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【特別シナリオ】あの人と過ごす日

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【特別シナリオ】あの人と過ごす日
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リアクション


【物部 九十九の場合】


 ――彼は言った。
「ところでバレンタインって何の日だ?」
 と。

 ――彼女は言った。
「愛の告白の日だよ、おバカ!!」
 と。

 彼の顔面にチョコレートを叩きつけながら。



<俺とお前と空の下>



「助けて?、ドールえモ?ン!!」

 そんなわけで彼女――鳴神 裁(なるかみ・さい)に憑依した奈落人、物部 九十九(もののべ・つくも)は同じく裁のパートナー、魔鎧のドール・ゴールド(どーる・ごーるど)に泣きついた。
「誰がドールえモンですかっ!? 誰が身長と腹囲と頭囲が同じネコ型青色ロボットですかっ!!?」
 そこまでは言っていない。
 なお、その日のおやつがドラ焼きだったのはあくまでも偶然である。
「そんなこと言わないで助けてよ?!!」
「何がですかっ!? ボクの優雅なおやつタイムを邪魔しないでくださいよ?!?」
 狼狽するドールを前に、金色の瞳に涙を浮かべた乙女はその胸の内を告げた。
「デートって何をしたらいいかわからないから一緒についてきてよ!! こっそり魔鎧装着状態で!!」


「きみは じつに ばかだな」
 ドールは即答した。


                    ☆


「……そもそも、デートに誘うところから成立していないではないですか??」
 呆れ顔のドールはドラ焼きにひと口、ぱくりと噛み付いた。
「……そうなんだよね。ちょくちょく顔を合わせてはいるんだけど……」
 九十九が悩んでいるのは、『彼女』が片想い中の『彼』――ブレイズ・ブラス(ぶれいず・ぶらす)のことである。
 自称正義のヒーロー『正義マスク』を名乗る彼とは、街のパトロールをしながら二人でいることが多い。
 九十九としては、そのパトロールを名目としてデートを楽しんでいるつもりだったのだが――。
「ボク、最近思うんだ……あれはひょっとしてデートじゃないんじゃないかって……」
「そうですね、それはただのパトロールなんじゃないですかね?」
 もちろんパトロールを名目にしているのだから、することといえばパトロールである。
「……ちっとも進展しないんだよね?。もう一歩前進というか……なんかこう……ちゃんとデート的なことなんかもしてみたいし……」
 ガラにもなく、もじもじと相談する九十九。普段はパートナーである裁の身体を借りてイタズラし放題の彼女も、恋愛ごとは苦手なのだ。
 そもそも会えばパトロールやバイト、話せばイタズラや冒険の話、料理を作れば謎料理の二人の間が進展することが考えにくいとも言える。
 それにブレイズにしても、基本的に脳筋正義バカの人間ミサイルのような男だ、九十九の繊細な乙女心に気がつくようなことがあるとは夢にも思えない。
「普通にデートに誘えばいいんじゃないですか??」
「……どうやって?」
「……」
 ドールは返答に困る。なし崩し的に恋愛相談に乗っているものの、ドール自身の恋愛偏差値だってごく平均点かそれ以下だ。
「……え?と、ですね。……こんなのはどうですか??」
 ふと、手元の雑誌に視線を逃がした。『この春はアウトドアデート! 手作り弁当を持ってピクニックに出掛けよう!!』というような特集記事が目に留まる。
「ピクニック……お弁当……」
 呟いた九十九の脳裏に浮かぶのは、バレンタインに作った単眼で翼が生えていて自動的に食べられる『い?とみ?☆チョコ』である。
 それは結果的にバレンタインの意味を解していないブレイズの顔面に叩きつけられた。
 他にも九十九と裁は、蒼汁をふんだんに使用した数々の名作・迷品の数々を作成しては、ブレイズに食べたり飲ませたりしてきている。
「……料理……」
 頭を抱える九十九。今さらまともな弁当など作ったところで食べてもらえるだろうか、という不安が彼女の心を支配していた。
「……自業自得ですね??」
 ドールの常識的な突っ込みが冴える。
「うん……でも……このままじゃずっと進展しないままだし。一念発起してブレイズをデートに誘ってみよう! まずは試しにお弁当とピクニックからだ!!」
 ぐっと握りこぶしを作る九十九。ドールはその様子を尻目に胸を撫で下ろした。
「あ、そうだドール?」
「なんですか??」
 やっと解放されるよ、とお茶をすする。


「デートには勝負下着が必要だから、当日はついてきてね?」


 ドールの口からお茶が激しく噴き出された。
「げほっ、げほっ!! ……それでさっき魔鎧装着状態でって……え? いや? どういうことですか?!?」
「え、だって。デートには勝負下着が必要だって……ドールなら戦闘力も上がるし……こっそりアドバイスしてくれたら……」
 確かにドールはインナー型の魔鎧である。であるのだが。
「……下着として他人のデートに参加してかつリアルタイムでアドバイスって、どんな罰ゲームですか……というか戦闘力って……あの、九十九さん? 勝負下着の意味、判ってませんね?」
「ほえ?」
 きょとんとした顔の九十九。明らかに判っていない。
 激しい頭痛に悩むドール。九十九に変な知識を吹き込んだ犯人は予想がついていた。無邪気かつ小悪魔的な笑顔を浮かべるパートナーの顔が頭に浮かぶが、視界範囲内にその存在は確認できない。
「……逃げたな……まあいいです、あちらにはあとでオシオキするとして……」
 責任の所在を明らかにしようとするドールの前で、九十九はまだ勝負下着の意味について探求していた。
「勝負……っていうくらいだから戦闘的なものじゃないの?」
「……デート中に何を誰と勝負するっていうんですか九十九さんは……。まあいいです、意味がわからないならそのままで」
 まだ頭をひねる九十九。この分なら、彼女が勝負下着の本当の意味を知るのは当分先だろう。
「いいんです、無理に知らなくて……。いいですか九十九さん、その身体はあくまで借り物なのですから、許可を出せるのはせいぜいキスまでですよ?」
「あ、キスまではいいんだ?」


『ちょっとドールなに言ってるの!! キスもダメに決まってるでしょ!! ボクの身体だよっ!!?』


 ここにおいてようやく、九十九に憑依されている裁の突っ込みが入った。
「ダメだって」
 脳内突っ込みを受けた九十九がドールに告げる。
「冗談ですよ? まぁ、せいぜい手をつなぐくらいが限界でしょうしね?」
『当たり前でしょ!? しっかりしてよ、ドールまでボケ始めたらボクのパートナーの常識人枠がいなくなってしまうでしょうが!!』
 そんな裁の叫び声が九十九の脳内でやかましく響いた。
「……そっか、そうだよね……よっし、じゃあまずはお弁当作ってみようか!!」
 うーん、と伸びをして、九十九は立ち上がる。
「……しかし何というか……意外ですよねぇ?」
 その様子を眺めたドールは、ぽつりと呟いた。
「元々、こっちの世界で遊んだりイタズラしたりすることぐらいしか興味なかった九十九さんなのに……今やすっかり恋する少女のようで……」
「いや?ん、そんな可愛い乙女だなんて」
「言ってません。……でも、意味としては近いのかも? こう言ってはなんですが……」
「……?」


「そもそも、どうしてブレイズさんをそんなに好きになったんですか?」


                    ☆


「どうして……か」
 九十九は思い出して呟いた。今日も今日とてブレイズとのパトロールに来ているというのに、心ここにあらずという様子である。
「何か言ったか、九十九?」
 振り向いて声を掛けるブレイズ。普段は鈍いくせに、変なところだけは鋭い。
「……ううん? ……何でも、ないよ?」
「……そうか? ならいいけどよ。具合悪いなら無理すんなよ?」
 精一杯の笑顔で答える九十九に、ブレイズもまた笑顔で応えた。
 フリーランニングの要領でビルからビルへと跳び移っていく二人。ブレイズの後に続きながらも九十九の脳裏をよぎるのは、先日のドールとの会話だった。
「どうして……か」
 もう一度、九十九は心の中で呟いた。

『えーと……何て呼べばいいんだ? 裁じゃ、ねぇんだろ――お前』

 彼はあの時、そう言った。九十九がブレイズと初めて会った時のことである。いつものように裁の身体に憑依して周囲をからかって遊んでいた九十九だったが、ブレイズは肉体こそ裁であれ、別人が憑依していることをわずかな時間で見破ったのだ。
 それが、九十九にとってのきっかけだった。
「……びっくりしたけど……嬉しかったんだよ」
 その次に会った時には、その驚きは確信に変わった。

『……ふふ?ん、やっぱりブレイズには『ボク』が分かるんだね♪』

 奈落人とは孤独なものだ。特に、浮遊霊としての期間が長く自らの記憶や意思を失いかけていた九十九。憑依時に肉体的ベースの裁に人格形成を引っ張られているせいもあり、自らが名乗らなければ誰かにその存在が気付かれることが極端に少ない。
 それだけにブレイズに憑依を見破られたことはショックであり、次第に彼が気になる存在に変わっていったのだった。
 やがてブレイズは『自分の見分けが付く人間』から『自分のことを見てくれる人間』へと。
 そして『もっと自分のことを見てほしい人間』へと変化するのに、さほどの時間はかからなかった。

 だが――。

「でもそれって、ブレイズさんが九十九さんに気付いたのって……」
 先日、ドールは言った。そのひと言が今も九十九の心に重くのしかかっている。
 ――気付いてはいた。
 ブレイズが彼女の存在に気付いたのは、いわゆるマブダチである裁の様子が普段と微妙に違ったからだ。身体の運びや微妙な行動の違い――そうした違和感がきっかけで九十九の存在に気付いたに過ぎないのだ。
 自分のことを見てくれたわけでは――。


「――九十九!!」


「え?」
 ブレイズの警告で九十九は我に返った。彼らが跳び回っているのは魔法やスキルで空を飛んでいるわけではない、ただ単に鍛えられた肉体と磨かれた技術でわずかな手がかり、足がかりを元にビルからビルへと跳んでいるだけなのだ。
 慣れているとはいえ、物思いにふけりながら行うことは危険な行為である。
「――しまった!!」
 わずかな目測の誤りから、ビルの端へと跳んだ際の着地に失敗した。足を踏み外してバランスを崩す九十九。高くそびえ立つビル、落下したらいかにコントラクターであろうともタダではすまない。
(守らなくちゃ――)
 時間の流れがゆっくりと感じられる中、この身体は裁からの借り物だ、というドールの言葉を思い出していた。足を滑らせてビルから転落しそうな身体を支えるため、どこかに手がかりを探す。
 しかし、本来ならば人が出入りするような場所ではないビルの屋上には、そんな安全措置など取られているワケがない。どうすることもできない九十九の身体が一瞬、宙に浮いた。


(ごめん、裁――!!)


 見たくもないのに、視界にはビルの屋上から地面までがやけにはっきりと見える。まだ諦めるな、もう駄目だという相反する自分の声が思考回路を支配する。結局は何も考えることができないまま、九十九の周囲の時間だけがゆっくりと進み――。


「――大丈夫か?」


「……ブレ……イズ……?」
 気付くと、身体の落下が止まっている。辛うじてビルの縁に手をかけたブレイズがぶら下がるようにして九十九の手を掴んだのだ。
「ぼーっとしてると危ねぇぞ……っと。どっか痛めてねぇか?」
 どうにか片手でビルをよじ登り、九十九を引き上げるブレイズ。
「あ、ありがと……大丈夫……みたい……」
 やや呆然とした表情で、九十九は呟いた。フリーランニングの最中に気を抜くことは大変な危険を伴うため、許されることではない。しかも九十九の場合、憑依している身体の持ち主である裁に迷惑がかかることも知っていたはずなのに――。

「……なぁ、ちょっと時間あるか……? 今日のパトロールはもう終わりにしようぜ」
「え?」
 意気消沈した九十九に、ブレイズが声を掛けた。戸惑っている間に回りこんだブレイズは、両腕で九十九の身体をふわりと抱き上げてしまった。
「きゃっ!!」
「――掴まってな!!」
 有無を言わさず、いくつかのビルの間を跳び上がっていくブレイズだった。


「わぁ……!!」
 九十九は思わず声を上げた。
 わずかな時間のあと、二人はひときわ高いタワーの上にいた。街と郊外の様子までを一望できる、高いタワーの頂上。
 整備された街並から郊外の平野の田園風景までを、ちょうど沈みかかる太陽が黄金色に染めていた。
 徐々に陽が沈むにつれ、黄金に輝く街が、その色を朱色へと変えていく。
 ブレイズに抱えられたまま、九十九はしばし言葉を失った。

 ――美しい光景だった。

 やがて日が暮れてしまうまで、二人はその風景を眺めていた。
「……あ」
 ふと、九十九は気付いた。
「……ん?」
 あっけに取られている間にブレイズにお姫様だっこされている。
「ブ、ブレイズ!! もう大丈夫だから、だから!!」
「ん? おう、そうか」
 途端にジタバタと腕の中で暴れる九十九を、気にした様子もなくその場に下ろした。頬を赤らめた九十九に気づきもしないで、ブレイズは口を開く。
「この街で一番……好きな場所なんだ」
 夕暮れの街灯りに照らされながら、ブレイズは街を眺めた。
「――ここ?」
「ああ。ここ、綺麗だろ? 別に……俺が何かしたワケでもねぇんだけどよ。
 ここから平和な街を眺めていると、なんか……すげぇ良かったなっていう気分になるんだ。
 いつも、パトロールの後でここから街を眺めて帰ると……たとえば嫌なことがあった日でも、また明日も頑張ろうって思えるんだよな」
 まるで少年のようにキラキラした瞳で、ブレイズは語った。
 その横顔を見上げる九十九の瞳にも、輝きが宿っていたかもしれない。
「へぇ……知らなかったよ。こんな隠しスポットがあったなんて♪」
 視線を九十九に落として、ブレイズは笑った。
「おう、誰にも教えたことねぇからな、他の先輩達にも内緒なんだ、誰にも言うなよ!!」
「……誰にも……?」

「ああ――教えたのは九十九だけだ」

 ああ、どうしよう。九十九は思った。
 こんな些細なこと。
 ほんのちょっとしたことが、こんなにも嬉しいなんて。

「あ、そうだ!!」
 九十九は唐突に声を上げ、荷物の中から大きな包みを取り出した。
 それは、結局デートには誘えなかったものの、試しに作ってみた弁当だった。
「お、弁当じゃねぇか! 九十九が作ったのか!?」
「うんっ♪ ……ね、一緒に……食べない……?」
「おう、いいのか!?」
 特に疑問にも感じずに応えるブレイズ。九十九はもちろんだよ、と笑顔で弁当を広げた。

「……ブレイズ……?」

 準備ができた九十九がふと視線を戻すと、ブレイズはまた街を眺めていた。
「なぁ……九十九……」
「……なあに?」
「今、パラミタも地球もなんだかんだあって、大変なことになってるけどよ。俺はずっとこの街を……人々を守りたいって思ってる。
 それが俺の信じる正義だと思うし……そうしていつか、本物のヒーローになりてぇって思ってるから」
「……うん……」
「お前は、どうなんだ?」
「……え?」
「今、地球やパラミタは色々あるけどよ……お前はこれから、どうしたいって思ってるんだ?」
「……ボク……? ボクは、だって……ナラカの浮遊霊で……」
 九十九は戸惑った。
 そもそも彼女ははるか昔に死んでいる奈落人で、今は裁に憑依することでここに存在しているが、地球人である裁がもし地球に帰ったりしたらどうなるのだろう。
 地球に帰るという選択肢がないにしろ、万が一パラミタと地球との繋がりが断たれてしまったら、ある日突然この世に現れることができなくなるということも、あるかもしれない。
 いやそもそも――そういう事態にならなかったとしても、いつまで裁に憑依していられるのだろう?
 裁には裁の人生がある。いつまでも九十九に身体を貸して遊んでいられないかもしれない。よしんば時折憑依することができたとしても――。
「……九十九?」
 黙りこんでしまった九十九の顔を見直すブレイズ。


 今、彼に抱いている想いが仮に叶ったとしたら――どうなるのだろう?
 叶ってしまったら――どうなるのだろう?


 九十九と違って、ブレイズは生身の人間だ。それこそ彼の人生があり、将来の生活がある。
『許可を出せるのはせいぜいキスまでですよ?』
 ドールの冗談が脳裏をよぎった。そうだ、借り物である裁の身体では、恋人とキスもできないのだ。
 今は楽しい、この時間がずっと続けばいいと素直に思う。一度は死んだ身だ、こんな思いが再びできただけでも成仏モノだ。
 しかし実際にはそうはいかない。人間には欲がある、叶えば叶うほど――それが決して叶わないものであっても――求めてしまうものなのだ。
 知りたくもない現実を、よりにもよって一番聞きたくない相手から聞かされた気がして、言葉が何も浮かばない。
「――ない……」
 ややあって、九十九は口を開いた。
「え?」
「ボク、奈落人だからさ……いつまでこうしていられるかも……わからないじゃない……そんな先のことなんて……考えられないよ……」
 せっかく作ってきたお弁当が、夕暮れの街灯りに滲んでいく。
「ふうん……」
 ブレイズはひょいっと、お弁当の中からおにぎりを取って、ひと口かじった。そして。


「そっか、そりゃあ自由でいいな!!」


「……へ?」
 九十九は顔を上げた。
 手にしたおにぎりを更に二口、三口で食べきったブレイズは、無邪気な笑顔を見せた。
「うん、うめぇ。だってそうだろ――先のことがわからねぇってことは、なんでも自由ってこった!!
 奈落人ったって、これからどんな技術が開発されるかわからねぇしな!!
 憑依用の別な生体ボディとか、完全に分離して実体化する魔法とか……そう考えるとなんつーかこう、わくわくするよな!!!」

「……は、はは、は……」
 九十九は思わず笑ってしまった。
 なんだかつい深刻になってしまった自分が逆にバカのように見えた。
 目の前の想い想い人はこんなにも何も考えていなくて、こっちの気も知らないで、むしろ勝手に明るい未来を想像していて、それに勝手にわくわくしていて――。


「きみは じつに ばかだな」


 思わず、口をついて出てしまった。
「――ちぇ、ひでぇな」
 笑顔のまま、ブレイズは答える。次のおにぎりに手を伸ばそうとしたその時。
「――!!」
 陽が落ちて暗くなった街に突然、火の手が上がった。
「事故か――事件か!!?」
「――大変!!」
 二人はタワーの端から火の手の方向を眺める。まだ状況は判らないが、何かが起こったのは明らかだ。

「――九十九、行けるか!?」
 ブレイズは九十九を振り返って手を差し出した。

「――」
 差し出された手に、一瞬の逡巡。
 なんだか今日は色々あって、正直頭が追いついてない。

 せっかくお弁当を作ったのにほとんど食べられなかったじゃないかとか。
 結局のところ今日もただパトロールしただけでこれはデートじゃないとか。
 将来の展望とか実は全く現実的な話じゃないよねとか。
 手をつなぐどころか一足飛びにお姫様だっこされちゃったとか。
 秘密の場所を共有できたことがこっそりと嬉しかったとか――。


『そもそも、どうしてブレイズさんをそんなに好きになったんですか?』


 そりゃ理由を聞かれれば、ちょっと答えにくいけれど。
 それでも、この目の前の正義バカで人間ミサイルで底抜けに明るい未来を描く単純バカが――。


 やっぱり好きだなぁ、と思った。


「うんっ!!」
 力強く頷いて、ブレイズの手を取る九十九。
「よっし、行くぜ!!」
 二人同時に、タワーから跳び立った。

 風を感じれば、夜空の下に跳んだ二人の影は夕闇に紛れて。
 それでもしっかりと握られた手は離れずに、互いの存在を感じていた。
 それがいつか感じられなくなる日が来るのだとしても、今はもういい。
 ただ今、この温もりを感じていたいと思った。

 ああ――。
 きっと――。


 ――きっと、これが恋だね。


<俺とお前と空の下>END