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運命の赤い糸

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運命の赤い糸

リアクション



リモコン争奪戦


 ミツエに協力しようというイコンをことごとく打ち倒し、アツシは絶好調だった。
「ちょっと鈍いっスけど、これくらいなら問題ないっスね」
「そうかしら。何事も最後まで何が起こるかわからないものよ」
 不意に聞こえてきた声に振り向けば、教養豊かな雰囲気の赤い髪の女の子──フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)がすまし顔で立っていた。
 パートナーにしたいなら直接会いに来るべきだ、と彼女も思っている。
 それに加え。
「恋人を紹介してもらいたいから協力するなんて。そんな根性だから彼女ができないのよ」
 いきなりグサッとくる台詞に、よろめくアツシ。
「何なんスか、唐突に……」
「唐突じゃないわ。ちょっと考えてみなさいよ」
 やや口調をやわらげたフレデリカが、アツシに言い聞かせるようにゆっくりと話し出す。
「大帝のパートナーを連れてくるなんていう重要な任務を任されるほど、信頼されているのよ。あの『涙で渡る血の大河』に飛び込めば、あなたも大帝のパートナーになれるかもしれないわよ」
「……はぁ!? そんなことしてどうするんスか?」
 予想内の反応に、フレデリカは満足そうに笑むと、真っ二つに割れて戦う龍騎士達を指差した。
「あれを見て何も思わないの? 大帝と仮契約しただけで龍騎士団が半分に割れちゃったじゃない。もしあなたが大帝のパートナーになって、あの影響力を手に入れたら、世の中の女性が放っておかなくなるわよ」
「そ、そんなもんスか? じゃあ、もし俺が大帝のパートナーになったら、あんたは彼女になってくれるっスか?」
「それはごめんなさい」
「えぇっ!?」
 言ってることとあべこべっスよ、とのけぞるアツシ。
 即答したフレデリカに、周囲を警戒しつつやり取りを聞いていたグリューエント・ヴィルフリーゼ(ぐりゅーえんと・う゛ぃるふりーぜ)が、気の抜けた表情でボソッと言った。
「……そこは嘘でも首を縦に振っておくべきところじゃないか?」
「ヴィリー、さすがにそこまでやらせるのはどうかと思いますが……。フリッカの好みではないでしょうし」
 周りから過保護と噂されるほどフレデリカを大切にしているルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)が囁き返すが、アツシの耳にはしっかり届いていた。
「弄ばれたっス〜! 傷心っスよ〜!」
 うわぁーん、と泣きまねをしながらアツシはあっという間にいなくなってしまった。
 逃走してしばらく、適当な岩の上でアツシがいじけている間、饕餮は再び操作がお留守になっていた。
 おかげで、中の孫権、曹操、劉備も一息つくことができた。
 狭いところに文字通り詰め込まれているため、饕餮が激しく動くたびに加わる荷重や衝撃で、三人は無駄に消耗している。
 乗り心地は、整備されていないでこぼこ道を走る車より悪い。
 そんな時、孫権の携帯が鳴った。
「おい、劉備。ちょっとどいてくれ」
「無理です。曹操が乗ってますので」
「じゃあ曹操、ちぎのたくらみでも使って子供になってくれないか」
「そんなスキルがあればとっくに使っている」
「……チッ、使えねぇ」
「いたたたたっ、曹操、つねるのはやめてください!」
「そこにいる貴公が悪い」
「孫権、謝りなさい、今すぐ! 私の肉の危機です!」
「おっ、取れた! 子敬からだ」
「聞いているのですか、小童!」
「うるせぇよ、おまえら! 聞こえねぇだろ!」
 誰も相手の話など聞いていないこの状況は、孫権の怒鳴り声でいったん終わった。
 外で何が起こっているかくらいは把握していたが、何か特別な変化でもあったのだろうか。
 曹操と劉備も電話をかけてきた魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)の声に耳をすました。
『わが君、何度もかけましたがいっこうに出なかったのはどういう理由でしょうか?』
 いきなり説教モードだった。
 しかし、それでビビる孫権ではない。
「それどころじゃなかったんだよ。おまえもこの中に入ればわかる。で、何かあったのか?」
『ええ、その内部に、内側からコントロールできるものはないですか?』
「何もねぇよ。それがありゃ、とっくに抵抗してるぜ」
『それもそうですね。……では、受信用バンドはわかりますか?』
「それが何なのかわからんが、この中は本っ当に何もないんだ。俺達は、例えじゃなくて、そのまま中にいるだけなんだ」
『……饕餮がどういう仕組みで操作されているかは?』
「さっぱりわからん」
 携帯の向こうで、子敬が顔を覆って天を仰いでいる様子が見えるようだった。
 孫権はもう一人の味方の名を口にした。
「公瑾なら他の手を思いついたりしないかな──いいいいいや、何でもねぇ! とにかく、そういうわけだ!」
 伝わるはずのないひんやりしたものを感じてしまった孫権は、慌てて発言を取り消した。
 きっと奴はいつもと同じ穏やかな微笑のまま、ブチ切れているに違いない!
『もうしばらく我慢していてください。こちらで坊ちゃんも動いていますので』
「頼んだ! リモコンからじゃないと、ハッチも開かねぇんだ」
 それでは、と子敬が言って通話は切れた。

 子敬の様子から、有益な返答は得られなかったことを悟ったトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は、合流できたミツエに胡乱な目を向けた。
「ミツエさん、違法な電波は使ってないでしょうね? 『ラジコン発振器用周波数の使用基準』に定めがないバンドを使用すると、不法無線局となり、電波法の罰則規定が適用されるんですよ」
「フッ。ここをどこだと思ってるのよ。そしてあたしを誰だと思ってるの?」
 不遜に笑うミツエ。
 だが、続いた言葉はシャンバラ大荒野も乙王朝三代目皇帝も関係ないものだった。
 ミツエは、トマスの目の前に伝国璽をグッと突き出し、ふんぞり返って言った。
「リモコンは、この伝国璽で動いてるのよ!」
 あまりのことにグラリと傾いたトマスを、子敬が支える。
 その目は、トマスの心情に同情していたが、
「この程度で傾いてはいけませんよ」
 と、口からはやや厳しい言葉をくれた。
 トマスの手から、ラジコンヘリの送信機が虚しく滑り落ちた。
 そんな状況を知らないミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)は、やっと見つけたアツシに挑発の言葉を投げる。
 彼が岩の上で小さくなっている事情など、もちろん知るはずもない。
「ちょっと、そこの彼女の一匹や二匹のエサでエリュシオンに釣られたセコイ男!」
 アツシの背がこけた。
「くっ……誰っスか! 今、すごく繊細になってるトコなんスよ!」
「あ、聞こえたみたいね」
 涙目で顔を向けたアツシに、ミカエラはクールな笑みを見せる。
「よく考えてみて。紹介してもらったからといって、その彼女がずっと彼女でいてくれる保証はないのですよ」
「そ、それはそうっスけど……」
 尻すぼみにヨシオはどうのとモニョモニョと愚痴をこぼすアツシ。
 やれやれ、とミカエラがため息をついた時、アツシの向こう側からヌッと影が現れ、手のリモコンを掠め取った。
「よしっ、行くぞミカエラ姐さん!」
 身軽に岩から飛び降りたテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が、砂を蹴って走り出す。ミツエにリモコンを返すために。
「あっ、待つっス!」
 アツシも慌ててテノーリオとミカエラを追いかけた。
 けっこう引き離せたか、とテノーリオがチラッと振り向いた時、どこから現れたのか獣の群が彼らに向かって突進してきていた。
 確か、こんなスキルあったよなと思った時には、二人の体は宙に舞っていた。
「返してもらうっスよ」
 と、埃まみれで倒れているテノーリオの手からアツシはリモコンを取り戻す。
 あちこち痛む体を無理矢理起こしたテノーリオは、何か言いたそうにアツシを見上げた。
 またリモコンを取られないように、背に隠すアツシ。
 確かに、隙があれば奪いに行きたいが、この場合のテノーリオは少し違う。
「君、本当にそれでいいのか? パートナー契約ってのは、そりゃはずみでついうっかりしてしまうこともあるかもしれないけど、相手に惚れ込むところがなかったら、俺はゴメンだな。会いもしてない相手に執着してパートナー契約を押し付けてくる……そんな目にあってる友達を売るんだ?」
「うっ……ミ、ミツエなら、あの強欲さで何とでもするっスよ……」
 とは言うものの、アツシはテノーリオの顔をまともに見ることができなかった。
「とっ、とにかくリモコンは渡さないっス!」
 早口にそう言って、アツシはどこかへ行ってしまった。

 テノーリオを始め、アツシに本気で忠告をくれた人の言葉に良心をチクチクさせながら歩いていると、そんな罪悪感も吹き飛ばすようなものが目の前にあった。
「はい、良雄さま、あ〜〜〜ん」
「あん、お姉さまのほうばかりずるいですわ。わたくしのほうも……はい、あ〜〜〜ん、ですわ」
 ゴージャスなクラブソファで、キャッキャウフフとハート乱舞の女の子二人に挟まれて、すっかり鼻の下を伸ばしているのは紛れもなく御人良雄。
 彼らの前には、これまた豪華な料理が高級そうなテーブルに溢れんばかりに乗っている。
 他にも、かわいい女の子達がヨシオに色目を向けていた。
 アツシの目はヨシオに釘付けになっている。
 ヨシオと両脇の女の子達の着衣が微妙に乱れている。
 ヨシオの両腕は両脇の女の子達の肩に回されている。そのため、かなり密着している。
 ヨシオは両脇の女の子達の手から料理を食べさせてもらっている。
 ああっ、しかも口の端についてしまったソースを舐めてもらっ……!
「ヨシオ、ブッ殺す!」
 頭から蒸気を噴き出しそうなほどにアツシは嫉妬の怒りに燃えた。
 荒野で何やってんだ、とかどうでもよかった。
 それを、お姉さまと呼ばれたメアリー・ブラッドソーン(めありー・ぶらっどそーん)がクスクスと笑う。
「あら、敦ちゃんさまよ。あんなクソダッサいイモっ子なんて、良雄さまの魅力には到底およびませんわ〜〜」
「いやぁ、敦ちゃんさまがいない間に、こちとらモテすぎてもうマジ勘弁っすよ〜」
 優越感たっぷりの笑顔でヨシオは、ソファの後ろにあったキングサイズのベッドに潜り込んでいく。
 メアリーや彼女をお姉さまと呼んだソラ・ウィンディリア(そら・うぃんでぃりあ)、他大勢の女の子達もだ。
 ヨシオはメアリーを抱き寄せてニヤリとする。
「ごめん、敦。オマエが入る余地ないっすから」
「あ〜ん、良雄さまったら可愛い〜〜。あたしのことも可愛がって〜〜」
 うっとりと頬を上気させてヨシオに抱きつくソラ。
 このソラとメアリーの内心は実は冷めていた。
(……うう。なんちゅーアホな作戦。陽一くんが、乙王朝の仕官面接で女の子(+男の娘)を採用しまくってたのは、このためやったんか……)
(……むぐぐ、恨みますわよ陽一さま〜。従者の皆様方も凄く嫌がっていましたのに〜! このお返しは、後でしっかりやっていただきますわよ〜っ)
 怒りに震えるアツシの目の前で、ヨシオ達はさらなる痴態の階段を上っていこうとしていた。
「全員血祭りっス!」
 ビームでも放ちそうな危険な目つきで剣を振りかざしたアツシに、事務員や従者は逃げ出した。
 ソラやメアリー、良雄に変装していた酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)も命の危険を感じてベッドから飛び出した時、アツシが爆炎波でそれを真っ二つにしてしまう。
「ヨ〜シ〜オ〜」
 地を這うようなアツシの声に、美由子の背筋に寒気が走る。
 心の中で『お兄ちゃん』に助けを求めた時。
 両者の間に雷撃が落ちた。
 我を失っていたアツシが、ハッと正気に戻る。
 サンダーブラストで静かにさせたのはイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)だった。
 彼はアツシの前に立つと、まっすぐに彼の目を見て口を開く。
「火口、御人良雄に彼女ができたというのが、そんなに辛かったか」
「辛いというか……気に入らないし、ショックだったっス」
 アツシは不貞腐れたように返した。
 イーオンはその答えをわかっていたように頷く。
「いいか、愛とは、順位などで優劣をつけるものではない! 御人良雄に先に女ができたからといって、キミが彼に劣るなどというものではないし、彼がキミに勝っているわけでもない」
 イーオンの真摯な姿勢に、アツシのささくれ立っていた気持ちが少しずつ落ち着きを取り戻していく。
 ……先ほどのキングサイズベッドを思い出すと、ふつふつと黒いものが湧き上がってくるが。
「時期がわずかにずれたというそれだけで、次の機会をも棒に振るつもりか? 女を拉致する汚れ仕事を手伝ったという噂が広まれば、より女は離れ汚い世界に落ちていく……それでいいのか?」
 まさにその通りの言葉に、アツシの脳裏に暗い将来の自分が浮かぶ。
 その頃ヨシオは恋人の他に先ほどの愛人多数を侍らせて有頂天かと思うと、首を絞めたくなるが、それどころではない。
「悪ぶって自棄になってミツエを困らせている場合なのか! より自分を磨き、好(よ)き人を見つけることが先決ではないのか! 御人良雄が憎いというなら、見返してみせるがいい!」
 イーオンの熱意ある言葉に、アツシは目から鱗が落ちる思いだった。
 自分の器の小ささを恥じた。
 忠告をくれた人達に今すぐお礼と謝罪をしたくなった。
 アツシの目から荒んだものが消えたことを見て取ったイーオンは、やはり、と思った。
 ミツエを裏切った董卓をついに見捨てることのなかった面倒みの良さから、もとは素直で純朴な人柄なのではと見ていたのだ。
 欠点である心の狭さが災いしただけで。
 イーオンは一変して穏やかな口調で言った。
「俺はキミの味方だ。女性への対応が苦手と言うなら、パートナーを貸そう。しばらくなら通わせてもいい。緊張しないようになるまで練習するがいい」
 スッと前に出て優雅に礼をするセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)に、アツシは目を見開く。
「お役に立てれば幸いです」
「いや、そんな、悪いっスよ。大切なパートナーでしょ」
 たじろぐアツシにイーオンはきっぱりと、
「味方だと言っただろう。──さあ、もうそれは必要ないはずだ。渡し……」
「リモコンをくれればキスしてやろう」
 突然のびっくり発言に、アツシの口から変な声が出る。
 直後、それを言った女──フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)のつま先にイーオンの放った電撃が落ちた。
 わざとらしく驚きながら足を引くフィーネ。
「冗談が通じないやつだ」
 と、肩をすくめる彼女に、イーオンは悪戯っ子に対するようなため息をつく。
 ともあれ、二人の言いたいことを理解したアツシがリモコンを手渡そうとした時、
「本当にそれでいいのか?」
 と、暗さを含んだ声がその手を止めた。