なし

リアクション

★取材と猫と保護者たちの密談★


　全暗街。
　プレジ・クオーレ（ぷれじ・くおーれ）から今回の依頼について聞いた五十嵐　理沙（いがらし・りさ）はこんな面白……もとい、チャンスはないと密着取材を申し出ていた。

『デートスポット特集ってことで取材するわね。あなたはテレビ人だし、その相手となるとこういった対応力も必要でしょ。密着取材され、プライバシー無くて常に見られているストレスある生活だと思ったら、向こうから断ってくるよ。
　大丈夫。邪魔はしないし、どうしても映したくないのがあったらカットするから』

　と、ジヴォートやドブーツを説き伏せ、セレスティア・エンジュ（せれすてぃあ・えんじゅ）とマネージャーの３人がかりでカメラを回す。
（でも以外かも。ドブーツ君の方がリア充だったなんて……恋もした事無いなんて、ジヴォート君、随分奥手なのねー）
　にこにこ、ならぬニヨニヨと笑いながらジヴォートの顔を撮る理沙。
「……なんか今、へんなこと考えてないか？」
「あら、変なことって何？」
　ジヴォートに不審な目を向けられてもなんのその。完全に面白がっている理沙を、セレスティアが呆れながらこづく。

（理沙、分かっていますの？　これは列記とした仕事ですのよ）
（大丈夫よ、分かってるってば……）

「あらあら。ＴＶに出るなんて、緊張してしまいますわね」
「ライラ。そういう台詞はもう少し緊張した顔をして言うものだ」
「あらドブーツ様。これが私の精一杯の緊張した顔ですのよ。分かってくださいませんの？」
「分かるからこそ言ってるんだろうが」
「まあ。それは嬉しいですわ。ふふ」
「ふんっ」

　２人が小声で言いあっている間、初めてテレビに出るというライラ・フライラはまったく表情を変えず、ドブーツと自然体で会話していた。理沙は思わず感嘆の息をもらした。
（ドブーツさん側はすでに良い雰囲気と言うか、何この落ち着いた感じ！？
　もう既に夫婦というか家族な雰囲気醸し出してるわ。
　やるわね。一歩も二歩もリードしてる！）
　一方でセレスティアは、カメラを向けるたびに肩を震わせるラン・パックラに笑顔を向けた。
「あらためましてセレスティアと言います。アガルタのデートスポット巡りも出来ますし、本日一日、よろしくお願いいたしますね」
「は、はい。あ……わ、私はラン、です」
　その表情は固い。セレスティアは柔らかい口調で続ける。
「色々と楽しい街なのですのよ。美味しいお店もたくさんあって……ああそうでした。まずは朝食からですね」
「ああ朝食なら秘書のメソドから聞いた場所に行くつもりで」
　ドブーツが声を上げたとき。一行に近寄ってきた人物がいた。

「あれ、こんな朝早くから珍しいね」
　天音である。彼の姿にドブーツだけでなくジヴォートもあっと声を上げるが、笑みを浮かべられて流される。
「……どこかお店を探してるの？　なら案内しようか……って、その店ならよく知っているよ」
　ドブーツの持っているメモをちらと見て、一行を【武流渦】へと案内。
「最近は全暗街も巡屋が目を光らせてるから今はそんなに危なくないしね。デートの場としても悪くないと思うよ。楽しんでいってね」
「たしかにそうね。全暗街にそういうイメージはないけど、だからこそ穴場がたくさんあるかも」
「今度、特集組むのもいいかもしれませんね」
「そうよねー。なんといっても物価が安いもの。掘り出し物の洋服とかあるかも」
「……理沙。私たちは買い物に来たわけじゃありませんのよ？」
「だから分かってるってば」
　話をしながら、天音はちらとランを見た。ランはまだ緊張している様子だったが、時折ジヴォートの方を伺い見ていた。
（単に見合いで初めて会った格好良い男の子が気になる女の子の視線……というには、ちょっと違和感があるかな）
　話しかけようとしたが、ランは男性が特に苦手なのか。近づくとさらに固まってしまったので、様子を見ることにした。

「あら、とても落ち着いた素敵なお店ですね」
「うむ？　そう言ってもらえると嬉しい。ゆっくりしていってくれ」
　ライラの感想に板前が笑い、席へと促す。
　一行は朝食をゆっくりと堪能し、その間にあらためて自己紹介をしあい、親睦を深めた。緊迫感も少し緩んできたが、ランは相変わらず泣きそうな顔のままだった。

（緊張されるかもとは思っていましたが、予想以上ですね）
　セレスティアは少し考え込み、それから提案をした。
「あの、よければ先にこちらへ行きませんか？」
　予定を変更し、ベツの店を示すと、ドブーツとライラは意図を察したのか頷き、ジヴォートは目を輝かせた。

　その行き先は


＊　＊　＊


「やあ、いらっしゃい。待ってたよ」
　一行を笑顔で出迎えたのは、赤髪の青年。エース・ラグランツ（えーす・らぐらんつ）。ここは彼が経営するにゃあカフェだ。
　店の奥からは猫たちの元気な鳴き声と、香ばしい匂いが漂っている。
　挨拶もそこそこに奥へと向かおうとしたジヴォートを見て、エースはまず苦笑した。
（本当に動物好きだね。でも今は）
　戸惑っているランを見て、笑顔を向ける。
「初めまして。俺はエース・ラグランツと言います。素敵なお嬢さん方のお名前を伺っても？」
　そう花を差し出すエースに、ライラは笑顔を崩さず受け取り、ランは顔を真っ赤にしながら受け取った。
「あらあら。ありがとうございます。私はライラ・フライラと申しますわ」
「ら、ラン・ぴゃ……ラン・パックラ、です」
　段々と声が小さくなるランの様子を微笑ましく見守りながら、店の説明を簡単にし、奥へと案内する。
「三毛の『ちまき』、茶トラの『きなこ』、ハチワレの『おはぎ』とサバトラの『ごましお』が熱烈歓迎してくれるよ。白猫金目銀目の『おもち』は女王様気分。キャットシーの『ここ』と『なな』にも癒されて」
「は、はい」
　するとジヴォートの足が不自然に止まり、猫たちのいる部屋ではなく、モニターで動物の映像が見れる部屋へと方向転換した。
　猫たちのいる部屋へと入ろうとしていたランは、去っていくその背を悲しげに見たが、ライラに背を押されて部屋に入っていった。

「……ジヴ」
「お、これこの前持ってきた画像だな。早速入れてくれたのか？」
　何か言いかけたドブーツを遮り、テーブルで画像を見るジヴォート。ドブーツとエースの目が合い、同時に肩をすくめる。
　エースは紅茶をテーブルに置きながら言う。
「話は色々と聞いたけど。デートで彼女達をエスコートするのなら、ちゃんと彼女達をもてなし楽しんでもらって、嬉しい時間を提供するのが男性の務めだよ」
　エース自身、家の都合で自分だけで結婚相手決められない立場だ。だからジヴォートの気持ちも分からなくもない。だがそれを言い訳にするのはいただけない。
「ふむ……ヒトの恋愛事情にあれこれと口を挟むつもりはないのだが。
　１９歳だと、結婚には早すぎると私も思うけれど。ドブーツ君には婚約者がいる？　なら普通なのかい？」
　すると部屋の隅で傍観していたメシエ・ヒューヴェリアル（めしえ・ひゅーう゛ぇりある）が口を挟む。同意を受けると、メシエはくすりと笑った。
「それなら、諦めたまえ、ジヴォート君。
　女性のエスコートの仕方は、しっかり身につけておいても損は無いよ」
「そうだね。特に仕事を頑張りたいなら余計に、ね」
「今まで恋愛や結婚を考えた事が無いのなら、良い機会だから、ちゃんと考えてみてはどうかな」
「……そういわれてもな」
　２人に声をかけられ、ようやく向き直ったジヴォートを見て、ドブーツも席に着いた。
「父上にはきちんと自分の意見や考えを言えば考慮してくれるだろう。
　ただ『何となく』で嫌がっているだけでは、説得できないよ。
　それはビジネスでも同じ事だろう？」
「別になんとなくで嫌がってるわけじゃ」
「父上を気遣っている？　仕事に集中したい？　嘘ではないだろうけれど、それは表向きの理由だろう？」
　ずばずばっとメシエが言うと、ジヴォートは驚いたように顔を上げた。メシエが何、と笑う。
「それぐらいは私じゃなくとも、見ていれば分かるさ」
　メシエがちらとエースを見ると、彼は軽く息を吐いた。彼も気づいていたのだろう。
　まじか、とジヴォートは頭をかき、深く。深く息を吐き出した。
「……俺にも、分からないんだ」
「え？」
　どこか疲れたようにも見える顔で、ジヴォートは笑った。

「でもなんかダメで……ランの顔見てると……頭が痛くなって、気持ち悪くなって……何かを叫びそうになる」
　だから、ダメなんだ。


「わ、可愛い」
「ん？　あらあら。いらっしゃい。猫ちゃん達と遊んで癒されて行って頂戴ね」
　小声で呟いたランに答えるのは猫たちの世話をしていたリリア・オーランソート（りりあ・おーらんそーと）。リリアはランたちの不慣れな様子を見て、手招きする。
「大丈夫よ。この子達はかしこくて優しいから」
「ははは、はい……ひゃわ」
「あらあら。本当に歓迎してくださいますのね。ありがとうございます」
　傍に寄ってきてくれたちまき、きなこ、おはぎ、ごましおたちにランは驚き、ライラはあらあらと笑う。
「こっちにおもちゃがあるからたくさん遊んであげて。……って、こういうおもちゃみたことない？」
「はい……この棒のようなものは何に使うのでしょう」
「これは猫じゃらしよ。こうして」
「まあっ。ふふ、可愛らしいですわね」
　じゃれる猫たちに、自然とほほが緩む。今まで緊張しっぱなしなランもようやく笑顔を浮かべ始めた。

（よかった。少し緊張がほぐれたみたいですね）
　提案したセレスティアは安堵し、しっかりとその顔をカメラに収める。
「いろいろ街を回るんでしょ？　お勧めのお店があるわ。可愛い雑貨屋さんとかアクセサリーやさんとか」
「まあそれは……ドブーツ様におねだりしなくてはいけませんわね」
「ふふ、そうね。あ、でも彼氏とお揃いの小物をこっそり買っておいて、後でお礼にプレゼントも良いわよ。男性ってちゃんと言葉と態度で伝えてあげないと、私達がどんなにデートで楽しかったのかとか、解っていない事があるのよねぇ」
「そうですわねぇ。でもそういうところが可愛らしいのですが」
「うんうん、分かるわ」
　女性同士の会話を、ランは楽しげに見つめていた。が、リリアはそんなランにも目を向ける。
「ランさんはジヴォート君の事気に入った？」
「えっ？　ええっ？　い、いえ、そんな、き、気に入るとか滅相もないです」
　手を大きく振り回し、その拍子に大きく揺れる猫じゃらしをこことななが俊敏な動きで追いかける。
　予想以上の慌てっぷりにリリアは微笑み
「良いように話が進むといいわね」
「……ありがとう、ございます」

　そうしていると部屋の外から声がかかる。リリアが振り返るとエオリア・リュケイオン（えおりあ・りゅけいおん）が手招きしていた。ふと時計を見れば、遊び始めてからだいぶ時間が経っている。
「そうそう！　忘れるところだったわ。エオリアの作るケーキは美味しいから、とってもお勧めよ」
「お口に合うかは分かりませんが……タルトが焼けましたので、よければ召し上がってください」
「ああ、りがとうございます」
「おや、随分とキャットシーたちに懐かれたようですね。その子たち、ルヴァーナの街で保護された固有種なんですよ」
「あらあら。それで見たことがなかったのですね。羽が生えてらしたので、猫様はそういうものなのかと思ってましたわ」
「そんなわけないでしょ？　もう、ライラ。あなた分かってて言ってるでしょう？」
「いえいえ、私知らないことだらけですもの。ラン様はご存知でしたか、キャットシー様方のこと」
「わぁおいしそ……ふぁっ？　い、いえ！　全然存じ上げませんでした」
　すっかり桃タルトに意識を持っていかれていたランの様子に、みんなして笑う。その後、ランもくつろいだ様子でタルトを食べたが、ジヴォートがランの方を見ることはなかった。


＊＊＊


　アガルタの中心には噴水が設置されている。
　ピラミッドに乗った猫、というよくわかるような分からない形をした噴水の周囲にはベンチが設置され、植物も植えられている。
　街の住民達にとっての憩いの場であり、観光場所としても人気が高い。
　噴水の名、『Ｌ’Ｅｓｐｅｒａｎｚａ』には希望という意味が込められており、アガルタのシンボルの一つといっていいだろう。

「あっこっちにもあった」
「ここにもあるよ」
　子供達が、公園内のあちこちにある猫の足跡を追いかけ、一行の横を通り過ぎて行った。

「まあ、ここは素敵な場所ですね」
「ええ。皆さんもくつろいでらっしゃいます」
「……いつも思うが、なぜ猫なんだ？」
「あら可愛らしいからいいじゃありませんか」
「そうですよ」
「んむ？　そ、そうか」
　ドブーツの呟きは女性陣の反論によりあっという間に彼方へと吹き飛んだ。
「…………」
　吹き飛んだ先にいたジヴォートはというと、無言でスルーした。というよりも、先ほどからずっと黙りっぱなしだ。
「ジヴ」
　彼なりに葛藤しているのだと知ったドブーツだが、さすがにその態度はどうなのだと、そう詰め寄ろうとした。

「あっれー？　ジヴォ君とドブーツ君？」
　その前に駆け寄ってきた少女と少年に全員の視線がそこに向く。仲むつまじく腕を組んでいるのは小鳥遊　美羽（たかなし・みわ）とコハク・ソーロッド（こはく・そーろっど）だ。２人とも一応今月で二十歳なのだが、まだまだ顔つきは幼いので少年少女、という表現がよく合う。
「おう。あ、聞いたぜ。結婚おめでとな」
「ありがとう！」
「ありがとうございます。えっと……妻がいつもお世話になってます」
「いやいや。こっちこそ世話になっている」
　ぺこりと頭を下げるコハクに、ジヴォートではなくドブーツが頭を下げた。それからライラを示す。
「俺の婚約者の」
「初めまして。ライラ・フライラですわ」
「小鳥遊　美羽だよ」
「コハク・ソーロッドです」
　互いに自己紹介したところで、おどおどとしているランへと目が向く。ランは助けをもとめるように一瞬ジヴォートへ目を送るが、ジヴォートは明後日のほうを見ていた。
「……ラン・パックラ、です」
　その様子に何かを感じ取ったコハクと美羽は一瞬顔を見合わせてから、皆はナニをしているのかと尋ねた。
「へぇ、ドブーツ君たちもデート中なんだ。じゃあ私たちも一緒に行っていい？　大勢の方が絶対楽しいもん」
「もちろん、迷惑じゃなければ、だけど」
「あらあら。それはとても楽しそうですわね」
　こうしてさらに一行の人数が増え、賑やかになる。
「はぁ。ジヴと関わると煩くていかん」
「よいではありませんか。それだけ大勢の方から慕われているということですもの」
「凄い、ですね……私とはまるで反対で」
　ランがジヴォートを見ながら呟く。ジヴォートは理沙たちと何か打ち合わせをしていた。

「なるほど。そういうご事情があるわけですか」
「はい……本来ならこのような手法をとるべくもないのですが」
　そんな様子を影からこっそり（？）見守る影が２……いや、３つ。
　大柄なサングラスをかけた男性はプレジ・クオーレ（ぷれじ・くおーれ）。眼鏡をかけた女性はベアトリーチェ・アイブリンガー（べあとりーちぇ・あいぶりんがー）。そしてもう一つ。やたらと丸い影は
『事情は分かったけど、なんでわしまで』
　なぜか巻き込まれた土星くん　壱号（どせいくん・いちごう）だ。
「土星くんにお祝いしてもらえたら２人もきっと喜びますから」
『いやいや。それはもうやったやろ』
　先ほどベアトリーチェに聞かされた土星くんは、すでに２人に祝いの言葉を述べていた。……『まあ祝ってやってもええで』という素直じゃない言葉だったが、そのつぶらな瞳に涙が浮かんでいたのは内緒にしておいてやって欲しい。
「まあよいではありませんか。ともに皆さんを見守りましょう」
「そうです。見守りましょう」
　力説された土星くんは、もはや何を言っても無駄と諦めた。
　さて、３人が何をしているのかというと、まあ言葉通り、見守っているのである。
　ベアトリーチェは美羽とコハクを。
（もう二十歳とはいえ、まだまだ心配ですし、せっかくの新婚旅行ですから楽しんでほしいですし）
　そしてプレジはジヴォートたちを。
（みなさんがいらっしゃるとはいえ、何があるかわかりませんし、他の方に危害が及べば大変です）
　まあ一言ですますと
『お前さんら……ちと過保護すぎやろ？』
「「そんなことありませんよ」」
『はぁ』
　プレジとベアトリーチェが出会ったのは偶然だが、同じ理由だったため。こうして一緒にいる。
　そして、なぜプレジまでが今回のジヴォートの依頼に賛成なのかの理由も聞いた。

「……事故の記憶、ですか」
「はい。おそらくジヴォート様は気づかれていませんでしょうが」
　苦笑するプレジだが、どこか悲しげだ。

「ラン様は……母君によく似ていらっしゃるから」