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秘密のお屋敷とパズリストの終焉

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秘密のお屋敷とパズリストの終焉

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【屋敷南】

「……怪しいわね」
 謎解き開始の合図が鳴り響いたその途端、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はキラリと瞳を輝かせた。
 その視線の先には――青い顔をしている、のの。確かに、怪しい。
「あら、セレンにしてはまともな推理じゃない?」
 セレンフィリティのパートナー、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がセレンフィリティの視線の先を目で追って納得する。
 いつも直感とフィーリングだけで突っ走るセレンフィリティだが、あれだけ青い顔をしているののの姿を見れば、セレアナも「怪しい」と思わざるを得ない。
 どうやら、先ほどたっぷりスイーツを補給したお陰で糖分が行き渡り、頭が冴えているようだ。
 と、そうしているうちにパトリックがののの元にやってきて、二人は何やら言い合っている。やはり怪しい。
「これは、何かあるわね」
 二人は顔を見合わせて頷き合うと、階段の方へと走る。ののの部屋はおそらく二階だろうから、謎の捜索にかこつけて調査しようという魂胆だ。
 だが、階段には申し訳程度とはいえ立ち入り禁止を示すロープが張られている。勢いと思い切りの良さがウリのセレンフィリティではあるが、しかし、他人様の家に無断で入り込むのは多少、軍人としての矜持が咎める。任務ならともかく、今はあくまでも個人として動いて居るに過ぎない。だが、緊急事態ではあるし――と逡巡していると、そのうちにののが走って来て、ロープを外してくれる。
 しめた、とばかりセレンフィリティは駆け出す。ののが何か言いたそうにして居た気がしないでも無いが、そこはそれ、持ち前の勢いと言う奴である。
 ののの部屋の場所は知らないので、とりあえずそれらしい部屋を手当たり次第に――と思って居ると。
「ののちゃんの私室に侵入するチャンスぅうう!」
 奇声を上げて、一人の女子がセレンフィリティを追い抜いていった。レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)……この屋敷の常連客で、ののの友人である。
「あああレオーナ様、勝手に入っちゃまずいですうぅう」
 レオーナの後を追いかけていくのはクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)……レオーナのパートナーにして、レオーナの外付け良心である。
「あの子達、ののの部屋を知ってるのかしら」
「追いかけましょ!」
 先を越されてなるものかとばかり駆け出すセレンフィリティ。その後をセレアナも追う。
「むむっ、ここだ!」
 レオーナは何か直感めいたものを感じ――違い無く、ののの部屋の前で足を止めた。
「レオーナ様、なぜのの様のお部屋を……?」
「愛よ!」
 クレアの問いかけに、レオーナは身も蓋もなく言い放ち、胸を張る。
 ああやっぱり、とぐったりするクレアを尻目に、レオーナは部屋の扉を開けた。
 中は――――
「倉庫でしょうか?」
 覗き込んだクレアがそう思うのも仕方が無い程度に、ものが散乱していた。
 部屋のあちこちには段ボール箱が無造作に積んであり、壁一面の本棚にはぎっしりと本が詰まっている。衣装箪笥にワードローブ、様々なコンテナ……の、中に辛うじて、ベッドと机が見えた。なお、ベッドの上には衣類が、机の上には諸々の紙類が散乱している。
「いいえ、間違い無くののちゃんの部屋っ! だってののちゃんの匂いだし! ふふっ、申し訳無いけど脱出のために『仕方なく』! 暴かせてもらうわっ!」
 ひゃっほう、とでも言い出しそうな勢いで、レオーナはののの部屋に突入していく。
「ここがののの部屋?」
 と、そこへ追いついてきたのはセレンフィリティ。まだ入り口でまごまごしているクレアに問いかける。
「そ、そうだと思います……たぶん……」
 少なくとも誰かの部屋であることは間違い無い。もしかしたらパトリックの部屋かも、と言いかけたクレアだったが。
「これはまさかっ、ののちゃんの下着っっ!」
 レオーナの声に、その線は無いだろうと口を噤み――待て。
「れれれおーな様っ、何をしてらっしゃるんですかっ!」
 慌ててレオーナの方を振り仰ぎ、全力でツッコミを入れる。出来れば氷術の一つも飛ばしてやりたかったが、他人の部屋の中なので辛うじて思いとどまる。
 クレアの視線の先で――レオーナは、のののと思しきブラジャーを広げ、あまつさえ被ろうとしているようにさえ見えた。
「ここに謎が隠されているかも知れないじゃない。おおっと……A70か……ほう、寄せて上げてかさましするタイプ愛用……なんと」
 しれっと言い放ったレオーナは、ちゃっかりブラジャーのサイズまで確認している。
「…………まあ、確かにどこにあるか分からないけどね」
 若干呆れ、というか、引き気味にその様子を見ていたセレンフィリティだったが、室内を探索しないことには始まらない。
 セレンフィリティがののの部屋に入ろうとした、その時。
「あああああ遅かったぁああああああ!」
 真っ青な顔をしたののが、ものすごい勢いで廊下を駆け抜けてきた。
 いつも(来客の前では)丁寧な口調と上品な笑顔を忘れないののの、その見慣れない姿に、セレンフィリティは思わず部屋の中に入れかけていた足を止める。
「あら……何かやましいものでも有るのかしら」
 その尋常じゃない様子に、思わずセレアナが問い詰めると、ののはうっと言葉を詰まらせる。
「そ、そりゃだって部屋の中ぐっちゃぐっちゃだしほら下着とか出しっ放しだし」
 ののの回答に思わずレオーナの所行を思い出し納得しかけるが、あの慌てよう、とてもそれだけとは思えない。
「でも、今のところここには女しかいないし、良いじゃない?」
「まままあそれはそうなんですけどでもほら見られちゃ恥ずかしい乙女のひみつとかいっぱい詰まってる部屋なんで自分で探すっていうか」
 明らかにしどろもどろなののの言葉に、怪しい、と踏むセレンとセレアナだったが。
「ののちゃぁあん!」
 そこに、部屋の中から飛びだしてきたレオーナが割って入った。
「閉じ込められちゃったなんて怖いよぉー」
 そのまま、あんまり怖いと思っているとは思えない口ぶりで、ののにぴったりと抱きつく。が、ののの頬はいっそうひく、と引きつった。
「レオーナちゃん……部屋……入った?」
「ごめんねののちゃん! でも、脱出のためには仕方なかったの!」
 サァっとののの顔から血の気が引く。
「……見た?」
 レオーナにしか聞こえない程度の小さな声で問いかけると。
「見ちゃった」
 てへぺろ。と横に書いてやりたくなるような表情と、ウインクが返ってくる。
 ののは――白くなった。だが。
「大丈夫、誰にも言わないわ! このことは、私とののちゃんだけの秘密よ!」
 仏のようなレオーナの言葉に、ののは思わず涙を浮かべレオーナに抱きつく。
「! ありがとう、ありがとうレオーナ……!」
 実のところ、ののが気にしていたのは本棚にぎっしり詰まった同人誌(主に男性同士の色恋沙汰を描いた割とどぎつい部類の本)とか、パソコンの中の隠し撮り写真のことであり、レオーナが見ちゃったのはのののブラサイズとかさましの話なのだが、お互い微妙に誤解したまま話は進む。
「と、と言うわけで、あんまり見られたくないものとかもあるから――私立ち会いの元で探して貰ってもいいかしら」
 レオーナの言葉に少しだけ落ち着きを取り戻したののは、改めてその場に居た一同を部屋に招き入れる。
「まあ、仕方が無いわね」
 セレンフィリティはセレアナと顔を見合わせて、肩を竦める。いざとなればののの目を盗んで調べる必要が出てくるかも知れないが。

 その様子を影から伺って居た人影がひとつ。騎沙良 詩穂(きさら・しほ)である。
 ののの様子がおかしいと気付いた詩穂はこっそり後を付けてきたのだが、出るタイミングを逃してしまったのだ。
「うーん……明らかに怪しいですけど……こうなったら、正面から乗り込むしかありませんね」
 本当はこっそりののの部屋を調査したかったが、あまり時間の猶予もない。詩穂は普通に探索して居るふうを装って、ののの部屋の扉へと歩み寄った。
「こちらは探索中ですか?」
 問いかけながら部屋の中を覗き込む。
(……あれ、もしかして倉庫だったかな?)
 一瞬そう思ったが、よく見ればベッドや机もある。中ではセレンフィリティらが捜索の真っ最中だった。
「探索中よ。……でも、正直人手は欲しいわね」
 答えたのはセレンフィリティだ。
 ののの部屋はものが多すぎる。その上、そこはいやー、とかそこもだめー、とかのご指定も多く、なかなか思うように捜索が進まないのだ。
「じゃあ、お手伝いしますね」
 詩穂はにっこり笑って、部屋の中へ足を踏み入れた。
「パソコンには絶対触らないでね。あとこっちの本棚はレオーナにお願いしてるから。あっちのダン箱も開けるのは勘弁」
「…………はい」
 とりあえず忠告は守った方がいいだろうか。だが、仮にののが何か隠しているとしたら、触るな、と言われたところにこそヒントがあるような。
「じゃあ、開けなければ段ボール箱の周囲も探して良いですか?」
「……開けないでね」
 ののの念押しに頷いて、詩穂は積み上げられた段ボール箱に手を掛けた。
 何が入っているのやら、やたらと重たい。持ち上げても中身が動く気配が無いのでおそらくは本とかそういう類いだろう。
 ふたが開かないように慎重に、一つずつ隙間を改めていくと。
「あ」
 段ボール箱の隙間に、薄いプレートが挟まっていた。

【イルミンスール・空京・シャンバラ】はYES。【ユグドラシル・海京・エリュシオン】はNO。では、【コンロン】は?】

 そう書かれたプレートを前に――一同は廊下に座り込んでいた。
 ののが、プレートが見つかったなら一刻も早く部屋を出て欲しい、と懇願したのが一つ。
 謎について落ち着いて考えるには、部屋が汚すぎたのが一つ。
 以上二つの理由により、とりあえず廊下に出て考えることとなったのだ。
「イルミンスールはYESだけどユグドラシルはNO……うぅん……」
「これは簡単ね」
 頭を抱えるののを尻目に、自信たっぷりに胸を張ったのはセレンフィリティだ。隣でまたセレアナがため息を吐く。
「イルミンスール魔法学校、空京大学、そしてシャンバラ教導団……YESは全部、学校の名前に入っている地名だわ。そして、NOの地名が付く学校はない」
 どうだ、と胸をはるセレンフィリティに――一同は頷いて返す。
「確かにそうね」
「私も、そう思います」
「私も……そうだと思いました」
 のの、詩穂、クレアの賛同を得て、セレンフィリティはどうだとばかりにセレアナを見る。するとセレアナは、まさか、と言わんばかりの顔でセレンフィリティを見て居た。
「セレンが……まともに推理してる……」
「どういう意味よっ!」
「とにかく、ということは、コンロンの名を冠する学校は無い、ということで答えは『NO』ね」
 情報を共有しましょ、とののが提案する。
「これで全ての答えが出そろったみたいね」
 プラットフォームにアクセスした一同は、他の謎が全て解かれていたことを知る。……とはいえ、謎自体は一瞬で解けたので、ののの部屋の探索に時間を取られたのが敗因だろう。
「さて、あとは4桁の数字とやらを見つけるだけだけど――」
 そこまで言って、セレンフィリティは言葉を切った。
 それから暫く考えて――
「あとは、任せた」
 放り投げた。
 思わずずっこける一同。
「糖分切れよ」
 だが、そんな周囲の様子はつゆほども気にせず、セレンフィリティはあっけらかんと言い放つのだった。