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海京の休日



「というのが、外宇宙探査プロジェクトの詳細です。ぜひ、特別予算を組んで資金援助を」
 天御柱学院の校長室で、十七夜 リオ(かなき・りお)コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)に伝えました。
 普通、こういうプレゼンテーションはプロジェクター資料などいろいろ用意するものですが、コリマ・ユカギールにとっては十七夜リオの頭の中をのぞけばいいだけのことですから、話は早いことになります。
『――ううむ、やりたいことは分かるが、現時点で大事な要素が抜けてはいないか? だいたいにして、外宇宙という考えも曖昧のようだが……』
 可愛いものでも見るように、コリマ・ユカギールがテレパシーで伝えてきました。
 イコンのリアクターはエネルギー源としてほぼ無尽蔵なのを利用して、惑星間航行、さらには恒星間航行を実現しようというのです。このへんは、十七夜リオのロマンですね。
 コアシステムとして使う物はヴァ―ミリオンになります。ツインリアクターシステムを装備していますので、イコンとしては十分な出力を持っていると思います。
 それらに、追加装備として諸々をつけ加えて、惑星間往還機にしようというのです。
「追加システムの管理は、専用AIを用意して、イコン自体の制御系とは切り離して考えます。トライ・アンド・エラーで順次改修していくことになると思いますので、テスト機としてのヴァーミリオンには潤沢な予算をつぎ込んで新型機とも言えるような大幅な改修を……」
 フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)が、十七夜リオの補足説明をします。かなりの長期展開を見越した計画のようですが、どんなプロジェクトも、発足時はそういうものです。
『――まあ、確かに、私の許可があればイコン単機での大気圏離脱は可能だが……』
 現時点では、未だにイコンの大気圏離脱はOSのプロテクトで禁止されていますが、コリマ・ユカギールの許可さえあれば可能です。これは、推進剤を必要としないイコンのフローターによる連続加速によって離脱するものです。風船が、ゆっくりと成層圏に登っていくようなものですね。
 火星程度の距離であれば物資的に可能でしょうが、いくら物資コンテナを積んだからといってイコンでは限界があります。また居住性も最悪です。
 そのへんを改善するには、居住ブロックを積んで、さらに水や空気の浄化システム、食料や酸素の備蓄コンテナや生成プラント……。なんだか凄く大型になりそうです。でも、これってすでに……。
『――アルカンシェルクラスの機動要塞になるな。すでにイコンではない』
 そう指摘されてしまうと、ある意味返す言葉がありません。目的は、あくまでもイコンでの往還です。
 ただ、大気圏突入時の断熱圧縮に耐えるための変形機能かフォームチェンジの採用やバリア出力の変更プログラムなど、出るより再突入の方が実は難しいという問題もありますし、一度に運べる重量とリアクター出力の問題もあります。
 実際にはステーションで探査機本体とイコンが合体した方が現実的ですが、ほとんど外探査大型機動要塞にイコンを格納するのとどこが違うのかと言われればそれまでのような気もします。
「しかし、チャレンジは必要です。それに費やした研究は、新型機にフィードバックできますから」
 フェルクレールト・フリューゲルが、なおも意見しました。
『――まあ、意見としては聞いておこう』
 コリマ・ユカギールがそう伝えると、十七夜リオの持っていた企画書がスーッと空中を飛んでいって、未処理の引き出しの中に吸い込まれていきました。

    ★    ★    ★

「ようし、じゃあ実験始めるぞ」
「了解しましたわ。データ記録開始します。そちらもよろしいですか?」
 湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)に言われて、高嶋 梓(たかしま・あずさ)が、天雷に乗る岡島 伸宏(おかじま・のぶひろ)山口 順子(やまぐち・じゅんこ)に確認しました。
「おう、いいぞ」
「では、ツインリアクター稼働開始、バックパックへのライン開きます」
 身構える岡島伸宏の後ろで、山口順子が新たに設置された回路を作動させました。
 今回の実験では、ストークタイプの天雷にエネルギーコンデンサーとしてのバックパックを接続しています。こちらに余剰エネルギーを回すことによって、単位時間に発生できるエネルギー量を増加させようという発想です。それによって、高出力武装を安定して使用しようというわけです。
「コンデンサーへのエネルギー伝達確認。プログラム、順調に作動しています」
 高嶋梓の見つめるモニタの中で、機晶支援AI【シューニャ】が、顔を真っ赤にしてうーんと力みながら頑張っています。
「試射、開始してくれ」
「了解。さて、今度は、うまくいってくれよ」
 湊川亮一の指示で、岡島伸宏が荷電粒子砲を構えました。バックパックに直接接続されているため、ある意味外部武装という形になっています。まだまだ、試作品もいいところの物です。
「エネルギー臨界。発射可能です」
「発射!」
 山口順子の声を聞いて、岡島伸宏がトリガーを引きました。離れ島洋上におかれたターゲットブイが、荷電粒子の直撃を受けて消滅します。
「続いて第二射、チャージ開始します」
 山口順子が告げます。
 今の射撃で、バッテリーパックのエネルギーの80%が使用されています。このままでは、第二射は不可能です。もちろん、そのために、ツインリアクターからコンデンサーへとエネルギーが充填されているはずなのでした。
「現在、エネルギー充填25%……えっ?」
「えっ?」
「おっ?」
「なんだ?」
 山口順子の報告に、全員の目が点になりました。モニタの中では、ヒーヒー言いながらシューニャがねずみ車を回しています。あっ、こけた……。

「ええと、それでは、結果を報告したいと思います」
「ぶっちゃけ、反省会ですわね」
 集まったデータを分析していた山口順子と高嶋梓が、目の前に正座した湊川亮一と岡島伸宏にむかって話し始めました。
「集められたデータから類推しますに、武装に直接エネルギーを回して、本体のエネルギー負荷を減らすというアイディア自体は問題ないと考えます。けれども、外部コンデンサーにそれを蓄積するというところに、無理があったようです」
「なんでだ。最初はうまくいっていたはずだが。第一射は問題なかっただろう」
 山口順子の言葉に、湊川亮一が聞き返しました。
「コンデンサーは、初期充電がされていましたから。もともと、エネルギーカートリッジをコンデンサーに転換したわけですが、本来のエネルギーカートリッジは燃料電池による使い捨ての物です。それをコンデンサーに変え、再充電させるところまでは、いいアイディアだったと思います」
 使った分のエネルギーを充電するのですから、単純に消費したエネルギー分がまた増える計算になるわけです。
「ただ、充電時間が計算に入っていませんでした」
「どういうことだ?」
 なんでそれが問題になるのだと、岡島伸宏が聞き返します。
「容量が大きすぎるんですよ。たとえれば、1時間分の充電に10時間かかるようなものです」
「クイックチャージャーはないのか?」
 至極当然の疑問を岡島伸宏が口にしました。
「うーん、この規模だと、相当でかくなるな。安全装置とか、諸々の機構が必要になるし。それにロスも馬鹿にならんか。それにしても、それだけ大量のエネルギー伝達には回路が持たないだろうなあ」
 またこれかと、湊川亮一が頭をかかえました。
 新しい機能を組み込もうというのですから、当然それ専用のハードウエアが必要になってきます。もともとのストークがイーグリットやジェファルコンと比べてかなり大型になってしまっています。要は、必要機構が多くなりすぎて小型化できなかったわけです。現在の実験にしても、ほとんど全ての新機構が外部です。これをこのまま持って運用する場合、実際には通常移動に関するエネルギーすらうなぎ登りに増えていってしまうわけです。
「つまりは、ストークやジェファルコンを使う限り実戦では無理ということか」
「ええ、完全な固定砲台ですわね」
 高嶋梓が溜め息をつきました。だから、もっと根本から考えなおすべきだと言ったのです。
 ツインリアクターの武装用と機体用の独立化、及び非常時のクロスライン運用の可能化、さらに、平時の予備コンデンサーへのクイックチャージによるリロードの強化。実現すれば、火力と機動性を常時両立させた機体になるでしょう。
「つまり、改造ではなく、新造しろというわけか」
 内部エネルギー伝達回路の増強と限界伝送量の強化、高エネルギーに対応できる高出力のフローターと高出力対応の武装、そして、それら全ての最適化と小型化。結局、それ全てをクリアしたら、もはやストークではありえません、完全な新型機です。
「とりあえず、性能強化の有用性を纏めて上に提出してみよう。頼んだぞ」
「はあーい」
 湊川亮一に言われて、高嶋梓と山口順子がちょっと気のない返事をしました。