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テロリストブレイク ~潜入の巻き~

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テロリストブレイク ~潜入の巻き~

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2.愛ゆえに降ろす大儀


 外部での戦いが始まるしばし前、潜入部隊の行動はとっくに始まっていた。
「潜入までは、うまくいきましたね」
 落ち着いた様子で、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は部下として引率している雪、楓、月代の三人のくノ一に声をかけた。
 三人はそれぞれ違ったテンポで頷く。緊張した様子は無く、これなら立派に仕事を果たしてくれそうだ。
 相手が変態の集団であっても、潜入隠密行動に気の抜けた空気で挑むわけにはいかない。
「紫月先輩、前方に」
 後輩ちゃんの一人、雪が何かを察知する。
「罠か」
 この辺りには人の気配はない。来る途中に入念に設置された鳴り子があったが、それを超えて以来罠らしい罠は無かった。そろそろ本番という事か、と引き締め直そうとした気持ちを、雪が発見した罠がへし折りにかかった。
 ざると、バナナと、棒と、紐が置かれていた。
「……凶悪な罠が仕掛けられている可能性があるって話でしたね」
 何がヒドイと言えば、棒から繋がった紐が途中で途切れている事だ。これでは、獲物がバナナに食いついたとしても、ざるがかぶさる事は無い。
 まだネズミ捕りの方が有能だ。
「もしかしたら、私達の気を引くためのものかもしれません」
 月代の言葉には一理ある。
 このアホ臭いトラップに注意を引かせて、本命を隠している。
 考える方も間抜けであれば、かかってしまう被害者も間抜けであり、誰も幸せにならないトラップだ。
「周囲を探索します」
 テキパキと行動する後輩ちゃん達に、唯斗は手を貸さずに任せた。
 思った通り、十分近くを無駄に浪費しただけで、特に何も見つからなかった。



「ふぅー、一人も逃がしてないな」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)は一度ぐるりと周りを見渡した。
 板間の中央に立つ垂の周囲には、大量のテロリストが思い思いの形で床に転がっていた。
「大勢で取り囲んできたわりにはあっけなかったなー」
 堂々と廊下を歩いて中心に向かっていた垂に対して、テロリストは集団で包囲し、彼女を捕縛しようと試みた。
 そうなったのは、垂が女性だったからだ。
 のこのこと一人でやってきた間抜けに、現実の厳しさを教えてやろうとして、逆に彼らは現実の非情さを存分に味わったのである。
「……外が騒がしくなってきたな」
 外の喧騒が城の中にも届く。
 怒号や爆発音、それに歌声、歌声の主に対する合いの手、なんだか楽しそうだ。
「ん?」
 視界の端でもぞもぞと動くものを見つけ、視線をそちらに向ける。少し前に殴り倒した変態の一人が、目を覚ましたようだ。
「ふーんふふふーん」
 鼻歌、だろうか。
 ボロ雑巾と化したテロリストからは、その状況にそぐわない明るくてノリのよさそうな鼻歌だった。
「ふふふーん、ふふーんんんー♪」
「うおっ」
 しかも一人ではない。
 一人、また一人と、鼻歌を歌いながら動き出す。
 その光景は、打ち捨てられた大量の死体がゾンビとなって動き出す様を嫌でも想像させる。
 最も、ゾンビなんて何するものぞ、という豪傑が中心に立っているのだが、それはともかくである。
 じわじわと鼻歌は伝染していき、そして数が揃って恥ずかしさが軽減されたのか、鼻歌からちゃんとした歌になっていった。
 その歌は、まさしく外から聞こえてくるものと同じものだった。
 外の曲が終わると、同時にこちらも静寂が帰ってくる。
 垂は様子を窺った。最初と同じ取り囲まれる形だが、最初の時とは空気が違う。真剣というか本気というか、空気が張り詰めているのを肌で感じる。
「なんなんだ、一体」
 垂の問いに答えるように、一人が一歩前に出た。
「お前ら、行くぞ!」
 勇ましい声と共に、彼らは懐に手をいれると、何かを取り出した。
 光っているそれが、サイリウムだと垂が判断した時には彼らは動き出していた。
「こんなところで寝そべってる場合じゃねぇ!」
 両手にサイリウムを掲げ、駆け出した彼らは、垂にちらりとも視線を向ける事なく横をすり抜け、既に穴が空いていた障子を突き破った。
 ばっと開ける視界の先では、戦場の只中で行われているコンサートの様子が見える。
「会員番号二桁の俺達にゲリラライブの情報が来てないってどういう事だぁぁぁぁぁ!」
「うおおおおおおおおおおお!」
「あの素人カメラなんて持ち込んでやがるぞ、説教だぁぁぁぁ!」
「ひゃっほう! Aチームだぁぁぁ!」
「待っててね、今行くからぁぁぁあああ!」
 彼らは空へとその身を投げ出した。
 そして、構えたまま呆然としている垂を残して、誰もいなくなった。



「ま、蓋を開けてみればこんなもんじゃのぅ」
 辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は慌しく作業を進めているテロリスト技術者達を眺めていた。
 パンツを降らすためのミサイルの調整は今になっても終わっておらず、現場の彼らは一秒も惜しむかのように走り回っている。
 事前の準備と潤沢な資金があればこうも切羽詰ったりはしないのだろうが、時間と金は正規軍だって悩みの種。ましてテロリストである彼らにとっては腫瘍といってもいいだろう。
 かくしてせっせと自分達で掲げた理想のためにまい進する彼らは、それはそれでひた向きであるとも言える。
 目的がパンツを得る事で、手段がパンツを降らす事でなければ、もう少しマシになるのだろうが、あまり雇い主を悪く言うわけにもいかない。
「……葦原の種馬忍者よりましかのぉ」
 いくら頭のネジが吹き飛んでしまった変態の集団であっても、雇った人間のパンツは要求しないようだ。分別はあるという事らしい。もう少し真っ当に生きてみたらどうだろうか。
「しかし、随分と静かじゃ……」
 外では既に戦闘が始まってる様子だが、今のところ内部には何の動きも無いようだ。要所要所に鳴り子を仕掛けてあるのだが、反応は無い。
「正面戦力だけで十分と判断しているのでしょうか」
 女王・蜂(くいーん・びー)の言葉にはあまり心が篭っていない様子だ。本人もそんな事は無いだろうと思っているし、刹那もまた同じく、必ず侵入者がくると考えている。
 であればこそ、自分はこうして雇われているのだ。
 使い古した大量の汚物と、それを送り届けるミサイルは切り札ではあるが、同時にそれが最大の弱点でもある。特にパンツは臭いがキツイ事を除けばただの布である、処理も簡単だ。
「外ノ様子ヲ偵察シテ来マショウカ?」
 イブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)が提案する。残念ながら、映像などでこの場で外の様子を窺う手段は無いのだ。
「その必要は無いようじゃ」
 刹那はそう言いながら耳を澄ませるよう二人に合図を送る。一拍遅れて、鳴り子の音が遠くから近づいてきた。

「いったーい!」
 膝小僧を抑えながら、及川 翠(おいかわ・みどり)は大声で叫んだ。
 不意に何かに足を取られ、膝を強打したのだ。顔面は咄嗟の受身で何とか守られた。
 この大声によって、近くの鳴り子の音は見事に隠され、たりなんかはしておらず、あからさまな音はすぐさまミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)に警戒をさせる。
「トラップ……いえ、警報装置ね」
 鳴り子は音を出すための部位を紐で繋ぎ、紐に誰かが接触した際に音を鳴らして何者かの接近を知らせる。翠の足へのダメージは、残念ながら意図したものではなく、彼女の不注意に原因が大きい。
「罠が仕掛けられてるって事は、誰かいるんだよね!」
 わくわくした様子のサリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)
「わざわざこんなものを用意する、用心深い先人がね」
 名古屋 宗園(なごや・そうえん)は、翠が足を引っ掛けた紐を掴み、何度も引っ張った。中々いい音が響く、丁寧な仕事がなされているようだ。
「わざわざ何度も鳴らさなくっても」
「いいじゃない。そろそろ飽きてきたし、案内してくれる人欲しいでしょ?」
「お城だから、やっぱり侍かな。こう鎧武者、みたいな感じの」
 そう、彼女達はここが変態の巣窟であるなどと微塵も思っていない。あのテロリストの大胆な要求についても、全く知りもしないのだ。
 ただ、ハイナに呼び出されて、来る途中でダンボールがこの城に入ってくのを見て、「ちょっと寄り道してこっか」と探索を開始したのである。
 和風のお城に入るチャンスなんて滅多に無いので、せっかくだから銃型HCのマッピング機能でマップを埋めていこう。という、マッパーの鏡のような目的を掲げている。例え罠があるとわかっていても、一面ダークゾーンで何も見えなくても、マップは踏んで埋めるものなのだ。
 鳴り子が響いてから五分も立たないうちに、ドタドタとした足音と「曲者だ」「曲者が出たぞ」と仲間を呼ぶ声が廊下の奥から聞こえてくる。
「女?」「子供?」「曲者は女ぞ」「女ならばパンツを差し出すのであれば許してやろう」
 誰がリーダーか決まってないのか、ドタドタと現れた一団は思い思いの言葉を口にして賑やかになった。
「うわぁ……変態さんだ」
 サリアはあんぐりと口を開いてしまった。
 ピンク色のビキニアーマーを装備し、頭部には顔を隠すためか銀色のバケツを被った集団が現れたのだ。
「待て、どうも様子が変だぞ、迷い込んだのかもしれん」
 変態の一人が、そう言い出した。
 呆然とする翠達に、彼らは敵意を感じ取る事ができなかったのである。随分と増改築を繰り返していたらしい古城は、テロリスト達といえども完全に制圧しているわけではなく、何者かが迷い込む事もおかしい事ではない。
「なるほど、一理ある」
 うなずくとバケツが鎧に当たってうるさい。
「では、交渉は私がしよう。お嬢さん達、どうしてこんな危ないところにいるんだい? もし道に迷っているのならば、出口まで案内してあげよう。なに、我々は怪しいものではないから安心して欲しい。不要だが……もしも我らの行為に恩義を感じるのであれば、よろしければその身につけてる下着をば―――」
「変態さんは……ダメなの〜っ!」
 ゴッ。
 紳士的な変態は、ハンマーによって土壁にめり込むオブジェとなった。
 呆然としていた翠は変態が近づいてきたので咄嗟に殴ったわけだが、特別おかしな事はしていない。当然の反応である。
「やはり敵ではないか。くそう、魂の兄弟をよくも!」
 わーっと声をあげて変態達が襲い掛かった。だが、間合いに入ればハンマーで壁に埋め込まれ、間合いに入る前にサリアに撃ち抜かれて倒れた。ミリアと宗園は特に何もしないうちに、変態テロリストは壊滅した。
「ぐぬぬ……我らでは力が足りぬというのか」
「こうなったら、先生、先生!」
 まだ息のある変態達が、口々に「先生、どうかお力を」と口にする。
 まだ誰か敵がいるのか、と翠が警戒する。少しして、暗がりから刹那が姿を現した。
「全く、ああも警戒されたら不意打ちも何もあったものではないのぅ」
 不服そうな刹那は、真っ直ぐ四人の前に進む。途中何人かの変態が踏まれては「ありがとうございます、先生」という声がしていた。刹那は不服そうだった。
 隠れ身からの不意打ちで仕留めるというのが刹那の当初の作戦だった。だが、「先生、先生!」と呼び出されてしまえば、例え不意打ち自体は行えても、成功率はがくっと落ちる。
 であればと堂々と姿を現して見せるが、女王・蜂とイプの二人は身を隠しており、不意打ちは可能だ。すなわち、油断を誘うための行動である。
「……」
 さて次の一手はどのタイミングにするか。
 機動力で翻弄し、注意を完全に引き付けるのが上策か、などと考えてる最中に、敵パーティは仲間割れを始めた。
 仲間割れを始めた。
「変態さんは撲滅なの!」
 ブオンを振り回されるハンマーを、宗園は大きく跳躍して回避する。ふわりと風にひらめくスカートからは、本来見えるはずの下着が見えない。
「だって、欲しいって言ってるんだから、あげちゃってもいいじゃないの」
「私がちょっと目を離した隙に……っ」
「変態は撲滅だよね!」
 身内で盛り上がる四人を半眼で眺める刹那。
「うむ、ここは片付いたな」
 間もなくそう結論を出して、負傷者を残して撤退した。