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リアクション
★その日、街は歌う★
「やあ、いらっしゃい。まって……たよ。みんなが」
笑顔で出迎えたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の横を猛スピードで駆け抜けた影があった。
『ぐおぉっそ、そのようや、な。ったた、たたた。ごましお! ちと離れぇや』
「にゃっ」
「イヤだってさ」
『ぬおおっ』
にゃあカフェの猫たちは土星くんに懐いている。
今回の祝いで店内に土星くんグッズを置いてみれば、そこが猫たちのお気に入りスポットとなった。たとえば極小ビーズクッション(土星くんなデザイン)は、猫達がタワーからダイビングしてまふまふっと着地する遊びをしていた。
その様を見ながら、土星君が来た時に真っ先に飛びつく練習をしているのかもしれないなぁ、とエースはいつも思っていた。とくにサバトラのごましおの練習は凄かった。
練習の成果は、
「よかったねごましお。練習の成果がでて」
「……それはいいんですがエース。お客様が多いので手伝ってもらえませんか?」
ほろりっとしているエースにヘルプを頼むのはエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)だ。
エースは我に返り、謝ってから対応に向かう。……土星くんの叫び声はただのBGMのようで、2人とも気にしていない。
ああもちろん、最初におめでとうの言葉はかけている。
エースが笑顔で店内を案内すると、そこかしこに土星くんを模した飾りが施されていた。
「……お待たせいたしました。特別メニュー、特製アプリコットタルトです」
香ばしい香りとともに出されたエオリア特製のお菓子と、エースがいれた紅茶。周囲には愛らしい猫たち。
なんと素敵な時間の使い方だろう。
「猫ちゃんたちは楽しそうですね」
「かぼちゃんも元気そうねー」
理沙は以前ここに預けた猫と土星くんボールで遊んでいるので、セレスティアが土星くんぬいぐるみでつっつく。
「理沙。仕事中ですよ」
「そうねー。このボール土星くんの形をしているんだけど、輪っかがついてるから転がり方が予想できなくて、中々面白いわ」
「フェルト生地のような肌触りですね」
「はい、そこがこだわりですね……ちなみにそれらの玩具は販売もしているのでよろしければ……あ、ちょっと失礼します」
ちゃっかり宣伝をしてから、エオリアはカップル客が入ってきたのを見て、カップル限定の翼ハート型ストロベリータルトを用意しに厨房へと姿を消した。
カップルに特製メニューというのが少し広まってきたのか、最近はカップル客も多いのだ。
『って、誰か助けんか!』
聞こえた叫び声に、タルトに舌鼓を打っていた理沙は、セレスティアからぬいぐるみを受け取り、腹を押した。
『なんでやねん』
『って、何がなんでやねん! それはこっちの気分だ』
まったく!
怒った様子をしつつ、頭の上に乗ったごましおが居心地良さそうに眠っているので格好はつかない。
え、格好ついたことがない? そんなバナナ!
わっしょい、わっしょい。
そんな時、店の外から掛け声が聞こえた。
「あ、そうか。今日はもうラフターストリートに来る日か」
窓の外では御輿が揺れていた。御輿は数日かけて街のあちこちを練り歩いている。遺跡がある全暗街から始まり、中央区を通り、ここへとやってきたようだ。
「見事な土星くんの再現……って、あれ何?」
誰かが疑問に思ったとき、誰もがそのみこしに違和感を覚えた。
わっしょい、わっしょい。
掛け声はおかしくない。大きな土星くんの形を乗せた御輿自体も可笑しくない。
そんな御輿がとおりを横切っていく。周囲の人々は誰もがそちらを振り返り、応援したり、写真を撮ったりと、見事な装飾に感嘆の声を上げたり、御輿の上に乗っている人物達を怪訝に見たり、掛け声を上げたりしているのはおかしく……いや、一箇所オカシイ。
先頭付近で御輿を担いでいるセリスの顔は、何かを悟っていた。ジョウジはそんなセリスに声をかける。
「旦那も苦労するな」
「……何のことか分からないな」
遠いところを見る。単純に現実逃避とも言う。
「ままー、あの金色の人なにー?」
「さあ何かしら……でも土星くんの御輿に乗ってるから、きっと土星くんのお友達ね」
「招き猫に仏様か。土星くんが連れてきてくれるとは……ありがたや」
「愚民どもよ、アワビを食うがいい! さすれば少しは愚かでない愚民と呼んでやろう!」
「うおっまぶしい! 今日は随分と天気がいいんだなぁ」
「さあ、目を閉じ感じるのです」
「父ちゃん! 土星くんが持ってるあれなに?」
「ん? あー、あれはアワビだな……土星くんってアワビ好きだったんだなぁ」
「そうか。じゃあ今度土星くんにアワビ送ろうか」
「セイヴァ(救済者)ーーー!!」
「「「「セイヴァーーー!!」」」
御輿が通り過ぎて行った後、にゃあカフェ内に不思議な沈黙が降りた。
『……ちょ、待てやー! 今回はわしが主役や! わしより目立つなー』
土星くんが叫びながら店を飛び出していった。飛び出すときに、いつもより高めに浮いていたことを思うと、照れもあったのだろう。
「ハッ! 追いかけるわよ。今、絶対土星くんすごいデレ顔してるはずよ。お茶の間に提供しなくちゃ!」
「追いかける理由はそこですか」
「捕まえるのなら任せて!」
「俺もがんばります」
「ナオ、がんばってね! 次こそできるよ」
「エドゥ……はぁ、応援すべきか迷うな」
「まあ土星くん一人だと危ないかもだし……ペンタ、行くよ」
「美羽さん、ナオさんほどほどに。あ、お邪魔しました」
「ねえねえ、網ルカにもくれない?」
「いいよー、まだまだあるから」
「ありがとう♪ ほら、ダリルもやろう」
「……コーンの苦労が少し分かるな」
「でも楽しそうね。みんなにコーンが愛されてるのが分かって、嬉しいわ」
『コーンさん、頑張ってきたんですね』
しみじみ呟いたり、網を構えたり、カメラのバッテリーを入れ替えたり、各々の思い思いの行動をしながら、みんな走った。
『なんで網構えながら追いかけてくるんやー』
笑いながら。
* * *
「……いよいよ、ですね!」
佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)の目の前には土星くんの形をしたイコプラが、ずららっと並んでいた。これらは運営で作っていたグッズの一つであるイコプラだ。
「これだけ集まったのも、あなたのおかげです」
「えへへっちょっとがんばりすぎちゃったかな?」
「いえいえ! これだけあればとてもすばらしいのが出来そうです。腕が鳴ります!」
照れたように笑うレナリィを、牡丹は褒めた。実はイコプラで空中ショーをしようとしていたのだが、牡丹が今自由に使えるイコプラが一台しかなく、どうしたものかと悩んでいた。レナリィが運営と交渉し、イコプラを借り受けてきてくれたのだ。もちろん、場所も許可を受けている。
「……といっても、システムはもうできているのですが」
「うん、あとは本番だけだね」
演目開始の時刻までもう少し。
牡丹が息を吸い、吐き出した。奇妙なものだ。もうプログラムは完成し、それらをイコプラに組み込んでいるというのに。
(大丈夫です。練習では上手くできていましたし)
もう一度深呼吸してから、牡丹はスイッチを押した。
イコプラたちが動き出す。誰かが歓声を上げながら空を見上げた。
そこには紅白の幕ができていた。
ここまでは問題ない。その紅白幕が消える前に、黄色い煙を出すイコプラが並んで旋回し『大きな円』を描く。次に、赤い煙を出すイコプラがソレを包むように『大きな輪』を。そして、黒い煙を出すイコプラ数機が、笑っている状態の『目や口』ができあがる。
「アッ土星くんだ!」
そう。そこに描かれたのは土星くん。
ぱんぱんっとクラッカーが空中で鳴った。――成功だ。
わあっと拍手が送られ、牡丹は安堵と歓喜と照れが混じった顔で、レナリィと顔を見合わせて笑った。
* * *
「わわっ空に土星くんがいるネ!」
上機嫌な声をロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)が出した。アリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)も視線を追った。
「あら、中々素敵な催しね」
「ほんとネ! 振る舞い酒にジュース、それからケーキ? はっはー、かわいい土星くんグッズに催し物、キュートなスーベニア。
たまたま来たアガルタで、今日のこの日がお祭りなんて、ワタシとてもラッキーよ!」
テンションが上がっているロレンツォの手には、最終日ということで配られている巨大土星くんケーキの一部がある。
ちなみにケーキは透明なケースの中で保存されていたので、衛生は大丈夫だ。その前で記念撮影をする人たちが大勢いて、かなり混雑したとか。
アガルタをきちんと周るのが初めてな2人が、偶然祭に遭遇するとは本当にラッキーだといえる。
「でも、とっても丸いで賞ってうれしいのか?」
「さあ……本人にはこだわりがあるのかもしれないわよ」
2人はそのことを疑問に思いつつも、みんながみんな楽しそうなのでいいのだろうと思うことにした。
「とっても大きなケーキだったネ! しかも美味しいヨ!」
「ええ……どうやって作ったのかしら」
振る舞いということで遠慮なくいただいたケーキは、見た目の大きさにも驚きだが中の味も優れていて驚きを増す。
アリアンナは微笑んでケーキを食べながら、消えかかった空のアートを見上げる。すると、わっしょいと御輿の掛け声。ソレを追いかけるようにした電子の声。祝いの当人がそこにいた。
ロレンツォに声をかけようとしたが、
「アモーレ!
マンジャーレ!
カンターレ!」
目を輝かせて御輿に夢中だった。苦笑して、自分だけでもと土星くんに駆け寄る。
「どうも」
『お前は……たしか前』
あまり会話という会話はしていないのだが、土星くんは覚えていてくれたらしい。改めて名を名乗ってから、声をかけた目的を果たす。
「土星くん、貴方の心にもこの1日が刻まれますように」
『……おう。(忘れようにも忘れられへんわ)』
御輿を満足げに見て、わっしょいの掛け声にあわせて声を上げていたロレンツォだったが、首をかしげた。
「歌はないの?
『土星くん賛歌」とか。……ないんだ。じゃあ、作っちゃうね、即興で!」
すーっと息を吸い込んだ。周囲のさまざまな声にあわせる様に、高らかに謳いだす。
『彼はずっと守ってきた。
人々が喜び、怒り、哀しみ、楽しく笑いあう場所を。
さあ大きく目を開け 刻め。
これが彼の守ったものだ』
歌が響く。
街に響く。誰かが、彼の声にあわせて鼻歌のように謳い出せば、それが繋がっていく。
その日、アガルタは謳った。
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