天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

白百合革命(最終回/全4回)

リアクション公開中!

白百合革命(最終回/全4回)

リアクション


個別リアクション


『1.責任』

 飛行形態で、円はゲイルバレットを飛ばしていた。
「辛そうだけど、大丈夫?」
「そっちだって、辛いだろ。早く瑠奈のところに連れて行ってくれ」
 後部座席に乗っているシスティ――シスト・ヴァイシャリーは目を閉じた状態で、円の問いにそう答えた。
「やっぱり心配なんだ。指輪を渡した相手よりも?」
 円は出発前に、誰に指輪を渡したのかとシストに尋ねたが、彼は『ミケーレの女』と答えただけだった。
 自分が選んだ相手より、ミケーレ・ヴァイシャリーが選んだ女性の方がヴァイシャリー家に嫁ぐ者として数段優れていたということ。家を継ぐ者として自分はミケーレに負けた。そんな風に感じているようだ。
「そっちの問題はもう俺の手を離れた。瑠奈を嫁にとも考えていない。けど……嫌いになったわけじゃないし、俺には彼女を助ける責任がある」
「先輩のことだけじゃないでしょ」
「……勿論」
「この事件の黒幕について君は知ってるんだよね?」
「お前より知ってるが、話すことは出来ないし、知ろうとするなよ」
 そう言った後、シストはぼそっと「危険だから」と付け加えた。
「ボクのこと案じてくれてるんだ? まぁ知らないけど、何となく気付いてることもあるんだ。
 君は多分、象徴になりえるよ。
 だから、体辛いとは思うけど、魔力増幅の杖を見つけて、全員救出ってベストの結果を出すまで出来るだけ粘って」
「魔力増幅の杖を使っても、俺の実力では重傷者を運ぶだけで精一杯。ベストは杖を使って自分一人でここから一旦戻って、早いうちに魔術師と共に再びここにきて、全員運んでもらう方法だな」
 シストは大きくため息をつく。
「けど、魔力増幅の杖がこっちにあるはずはない。帰還は、次の護衛艦に期待した方がいい」
「でもこの世界の魔力って異常じゃん? 力が奪われていることも。もしかしたら、この世界で誰かが杖を使ってるのかもしれないし……というような案、百合園で出てた気がする。
 とにかく、やばかったら適当に契約でもして持たせろー」
「そんな適当な気持ちで出来るものじゃないだろ」
 笑いの含んだ声だった。
「結構適当な気持ちで契約者になった人、多いんだって! シャンバラを救うとか、戦争に加担するとか、そんなこと全然考えてなかったんだよ、ボク達は」
「……ん。そうだな」
 シストは再び、大きく息をついた。
 イコンの中は空調も稼働しており外より随分と楽だった。
 それでも、彼にとってこの空間はとても辛いらしい。勿論、円も強い不快感を感じていた。
「あと忠告」
「ん?」
「自分の立場に酔い過ぎ。
 ヴァイシャリーの担う者だか知らないけど、キミもボクもただの人だ。
 自分の意思で行動しても、ボクは反対しないし、貴族、ミケーレみたいに生きなきゃいけないって事も無いと思うよ。今回みたいに自分なりのやり方を探してもいいと思うし、最悪、家を出ればいい」
「家を出ても、どこかで捕えられて俺を旗頭にしてヴァイシャリー転覆を狙う奴らが出るかもしれない。継承権の放棄をしても、直系の正当な血を引いているとして、追われ続けるだろう。俺達は自由になんて生きられないんだ」
 苦笑しながらシストは答え、こう続ける。
「けど、今なら家出も出来なくないんだよな。シスト・ヴァイシャリーはいなかったことにすればいい。そうやって消えていったヴァイシャリー家の男は結構いるみたいだし」
「うん。良く考えて、自分が後で納得出来ることを今度からしなよ」
「んー、桐生円は背伸びしすぎだよなぁ」
「ボクの方がお姉さんなんだけど? 文句ある?」
「お前、どう見ても子供じゃないか」
 笑いながらの言葉に、円はちょっとムッとするが、軽口を叩けるだけの元気があることに安心もした。
「一つ、お前……桐生センパイにも謝っておかないとな」
「何? 謝ってもらうようなこと……いろいろある気もするけど!」
「ははは……。
 今まで本音で話が出来なかった理由は、立場的なものもあるけど、先輩とは最初から慣れ合う事は出来ないと思ってた」
「何で? ボク品行方正だし思い当たる節は全然ないなあ〜」
「どこが! 品行方正だとしても無理。だって先輩は瑠奈の恋人の友人なんだろ? 親しくなんてなれやしない。表向きならいくらでもできるけど。
 そんなわけで、これからも当たり障りない付き合いでよろしく。それと……ありがと」
「ん? 瑠奈先輩には失望したんじゃなかったっけ」
「失望したし、見損なった……というのは、貴族としての言葉で。他の言い方をするなら、ノブレスオブリージュに縛られる俺は普通の女の子である瑠奈に相応しくない。
 けど、心は夢から覚めない」
「抽象的でよくわかんないんだけど」
「……好きだってこと。もう言い寄るつもりはないけど、瑠奈と恋人の話なんて聞きたくはない!」
「はははは……」
 円は少しだけ笑ってから、諭すように言う。
「後は、ノブレスオブリージュというか、責任が死ぬことだとは考えない事だね。キミの命なんて必要ない」
「……」
「大事なのは、皆生きて帰ることさ――君も含めてね」
 円のその言葉に少し間をおいて、シストは「ああ」と答えた。
「っと、先遣隊のイコンだ。着陸するよ」
 百合園の救護艇に乗せられたイコンを発見し、円はゲイルバレットを下降させた。


『2.使命に必要なら』

 サビクはシュヴェルト13で飛びながら、地上の様子を見ていた。
 地形はマリカが持っていた地図通りなようだ。
 可能な限り上空を飛んで、全景を俯瞰。大まかな地形や建物をマッピングしておく。
 生存者を探していた人造人間達は、自分達に近づいてくることはもうなかった。
 こちらから近づいても、攻撃してくることもない。
「光条兵器使いが向かっている先には、皆が向かっているから……ボクはボクの仕事を優先させてもらうよ」
 サビクは通信機や携帯電話の状態を見ながら、電磁波を探っていく。
(瑠奈ちゃんの状態。はっきりと聞いてはいないけど、一緒にいたというゼスタの仕業かもしれないね)
 何か事情があったんだろうし、死なない程度に留めたんだろう。
(……使命に必要なら、ボクだってそうしただろうさ)
 口に出して言ったら、シリウスが激怒しそうだから。
 サビクは心の中で、呟くのだった。
「ん?」
 集落の一画に、塔があった。
 近づいてみると、通信機のノイズが酷くなった。
「ここか?」
 付近を旋回し、生存者がいないことを確認すると、斬龍刀で切り込んで塔を破壊する。
「……っと、電磁波が少なくなったな」
 モニターでセンサーの状態を確認し、再び上空を飛び回って探っていく。
 もう一か所、電磁波を飛ばしている場所がありそうだった。


『3.密室で』

 ゲイルバレットの中で。
 座席のシートを出来る限り倒して、瑠奈は横たえられていた。
 狭い操縦席の中、刀真は瑠奈に付き添っていた。
 もう一つの席では、システィ・タルベルトが休んでいる。
 瑠奈の体調は安定しているが、心配なのは脳だった。
 酸素不足な状態に陥ってはいないだろうか……。彼女は目を覚ますのだろうか。
 不安な気持ちを抱えながら、刀真はローズに言われた通り、瑠奈の様子を見守り僅かな変化も見逃さないように、一瞬たりとも彼女から目を離しはしなかった。
 刀真自身も、水分や栄養補給を十分に行い、精神力が戻り次第、瑠奈に魔法をかけて癒していく。
「回復魔法なら、私も得意だから。何かあったらすぐに代わらせてもらう」
 システィがそう言うが、刀真は首を横に振った。
「君には大事な役割があるんだろう。温存しておいてくれ。……友達だからって、瑠奈だけ連れて帰ろうなんて思うなよ」
「……瑠奈と式神だけなら、この状況下でテレポートをしても、1カ月くらいあればまたテレポートが行えると思う。もしかしたら、その間に魔力増幅の杖を取り戻すことも出来るかもしれない。シャンバラでの1カ月はこっちでは3時間くらいだ。どうにかならないか?」
「さっきも言ったが、ここには瑠奈以上に危険な状態な者もいるはずだ。状況は刻々と変化している。君がいない3時間の間に消える命があるかもしれない。瑠奈は絶対にそれを望まない。皆と瑠奈を助けたいのなら、一回で全員帰れる方法を考えるんだ」
「入口が閉ざされた今、あるわけがない!」
「静かに。話しは止めよう。瑠奈に悪影響だ」
 刀真がそう言った直後。
「瑠奈……」
 瑠奈の目が薄らと開かれた。
「俺が分かる?」
 刀真の言葉に、瑠奈はごくわずかに首を縦に振った。
 刀真はほっと胸をなでおろし、瑠奈の頭を片手で撫でた。
 もう片方の手は、指をからませ彼女と手を繋いでいた。
「おはよう瑠奈、帰りが遅いから迎えに来ちゃったよ。
 俺だけじゃなくて、ゼスタや他の人達を心配した皆も来ているよ」
「レイラン、せんせ……」
 か細い声が、瑠奈の口から発せられた。
「……ゼスタも無事だ」
 きっと。と、刀真は心の中で言葉を付け加えた。
「瑠奈頑張ったね。でも、もう大丈夫だ。これから何が起きたとしても俺達がいるから」
「ごめ……」
「ん?」
 刀真は何か言いたそうな瑠奈の口に、耳を近づけた。
「ごめん、なさい……。危険な、め、あわせ、て……皆、無事? 大丈夫?」
 意識ははっきりとしていないようだが、声は切実で、悲しそうだった。
「大丈夫だよ。百合園に皆も頑張ってるからね。他にもここで苦しんでいる人がいるかもしれないから、今皆で探しているところ。後は任せておいて大丈夫だから、瑠奈は安心しておやすみ」
 優しく撫でて、刀真は語りかける。
 瑠奈はまた軽く頭を縦に振って、目を閉じた。
 再び眠りに落ちた瑠奈を眺め、刀真は安堵の息を漏らす。
 彼女の体調の安定と共に、刀真の心も安定していった。

 その間――。
 システィは瑠奈の顔を覗き見てから。
 何も言わずに腕を組み、目を閉じていた。