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里に帰らせていただきますっ! ~ 地球に帰らせていただきますっ!特別編 ~

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 ■ ルシアの里帰り ■



 ルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)が里帰りをすると聞き、佐野 和輝(さの・かずき)は興味を持った。
(そういえば、ルシアの育った場所は研究所だったな、そして試験管ベイビー……)
 そのことが気になるのは、パートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)もまた、試験管ベビーだからだ。
「なあ、ルシア。迷惑じゃなかったら帰省に同行しても良いか?」
 試しに和輝が聞いてみると、
「うん、いいよー」
 ルシアからは極めて軽い返事が返ってきた。


 ルシアから同行許可を貰うと、和輝は今度はアニスに聞いてみた。
「この休みにルシアが里帰りするらしいから、同行しようと思うんだ。アニスも一緒に行かないか?」
「んにゃ? ルシアの帰省に同行するの?」
 和輝に言われ、アニスはちょっと考えた。
「う〜ん。この間の時はカメラとかあって、あんまりお話出来なかったけど……」
 いきなりマイクとカメラを向けられたアニスは、背筋をなぞられるような寒気に耐え、帰りたいと叫ぶのをこらえるので精一杯で、話をするどころではなかった。
 だからあの時はフードを深くかぶり、足下をじっと見つめていることしか出来なかったけれど、ルシア自身が嫌いな訳ではない。その逆だ。
「なんかルシアとは気が合いそうだから、良いよ〜♪」
 カメラに狙われない場所でならきっと大丈夫だからと、アニスは和輝と一緒にルシアの里帰りに付き合うことにした。


 里帰り当日。
 宇宙研究所に向かう道中、和輝は不快感を抱かせないようにと、ルシアに色々と話を聞いておいた。
 といっても、ルシアは研究所に関してのことはよく知らないからと、あまり詳しい話はしてくれなかったけれど。
「ルシア、まだ遠いの?」
 アニスは和輝の心配をよそに、ルシアに懐いている。普段人見知りが激しいアニスがここまで懐くのは珍しい。
「もうちょっとであの辺に宇宙研究所が見えてくるよ」
「あっち?」
 ルシアに指された方角を、アニスは首を伸ばすようにして眺めた。

 ルシアの言葉通り、それからほどなく宇宙研究所の建物が見えてきた。
「あれは何だ?」
 和輝が木々の間に光る細長い建造物を指すと、ルシアはすぐに答えてくれる。
「発射台の模型だよ。下で記念撮影できるようになってるの。その手前にあるのが宇宙研究所の本館だよ」

 広大な緑の敷地の中に、近代的なデザインの建物が幾つも建っている。
 建物の周りが芝生や花壇に囲まれていて、所々にあるベンチには見学の途中で一休憩してお喋りに花を咲かせる人の姿が見られる。
 カメラを持ってあちこちの写真を撮りまくっている人がいると思えば、団体でぞろぞろと歩いている人もいる。カップルの姿もあるが、目立つのは家族連れだ。珍しいものを見てはしゃぐ男の子とそれを叱る母親の声。
「結構見学者が多いんだな」
「夏休みだからねー」
 和輝とルシアは取り留めもない会話をしているが、アニスの口数は極端に減っていた。
(……あう、何だろう……ここって、アニスの嫌いなところに似てる……)
 どんどん不安が湧いてきて、アニスはルシアに尋ねた。
「ねぇねぇ、ルシア。ここって、本当にルシアのお家なの?」
「ううん、違うよ。私はムーンチルドレンだから、生まれ育ったのは月にある宇宙基地アルテミス。契約するまでは、地球にも来られなかったくらいだものー。でもここにはお世話になった人がいるから、こっちに来たの。……あ、いた!」
 話の途中で、ルシアは建物の入り口付近に立っている女性に走り寄った。

「久しぶりー。お土産買ってきたよ」
 飛びつくルシアを、女性は笑いながら抱き留めた。
「ルシア、再会を喜んでくれるのは嬉しいけど、お友達を放っておいたらいけませんよ」
「あ、そうだったー」
 ごめんねと悪びれずにルシアは言うと、2人にその女性を紹介した。
「メディアはね、私を親代わりに育ててくれた研究員なの」
 それに続いてメディアが挨拶しようとした時。
 不意にアニスが叫んだ。
「研究所には、育ての親なんていないもん! いなかったもん!」
「アニス、どうしたの?」
 ルシアはきょとんとしてアニスに尋ねた。
 けれどアニスはその問いに答えられる状態ではなく、涙を流しながら、いない、と叫び続ける。
「私はここにいない方が良さそうですね。ルシア、また後で」
 アニスの様子から、自分が原因ではないかと推測したメディアは、ルシアの頭に軽く触れると、建物の中に入っていってしまった。
 ルシアはその後ろ姿を眺めてから、アニスに向き直る。
「メディアは本当に、私のことを親代わりに育ててくれたいい人なんだよー」
「研究員は怖い人だもん! 育ての親なんかじゃないもん!」
「うーん……これ以上は言わない方がいいかな」
 事情は分からないまでも、メディアのことがアニスを混乱させているのだと察し、ルシアはそれ以上は反論せず、
「よしよし、落ち着いてー」
 と唱えながらアニスの頭を撫でた。
 和輝は固く握りしめたアニスの手を包むように持ち、静かに言い聞かせる。
「アニス、ここには怖いものは無い。大丈夫だ……大丈夫だ……」

 2人に宥められ、アニスの波立った心は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
 けれどすっかり元気を無くしてしまって、しゅんとうなだれている。
「……アニスは大丈夫?」
 心配そうなルシアに和輝は答えた。
「ああ。トラウマを刺激されただけだ」
 アニスはルシアと同じ試験管ベビーではあるけれど、ルシアのように育ての親と呼べるような人はいない。それどころか、研究員は恐怖の対象でしかなかった。その為、ルシアが研究員を育ての親と認識することが理解出来ず、パニックを起こしたのだろう。
「アニスは研究所から離した方がいいな。すまない」
「ううん、私はいいけど……アニス、元気出してね」
 もう一度アニスの頭を撫でると、ルシアはまたねと手を振って、研究所から離れてゆく2人を見送った。