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空を観ようよ

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空を観ようよ
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月が綺麗ですね

 冬の初め。
 ロイヤルガード隊長の神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は護衛の仕事が行えるくらいに、回復をしていた。
 最後のリハビリを終えた後、彼女は西シャンバラのロイヤルガード宿舎に戻ってきていた。
 その日は、月が綺麗な夜だった。

(明かりはついてるな)
 優子の部屋の明かりを確認し、国頭 武尊(くにがみ・たける)はロイヤルガードの宿舎の側に、小型飛空艇を停めた。
 そして光学迷彩で姿を見えにくくすると、優子にテレパシーを送った。
(月が綺麗だな神楽崎。
 今、宿舎の近くまで来てるんだが、ちょっと話せるか?)
(……国頭か? 少し待ってくれ、すぐにロビーに行く)
 優子からの返事は、直ぐに届いた。
(いや、人に聞かせるような話じゃないからこのままで)
(ああ……。ただすまない。しばらく留守にしてたんで、約束のものはないんだ)
(その件だが)
 武尊は携帯電話を取り出して、メールを開きながらテレパシーを送っていく。
(最近忙しく、携帯のメールも確認してなくってな。春のパン…パーティの時のメールに気が付いたのが今日だ。
 前から君に話さなければと思っていた事もあったから、こうやって呼びかけている訳だ)
 戸惑っているのか、優子からの反応はなかった。
 春に優子からの伝言として、武尊はメールを1件受信していた。
 メールの内容は『ぱんつうけとりにきてもいいようにあたためてまっているよ』であった。
 何度も確かめて、それから武尊は言葉を続ける。
(メールに書いてあった君からの申し出を見た時、飛び上がるぐらいに嬉しかった。
 だからこそ、オレは君に色々話すべきだと思った)
 決意はもう固めてある。
 それでも武尊は少し恐れながら話す。
(君がロイヤルガードの隊長や若葉分校の総長、そしてB級四天王と呼ばれているように、オレも幾つかの肩書を持っている。
 それが、種もみ学院総長や恐竜騎士団の団員だったり、帝国の某選帝神の親衛隊所属の騎士とかな。 種もみの総長は兎も角、残り2つは帝国絡みの肩書だから、国家神に仕える君には話難かった)
(国頭……)
 複雑そうな優子の声が、武尊の脳裏に響いた。
(そしていつ伝えるか一番悩んだのがS級四天王の肩書だ。
 君に対してオレがS級である事を話してしまえば、対等に近い関係が崩れるんじゃないか。
 ……その事がオレは怖かった)
 自分が一個人として、優子に協力をするのと、パラ実のS級四天王として協力するのとでは、色々と話が変わってくる。
 武尊としても、立場上、対価を求めざるを得なくなる。
 そんな風に、武尊は考えていた。
(……国頭、近くにいるのか? 会って、話がしたい)
 優子の部屋の窓が開いた。
 しばらくぶりにみた、彼女の元気そうな姿に、武尊はほっとする。
(すまない。今は、無理だ)
 武尊は塀に寄り掛かり、空を見上げた。
(君に対して臆病なんだよ……オレは。
 そして臆病だからこそ、今も君の前に姿を晒さず、テレパシーで話してる訳だ。
 だが、いつまでも曖昧な関係を続けるのは、良い事だとは思っていない。
 だから君の申し出に対し、オレからの誠意はみせる)
 武尊は小さなケースを、サイコキネシスで浮かせて、優子の部屋の窓の中に、投げ入れた。
(今のオレに出来るのはここまでだ。
 次に会う時には、返事を決めておいてくれ)
 そして、優子が確認をしている間に、飛空艇を発進させてその場を離れた。

「誠意……?」
 優子は手に取った小さなケースを開いた。
 中には、高価そうな指輪が入っていた。
「私の申し出って……」
 春のパン…パーティでのことを思い出してみる。
 自分は『キミがパンをいつ、受け取りに来てくれてもいいように、作り置きしておくから、事前に連絡をくれたのなら、温めて待っているよ』と、伝言を頼んだはずだ。
「パンの対価としては高価すぎる。……しかもまだ、渡してないし」
 それからソファーに座って、指輪を見ながらしばらく考え込んだ。
 S級四天王に、恐竜騎士団の団員、帝国選帝神の親衛隊……国頭武尊がそういった肩書を持つ人物だと知らなかったわけじゃない。ただ、優子の中の武尊と全く噂で聞くS級四天王は全く別人で、同一人物だとは気付けなかった。
 ただ、垣間見た武尊のもう一つの顔もある。
 ラズィーヤ・ヴァイシャリーを迷いもなく、討とうとした彼の姿を、優子はちらりと見ていた。
 話にも聞いていた。
「……私は何と返事をすればいい?」
 ふと、窓から見えた月に目を奪われた。
「月が、綺麗……」
 武尊が優子にその言葉を言ったのは、今回が初めてではない。
 “月が綺麗ですね”
 愛の言葉を、そう表現した日本人がいたことを、優子も知らないわけではない。
 またしばらく考えた後。
 優子は立ち上がって、パソコンの電源を入れた。
 国頭武尊という人物を知るために――。