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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

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●イルミンスール:校長室

「さて、あと少しで夜が明ける。おそらく日の出と同時に、竜兵と歩兵による攻撃が始まることじゃろう。
 その前におまえたちに言っておくことがある」

 アーデルハイトの演説が、水晶を通じてイナテミス各地に伝えられ、そこからさらに各人へと伝えられる。

「おまえたちが今ここにいる理由は、千差万別じゃろう。私はそれがどんな理由であれ、咎めるつもりはない。
 ……私からはただ一つ、おまえたちが自らの居場所を守るために戦うこと、その居場所がイルミンスールであり、イナテミスであることを願うばかりじゃ」

 既に配置についたアルマインが並ぶウィール支城に、遠くに吹き荒れる雪を見る雪だるま王国に、アーデルハイトの声が響く。

「全員がその思いを持ち続ける限り、お前たちに負けはない。
 負けを呼び込むものがあるとすれば、それは隣に立つ者のイルミンスール、およびイナテミスに対する裏切りじゃ。
 一つの裏切りが決定的な事態を生むことは、おまえたちもよく知っておろう。ここで私がとやかく言うことではない」

 調整を担当するザカコが、周囲に殺気を持つ者の気配がないかを探り続けている。

「まずは今日、エリュシオンの攻撃を防ぎ切れ! 全てはそこからじゃ。
 おまえたちの働きに、期待しておるぞ!」


 イナテミスへも、精霊塔を介してアーデルハイトの言葉が伝えられる。
 その精霊塔が、地平線から差し込む光に照らされる――。


●浮遊要塞

「皆の者、まもなく夜が明ける。我ら第五龍騎士団は当初の作戦通り、日の出と同時に竜兵と歩兵によるウィール支城、および雪だるま王国への総攻撃を開始する」

 浮遊要塞内部、メインルームに集まった指揮官、およびスクリーンの向こうに見える兵士たちに向けて、アメイアの演説が伝えられる。

「皆も知っての通り、私は一度、これから剣を向ける相手に情けを受けた。そして、彼らが決して悪だけの存在でないことは、皆も承知のことと思う。
 だが、戦うと決めた以上、私情は禁物だ。このようなことを言う必要がないことは、無論私も承知している」

 夜を徹して設けられた発着場に、前方に吹き荒ぶ吹雪を見ながら設けられたベースキャンプに、アメイアの声が響く。

「全ての者が、この戦いに勝つことを意識すれば、我々が勝つ。
 勝てないことを考えるな、負けないことすら考えるな。我々は勝つための全てを整えてきた。
 故に、我々の前にあるのは、勝利のみだ」

 着込んだ鎧甲冑を鳴らし、アメイアが高々と宣言する。

「今日一日の間に、雪だるま王国を抑え込み、ウィール支城を占領しろ!
 龍騎士の誇りと力、見せつけるのだ!」


 集った指揮官たちが、スクリーンに映った者たちが、一斉に雄たけびをあげる。指揮官は即座にメインルームを出、持ち場に着き、スクリーンの向こうの兵士たちは敬礼をして駆け出す。

(……さあ、どう出る? 幼き世界樹の契約者とそのパートナーたち……)
 椅子に腰を降ろしたアメイアが、事態を見守る――。

「敵は未確認の機動兵器を複数所有していることが判明している。魔法学校という特性からして、遠距離攻撃に秀でた機体と推測されるだろう。攻撃目標に近付くまでは、相当の抵抗が予想される。
 だが、一旦肉薄してしまえば、我ら竜兵部隊に敵はない! 速やかにウィール支城上空の制空権を奪い、我らの後を追い掛ける歩兵部隊の進軍を援護するのが我々の目的だ。各員、訓練の成果を見せろ!」
 第一竜兵中隊隊長、ヘレス・マッカリーの激励が飛び、そしてドラゴン五〇騎、ワイバーン一五〇騎が順に、観測員の指示を受けてまだ青さが残る大空へと飛び立ち、一路ウィール支城を目指す――。


●ウィール支城

「……あっ! 来た、来たよ! ウィール支城北方より、ドラゴンとワイバーンの大群を確認!
 その数……ええと、百……ううん、二百はいるね!」
 悠の計画した情報ネットワーク構築のためウィール支城に向かい、そして伊織の詰めていた管制室にて情報収集に当たっていた瀬良永 梓(せらなが・あずさ)によって、ウィール支城に迫るドラゴンとワイバーンの大群が発見され、その情報は即座にウィール支城全体と、イナテミスへと送られる。
(はわわ、ついに来ちゃったですー。……でも、僕は、皆さんが選んでくれた、司令官なのです。
 皆さんのために、この場所を守り切るですよ!)
 ぐっ、と拳を握り、いつもの温厚で気弱そうな表情から一転、凛々しい表情になって、伊織が朗々と告げる。
「皆さん、出撃してください! 皆さんで一緒に、大切なこの場所を守り切りましょう!」

(……ついに始まりましたか。ここまで来れば後は、己が役目を果たすのみ。
 この地へは決して、立ち入らせません)
(飛び立ってゆくのう……上のことは奴らに任せるとしようかの。
 無論、我ものうのうと時を過ごすつもりはないぞ。折角こうして精鋭の赤備えを揃えたのじゃ、帝国のぼんくら共に一泡吹かせてくれよう)
 南郭で、北郭でそれぞれ守りにつくべディヴィエールとサティナの視界に、次々と大空へ飛び立つイコンの姿が映る――。


●雪だるま王国:バケツ要塞

「敵が動き出したわ。二つ反応がある……おそらく、前線部隊と補給部隊と思われるわね」
 梓同様、情報ネットワーク構築のため雪だるま王国に向かい、バケツ要塞の司令室で情報収集に当たっていた毛利 元就(もうり・もとなり)によって、雪だるま王国に迫る歩兵部隊の挙動が明らかになり、その情報は即座にバケツ要塞全体と、イナテミスへと送られる。
(……いよいよ、ですね。……本当は、龍騎士とは戦いたくありません。
 でも、戦わなければ、きっと師は私を叱るでしょうね)
 報告を受け、魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)を装着した美央が、エリュシオンの首都ユグドラシルで指南を受けた元従龍騎士の、厳しい表情を思い返す。
 中途半端な覚悟で武器を取るな。己が信ずるものを、最後まで貫き通せ。
 師の放った言葉を心に呟き、美央が槍を携える。
『美央、犠牲を無くしたいのであれば、迷いを断ち切りなさい。……私が言えるのはこれだけです』
「ええ、分かっています。
 ……師なら、こうしますよね。皆を護る為……私は師から学んだ力を振るいます」
 振り返り、一堂に会した者たちへ視線を向ける。そこには全力モードのカヤノや葵、ウィルネスト、朔、その他多くの生徒たちが集まり、女王である美央の言葉を待っていた。
「今、唯乃さんが相手の輜重兵へ奇襲をかけようとしています。それが成功したのを見、私たちはここを発ち、龍騎士との戦闘に入ります。
 相手が撤退した場合、深追いは厳禁です。相手からの次の行動がない場合、作戦の第二段階へと移行します。
 今しばらく、お待ちください」

 ひとまず指示を伝え終えた美央が、単騎輜重兵部隊の襲撃に向かった四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)の安否を気遣いながら、その時を待つ――。

「何か、不思議な感じね。これだけの吹雪なのに、影響をほとんど受けないなんて」
『そうだねー。これもメイルーン殿のおかげなのかな?
 ……あっ、主殿、そろそろ見えてくるはずだよ』
 吹雪の中を、霊装 シンベルミネ(れいそう・しんべるみね)を装着した唯乃が、背中の羽を羽ばたかせて突き進む。洞穴で吹笛と共に居るメイルーンの効果で、猛烈な吹雪の中にあっても唯乃はさして影響を受けることなく進むことが出来た。
「そうね、たくさんの敵意を感じるわ。……これで歩兵部隊の方だったら、シャレにならないわね」
 唯乃の目的は、歩兵部隊の後方に居るはずの輜重兵部隊を叩き、敵の継戦能力を奪うこと。それと同時に、敵の第一波を早期に退け、ウィール支城へ援軍を寄越すため、メイルーンを連れてくること。
 ここでもしうっかり、敵の歩兵部隊にでも遭遇してしまえば、二つの目的がいっぺんにおじゃんになる。
 自分の後ろで控える美央たちのためにも、失敗は許されない。
(二つに一つ……ま、半分も当たるんだし、当たるでしょ)
 そんな思いが功を奏したか、果たして、唯乃の視界に入ったのは、いくつかの幌車とそれを守る軽装の兵士たち。歩兵部隊とは明らかに異なる、輜重兵部隊だった。
「見つけた! ミネ、行くわよ!」
『オッケー、主殿!』
 上空に進路を取り、そして瞬く間に唯乃の身体が上空へと運ばれる。唯乃が愛弓『輝天聖弓アナイアレイター』を携え、矢にコクマーの矢を選び、番える両の手に氷と炎を浮かび上がらせ、幌車に狙いをつける。
「……!」
 身体に流れる魔力を、腕から放出するように、唯乃が矢を放つ。蒼く、そして鋭い閃光を放ちながら飛び荒んだ矢は、幌車に直撃して大破させると同時に、瞬く間に炎を生み出し、撒き散らす。
「うわぁ! ど、どこから攻撃を受けた!?」
「そんなことより消火急げ! 燃料に引火すれば、ただでは済まないぞ!」
 混乱する兵士たちの会話を耳にし、唯乃が次発の装填を取り止める。もし燃料の詰まった幌車に引火すれば、死傷者が出る可能性が高い。もしかしたら弾薬の類を搭載している幌車もあり、それを撃ち抜けば多くの兵士が死ぬだろう。【犠牲者ゼロ】を掲げる唯乃に、そのような真似は出来ない。
(まぁ、甘いって言われるかもしれないけど、私達は軍人じゃないしね。
 私から言わせるなら、殺す方が甘いと思うけどね、いろんな意味で)
 その間にも、最初に撃ち抜かれた幌車は消火が間に合わず、大きな炎を上げて燃え始めた。これなら後ろで控える美央たちも、襲撃が成功に終わったことに気付けるだろう。
「さて、次はメイルーンね。
 ……大層な覚悟をしてる所悪いけど、ちょっと働いてもらうわよ」
 本格的に気付かれる前に、唯乃が背を向け氷雪の洞穴へと向かう――。

「炎を確認しました。カヤノさん、メイルーンさんに普通の吹雪にチェンジをお願いしてください」
「分かったわ。……メイルーン、聞こえる? うん、ユイノは成功したわ。手筈通りにお願い」
 美央の言葉を受けて、カヤノがメイルーンに指示を伝えると、荒れ狂うように吹いていた雪が収まる。
「では、これより出撃します。葵さん、門を開放してください」
「分かりました! イレーヌちゃん、黒子ちゃん、開門だよ、かいもーん!」
 葵の指示を受け、事前に乗り込んでいたイレーヌ・クルセイド(いれーぬ・くるせいど)フォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)の操縦する『チョコームラント 寒冷地仕様』(装甲がホワイトチョコ)が、門を開放する。出力は三割ほどでも、門を開放する程度なら十分であり、しかも空を飛べるため、皆が出撃した後に門を閉じ、自らも出撃することが出来た。
「こんな式典用の機体など持ち出してどうするのじゃと思ったが、なるほど、こういう使い方もあったか。
 ……にしても、そなた、いつの間に操縦をマスターした?」
「秋月家のメイドたる者、イコン操縦くらい出来なくてどうします?」
 どうやら秋月家のメイドは、様々な分野のスペシャリストであるらしい。ともかく、カヤノ曰く『とってもかたい』門が開放され、一行はその門を潜り、こちらへ向かっている歩兵部隊の迎撃へと向かっていった――。