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Down to Earth

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 託との合流後、彼等は中華街の門を潜った。
「なんだかあちこち目が痛いほどに派手な物があるな」
 とはグラキエスの感想で、看板の文字や灯籠(タンロン)に使われる朱色に、緑や青、それを縁取る金色にと、兎に角鮮やかな色使いだ。
「なんだか日本っぽくないところね?」
 この期に及んで自分が居る場所を理解していなかったジゼルがちょこんと小首を傾げたのに、託と陣は同時に吹き出してしまう。ますます不思議そうな顔のジゼルに、ハインリヒが改めて説明する。
「元々は港が開港した時に出来た外国人居留地だよ」
「外国人ってことは、色んな国の人がきたのよね?
 じゃあなんで中国のお店ばかりなの?」
 そこまでは知らない、と両手を上げた三人に代わってアレクが口を開いた。
「大きな地震があってから欧米人が帰国した関係で、中国の店が増えていったらしい。他に質問するなよそれ以上は分からん」
 そんな風に会話している間、店先のディスプレイに惹かれたグラキエスが早々に足を止めてしまっている。スイッチを入れると歩き出すパンダの人形を、しゃがんだままじっと見つめていた。
「ああ、やはりパンダは定番なのか」
「可愛いわね」
 地球の生き物は見慣れないユピリアが、後ろから一緒にそれを見ている。面倒見の良い彼女は、グラキエスが一人遅れていた事に気付いていたのだ。
「ウルディカがやたら見ていた」
 こっちの縫いぐるみの方だが、とグラキエスは饅頭が二つ重なったようなデザインの縫いぐるみを持ち上げる。ウルディカがそれに注目していたのは、過去の出来事を思い起こした所為だったが、グラキエスはその出来事を気に掛けていなかったから思い当たらない。
「よし、ウルディカにはこれだな」と立ち上がるとユピリアへ「買って来る」と声をかけていそいそと店内に入り、袋に詰め込まれたものを抱えてすぐに戻って来た。
「エンドロア、いきなり止まっては迷子になる」
 駆け戻って来たウルディカの胸に、グラキエスは袋を押し付けた。
「土産だ」 
「その場で!?」と陣がベルクと顔を見合わせるが、ウルディカは取り敢えず貰ったそれを確認しようと袋の中を覗き込んだ。
「何だこの白黒の妙なぬいぐるみは……」
「パンダだ」
 あっさりし過ぎな説明をすると、グラキエスはぬいぐるみを袋から取り出して、徐にウルディカの頭へとのせた。妙な出来事にウルディカは頭を振ろうとするが、グラキエスはそれを両手で制した。
「動くなウルディカ。
 こうしてみると何か――、前に何処かでこんなものを見たような……」
「おい、頭に乗せるな。妙な事を思い出しそうだ」
 ベルクはその『妙な出来事』を思い出したようで笑い出していたが、結局グラキエスはそれ以上は分からなかったようだ。もう一度店先を眺め、独り言を呟いている。
「……アレクとジゼルは夫婦だから二つ一組の物がいいか
 ベルクとフレンディスもだな。転んでもいいように割れ物は避けよう」
「あのねぇ、旅行のお土産っていうのは友達とかに旅の思い出をお裾分けするみたいなもので――」
 忍び笑いをしつつも託が説明をしてあげるが、グラキエスは話の途中で頷いて口を開く。
「勿論だ、パラミタへ残っている皆にも買わないとな」
「うんー……そうだねぇ…………」
 彼といいフレンディスといい……面白いくらいにボケるのだが、もっと面白いのはパートナーの一挙一動に気苦労する人物だ。
「エンドロア、少し落ち着け」「こらそんな油っこい物を食おうとするな!」と右往左往するウルディカに注目していると、ジゼルが此方を振り返る。
「ねぇ。託は琴乃にお土産って、もうどんなのにするか決めてる?」
「お守り的なものかなぁ……」
 託の妻南條 琴乃(なんじょう・ことの)は現在出産を控えている。そういう意味でのセレクトだろう。
 短い言葉に琴乃の夫としての優しさを垣間みて「素敵ね」と笑顔で返すジゼルに、託は少しくすぐったそうにして冗談めかす。
「後は母さんにも買っておかないとねぇ
 忘れたら新しい世界の果てまでぶっ飛ばされかねないし……
 こっちは何かインパクトのありそうなものがいいだろうねぇ。面白ければいいだろうし」
「世界の果て? ぶっ飛ばす……!?」
 パラミタではこう言った話も冗談にならない。目を丸くして息を呑むジゼルに、託はうんうんと頷いている。
「ちゃんと選ばないと僕の命に関わるから……」
「殺されちゃうの!? お土産選びに失敗しただけで!?」
「ボケ足りてないと後ろからぐさーっとってのは、さすがに冗談だけれどねぇ」
 語尾にケラケラと笑い声を混じらせたのに、ジゼルはほっと息を吐いている。余りの言葉に緊張して思わずアレクの腕を掴んでいた為、彼がジゼルを振り返った。顔は会話中のベルクと陣を向いていたが、此方の話もなんとなくは聞いていたのだ。
「半分は冗談でも無さそうだな」
「うん、いまだに僕の数倍は強いしなぁ……僕も多少は強くなったつもりなのにまったく勝てる気がしないし……」
 一体彼の御母堂は如何なる人物なのだろうか。話しが聞こえていた仲間が真顔で固まっていると、託はその話しを横においてアレクとジゼルへ向き直る。
「ジゼルさんにアレクさん、もしよかったら後でお土産探し手伝ってもらえないかな?」
「わ、分かったわ。託がぶっ飛ばされて死んじゃわないように、私頑張る!!」
 ジゼルが素直すぎる反応をしている後ろでは、ウルディカが相変わらずグラキエスの行動を諌めていた。
「まったく……」
 すでに抱える大きさになっている土産袋を取り上げて代わりに持ってやり、ウルディカは息をついた。
 土産を買う方がああして楽しんでいるのは、貰った相手の喜ぶ顔を想像してだろう。
「……俺もスヴェトラーナに何か買うか」
「当然だろ」
 ベルクにそう即突っ込まれ、ウルディカはうっと言葉を詰まらせる。片思いの相手スヴェトラーナ・ミロシェヴィッチ(すゔぇとらーな・みろしぇゔぃっち)へのプレゼントを、今の今迄考えていなかったのだ。
「ウルディカ。誰が言ったのか忘れたが『女性には服飾品や香水などいいと思いますよ』と、前に聞いた」
 グラキエスの人伝のアドヴァイスを聞いて、ベルクはフレンディスがこのところ毎日広げていた旅行雑誌を思い出す。
「服飾品か。そういや此処だと、民族衣装が土産として流行しているみてぇだぞ」
「香水は此処では見つからなさそうだ。となると、民族衣装の方か……」
 ウルディカが考え込んでいた折――、
「やっぱり、皆さんでしたか――!」
 聞き覚えのある声に振り返ると、雑貨店の中から見慣れた蒼空学園の制服の赤い袖がひょっこりと顔を出して此方へ手を振っていた。

 * * * 



「そうですか、アレクサンダル大佐と」
「アレクお兄様」
「ハインリヒ少佐の」
「ハインツ」
「任務でいらっしゃっていたんですね」
 呼び名をいちいち駄目だしされながら御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は、アレクとハインリヒに挟まれて歩いていた。身長差から連行される宇宙人のようになっているが、あれはあれで可愛らしいからまあいいだろうと、一番後ろをゆっくりついていきながら陣は思う。
「舞花ちゃんは? 今日はどうしたの、制服ってことは遊びにじゃないよね」
「はい、鉄道事業の関連で。
 早々に用事が終わったので、横浜観光してからツァンダに戻る予定です」
 ハインリヒの質問に答えた舞花をまじまじと見つめ、年上の彼等は感心しきっていた。
「偉いなー、一人でこんなところまでくるなんて!」
「本当にしっかりものだよね……。僕が君くらいの歳の頃なんてしょうもない遊びばっかりやってたのに」
「そんな事ありません、私はまだまだ未熟者ですから。
 無事に未来に帰還する方法が見つかる迄……、
 いいえ、しっかり勉強をして身になるまで、シャンバラで頑張るつもりです」
 舞花は、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)御神楽 環菜(みかぐら・かんな)の子孫に当たる少女で、遠い未来から御神楽家の守護魔女エリシアの手に寄ってこの時代へ送り込まれた。
 試練と称されたそれは行きの切符しか持たされない過酷な道で、元の世界へ帰るの方法さえ未だに分かっていない。とは言え彼女はポジティブに、この世界で修行の日々を頑張ろうと考えているらしい。
「舞花さんもご一緒に何か頂きませんか?」
 既に肉まんを袋で抱えるフレンディスが――因に中華街の肉まんと言えば、スーパーやコンビニエンスストアで目にするものより一回り大きいものだが、フレンディスにはそれも別腹に入るらしい――提案してくるのに、軽く下調べした内容を二人で披露し合う。結局後の食事の事も考え――フレンディスと違って、皆胃の大きさには限界があるからだ――一番近い店で甘いものを食べる事になった。
 買ったばかりのゴマ団子へふうふうと息を吹きかけ冷ましている舞花に、アレクがふと問いかける。
「舞花ちゃんは……、寂しくないか?
 自分の生まれた世界から離れて、知らない場所で暮らさなきゃならなくなって、辛いと思ったりしないか?」
 これは舞花を思っての質問でもあるし、彼女と同じように別の次元の未来からやってきたスヴェトラーナの事でもあるのだと、舞花は見抜いて微笑む。
 戦いと争いが繰り返されるパラミタで暮らすのに、辛い事が無い訳ではない。今も非物質化したトランスガンブレードを隠し持っているように、気の抜けない日々は続く。
 先日のウィリの事件のように、心が傷つく事だってある。
 だがそれを補って余り有るものを、彼女は既に得ているのだ。
「こんな風に、旅先で偶然出会って一緒に楽しい時間を過ごせる友人がいる現状、本当に素敵だなって思います」
「……そうか。有り難う」
 舞花の見せた綺麗な微笑みに、アレクは安堵の吐息を零す。彼は自分では無い自分がとった行動で結果娘を傷つけた事へ、少なからず自責の念を持っているのだ。それを知っているハインリヒが掌で彼の背中を押した時、丁度餡を飲み込んだ託がこんな風に漏らした。
「この後も色々大変なことが待っていそうだし、今だけでも楽しめたらいいなぁ」