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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~
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リアクション


第2章 眠りし女王 3

「痛い……一体何が? ……悲鳴?」
 横転した列車内――地面に叩きつけられて粉砕された窓側を床にして、年若い少年が痛みをこらえながら身を起こした。
 2009年時の神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)である。とある用事があって地下鉄に乗っていたのだが、その途中での事故だった。
 頭を打ったせいか意識が朦朧としている。それでもなんとか思い出せるのは、事故があったというその事実と、とっさに幼い子供を庇っていたということだった。
「……大丈夫?」
 幼い子供はこの正体不明の事故に怯えながらも、紫翠に優しく声をかけられてうなずいた。それから彼は、子供を自分の下から這い出させる。
 そこで初めて気付いたが――彼の容態はひどい状態だった。足の骨を折って、かつ右腕からは血が溢れている。おびただしい量のそれが、意識を朦朧とさせているのだ。
 幼い子供がようやく這い出して、その身体に大きな怪我ないことを紫翠は見た。
「よかった……」
 脂汗を額に浮かべながら、彼は微笑む。
 そして――そのまま紫翠の意識は徐々に闇の底に沈んでいった。

「おいおい、かなりの大惨事じゃないか? これは……早く助けないとやばい状態だな」
 横転した列車の上から窓ガラスを破って車内に飛び込み、シェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)はそんなことを呟いた。
 彼に続いて、救助チームが次々と車内に潜り込んでくる。一人ずつ丁寧に、車内から救出する作業が開始された。
 シェイドは彼らに先の車両の様子を見てくると言い残すと、車内を進み始めた。実際、どんな状況になっているのかは把握しなければならない。まして重体になっている怪我人もいるかもしれないのだ。それらは最優先で救出しなければならなかった。
 すると、シェイドは信じられないものを見た。
 あれは……まさか――
「紫翠? おい、しっかりしろよ!」
 彼は意識を失って倒れ伏している少年のもとに駆け寄り、その体を抱いて揺さぶった。まだ微かに意識の糸は繋がっていたのだろうか。
「誰……?」
 と、紫翠は焦点の合わない目を開いた。
「お前を助けにきたんだよ! はやく、治療しないと……」
「でも他の人……助けないと……」
「……他人の心配するってことは、確実に本人だな。お前の方が重症じゃないか? 爆発の危険も有るから、さっさとこの場を離れるぞ。……大丈夫だ。お前を避難させてから、他の連中も助けてやるから」
 この後に及んでも他人を心配する過去の相棒に対して、紫翠は必死で言い聞かせた。出血も徐々にひどくなってきている。このままでは時間の問題だ。
 それでも抵抗するように手を伸ばしていたが――意識の限界が来たのだろう。紫翠はぱったりと手を落として、目を閉じてしまった。
 そんな彼の身体を抱き起こして、シェイドは救助チームのもとへと急いだ。


 救助チームに所属している。フィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)ローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)の二人は、妙な胸騒ぎを覚えて現場へと急行した。
 フィーアは夜の果実を使って夜目が利くことから、ローザよりも先行して状況を伝えてくれる。列車の周りには魔物が取りついており、一部では火災も発生しているようだった。
「火災はフィーアがなんとかするですぅ。ろーねぇは車内の人の安全を確保してくださいぃ〜」
「分かったわ。あまり無茶はしないようにね」
「了解ですぅ」
 フィーアが火災現場に向けてブリザードの魔法を放っているのを背後にして、ローザは列車の壊れた扉を開くことに専念した。
 列車にとりついている魔物は、その他の仲間が引き受けてくれている。
 銘刀――“風雅”の一閃で扉を叩き斬って、ローザは内部へと侵入した。
 胸騒ぎは終わらない。まるで自分の友人が何か危険にでもあっている――そう告げるような、謎の警鐘だった。

「う……く……大丈夫か、燕馬」
「う、うん」
 幼い燕馬と二人で列車に乗っていた不死川神楽は列車事故に巻き込まれていた。横転した車内で、燕馬を押し倒すような状態にある。
 とっさの判断で彼女を庇ったのだが、代わりに神楽は、背中に粉砕された窓ガラスの一部が深く突き刺さっていた。
「お、おねえちゃん……っ」
 ぽたぽたと、燕馬の頬にまで血が垂れている。
 そのあまりの悲惨な光景に、幼い燕馬ですら愕然と目を見開いていた。
「そう……哀しい顔するなって……大丈夫、だからよ」
 苦し紛れの言い訳のような台詞を吐きながら、神楽はようやく燕馬の上から身体をどけた。壁にもたれかかって、深い息をつく。
 意識が朦朧としているのは出血のせいだろうか?
「おねえちゃんっ、おねえちゃんっ……!」
「…………」
 必死に呼びかける燕馬に答える言葉すらない。
「あれはっ……!」
 慌てて二人の元に駆け寄ってくる足音が聞こえてきたのは、その時だった。
「燕馬……っ!? それに、この人は……」
 駆け寄ってきたのは長身の女性だった。ポニーテールに纏められた桃色の髪の下で、不安げに瞳が揺れている。色気のある官能的なプロポーションの女性だが、今はその雰囲気はなりを潜めて、決死の表情で二人に寄り添っていた。
 誰……?
「ろーねぇっ! これって……」
 続けて、遅れてもう一人が駆け寄ってきた。
 それは今度は女の子だった。ウェーブのかかった金髪の髪につぶらな瞳の幼い顔立ち。一見すると、燕馬より少しお姉ちゃんというぐらいに見える。
 だが、その幼さとは裏腹に同様はかすかなもので――自分の役目というものを認識しているのか、冷静に対処を開始していた。
 少女の手のひらから漏れる温かな光が、神楽を包み込む。少しずつ、苦痛がやわらいでいくような気がした。
「“命のうねり”だけじゃどうしようもないですぅ。早く、外に運びですぅ!」
「そうね。フィーア、燕馬をよろしく」
「はいですぅ!」
 女の子――フィーアは泣きそうな顔で立ち尽くしていた、幼い燕馬の手を握った。
「大丈夫ですぅ。みんなに任せれば、きっとあの人もよくなるですぅ!」
「う、うんっ」
 フィーアの笑みを見て、幼い燕馬もようやく希望を見つけた顔になる。
「行くわよ」
 ローザが神楽の身体を担ぎ、彼女たちは車内から脱出を計る。
 駆けつけた仲間の救助チームに二人を任せたのは、それから間もなくのことだった。