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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

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●ウィール支城

 戦闘が激化するにつれ、結和とエメリヤン、ルーナとセリアが詰める医療所には、続々と負傷した者たちが運ばれてくる。その大半はエリュシオンの龍騎士であったが、一行はそれらも別け隔てなく治療を行う。
「大丈夫です。私が必ず、治しますから。大丈夫です!」
 ベッドに寝かせられた兵士を、結和が普段のどこかオドオドした様子を払拭して治療に当たる。運ばれた時点で死亡している兵士こそ居なかったが、五体満足で居る方が少ないくらい、兵士は手足を失い、苦悶の表情を浮かべていた。なまじ訓練を受けているからこそ、多少の怪我では退かなかったこと、またこれだけの怪我を負っても死ななかったことが、現状を生み出す原因であった。
「ルーナ、大丈夫? 少し休んだ方が……」
 負傷者の捜索と運搬に従事していたセリアが、治療に当たっていたルーナを気遣う。医療所の光景は、耐性を持たない一般人であれば即座に気分の悪さを訴えるレベルであったし、契約者であっても性格の優しい者などは、相当の負担になることが想像できた。実際ルーナの表情には疲れが見え、顔色も優れない。
「ありがとう、セリア。……だけど、ここで負傷者の治療に当たることが、今の私のやれることだと思うの。
 だから、どんなに辛い環境であっても、私は自分のやることをやり切りたい。……ごめんね、ワガママ言ってるみたいで」
 しかし、ルーナは治療を続ける意思を示す。そうすることがセリシアの力になれる、そう信じながら。
「うん……ルーナがそこまで言うなら、セリア止めないよ。だけど、ルーナが倒れちゃったら意味ないんだからね?
 それを忘れちゃダメだよ?」
「ええ、分かってるわ。ニーズヘッグにも迷惑をかけてしまうものね」
 ようやく微笑みを浮かべたルーナが、再び負傷者の治療へと当たる。

「……はい、終わりました。戦闘の結果次第かもしれませんが、それまでは捕虜という形になって頂くと思います。
 捕虜といっても、可能な限り不自由のないように働きかけてくれる人がいると思いますので、えっと、変な言い方ですけど、安心してください」
 治療を終えた結和が、起き上がった龍騎士――二十代後半くらいに見える――に告げる。
「……何故、ここまでする? 私はお前たちに、剣を向けたのだぞ?」
 龍騎士の疑問は、尤もかもしれない。普通は襲われて、結果として倒した相手に手を差しのべる真似は、してはいけないというものではないが、なかなか出来るものではない。
「……敵でも、どんな人でも、傷ついているのを見ているのは、嫌ですから。
 人が傷つけあうのは嫌いです、皆で仲良く出来ればそれが一番いいです。……でも、争いが避けられない時だって、あるんだと思います。
 武器を取って直接戦うことだけが、戦いじゃない。私は、戦うことからは、逃げたくない。
 ……これが私の戦いです。今ここで、私に出来ることを全力で成し遂げるんです」
 一息に言って、自分の言ったことに結和が恥ずかしげに目をそらして、そこに龍騎士の言葉が降る。
「……なるほど、これでは私が負けるのも然り、か。君の心遣い、ありがたく受け取らせてもらおう」

 同じ頃、エメリヤンは医療所の外で、治療を待っている龍騎士の見張りをしていた。彼らは自分たちの立場をわきまえているのか、暴れ出したりする者は居なかったが、ここは戦場、何が起きるか分からない。
(結和の願いを一緒に叶える、そのために僕がいる。絶対に、傷つけさせたりなんてしない!)
 いざという時には身を呈してでも結和を守るつもりでいたエメリヤンの上空を、二騎のワイバーン、それに蔦が絡み合った姿の、一見すると植物のようにしか見えないモノが飛び過ぎていく――。

「受けてみろー!」
 ワイバーンの突撃からの、龍騎士の繰り出す一撃を、栗の騎乗するシェリダンは高度を下げることで避ける。そこから翼をはためかせ上昇しながら、旋回する敵龍騎士の内側に滑り込む。まるで騎乗する栗のことなど考えていない軌道に、しかし栗は耐えた。普段からそういう飛び方をするシェリダンに付き合わされた結果ともいえよう。
(あなたが戦うのは、あなたの意思? それとも主の意思?)
 その思いを込め、栗が龍の咆哮を放つ。直後返って来た咆哮には、主への絶対服従と絆の強さが込められているように思えた。そして実際、ドラゴンやワイバーンは自らを犠牲にして龍騎士を守っている場面が多々見られた。
 例え動物であっても、守りたいものはあるのだ。
「っ……!」
 胸が詰まる思いを得ながら、栗がシェリダンの背を蹴り、未だ横っ腹を向ける龍騎士へ爆発的な加速力で飛び込む。目の前の動物が守りたいものを打ち砕かなければ、自分たちが守りたいものを守れない。
 これはもしかして、動物への裏切りだろうか――。
「ぐわぁ!!」
 槍の一撃を受けた龍騎士が、ワイバーンから振り落とされ地上に落下していく。主を失ったワイバーンは悲しげに啼き、帰巣本能に従ってエリュシオンの方角へと飛び去っていく。
(……ごめんね……)
 着地点に滑り込んだシェリダンを操りながら、せめて無事に彼がエリュシオンまで辿り着けることを、栗は祈るしかなかった――。

 重力のままに落ちていく龍騎士は、地面に叩き付けられる寸前、幾重にも絡まった蔦に絡め取られ、九死に一生を得る。
『……この戦いは、栗にとってはあまりにも辛いのではないだろうか? 同胞のこと、イナテミスのことも無論心配だが、私は栗のことも心配でならないのだ』
 龍形態のヴァズデルが、上空で防戦する栗を心配する言葉を漏らす。他の場所では、味方は基本ドラゴンやワイバーンを飛行不能に陥れる戦いをしており、するとドラゴンやワイバーンは主を守って命を散らす光景が頻出するため、その光景に心を痛めた栗は龍騎士を狙っていた。そして、今度は地上に落ちようとする龍騎士を死なせないために、ヴァズデルは森にカモフラージュするような形で潜み、落ちてきた龍騎士を寸前で絡め取り、そのまま縛って地上の救護班に引き渡す役を担っていた。
「栗も、覚悟はしているはずじゃ。……とはいえ、この戦いが終わった後には慰めてやらねばならんかのう。ヴァズデル、頼めるか?」
 クゥアインに乗り、ヴァズデルの護衛と誘導を担っていた綾香の言葉に、ヴァズデルが了承の意思を示す。
『もちろんだ、私に出来ることなら何でもしよう。栗は私のパートナーなのだから』
 ヴァズデルの言葉に、綾香も頷く。

「間もなく、攻撃開始から二時間が経過します」
 部下の報告に、ヘレスがうむ、と頷く。予想していたよりは敵の抵抗力が維持されているが、それでも徐々に敵の放つ弾量が少なくなっているのが実感出来た。
「これより、総攻撃を開始する。敵の中枢となる要塞に、我ら竜兵の猛き楔を打ち込んでやれ!」
「ハッ!」
 ヘレスの命令を、部下が各隊に伝えに行く――。

「リンネ、補給が完了したんだな。これでボクたちはまだ戦えるんだな」
「うん……だけど、あれが最後の補給だった。それに、みんなもうそろそろアルマインの魔力が尽きそう。ここでもし、敵が全力で攻撃してきたら……」
 モップスの報告を聞きながら、リンネが懸念を口にする。アルマインの稼働時間は持って二時間、補給を受けていない機体はそろそろ支城に戻り、魔力の補給を受けなければならない。
 しかしそれは、敵に絶好の機会を与えることに他ならない。事実、敵は先程から攻撃の勢いを増し始めてきた。まるで、こちらの稼働限界を知っているかのような素振りであった。
「どっかから情報が漏れたのかなー? そんなことするの誰だよもう! 後でとっちめてやるんだから!」
「ルーレンさん、今はそれどころじゃないですよ。どうしましょう?」
 憤慨するルーレンを宥めながら、フィリップが今後の行動をリンネに尋ねる。しかし、有効打はもう思い付かなかった。
(ここまでなの……?)

(イナテミスは、人と精霊が手を取り合って作られた大事な場所。ここを失うは、その絆をも失うのと同じ事。
 是が非でも、守り切らねばな)
 ニコラの振るった剣が、自身を狙ってきた龍騎士のランスを弾く。てっきりニーズヘッグ本体を狙ってくるものとばかり思っていたニコラは、自身が標的となることに疑問を覚える。
(何故だ? 敵もニーズヘッグの脅威は知っているはず、それなのに何故私達を……)
 一瞬、校長がいるからとも考えたが、敵の龍騎士はニーズヘッグの背に乗る生徒たちを均等にターゲットにしているようであった。
『おい、なんだかテメェらの方が狙われてっぞ?』
 ニーズヘッグもそれは感づいたようで、背中に乗る契約者たちに声を飛ばす。機動力はドラゴンにも劣るのだから、いくらでも死角に潜り込みようがあるはずなのに、ごく一部の龍騎士がそれを実行する以外は大体、すれ違いざまに背中に乗る生徒たちを強襲していた。
「未憂さんが言ったように、ニズちゃんはエリュシオンでは結構信奉されてたんだよ、きっと」
「それもあるかもしれませんが、まるで、私達がニーズヘッグの契約者であることが分かっての行動にも見えます。私達を倒せば、効果的にニーズヘッグの力を奪えますから」
「えー? それじゃ、エリュシオンにあたし達のことがバレちゃってるってことー?」
「……!」
 終夏の言葉に答えながら未憂が、向かってきた龍騎士の攻撃を、リンとプリムと協力して張った氷の壁で防ぐ。
「どうだか分かんないけど、狙いが私達って分かってんなら、対処の仕様はあるわ! やられなきゃいいのよ!」
「そりゃそうだけど、簡単に言ってくれるわね! これだけの敵を捌くのも一苦労よ?」
 文句を言いつつ、イリスが敵の接近を玲奈に告げ、玲奈の振るった剣から発射された光線が、龍騎士を吹き飛ばす。
「でも、そういうことですぅ! ニーズヘッグ、私達は私達でなんとかするですぅ! あなたは敵を蹴散らしなさぁい!」
 エリザベートの放った炎弾で、数匹のワイバーンの翼や尾に火がつき、龍騎士は撤退を余儀なくされる。
『んじゃ、一発ぶちかましてやらぁ!』
 叫び、ニーズヘッグが口を大きく開け、鈍く光る弾をドラゴンやワイバーンの部隊上空へ発射する。それは彼らの真上で弾け、無数の小さな弾となって降り注ぎ、突撃をしようとしていた龍騎士たちの出鼻をくじく。直撃で当てれば数体くらいは戦闘不能に持っていけそうだが、それだとうっかり殺してしまいかねないため、威力を減じてその分広範囲に攻撃を浴びせる策であった。

「……ふむ、なかなか耐えているな。だが、そろそろ限界だろう。これで後は、ゴルドンの歩兵部隊を待つばかり――」
 多少の苦労はあったが、この戦いも我らエリュシオン軍の勝利……そう思ったヘレスは、次の瞬間もたらされた報告に自分の耳を疑わざるを得なかった。

「……なんだと!? 団長が鹵獲された!?」