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二話  舞台を完成させるために


『煩いですよ生意気ターバン』
「そっちこそ、犬のくせに」
 ジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)は、【籠手型HC弐式】で忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)と話していた。
『……ま、この超優秀なハイテク忍犬の頭脳が必須なのは解りました。僕は「賢者の石」と一連の事件についてなにか情報が落ちてないか、当たってみますよ』
「ああ、頼むよ。今度、ビーフジャーキーおごるから」
『ええ本当やったっ……げふんげふん、そんなものでだまされるほど僕は甘くないのですよ。ついでに劇場の図面も調べて提供してやりますよ……ご主人様の為ですからね?』
「了解了解。なにかわかったら、連絡してよ」
『任せるですよ』
 ジブリールは電話を切った。
「誰と話してたの?」
 ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)が近くにいて、ジブリールの顔を覗き込んでいた。
「ちょっと、ウチの犬に。『賢者の石』とか、そういうのに外からもアプローチしてもらおうと思って」
「そっちはもう、手詰まりだもんね……」
 マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)はふう、と息を吐いて言った。
「『賢者の石』を人工的に無理やり作って、『賢者の邪石』ねえ。ただのエネルギーの集合体じゃない」
「でも、理論上はものすごいエネルギーを秘めているから、それこそ、奇跡的な力を発生させる可能性もある、っていうのが例の教授の説らしいよ?」
 アリアクルスイドは教授からもらった資料を眺めて言う。
「錬金術自体が奇跡の追求みたいなものだと思うんだけどな」
 ジブリールはそう口にする。
「問題は、その奇跡を使って、なにか悪いことを考えているやつがいる、ってことだよね」
 アリアは息を吐いて口にする。
「わからないぞ。もしかしたら、そのエネルギー自体を使うのが原因かもしれん」
 近くにいた武神 雅(たけがみ・みやび)が、そう言いながらジブリールたちの元へと来た。
「エネルギー自体を?」
 マリエッタが尋ね返す。
「高濃度に圧縮されたエネルギーの開放だ。下手をすれば、ものすごい爆発物として使うこともできるだろう」
 雅はそのように続ける。一同はなるほどー、と、一度は納得するも、
「でも、わざわざそんな、確立していない技術を使おうとするかな?」
 ジブリールの疑問に、再び首を傾げる。
「そうなんだ。用途が同じなら、それを使えばいいのだからな。わざわざ不確定の要素を取り入れる必要性はない。だが、やはり『賢者の石』をキーワードにして調べようにも、出てくるのは『不老不死』、『錬金術』、『奇跡の力』とかそこらだからな」
「不老不死が目的?」
「こんなことまでして、お金が理由とも考えづらいしなあ」
 マリエッタ、アリアクルスイドが続けて推理するが、どれもしっくり来ないのか、うーん、と唸るだけだ。
「『奇跡の力』に関しては?」
 ジブリールが聞く。
「そうだな。おそらく目的は『不老不死』、あるいは『奇跡の力』だろうな。後者の場合、それをなにに使うかは不明だが」
 雅はふう、と息を吐き、
「まあそもそも、ラボを襲ったことに裏があるかどうかも不明だから、なんともいえないのが現状か」
 そう言葉を続ける。
「だよねー」
 アリアクルスイドも息を吐く。
 結局、テロとラボを襲ったことが関わりがあるかどうかもわかっていない。
 『賢者の石』にしろ『邪石』にしろ、調べられることはもうなさそうだった。


 四人がそうやって話していると、そばを舞台で使うであろう大道具が、ちょうど近くを通った。
「舞台で使われていると言っても、」
「裏から見たらハリボテなんだね」
 マリエッタとジブリールが言う。表から見れば裕福な家の壁に見えるそれも、裏から見れば板を張り合わせただけのもだとわかる。
 その重そうな板を運んでいるのは、線の細い男二人だった。ぐらぐらと揺れていて、今にも倒れそうだ。
「おい、危ないぞ……」
 雅がそう口にすると、板の一部から嫌な音が響いた。たちまちそれは、四人の元へと倒れこみそうなり、
「……あぶね」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)が飛んできて、それを押さえていた。
「びっくりしたー。ありがとう、月崎くん」
 アリアクルスイドが息を吐く。
「怪我はないな? おい、なんか、下のほう折れたぞ」
 羽純が板を指差して言う。
「本当だ……うわー、やっぱり重過ぎたかなあ」
 大道具のメンバーはそういって折れた部分を見る。しかし、支えながらなのでちゃんと見ることはできていないようだ。
「羽純くん、どしたの?」
 遠野 歌菜(とおの・かな)も飛んできた。羽純が「部屋が壊れた」と説明すると「?」マークを浮かべる。
「とりあえず、ここを釘打ちすれば応急処置にはなりそうだな。それ借りるぞ」
 羽純はそう言って、大道具メンバーの腰から下がっているカナズチを取り上げる。続けてその横の透明なケースから釘を出して、その場でとんとんと叩き始めた。
「あ、ありがとう(ぽっ)」
「今なんか変な擬音が聞こえなかったっ!?」
 歌菜が妙な声を出す。
「これで大丈夫だろ。あとでちゃんと直せよ」
「キミ……すっごい上手なんだね」
「このくらいなんてことない。ほら、そっちちゃんと持てよ」
「う、うん」
 そういって羽純はそのまま、道具係とともに歩いてゆく。
「なにこれ……なんか納得いかない」
 歌菜はなぜか頭を抱えていた。
「歌菜ん、それは?」
 マリエッタが歌菜の持つ重箱を指差す。
「うん? ああこれね。劇団の人から話を聞こうと思って、差し入れ」
 重箱を掲げて言う。
「もちろんみんなの分もあるよ」
「やったあ!」
 アリアクルスイドが声を上げる。
「ならば、愚弟たちも呼ぼうか。大体の調査は終わっているだろう」
 そう言って雅は立ち上がり、歩いていく。「あたしもいくよー」と、マリエッタがついていった。


 そうして、練習が行われている舞台の元へ。道具を運び込んで証明の位置などを調整していて、役者たちは休憩していた。
「あの、すいません、差し入れなんですけど、食べませんか?」
 歌菜が重箱を掲げると、「おお」っとメガホンを持った男が駆け寄ってきた。
「みんなー、遠野歌菜さんが差し入れを持ってきてくれたぞー!」
 「おおっ!」という声が至るところから上がって、(主に男たちが)駆け寄ってきた。
「ててて、手料理っ!? あ、ありがとうございます!」
「あの、遠野さん、自分、遠野さんのファンっす!」
「すげえうまそう……じゅるり」
 たちまち男たちに囲まれる。
「おい、歌菜が困ってるだろう」
 羽純が近づいてきてこつこつと男たちの頭を小突く。
「ごめんね、羽純くん」
「いいよ。あ、俺、ちょっとあっち手伝うことになったから」
 が、羽純はそう言って大道具のほうを指差す。
「悪いけど、あとで食べる。情報のほう、頼むな」
 そして、それだけを言い歩いていった。歩いていった先には、先ほど道具を運んでいた男たちが。
「……線の細い男に負けた」
「いや、勝負の相手ではないと思うよ」
 落ち込む歌菜にジブリールが声をかけた。
「歌菜さん、どうもありがとうございます。すっごく美味しそうです」
 アリスも歌菜が【みらくるレシピ】で作った特性のお弁当を見て、言う。
「あはは、口に合うかわからないけど。どうぞどうぞ」
 「はい」とアリスは嬉しそうに頷き、サンドイッチをひとつ、持っていった。
 それから歌菜は劇団員に平等に配り歩き、最後に、リーナと目が合った。
「リーナさんも、どうぞ」
「悪いけど、遠慮するわ」
 が、リーナは一言、素っ気ない一言で断る。
「……ダイエット中なの。本番までに、体型を整えたいのよ」
 そう言って彼女は、小さな紙パックのジュースに口をつけている。
「……そうですか」
 食い下がることもできたが、歌菜は素直に引き下がった。
 劇団員が歓喜の声と感謝の声を上げながら歌菜の弁当に舌鼓を打っている間、リーナは紙パックのジュースを飲みながら、台本の確認をしていた。
「うーん」
 歌菜はそんな様子を見て、小さく声を上げた。
 一応、彼女のためにひとつ、小さめのサンドイッチを残しておいたのだが……それはのちに、他の劇団員が食べてしまったとか。


 
 
 


 それから数日、現場の警備や、運ばれてくる荷物などのチェック、そして当日にどのような体制で警備するか、などが、ひたすら話し合われた。
 そうやっている間にも舞台の練習は続き、ジャージ姿や私服姿の練習も、だんだんと本番用のドレスを使った練習になり、客席のライトを落とし、照明や音を合わせた、本番に向けた練習へと推移してゆく。
 

「三番の照明、ちょっと位置が高すぎないかしら? 髪で目元が隠れるわ。五番の照明、こっち向けられないの?」
「こっちからだと、ミランダさんが暗いんすよ。動かせないっす」
「じゃあ、ミランダが動けばいいでしょ。ミランダ、こっち来なさい」
「はいはーい」


 練習の合間にはリーナがいろいろなダメだしをしていて、そのたびにメガホンを持った男が肩をすくめていた。
「やってるね」
 そんな舞台の最後列で見学をしていた数人のメンバーの元へ、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がやってくる。
「ルカさん。ラボのほうはよろしいのですか?」
 ラナ・リゼット(らな・りぜっと)が尋ねると、
「うん、片付いたよ。といっても、資料は机の上に積み上がったままなんだけどね」
 少し笑うように、ルカルカは口にする。
「アゾート様は?」
「ここだよ」
 美緒の質問にアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)が返した。
「あんまり練習風景は見たくないなと思ってたんだけど、これはこれで、面白そうだ」
 そう言って、少し声音を抑えて席に着く。舞台上では、一部のシーンを抜粋して、練習が行われていた。
「爆弾は、どうなの?」
 ルカルカが隣のフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)に声をかける。
「皆で手分けして調査しておりますが、現在は爆弾らしきものは見つかってないようです」
「そっか。ま、簡単に見つかるようなら苦労しないか」
 ルカルカは頷き、そう口にする。
「当日に持ってくるとか考えているのか。この警備体制なら無理なんじゃないか?」
 ルカルカの後ろの席に座った、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が少し身を乗り出して言う。
「だと思うよ。ゆかりさんが中心になって、かなり警備はかなり綿密にしているからね」
 近くに座っていた涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が答える。
「でも、搬入口から道具みたいなのは定期的に入ってきてる。今はそっちに人手を取られているところだな」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)がダリルのほうを向いて言った。
「怪しいのはそっちのほうか」
 ベルクはそう言い、椅子に座りなおして背を預けた。舞台では、またリーナのダメだしが始まっていた。



 ある日の夕方には、アリスが居残り練習をしていた。
 台本を手にし、舞台の上で他の台詞も朗読し、自分の台詞には感情を込め動きを入れ、ひとりで演じている。
「舞台がこんなにすごいものだとは思いませんでしたわ」
 フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)が、彼女の演技を見てそう口にする。
「その通りだな。素晴らしいものだ」
 隣のジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)も、そのように言って同意した。
 そして、舞台の上では大道具がチェックをしていた。手伝いをしていた月崎 羽純(つきざき・はすみ)も、相変わらずそこにいる。


「あの、月崎くん、これ、どっちでもいいって言われたんだけど、どっちがいいかな?」
「花瓶? そうだな、右側のほうがいいかな……」
「あ、……て、手が(照れ)」
「わり、ぶつかった」


「なんなのあのやりとり!」
「まあまあ、男同士だぞ」
 歌菜はその様子を見て息を上げていた。それを、ジェイコブが抑える。
「ふふふ。歌菜さんもおそばにゆけばどうです」
「邪魔しそうだからいい。見てる」
 龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)が笑って言うも、歌菜は少し膨れて椅子に深く腰掛ける。
「いやだから、あれは男同士だからな?」
 ジェイコブだけが焦ったようにそう言っている。
「歌菜ー、この花瓶、暖炉のどっち側のほうがいいと思う?」
 そんな風にしていると、羽純が声を上げた。
「へ? え!? えっとね、えっと……右っ!」
 歌菜はあわてて立ち上がり、答える。
「右か。やっぱそうだよな」
 歌菜の答えを聞き、羽純は満足げに花瓶を暖炉の右側に置く。
「えへー」
 歌菜もちょっとだけ嬉しそうに、跳ねるように席に着いた。
「ほら、羽純さんはちゃんと歌菜さんのことを考えてますよ」
 フィリシアが言う。
「当然。夫だもんねー」
「羨ましいです。そういう風に言える相手がいて」
「灯さんも、きっと素敵な方と巡り合えますよ。もう会っているかも?」
「え、ええっ!? いえ、私は、その、まだ、そういうことは……」
 フィリシアが言い、灯が座席に顔を隠す。その様子を見て、歌菜もふふふと笑みを浮かべた。



「ああ、月崎くん、ちょうどよかった」
 そんなやりとりをしていると、メガホンを持った男がやってくる。
「実はね、月崎くん、ちょっとだけ、舞台に立ってもらえないかな」
「……は?」
「没になった案があるんだけど、ちょうどいい衣装があってね。採用しようにも、ぴったりな人がいないんだよ。体格的にも、年齢的にも」
「ちょ、待って、俺が?」
「うん。ほんの一瞬、立ってるだけだから。頼むよ」
「ええ……」
 そのまま、ぐいぐい押されて羽純は連れて行かれた。
「なにこの展開」
 それを見ていた歌菜は思わず口にする。
「舞台に立つそうですよ」
「あのまま、劇団員にされる流れですね」
 フィリシア、灯が続けて言う。
「どうです、このまま、羽純さんが舞台俳優になったら」
「舞台俳優ねえ」
 灯の言葉に、歌菜は想像を巡らせた。



「羽純くん。どうしてあなたは羽純くんなの……」
「歌菜、家の名前も、富も、名声も、なにもいらない! 欲しいのは歌菜、お前だけだ!」
「羽純くん!」
「歌菜、手を伸ばせ!」
「月崎くん……キミは、ボクという男がいながら!」
「くっ、もう見つかったのか!」
「月崎くん、行こう! ボクと結婚して、子供を作ろう!」



「いやーっ! 羽純くんは渡さないんだからーっ!!」
「わぁ、どうしたんですかっ?」
 舞台上の大道具を指差し、歌菜が立ち上がった。灯が驚きの声を上げる。
 しかし、道具係の人たちは、羽純たちとともにいなくなっていた。
「……そんなに羽純さんが舞台俳優になるの、嫌ですか?」
「嫌じゃないの……嫌ではないけど、なんか、線の細い男に奪われてしまいそうで……」
 フィリシアの言葉に、歌菜が沈んだ顔で言う。
「あらあら。大丈夫ですよ。羽純さんは、ちゃんと歌菜さんのことを思っておりますわ」
「うん……」
 フィリシアは優しく、歌菜の肩を抱いた。
「……オレがおかしいのか?」
 ジェイコブは誰に言うでもなく、そう呟いた。



「ですが、お姉さまは『賢者の石』のために、家族をも捨てようとしております! 優しく、思いやりがあったお姉さまが変貌していくのを、わたくしはこれ以上見たくないのです!」

 アリスの演技は、ちょうど物語の佳境だった。が、台詞が数ページにまたがっているのか、アリスはページをめくろうとするが、違うページを開いてしまったらしい。元のページに戻そうと、少し慌てて紙をめくる。


「それは私とて承知している。だが、『賢者の石』は我らシャルロ家の悲願でもあるのだ」


 どこからか少し高い声が響いた。アリス、そして、舞台を見学していたメンバーも、視線を声のしたほうへと動かす。
 リーナが脚本すら手に取らず、ゆっくりとアリスの元へと歩み寄っていた。
「あ、あの、」
「次。あなたの台詞よ」
「あ、はい。『お父様はそんな、あるかどうかも存在しないもののために家族をバラバラにする気ですか』」
「感情がこもってないわ。もう一度、前の台詞からやり直すわよ」
 リーナは言い、少しだけ後ろに下がる。
「あ、あの、リーナさん、お疲れなのでは……」
 その背中に、アリスは静かに声をかけた。
「疲れているわよ。だから早く、納得のできる演技ができるまで、やるわよ」
 そういって、リーナは台詞を口にし始めた。
「……はい」
 アリスは少しだけ笑みを浮かべ、すう、と息を吸って演技を始めた。その後のリーナは、台本すら見ずに、アリスの演じているキャラの父親の演技を、見事に演じた。
「………………」
 その様子を、歌菜たちは静かに見つめていた。
「悪い人では、なさそうだよね」
 歌菜は静かに呟いた。フィリシアやジェイコブ、灯も、同じ思いだった。





「それでは、今の状況を説明します」
 そして、本番の前日となった。
 メンバーたちは会議室のような一室に、全員が集まっている。
 ホワイトボードのようなものの前に立ち水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が声を上げると、皆が表情を引き締める。
「……どうした?」
「ううん、気にしないで」
 そんな中、歌菜は羽純の腕に手を回していた。灯とフィリシアがふふふ、と小さく笑みを浮かべた。
「虱潰しよりマシだと思って、オレ、犬に連絡して、いろいろ調べて貰ったんだ」
 ジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)は机の上に一枚の大きな紙を広げ、口にする。
 それは、この建物の詳細の見取り図だった。
「ポチは、元気だと言っておりましたか?」
 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は言う。
「あ、うん。元気だったよ。とりあえず、旅を満喫しているみたい」
「そうですか……」
 フレンディス耳と尻尾をへにょりとして答えた。どことなく、寂しそうだ。
 ポチの助はいろいろあって、家出中だ。飼い主と一緒にいたらなにかと甘えてしまうから、などの理由を口にしていたので、飼い主であるフレンディスたちが嫌いというわけではなさそうだが。
「えっと、この見取り図を元に調査しました。見てください」
 ゆかりはホワイトボードに張られた、一枚の紙を指差す。
「出入り口は二つです。正面の入り口と、そして、建物の裏に当たる、搬入口です。舞台関係者用の通用口もありますが、それは搬入口の隣にありますので、実質的に、この建物に入るにはその二箇所のみと言っていいでしょう。
「通気口とか、そういうのもないのか?」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が口を開く。ゆかりは小さく首を横に振り、
「人が通れるような場所は全てジェイコブさん、フィリシアさんに調べてもらいました。外からの進入は不可能です」


「……こちらジェイコブ、問題はない。ねずみが一匹いるだけだ……うーん、一度言ってみたかった」
『あなた。それ、侵入者がいるっていうフラグですよ?』
「そうか?」


「今回、テロ予告があったことは結構大々的に公開されています。正面の入り口には、金属探知機などを設置する予定です」
「なら、正面からの進入は無理そうだね」
 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が見取り図を見て言う。
「それと、念のため、正面入り口を見渡せる位置に狙撃手を配備予定です」
「それについても、オレが調べておいた」
 ジェイコブが周辺の地図を取り出した。
「この周りだと、一番高いビルはこの建物の正面の建物だ。この建物の、この位置に狙撃手を配備すれば、周囲はほとんどカバーできる」
 地図を一箇所ずつ、指差しながら言う。
「では、当日はそこに何人か配備しましょう。これで、正面のカバーは完璧ですね」
 ゆかりは周辺地図を眺めながら言った。
「となると、注意すべきは裏口――搬入口か」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が言葉を続ける。
「でもね、後ろの搬入口について調べてみたの。そもそも、本番に大道具に搬入予定はないわ」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がホワイトボードの前に立った。
「問題は、舞台開演のお祝いの花とかが、後ろの搬入口から運ばれてくるってこと。とはいえ、それは『誰が』届けたのかは明白だから、そこに爆弾が紛れているって言うのは考えにくいわね」
「時間とかも決まってないから、届け主に内緒で爆弾を忍ばせておく、というのも考えづらいのよ。可能性があるとしたら、配送業者ね」
 セレンの言葉に、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も続ける。
「搬入口は舞台初日、朝から監視をつけることになりました。当日に来るメンバーと合わせて、最低でも常時四、五人は見張りについてもらいます」
 ゆかりがそう言って、リストを見せる。
「となると、だ」
「ああ。大きな疑問が浮かぶな」
 ジェイコブが言い、羽純も言葉を重ねる。ゆかり、そして、セレンにセレアナも、こくりと頷いた。


「『どこから』爆弾を運ぶ気なんだ?」


 その言葉を口にしたのは武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)だった。皆が、同じことを考えた。
「前のレース場のときは、レース開催の前日に予告状が来た。でも、今回は違う。当日、爆弾を運び込むのはまず無理でしょう。金属探知機は抜けられても、私たち全員が見逃す可能性は限りなく低い」
 ゆかりの言葉に、場が沈黙する。
「劇団内部に、内通者がいるという可能性はありませぬか?」
 フレンディスが沈黙を破った。
「確かにな。劇団内部に怪しい動きをするやつとか、あるいは、劇団自体に恨みを持った人間がいないとも限らないのではないか?」
 武神 雅(たけがみ・みやび)がそれに続く。
「それに関しても調べました。劇団員の間には金銭トラブルなどもありませんし、入団して間もないスタッフなどもおりません。以前のそういったトラブルがあったかについても、有力な手がかりはありませんでした」
 あまり間を置かずに、フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)が言った。
「内通者がいる可能性は、低いってわけだな」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が腕を組んで口にした。
「それに、あたしたちはちゃんと、劇団員の動きも見ていたからね。途中抜け出したりとか、変な電話したりとか、そういうことした人は皆無だった」
 セレンが肩をすくめて言う。
「となると、内通者の線はなしと見ていいのかな」
 羽純が言う。
「となると、当日に爆弾を持ち込むための、よほど綿密な計画があるのか、それとも、」
 ジェイコブが言いかけた言葉を、


「爆弾テロ自体が、フェイクか」


 ゆかりが、言葉を続けた。
「前回、レース場での事件については、どうなのです?」
 ゆかりがセレンのほうを向く。
「はい、えっと、前回の主犯の連中に関しては、過激な思想や背景については、正直、なにもわからなかったです。ただ、よく郊外のダンスバーに通っていて、そこ、以前クスリで摘発者が出たような怪しい店なんです」
「そこに足しげく通って、その最中に危ない人に会って、なにも知らずに利用された、という感じでしょう。現に、あのレースが終わったら金持ちになる、みたいなことは、口にしていたようです」
 セレンとセレアナが、ゆかりに向かって言った。
「今回招待されるメンバーに関しては?」
 マリエッタが言う。
「彼らが標的にである可能性は否定し切れませんね」
 セレンはそれだけを口にし、セレアナに目配せする。セレアナはこほんと咳払いをし、口を開いた。
「今回の招待客の中に、ちょっと怪しい人たちがいるんです。というのも、主にスポンサーの企業の重鎮などが招待されているのですが、前の飛行艇レース場のテロで評判を落とした会社に代わって、ここ数ヶ月の間に台頭してきた会社が、いくつかスポンサーになっているんですよ」
 言って、セレアナはリストを見せた。
「建設会社、警備会社、芸能プロダクションに、照明とか街頭とか、そういうのを整備している会社まである」
 リストを見て涼介が感心する。
「芸能プロダクションは、なんで?」
 アリアクルスイドが聞くと、
「前回の事件でテロ側だった、カイザーとか、ロイとか。あの人たち、芸能プロダクションとも契約してたのよ。雑誌の表紙とかで、載ってたこともあるみたい」
 セレンが答える。
「このリストから、どういう推理を立てますか?」
 ゆかりはセレアナに聞く。セレアナは【ナゾ究明】によって導きだしていた答えを、少しだけ間を置いて口にした。
「今回招待された人の中に、テロリストの仲間がいる」
 場に沈黙が走った。
「ま、社会的に権力を持っているのなら、あり得るな」
 ジェイコブが腕を組んで言う。
「テロの仲間で、裏切りがあったりとか、縄張り争いがあった可能性もありますね」
 フィリシアもそう口にした。
「ですが、会場への爆弾持ち込みは不可能ですね。案内されているとはいえ、検査は受けてもらいますから」
 灯は軽くあごに手を当てて言う。
「そうですね……そちらにも監視が必要かもしれません」
 言って、ゆかりは手元のノートにさらさらとメモを走らせた。
「マリー、ラボでの事件は?」
「こっちも、あまり手がかりはないね」
 続けて出たゆかりの質問に、マリエッタが答える。
「盗まれたのは、『賢者の石』の、まあ、ある意味パチモン、『賢者の邪石』っていうふうに教授が言っているものに関する資料だ、ということしかわからないよ。こっちの件と、関わりがあるのかどうかもわからない」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が詳細を口にする。隣に立っていたアゾートも、頷いた。
「つまりはなんの手がかりもないということか」
 牙竜が息を吐き、言う。
「圧倒的な力……もしかしたら、蜃気楼と繋がりのある話だと思ったんだけどな」
「愚弟は例の女に会いたいのだろう。セイニィという嫁もいるというのに、まったく」
 息を吐いてそう口にする牙竜に対し、雅が言う。
「ああそうだ。……って、みやねぇ、その言い方はいろいろと問題がある」
 突っ込む。「ん? そうか?」といって雅は軽く笑みを浮かべたあとに、息を吐いて真剣な表情を浮かべた。
「例の女……それと、蜃気楼。それに関しても、なにも出てこなかったよ」
 その真剣なまなざしを牙竜に向け、口にする。
「こちらでも調べました。でも、なんの情報も出てきませんでした」
 ゆかりもそう口にした。
「それに、その件に関しても、今回の事件と関係しているかわかりません。頭の片隅に留めておくようにする形でいいでしょう」
 続けて言う。皆もそうだと頷いた。
「当日は人員も増えます。万全での警備です。テロでもなんでも、発生させるわけには行きません。皆さん、しっかり気を引き締めて、頑張っていきましょう」
 最後にそのように言葉を締め、当日の大まかなスケジュールと人員の配置などを書いた紙を皆に配る。
 そうやって緊張が解けたあたりに、ドアがノックされた。
「いいかしら」
 声はリーナのものだ。「どうぞ」とドアの近くにいた灯が扉を開けると、舞台での衣装に身を包んだリーナがそこに立っていた。
「話し合いは終わった?」
「ちょうど今ね。大丈夫。明日の舞台は絶対に成功するよ!」
 ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)がぐっと拳を握って言う。
「もちろんよ。絶対に成功させるわ。テロなんかに邪魔されてたまるもんですか」
 リーナは言う。その顔色は少し青みがかっていて、頬も少しやつれて見える。
「あなた、ちょっと根つめすぎじゃないの? ちゃんと食べてる?」
 セレアナがその顔を見て口にする。
「心配ないわ。役作りなの」
 リーナは小さくそう返したが、
「あの、リーナさん!」
 歌菜が前に出て、小さな袋を彼女に渡した。
「クッキー、なんですけど……カロリーとか、やっぱり気になります?」
「………………」
 袋の中には小ぶりのクッキーが入っている。リーナはそれをしばらく見つめ、ゆっくりと袋の中に手を入れると、一枚を手に取り、静かに口の中に含んだ。
「……おいしいわ、とても」
 言うと、歌菜が笑みを浮かべた。
「前はごめんなさい。その、美味しそうなサイドイッチだったのに……私、食べるとすぐ太るのよ」
 後半はごにょごにょと、恥ずかしそうに言う。
「なんなら、また作って持って行きますよ」
「そう? ありがとう」
 リーナは言って、笑みを浮かべた。
「……明日の舞台、アリスにとって、最初の晴れ舞台なの」
 一枚のクッキーを食べ終え、彼女は小さく語り始めた。
「ずっと控えだったあの子が、今回大抜擢されたのよ。その、最初の舞台なの。心に残る舞台なの。絶対に、邪魔されたくないのよ」
 ふう、と小さく息を吐く。
「だから……明日はその……よろしく、お願いします」
 言って、リーナは軽く頭を下げる。
「大丈夫ですよ、リーナさん」
 ゆかりが彼女の前に立って、口を開く。
「ここに集まったのはプロ中のプロです。明日にはもっと人が来ます。絶対に、舞台を中止にさせるような真似はさせません」
 ゆかりは皆が心に思っていることを、素直に言葉にしてくれた。皆の表情が引きしまる。
「……ありがとう」
 リーナは頷いて、軽く笑みを浮かべた。
「これから通しで稽古なの。その……もしよかったら、見に来て。意見とかも、聞きたいから」
 そう言って、リーナは少し早足で部屋から出て行く。
「そんな時間か」
 羽純もまた、部屋から出た。
「じゃあ、今日はこのくらいにしましょう。明日、追加のメンバーと一緒にまた一度会議を開くから、なにかあったら、そのときに報告を」
 ゆかりが最後に締めて、その場は解散になった。


 それからは特にやることもなかったので、皆で舞台の通し稽古を見学させてもらった。
 舞台は二時間ほどの舞台で、音楽も、照明も、かなり本格的なものだ。
 ストーリーは、『賢者の石』を作り上げるという使命をもった家の話だ。
 姉は両親が科学者をする傍らで作り上げようとした『賢者の石』を、両親の遺志を継ぎ、作ろうとする。
 が、その願望は欲望へと変わってゆく。「奇跡の石」がもたらす富と財力、永遠の命、永遠の美。
 石を作るために家族を捨て、友人を捨て、いろいろなものをないがしろにしてゆく。
 それを見かねた妹が姉を止めようし……最後には身を投げる。
 そんな、悲劇だった。


「いい話です〜」
 フレンディスはぼろぼろと涙を流す。ベルクが息を吐いてハンカチを渡していた。
「アゾートは、あんなふうにはならないでね」
「ならないよ……確かにまあ、『賢者の石』を作るのは、ボクの悲願ではあるから。リーナさんの演じるキャラの気持ちはわからないでもないけど」
 ルカルカの言葉にアゾートはそう答える。
「でも、あんなふうにすべてを捨ててまで、っていうのは、ちょっとな」
 続けて口にした言葉に、ルカルカが、
「ふーん、ちょっと意外」
 と言った。「うん?」と、アゾートは聞き返す。
「ちょっと前のアゾートだったら、『賢者の石』のためならなんでもするー、みたいな感じだった気がするんだよね。だから、ちょっと危うさと言うか、そんなようなもの、感じてた時期があったんだ」
「いつの話だよ……さすがにもうそんなことは思ってないよ」
 アゾートはちょっとだけ視線を逸らし、
「いろいろ、あったからね。友達、っていうのかな。ボクのことを気にかけてくれる人や、想ってくれる人が、今はいっぱいいるから。『賢者の石』は悲願だけど、でも、そういう、ボクの心の中にある大切なものを捨ててまで、とか、そういう発想にはならないな」
 ちょっとだけ恥ずかしそうに、そんなことを言う。
 アゾートが横目でルカルカを見ると、ルカルカはちょっときらきらした目でアゾートを見ていた。
「もちろん、ルカもそういう中のひとり、だからね」
「うん!」
 アゾートの言葉に、ルカルカは嬉しそうに笑う。
「『賢者の石』、作れるといいね」
「そうだね。そのときは、真っ先にルカに教えるから」
「楽しみにしておくー」
 そう言って、ルカルカはアゾートの手を握った。アゾートは小さく、手を握り返してきた。
 


「アリスちゃん、よかったですよ! 最高でした!」
「素晴らしかったです」
 美緒とラナが、稽古が終わったアリスに駆け寄る。アリスはありがとうございます、と答えた。
 そんなアリスの肩を叩き、リーナが「今日の感じでいいわ。あとはゆっくり休みなさい」と言い、そのまま去っていった。
「リーナさん、その、ありがとうございます!」
 アリスが頭を下げて言う。ニーナは振り返らず、そのまま立ち去った。
「いい先輩だ」
 ジェイコブが言う。
「……はい。リーナさんは、とても真面目で、まっすぐなんです。わたしの、憧れです」
 アリスは胸元で手を握って言う。
「さて、と。こんな舞台を見せられたら、ますます邪魔されたくないよね」
 アリエッタが言った。
「もちろんだよ! 明日は絶対、爆弾テロだろうがなんだろうが、防ぐんだからね!」
 アリアクルスイドも、握りこぶしを作って言う。
「羽純くんの晴れ舞台だね。お赤飯作る?」
「いや見てたろ。俺の出番は何秒かしかないから」
 歌菜と羽純も言って笑った。
「みんなの言うとおりです。明日は絶対に、この舞台を無事に始められるよう、頑張りましょう」
 最後にゆかりが言った。「おーっ!」という掛け声が響いた。近くにいた劇団員のメンバーも、声を上げていた。