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煌めきの災禍(後編)

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煌めきの災禍(後編)

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 ハデスは虎視眈々と『煌めきの災禍』に近づく隙を窺っていた。
「ククク、その程度の制御装置では、覚醒した『煌めきの災禍』を抑えることはできまい!」
 それは、ハデスがそう言って『災禍』に対しても【機晶解放】を行おうとした時のことだった。
「いい加減にしなさい!」
 唐突に、ルカルカの剣技【アナイアレーション】が炸裂する。
大剣を振り回しているのは女性の細腕のはずなのだが、そのあまりの勢いに周囲の者は皆倒れ伏してしまう。
 ハデスとソーンが一緒になって体勢を崩しているその隙に、ルカルカは持ち前の怪力で車椅子を抱え上げ、その上でぐったりと背をもたせている少女ごと味方の方に退避した。『煌めきの災禍』――否、リトと呼ばれたその少女には「ロイヤルドラゴン」の守護を付けてあるので、先程の攻撃の中でも大剣によって傷つくことはなかった。
 ルカルカは手近にいたカイに『災禍』を託すと、再びハデスに向き直って口を開いた。
「私と敵対する覚悟と放校される覚悟があるかな? 本気でやるなら本気で倒すけど、いいよね?」
 言いながら彼女は、手にした大剣をまるで小枝か何かのように軽々と振り回して見せた。
 ハデスは友人でもあるが、だからこそ止めなくてはならないとルカルカは思っている。
 それでもなお、ハデス以下オリュンポスの一団は『災禍』を奪おうとする動きを見せた。しかし、皆一様に様子がおかしい。身体がどんどん重くなり、自由が利かなくなってきているのだ。
「くっ……しびれ粉、か?」
 風上からは確かにしびれ粉が流れて来ている。
しかし、その実はダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)による【枯命の闘気】の効果なのだった。ダリルはそうとは気付かれないうちに、一人一人ハデスたちの生命力を吸い取っていっている。
「どうする? 退却するなら考えてあげても良いけど?」
 にっこりと笑みを浮かべるルカルカ。
 それに対して急速に重みを増していく己の身体。これらを勘案すると、ハデスに出せる結論はもう一つしか残されていなかった。
「フッ、今日のところはここまでにしておいてやろう! これは逃亡ではない! 戦略的撤退である!」
 最後まで悪役らしく大げさな口調でそう言いながら、ハデスは部下たちに撤退命令を下した。



 機晶兵たちに守られたまま、ソーンはじりじりと後ろに下がっていた。『煌めきの災禍』を奪還されて、彼の顔からはいつもの余裕めいた笑みが失われている。正直、ここまで苦戦するとは思っていなかった。やはりカイや契約者たちを伴って行くように言われた時点で、今回の計画は延期するか変更を加えるべきだったのかも知れない。
 僅かずつ後退するソーンを見て、湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)は今が勝機だと思った。ソーンが計画の首謀者だというのなら、彼を倒さないことには何も解決しない。叩くならまず大元を狙うべきだろう。
 忍はブーストソードを握りしめて、真っ直ぐソーンに斬り掛っていく。
 しかしソーンに辿りつく前に、銀髪の女機晶兵が間に入ってその攻撃を押しかえした。
 その時一瞬だけできた隙を突こうと、リーズは分身を発生させながら「龍覇剣イラプション」をオーバースイングで振り抜いた。
「本当は嫌なんだけど……止まれないと言うなら、ちょっと痛くなるけど我慢してよね!」
 リーズは言いながら剣を捨てて自由になった拳を固め、間髪入れずに【百獣拳】を放つ。拳に伝わる硬い感覚によって、かなり生身の人間に近い見た目のH−1が、それでもやはり「人」とは異なる存在であることを認識せざるを得なかった。
 リーズの打撃を受けてよろめいたH−1に、忍は再び斬りかかる。
ブーストソードの切っ先はその女機晶兵の頬をかすめ、透き通るような銀色の髪を何本か散らした。
 その時、H−1の肩越しにソーンの杖が光る。
 やばいと思った時には既にその光に照射されていた。声を上げる暇も無く、忍の身体はみるみるうちに石化していく。
 その光景を目の当たりにしながら、リーズは懸命に杖の光とH−1の攻撃を交互にかわしていた。超人的なスピードと分身を持っているとはいえ、二対一というのは少々キツいものがある。


「お前ら……まさか!」
魔王 ベリアル(まおう・べりある)は洞窟の暗がりから抜け出して、すっかりいつもの調子を取り戻していた。
「そうか、村に保管してある僕のプリンを狙ってハーヴィやあの機晶姫を人質にしようと企んだんだな……」
 ベリアルは何を思ったか、『灰色の棘』のならず者連中を見てプリン泥棒だと勘違いしたらしい。愕然とした表情から一転して憤怒の相を浮かべると、誰にともなく威勢のいい声を張り上げて言った。
「でも残念だったな! そんなことは関係ない! 誰が人質になっていようが僕のプリンを狙う輩には容赦しない!! 死んで償え!
とかくプリンには目がないベリアルのことである。こうなってしまっては、誰も手がつけられない。
 彼女は持てる力全てをつぎ込んで制裁を加えるべく、ならず者目がけて全速力で駆けだした。
 そのならず者たちはと言えば、ハーヴィを護衛する契約者たちとの間でジリ貧の持久戦を強いられていた。能力的に言えば契約者たちの勝利でほぼ間違いないはずなのだが、いかんせんハーヴィの下を離れられないのがネックになっており、双方一気に畳みかけるということが出来ずにいるのだ。
 綾瀬はしばらく戦局を見守っていたが、ふいにポイントシフトでハーヴィの傍まで移動すると、穏やかな口調で彼女に語りかけ始めた。
「ハーヴィ様、貴女がいらっしゃると皆様本気で行動することが出来なくなってしまいますの。ですので、今は皆様を信じてご自身の身を守って下さいな?」
「じ、じゃが……」
 元はと言えば皆が危険な目にあっているのは自分のせいだと言うのに、我先に戦場を逃げ出すことには引け目を感じた。しかし同時に、ハーヴィは今の自分がお荷物状態であるということも自覚はしていた。だから綾瀬の言うことは正しいのだろう、と思う。
「分かった……」
「ではこちらへいらして下さいな。安全な所まで参りましょう」
ハーヴィは不安げな眼差しを一度洞窟の方に向けてから、綾瀬の先導に従って歩き出した。
「おっと危ない」
 綾瀬とハーヴィの方に飛んで来た流れ弾を、とっさにガードしたのは鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)であった。
 その後ろには彼が石化解除薬を使って助け出した忍の姿がある。貴仁は忍の回復を行った後で、ハーヴィたちのことを気にして今まさに駆けよらんとしていたところだったのだ。
「よし、じゃあ俺がハーヴィさんを担いでっちゃいますね」
 念のため常世思金【MODE魔障壁】と言う名の籠手を使って魔法攻撃用のシールドを張ると、貴仁はハーヴィを抱え上げて集落へ連れ帰ることにした。
 もしかしたらこの行為がフラワーリングを危険にさらすことになるかも知れないが、そんな時はパートナーが設立を進めているであろう自警団が役に立つかも知れないな、と貴仁は思った。