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【DarkAge】空京動乱

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【DarkAge】空京動乱
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●Awake(2)

 爆発が起こった。
 空京のあちこちで、一斉に。
 最初、くぐもった破裂音が聞こえただけだが、直後にはそれが窓ガラスを吹き飛ばし、焔と熱を巻き上げる嵐のような破壊をもたらした。
 食料貯蔵庫が吹き飛んだ。どれほどの食料が無駄になっただろう。
 医療品の配給倉庫、配送センターなども消し飛んだ。病院にも少なからぬ被害が出ている。
 時刻は朝の九時過ぎ、この爆発音でたたき起こされた者もあるだろう。
 起きることも叶わず、瓦礫に埋もれて失われた人命も決して少なくはないだろう。
「思った以上に早い……!」
 ステラ・オルコットは先端医療センターの廊下を駆けだしていた。
 幸い医療センターそのものには被害はほとんどないが、別棟の倉庫は台無しだ。病院でこれまでステラは患者の噂話を集め、そこからレジスタンスの動きをうかがってきた。あの不穏なカスパール・竹取の呼びかけから数日、彼らの行動が近いことは読み取っていたが、もう「近い」などと悠長なことは言っていられまい。
 体を丸めて窓から飛び出す。ここは二階だ。急ぐならこれが一番手っ取り早い。予想通り警報は鳴りださなかった。もうとっくに、病院中の警報が鳴り響いているのだから。
 ぱっと着地すると、ステラの周辺に窓硝子の破片がバラバラと舞い落ちた。
 しかし最後の破片が地表に達するころには、もうステラは走り出している。
 灰色の上着を脱ぎ捨てると、その下から軍服が現れた。このときにはもう、ステラ・オルコットという人間は消え失せ、そこにいるのは『大黒澪』となっている。脱ぎ捨てたマスクは燃えさかる炎の中に投げ込んだ。
 ステラ、いや、澪の着ている制服の色は、この空京では珍しい黒だ。
 それは恐怖の色である。総督府秘密警察の正規服だからだ。コードナンバーを有するいわゆる『銘入り』クランジや、一部の戦闘特化型機晶姫にしか着用は許されていない。その制服を見ただけで、多くの一般市民は肝を冷やすことだろう。
 もちろん澪のそれは本物ではない。時間をかけて研究し作成したイミテーション品だ。だが実際の秘密警察所属員であっても見間違うほどに精巧な偽物だった。
 澪は黒い髪を解いて流した。折りたたんでいた布を何度か叩くと、布は大きな帽子に変わった。魔女が身につけるような黒い三角帽子、これを目深に被る。
 すると彼女は、クランジο(オミクロン)そっくりになる。そっくりどころか、オミクロンその人にしか見えなくなる。

 爆発が起こった。
 ――時がきたか。
 戦部小次郎ははこれまで、市民階級・非市民の区別なく、この空京でプロパガンダ活動に従事してきた。
 不安を煽り、心をたきつける。
 小次郎の読みは間違っていなかった。空京に暮らす者たちは一見、レジスタンスのエデン占拠を非難し、エデンが頭上に落とされることを怖れているようで、実際はレジスタンスに期待するところも有していた。つまりクランジ支配に不満を持っていたというわけだ。
 すべての市民がそうだというわけではない。非市民にも、現在を最良とする人間は少なからず存在したが、それでも、彼の活動は大いに効果を発揮したといえる。
 そして爆弾が炸裂したその直後、最後の一押しとばかりに小次郎が選んだ場所がここだ。
 彼は周囲を見回した。
 施しを求める側、いつも通り炊き出しに集まった非市民階級の群衆が、どうすべきかわからず右往左往している。
 施す側、『平和を愛する空京市民の会』の会員たちも、うろたえて顔を見合わせている。
 そこに小次郎は爆弾を投げ込んだ。といっても本当の爆弾ではない。火薬はもう充分だ。ここに必要なのは言葉の爆弾だ。
「聞いてほしい。私は名もなき非市民の一人だ。その一人として言わせてもらう!」
 ノマド・タブレットを改良して加えた拡声器の機能、これを全開にして彼は群衆に言葉を飛ばした。
「考えてみてほしい。今、君たちが目の前にしている食料はどこからやってきたかを。天から降ってきたわけではなく、自然発生したわけでもない。誰かが作ったものなのだ。そして、この世には一方的に食料を享受できる存在は二つしかない! 愛玩動物か、家畜だ! さあ、考えてみてほしい! 支配者にとって空京に暮らす民はどちらの立場か……数の関係上、後者である可能性が高い!」
 無数に存在するはずの可能性をあえて二つに限定し(この場合「愛玩動物」か「食料」か)、その上で聴衆を自身で考えた気分にさせ結論として喧伝する……古代から詭弁家がよく使う単純な手法だが、単純なだけに効果も目覚ましい。あっという間に小次郎は、人々の耳を自身に集めていた。
 誰もが手を止めていた。声を上げる者もなかった。小次郎は続ける。
「君たちの周りに、急に引っ越すして会えなくなった友人はいないだろうか。はたまた、音信不通になった者は? 答えは限られたものでしかない。君たちが食べている食料を生産する側に回されたか、食料そのものになったか、だ。 今口にしている物は、将来の君たちの姿なのかもしれない!」
 根拠のない主張なのは小次郎自身わかっている。空京郊外には、機械が生産する食料プラントがあるのだ。しかし真偽はこのとき問題ではない。
 彼はここで、少しトーンを落とした。
「この話を聞いて、嘘だと一笑にふすのは簡単だろう。だが、考えてほしい。自分たちが生かされている意味を。それは、誰にとって利益になっているかを! 君達の食べているものの姿が、将来の自分の姿であることを!
 小次郎が使ったのはあきらかなすり替えだ。いつも間にか、「かもしれない」という表現が「ある」と断定になっている。ただし「考えてほしい」といった内容を何度も繰り返したことで、この効果は高まっていた。
 これが空京の法に触れる行為であることは百も承知の上だ。彼はこのような反政府的プロパガンダを今日までずっと空京で流してきた。ここであえて声を大にしたのは、おそらくレジスタンス側の工作である爆破テロに乗じて民衆の蜂起を期待したからだ。
 しかし最初に動いたのは敵だった。
 量産型クランジ(警ら機)が高速移動用のローラーを起動して向かってきたのだ。灰色をしたマネキン人形のような姿が、群衆を蹴散らし小次郎に近づいてくる。
「あなたの行動は空京都市法第B0000931QA条に違反しています。身柄を確保させ……」
 だがその途中でクランジは、悲鳴のような高音を発して頭から火を吹いた。
 ――オミクロン……!?
 小次郎が驚いたのも無理はない。なぜ彼女が、という思いがあった。
 量産型の残骸の首を、背後から握りしめて倒したのは大黒澪だ。見誤りか? いやそんなはずはない。秘密警察の黒軍服を着ているところからして、小次郎には彼女が、クランジο(オミクロン)にしか見えなかった。
「これがヒートハンド、私の新しい能力」
 澪はつぶやいたが、その発音はむしろ明瞭として、周囲に聞かせるためのもののようでもある。彼女の右腕は確かに、赤い色に熱されていた。
「もう沢山だ! 私は総督府の支配に対し戦うことを宣言する!」
 彼女が呼びかける。どっと場が湧く。
 ――あの女……澪というのは何者なんだ! オミクロンか、その姿を借りた煽動者か!?
 本当にオミクロンであれば、クランジを破壊するどころか一緒になって小次郎を拘束する側のはずだ。オミクロンは改心して澪になったいうことなのか。
 だが小次郎が、澪の正体を確かめている余裕はなかった。非市民階級の間に「武装しろ!」「この機に乗じろ!」という叫びが口々にあがったからだ。「俺たちのものを奪い返せ!」という叫びもあった。それが単なる略奪の合図にせよ、確かに彼らは動いたのだ。小次郎の呼びかけと澪の戦闘が、集まった非市民階級を激しく刺激したのだろう。
 一人の男が飛び出して、炊き出しの鍋にとびつくと順番もなにもなくいきなりこれを食べ始めた。我も我もと続く姿がある。食料の奪い合いも起こる。調理器具を奪って武器のように振り回す者、ガスバーナーを奪う者……彼らの行動は暴力性を高めていった。もちろん、『平和を愛する空京市民の会』を追いかける者もあった。その頃にはもう、市民の会メンバーは逃げ出していたが。
「騎虎の勢い、か」
 小次郎の口元に浮かんだのは笑みだった。
 どこか皮肉な、冷笑するような笑みだった。
 彼は身を翻すと、街の様子を知るべく動き出した群衆の流れに身を投じた。