などを手にとってポーズを取ると、彼に写真を撮らせる。
 ペットショップで小さな犬を抱き、カメラを構えたところで犬に顔を舐められた。ちょうどその一瞬が写真となり、男はついつい笑う。シェスカが怒るとごめんなさいごめんなさい、と、笑いながら彼は謝った。
 時期外れの麦藁帽子で、一枚。
 バランスの悪そうなハイヒールを履いて、一枚。
 小振りのたいやきをくわえて、また一枚。
「ほらぁ、撮りなさいよぉ」
「さ、さすがにそれは!」
「ふふ」
 下着売り場では、「これどうかしらぁ」と言ってブラを掲げていたが、さすがに、彼は写真は撮らなかった。
 そのうち彼もだんだん慣れてきて、シェスカがカメラに向けてポーズを取るたびに一枚ずつ、写真を撮る。
 そうやって、通りを一軒一軒歩いて、何枚もの写真を撮って。
 最後には、一番大きなクリスマスツリーの飾ってある、大きな公園にたどり着いた。
「綺麗ねぇ」
「ええ。すごいです」
 大きなツリーは五メートル近くの大きさで、彼はそのツリーに向かってカメラを向け、何枚も写真を撮る。しばらくしてからカメラを下ろして、ツリーの近くまで走った。
「シェスカさん! ここ! ここに立って!」
「ええ?」
 彼が手招きするので、シェスカは言われたとおり、彼の立つ場所へと向かった。彼に言われた場所に立つと彼は元の場所に戻り、カメラを縦に持って少ししゃがむ。
「シェスカさん、笑顔!」
 そして彼がそう言った。
 言われるがまま、軽く微笑むような笑みを浮かべる。そしてフラッシュがたかれると、彼は近づいてきて、撮った写真をシェスカに見せた。
 ……とても自分の顔とは思えない笑い方だった。上品で、楽しそうで、嬉しそうで。
「素晴らしい写真が取れました」
 それでいて、ツリーも見事に全部、枠の中に納まっている。写真としても、見事の一言だった。
「ありがとうございます、シェスカさん」
「いいのよぉ、私も、」
「?」
「私も……楽しかったわよ」
 言うのをためらった。それを口にしていいのか、少し考えた。
 笑われるかもしれない、と思う。あきれられるかとも思う。一方的にはしゃいで、一方的に引っ張って。
 それでも――彼は笑った。
「僕もです。最高に……楽しかったです」
 彼の言葉に、嘘はない。嘘をつけるようなタイプじゃない。
 だから、これは素直な彼の気持ちなのだ。純粋に、彼が感じていることなのだ。
 それが嬉しくて……シェスカは笑った。
「ねえ」
 データを確認している彼に話しかける。
「そういえば、私、まだあなたの名前を聞いてないんだけど」
「あ……そういえばそうですよね」
 すいません気づかなくて、と彼は続ける。彼はカメラを降ろして、正面からシェスカを見据え、口を開いた。


「僕は、沢渡真一(さわたり しんいち)って言います。これからも、よろしく、シェスカさん」


 知ってた。スタジアムで、彼の首にはIDが下がっていたから。
 それでも、名乗ってから名前を呼ぶのが順序だと思って。ずっと、彼の名を呼ばなかった。
 でもこれで呼べる。これで彼の名前を、ちゃんと呼べる。
「ええ。よろしくね、真一」
 突然の呼び捨てに彼は少し驚きの表情を浮かべたが、すぐさま笑顔に戻って、「はい」と、答えた。




「……しかと見届けました」

 公園の木の陰、ぬふふと笑顔を浮かべて黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)はサングラスを外した。
「あとでお話し聞かせてもらおっと♪」
 手を振って別れる二人を見つめ、ユリナは楽しそうに笑ってその場を離れた。その足取りは非常に軽く、ぴょんぴょんと飛び跳ねるように彼女は歩いていた。





「と、いうわけで、頼むでありますよ」
 孤児院を抜け出した葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)にあることを頼んで、腕をぐるぐると回した。
「本当に行く気?」
「当然でありますよ……あの子の願い、どうにか叶えてあげるであります」
 コルセアの言葉に吹雪が頷くと、コルセアはいつも以上に大きく息を吐いた。
「言っても無駄だと思うけど、無理はしないでね」
「あはは、無理でありますね」
 吹雪は笑って、それに答える。
「こういうときこそ、無理をすべきときでありますよ!」
 そして、そう言って強い口調で叫ぶ。
「じゃあ、ちょっと行ってくるであります! あの世とこの世の境に!」
 吹雪はそう言って、低い姿勢から走り出した。
 コルセアは吹雪の背中が、遠く、見えなくなるまで見つめていた。