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空を観ようよ

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空を観ようよ
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リアクション


再会

「数年前に、ここ2人で歩いたよね」
 樹月 刀真(きづき・とうま)は、隣を歩く女性――風見 瑠奈(かざみ・るな)に、淡く微笑みかけた。
「……ええ」
 瑠奈は懐かしげに景色を眺めている。
 地球で暮らしている彼女が、ヴァイシャリーの街を散歩できる機会は、多くて年に数回だ。
 学生だった頃、刀真と一緒に歩いたこの場所を歩くのは数年ぶりだった。
「警察の腕章」
 瑠奈はパトロールをしている警察官に目を留めた……いや、警察官ではない。百合園女学院の警備団に所属する生徒のようだった。
 百合園の生徒達が、危険に巻き込まれていないか、見回っているのだろう。
 かつての自分の姿を重ねて、瑠奈は目を細めて僅かに微笑んだ。
「警察が出来て、ヴァイシャリーの治安は以前より良くなったと思う。笑っている人も増えたよね」
「……だったら、嬉しいな」
 瑠奈は優しい目で人々を見ていた。
 彼女と今日、刀真が出会ったのは偶然だった。
 瑠奈はパートナーのシスト・ヴァイシャリーに付き添って、ヴァイシャリーに訪れており、用事を済ませた後、お土産でも買おうかと街に出たところ、偶然刀真と会ったのだった。
「散歩しようか?」
 そう誘ったのは刀真の方だった。
 瑠奈はほんの少しだけ躊躇した後、首を縦に振った。

 一通り懐かしい場所を散歩してから、2人は喫茶店に入った。
 互いに紅茶を注文して、一息ついて近況を語り合った。
「昔ほど、樹月さん、変な事や危険なことをしてないみたいで、良かったです」
「危険なことはともかく、変なことって何?」
「さあ、自分の胸に聞いてみては?」
 悪戯気に瑠奈が笑い、刀真は苦笑した。
「瑠奈は地球で社会人として頑張ってるんだね。危ないことしてないみたいで、良かった」
 瑠奈は今、卒業した大学の事務員として働いているそうだ。
 そして休日には、ボランティアで託児所の仕事を手伝っているとのことだ。
「毎日とても忙しくしてるわ。……でも、何か足りない気がする」
 瑠奈は窓の外に目を向けた。
 彼女は少し、憂いを含む美女となっていた。
 以前よりも鍛えてないからだろうか。体つきもさらに女性らしくなり、柔らかい雰囲気を持つ、魅力的な女性だった。
 そんな彼女を見ながら、刀真は思いを巡らせる。
(俺が見ていた瑠奈は未来を見据えて自分の気持ちを強く持ち独りでも頑張ろうとしていた。
 それは俺にはない物で、そうやって進み続けた彼女は見事に白百合団の団長として立ち、その後警備団を作り上げた。
 今、そこには月夜がいてヴァイシャリーを守るために頑張っているけれど、そうできる為の組織がある事を凄いと思う。
 勿論彼女だけの力じゃない、だけど走り始める人が居なければ何かが生まれる事なんてないんだ)
「……なに?」
 視線に気づき、瑠奈はちょっと赤くなり、それを隠すように紅茶飲んだ。
「うん、ちょっとね。昔の事を思い出してたんだ。瑠奈が白百合団で頑張ってた頃の事」
「……」
「その頃俺は、未来を本気で見た事がなくて、今やらなきゃいけない事をやらなければと、がむしゃらにやってきたと思う。
 だから本当に大切な事に気がつかなくて、人に迷惑をかけ大事な物を取り零してきた……」
 瑠奈の事も、放っておくと一人で抱え込んで走って、気が付けば危険な目にあっていて、身も心も傷つきながら、それでも人前では笑っていて。
 そんな彼女をただ守りたい、助けたいと望んで、刀真は動いた。
「瑠奈は自分で抱え込んで表に出さない事があった、結構遠慮もするし気付かずに突っ走っている事もあった。
 だから俺が勝手に気付いて勝手に動いてフォローしようって動いてた――いつか安心して瑠奈に頼って欲しいと思ってた」
 自分にはない物を持って、前に向かって進んでいく瑠奈に憧れていたのかもしれない。
 そして、彼女と期間限定とはいえ恋人になった時に『瑠奈が欲しい』と思ってしまった。
「結果、俺は君を深く傷つけた。そうなる前に気付いて決めるべきだったのに……」
「樹月さん、私ね」
 瑠奈は少し寂しげな顔で話しだす。
「恋愛は人を成長させるものだと思うけれど、それ以上に失恋は人を成長させると思うの。
 人を思いやれる、人の痛みを知れる人間になるには、自分も沢山経験をして、悩んだり苦しんだり、悲しんだり……人間らしく生きていく必要があると思うの。
 私にとって、樹月さんとのことは、本当に貴重な経験。正直立ち直るまで随分時間かかったけれど、もっといい女になろうって、自分を磨くきっかけにもなった。
 あなたの友人として誇れるいい女に近づけているかどうかは分からないけど。
 私は、自分で自分を認めることが昔より出来てるの」
 任務だからじゃない。誰かに言われたからじゃない。
 自分の意思で動いて決めて、社会に貢献していると実感できている。
 そんな瑠奈の話と、彼女の生き生きとした表情に、刀真の心にも喜びの感情が浮かんでいく。
 パートナーで瑠奈と親しくしている漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)から聞いた話では、瑠奈には今、恋人はいないそうだ。
 でも彼女には沢山の友がいるそうで。白百合団時代の先輩後輩とも今でも連絡を取り合っているそうだ。
(瑠奈……幸せ、そうだ)
 自分との出会いで彼女は成長し、今幸せなんだと、刀真は感じることが出来た。
「樹月さんは、パートナー達とうまくいってる? 月夜さん今でもその話題、避けてくれてるから知らないのよ」
「ええと……」
 少し迷い、戸惑いながら刀真は。
「月夜と結婚を考えている」
 そう瑠奈に言った。
「そっか。幸せになってね。……ちゃんと幸せにしてあげてね」
「……なんかこういう話、照れるな。瑠奈は? 身近に良い相手いないのかな」
「うーん。縁がないわけじゃないんだけど、頼りになる人に交際申し込まれたと思ったらその人、既婚者だったり、他にキープがいたり、風俗通いが趣味だったり……。
 私、男運がないのかも」
 ちらりと瑠奈は刀真を見る。
「……ごめん」
「うそうそ」
 くすっと笑って、瑠奈は目を細め、眩しげに刀真をみつめた。
「樹月さんほどの人に、出会えてないだけ」

 喫茶店を出た時には、街は夕焼けで赤く染まっていた。
 騎士の橋を渡って、2人はかつて通った場所――刀真が瑠奈にキスをした場所に着いた。
「それじゃ、私はこっちだから」
「うん。何か困ったことがあったら、ちゃんと連絡しろよ。……なくても、勝手に助けにいくけど」
「ありがとう。パートナーの皆さんによろしくね!」
 瑠奈は明るい笑みを見せると、背を向けて歩いていく。
(勝手に助けにいく。俺にとって風見瑠奈は変わらず特別な女性だから――)
 人混みに紛れて行く瑠奈を、刀真はしばらく見ていた。
 瑠奈は、振り返らずに歩いて行く。
 しばらくして刀真も背を向けて、家へと歩き出す。

 別れた場所から随分離れて、瑠奈は立ち止まった。

 振り返って、刀真の後ろ姿を見た。
 彼の姿が見えなくなるまで、見つめていた。