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【アガルタ】御主の企み、巡屋の葛藤

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【アガルタ】御主の企み、巡屋の葛藤
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リアクション


●背中を押す手は幾千●


 眩しくて眩しくてしょうがない。
 このままでは触れることはおろか近づくことさえ出来ない。
 ならば、ならば――


 引き摺り下ろそう、自分のところまで。
 遠くから見守ろう、自分が要らなくなるまで。



「ふーん、これが……」
 じろじろじろ。
 そんな擬音語が周囲を飛び交っていそうなほどにハーリーを見ているのはラブ・リトル(らぶ・りとる)
「へー。これがジャパニーズヤクザ……じゃなかったアガルタヤクザなのねー!
あたし始めて見たわ!」
 いきなりそんなことを言われ、さすがのハーリーも目を丸くした。
「えっと、お前は」
「お前なんて失礼ね。あ、でもアガルタは初だし、大目に見てあげる」
「はぁ、それはどうも」
「じゃあ改めて……はろはろ〜ん♪
 シャンバラ教導団でもNo1アイドルのラブちゃんよ〜♪」
 元気よく、自分のペースのまま名乗るラブだが、No1アイドルのあとには(自称)が入る。
「あなたあれなんでしょ? ドロドロの三角関係で愛憎にまみれた血みどろの事件の真っ最中なんでしょ?!
 ね! ね! ドラマみたいな展開の真っ只中にいるのはどーいう気持」
「ラブ、少し口を慎むといい」
 そんなラブの口を止めさせたのはコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)。ラブの身体をひょいと掴みあげる。
「ちょっとハーティオン、なんでつまむのよ。
 なんで口が悪いのかって……なによ、皆聞きたい事をあたしが聞いて上げてるだけじゃんー!」
「そもそも彼はアガルタの代表だ。ヤクザではない」
「そうなの? まあいいじゃない。
 ほらハーリーだって何聞かれたってオッケーって感じよね〜? ……あ、目が冷たい」
 もう何を言っても無駄だと判断したハーティオンは、摘み上げたままラブをハーリーから離し、通りかかった小物屋の前でラブを下ろした。
「あら、これなかなかいいわね」
 意識が別へ移動したのを確認した後、再び戻ってきた。

「……すまない」
「いや、静かよりは賑やかな方がいいさ……見てる分には」
「本当にすまない」
 やや疲れた顔のハーリーに謝罪をする。その後はまた黙り込んで護衛を続けるハーティオンに、ハーリーが静かに聞く。
「……お前は、何も聞かないんだな」
「ん、そうだな、私は特に何も君に聞く事は無い。
 この場所で起きている最低限の事件の知識はインプットしたつもりだが私はあくまで君を守る為にやって来ただけだ。
 私は私の全力を尽くす。
 君を守る。
 それが、この事件のおける私の役割だと思っている」
 ぶれない、真っ直ぐな、それでいてシンプルな言葉に、ハーリーは眩しいものを見る目でハーティオンを見上げた。
「強いな」
「そうだろうか。
 君は君の全力を尽くしているように見える。その論理でいくと君も強いことになるな」
「俺は――」
「むっ危ない!」
 ハーティオンが言葉を遮り、ハーリーの前に立ち塞がり、甲高い音が響く。ハーティオンの固い鎧にはじかれ地面を転がるのは、ナイフ。
 刃先には、液体が塗られていた。
「おい、大丈夫か?」
「問題ない。それより相手は――あちらか」
 すでに犯人は逃走を始めていた。ハーティオンは追いかけるよりもハーリーの周囲を警戒しようと周囲を見渡し、
「悪い、頼みがある」
 ハーリーにその動きを阻害された。

「あいつのあとを追ってくれ。俺は、そこに行かなくちゃならない。その場にいなくちゃならないんだ」


* * * * * * * * * *



「フハハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)! 
 ここから先へは行かさんぞ!」
 悪世へと向かっていたヨルディアは、白衣の男に行方を塞がれていた。ハデスの後ろには、彼の部下らしき姿も見える。
「お姉様!」
「……ちっ。さすがにこれ以上は」
 応援は難しい。御主組は構成員の数は少ない方だが、たった4人のヨルディアたちよりははるかに多い。しかも全員が歴戦の戦士。さすがの宵一でも、彼ら全員を抑えた上でハデスたちをも抑えるのは不可能だ。
(ならわたくしがやるしかありませんわね)
 ヨルディアは歌姫の戦ネギ『零式』を握り締めた。
 
「さあ、行くのだ、我が部下の戦闘員たちよ!」
 ハデスが部下達へと指示を出す。その部下達もまた、雑魚と言い捨てるには強く、10人以上いるとなれば、厳しい。
(ククク。悪世の目的を果たしたあと、アガルタをいただくとしよう!
 ……ふむ。悪世に何かあっては、今後の御主組との協力関係を結ぶことができんからな。
念のため、予防措置をとらせてもらおうか)
 プロフィラクセスをもちい、悪世に何かあったときのために備えておく。
 ハデスにはハデスなりの目的が在るため、中々本腰を入れているようだ。
 順調に部下達が相手を押して行っているのに満足げに頷いたハデスは、もう一人の部下? を呼んだ。呼びかけに応じたのは少女。

「ではそろそろ終わらせるか。
 ペルセポネよ!
 パワードスーツのリミッター解除を許可する!
 全力で敵を排除せよ!」
「了解しました、ハデス先生っ!
 機晶変身っ!」
 元気よく返事をしたペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)が叫ぶと、今まで彼女が身につけていた制服が輝き、いや。光の粒子となって消えうせ、ブレスレットから呼び出されたパワードスーツが装着された。
 そしてキッと前を向いたペルセポネは、ビームブレードを地面に突き立て、駆け寄ろうとしたヨルディアの足元に炎の柱を出現させ、足止めする。
 中々前へと進めないヨルディアだったが、そんな折に一人の男が地に降り立った。

「さーて、悪い子を捕まえましょうかねぇ」
 狐の面を被った男の正体は、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)。やれやれ、と少し肩をすくめている。

(どいつもこいつも馬鹿ばっかだけどよ。
 悪世の嬢ちゃんはちとやり過ぎだ。理由は何となく予想は出来てるが、確証がねーしなー)
 邪魔をしようとした組員を拳で黙らせ、視線は悪世から動かさない。
 悪世は、面白がった表情を浮かべているだけで、何も変わらない。
 ちらとだけ唯斗は後ろを気にした。幾人かの気配を感じ取る。

(ま、なんにせよキッチリ捕まえねーとだな。
 ちと骨が折れそうだが、こっちに向かってるハーリーの奴を死なせるわけにもいかんし、なんだかんだで世話になってる身だしな)
 ふうっと息を吐き出し、ぐぐっと脚に力を込める。そして一気に加速。戦場を駆け抜ける。
 狙いは悪世ただ一人。この人数を相手に出来ないという判断だろう。

 しかし、すぐさま気付いたハデスがペルセポネに指示を出す。

「ペルセポネよ。悪世の元へ向かえ」
「はい! 悪世さん、私が敵からお守りしますっ!」
 振り下ろされた刀は、ペルセポネのスーツで受け止められる。
「ぐぐぅっ」
 しかしながら重たいその一撃に、ペルセポネが膝を着いた。唯斗はそのまま押し切ろうとしたが、足が止まった彼を周囲が見逃すわけはなく。

「ちぃっ」
 攻撃を避けるため、唯斗は一端後ろへ下がった。
(さすがにそう簡単にはいかない、か)
 悪世の周囲には部下達が自然体で警戒しており、悪世自身の構えにも油断は見えない。
 唯斗が一度下がったところで、敵からの攻撃が相次ぐ。
「よっと……ん〜、避けるだけなら問題ないんだけどな」
 やはりもう少し人手が欲しいところだ。人数がいれば、もぐりこみやすい。

 敵の意識がそれた隙に、ヨルディアが前へと進んだ。
 もちろんペルセポネがヨルディアの動きを許すわけは無いが、突如電子音が響いた。

『オーバーヒート発生、装甲を強制パージします』

 電子音はペルセポネのスーツから聞こえた。
 ここで一つ確認しておきたい。
 彼女が着ていた制服は光の粒子となった。そして何も身につけてないうえからスーツを着ていた。
 そしてその電子音の通りに装甲、スーツがパージされたなら……どうなるだろうか?

「ひゃ、ひゃあああっ」
 A、白い肌が外へとさらけ出される。

「むむっいかん」
 ハデスが冷静に声を上げる。たしかに危ない。年齢制限にひっかかります、ということをハデスが心配しているわけではなく。
 ペルセポネは、スーツがないと一般人並の戦闘能力しか持たないのだ。
「さすがだな。
 今日のところはこれまでとしておいてやろう! 撤退するぞ」
「まま、待ってください、先生! 服が」
 
 去っていくオリュンポス。

「…………」

 なんとも言えない空気があたりに漂った。
 くっ。さすがオリュンポス。
 シリアスな空気をここまでぶっ飛ばしていくとは……恐るべし。



* * * * * 仕切りなおし * * * * *




「おねえちゃん! それに、ヨルディアお姉さん?」
 美咲がその場について、驚いた。悪世がいることは知っていたが、なぜかヨルディアと対峙していて、ヨルディアの身に傷がついていて、そして多くのお主組の組員たちが倒れている。
「お姉さん、怪我が」
「お姉様、今癒しますみゅ」
 美咲は呆然と治療の光景を眺めた。
 そして御主の組員たちは、悪世の周囲にまで下がる。悪世が「待っていたわ」と優しい声音で話しかける。
 美咲は、つい駆け寄りそうになって、足を止めた。なぜヨルディアが傷ついているのか。傷つけたのは誰なのか。簡単に思い浮かんでしまったから。

「おねえちゃん、何してるんですか?」
「何って……見て分からない? お掃除よ。お・そ・う・じ」
「そうじ?」
 呆然としたまま、美咲は悪世の言葉を聞く。

「そう。この世に必要ないゴミを消してたところよ」
 
 何を彼女が言っているのか。美咲が理解するまで少し時間がかかった。
 悪世へと恐る恐る目を向ければ、美咲が今まで見たことのない冷たい目をしていた。

「あなたを含めたゴミを、ね」
「わた、わたし?」
「そうよ? というよりも、ようやくあなたを処理できる日がきたの。ああっ。どれだけこの日を待っていたことかしら」
 ちらと悪世の目が少し動く。美咲にその視線を追う余裕はなかったが、その視線の先には、ハーリーがいた。青い目が殺意を帯びて悪世に向けられているのに、悪世は居心地良さそうに身体を抱きしめた。
 そして綺麗に。綺麗に笑う。

「知ってるかしら? あなたの父親を殺したのは、私よ」

「……え?」
 ナニヲ 言ッテイルノダロウ コノ人ハ。
「そして部下達にあなたたちの家を襲撃させたのも私。御主組組長の、私」
 ふふっと自分を指差し、まるで親に褒めてもらいたがっている子どものような口調で言う。
「ずっと殺したいと思っていたんだけど、中々チャンスがなかったのよ。だから、あなたに感謝を述べたくてね」
「かん、しゃ」
 ナンデ?

「あなたがハーリーが日曜に遊びに来るって教えてくれたおかげで、会合の日が分かったのよ。本当に助かったわ。ありがとう」

 ぐるぐると言葉が美咲の頭の中で容赦なく回る。回って、回って、回って。
 唐突に、胸のうちに落ちてきた。ストンっと。受け止める準備も出来ず。

「あ、あああ。わた、わたし?」
「そうよ。あなたのおかげであなたの両親を殺せたの……なのに、なぜかあなたは別の人が情報をこぼしたって思い込んでるんだもの。笑えちゃって……あ、そのことでもお礼を言わなくてはね。
 あんなに笑えたのは久しぶりだもの」
 ふふふ、という悪意のある笑い声が響く。頭の中で。心の中で。

「ああっ本当に。今日は最高の日曜日ね。あなたにようやくお礼が言えたわ」

 声が耳に入ってこない。目を瞑る。耳を塞ぐ。脚から力が抜ける。
 なんと滑稽な話なんだろう。
 見当違いな人を恨み、憎しみ続けていたなんて。そのためにいろんな人を巻き込んだなんて……自分のせいで、両親や組員たちを失ったなんて。

「わたし、わたしは、わたしがっ」


 倒れそうになったその身体を、そっと支える手があった。そして別の手が耳を塞ぐ手を握る。そして別の手が、その身体を抱きしめる。

「目を開けて」
「耳を塞がないで」
「前を向いて」

 大丈夫だよ。

 優しい声。
 しかしそれでも目を開けられない美咲の耳に、聞きなれた。聞きなれすぎた声が耳に入る。


「お礼なら、あっしらからも言わせてもらいたい。ずっと隠れ続けていればいいものを、わざわざ捕まりに来てくれて、な」
 
 思わず美咲の目が開かれる。
 見知った背中たちが目の前に並んでいた。いつもいつも彼女を守ってくれる背中。

「ヤス?」
「すいやせん、お嬢。あっしは馬鹿だから。今も昔も、何が最良なのかは分かりません。ですが、あっしの……あっしらの願いは昔から変わってないんです」
 ヤスは振り向くことなく、ただ悪世の視線から守るように美咲の視界を遮っていた。

「ただ毎日、怒って、笑って、泣いて、喜んで。お嬢が、お嬢らしく生きられるなら……それで」

 そこでヤスは、わざとらしく少し笑った。

「ですが、そんなところにうずくまってるのは、あっしらの知ってるお嬢じゃねぇ」
 言いながら、ヤスは周囲の組員に指示を出しながら、御主組の組員たちへ飛び掛っていく。その背を追いかけるように、美咲の周囲にいた人たちも走っていく。
 彼女の横を通る時に、軽くその背を叩いてから。

 さあ、行っておいで。幕を引きに。



* * * * * * * * * *




 目の前に続いている直線の道。その先にいるのは、姉と慕った人物。
 自分へ向けられる視線には、悪意しかない。……どうしてそこまで自分を憎むのか。それは分からない。
 一歩進むだけで、憎悪に押しつぶされそうだった。
 いや、押しつぶされている。……自分ひとりでは。

(ああ、そうでした。誰かを信じるって、こういうことでした)
 そんなことを思い出し、見上げた空は快晴で……なんだか笑えた。

「私はあなたを許さない」
「そう」
 強い口調で言うと、悪世はなぜか目に期待をよぎらせた、ように見えた。
「あなたは私の大切な人たちを傷つけすぎた。だから」
 懐へと手を入れる。護身用にと渡された銃を手にした。そのまま銃口を向ければ、悪世は明らかに喜色の感情を表に出した。
(ああ、そうか。コノ人は)
 少しだけ、悪世の望みが分かった。どうしてか、までは分からなかったが。

 銃をもつ手に力を入れれば、何かが破裂したような強烈な音がした。耳と腕がひりひりする。

「……え?」
 悪世がきょとんとしているうちに距離をつめ、銃を持っていない手でその頬を叩いた。

「だから、しっかりとみなさんに謝って、たっぷり反省してください」

 今度その意味を理解できなかったのは、悪世のほうだった。

 コノ娘は何を言っているのだ。
 理解できない。理解できない。
 だが、その理解できないことが、自分に足りないものだということは分かった。

 全身が熱くなる。

 本能のままに剣を振るう。

「美咲ちゃん!」




「ふぅっ。ナイスファイト、お嬢ちゃん……いや。ナイス説教、か?」
 唯斗が美咲に声をかけた。
 彼の手は悪世の手を掴んでいた。どうやら悪世の意識が美咲だけに向けられている間に、気配を消して近づいていたようだ。部下達も周囲への対応に向かっていて、気付けば悪世は孤立していた。
 信頼できる人に囲まれた美咲と、人形しか周囲にいない悪世。
 今の状況は、対照的な2人をよく表していた。

 悪世は、それでもなんとか唯斗の手を外そうとしたが、

「な、力が、抜け……」
「あんたの力、封じさせてもらった。もう諦めな。これで――終わりだ」

 まあできればあとは。

「良い終わりが在らんことを、なんてな」